次なる行き先






 なんやかんや、門前で十分以上も立ち往生してしまった。

 皆、取り分けジャッカルを訪ねる者が案外と多かったのだ。たかだか二十日かそこらでよくもまあ、見送ってくれるほどの交友関係をこんなに築けたもんですわ。


「クハハッ。さて、切りもついたことだ。いざ出発……と、言いたいところだが」


 スマホの時計を確認し、軽く肩をすくめるジャッカル。


「君達のとの集合時刻まで、もう少し猶予があるな」

「そうか? だったら俺様、先に朝飯を済ませたいぞ」


 ぐごごご、と響く唸り声にも似た音。

 シンゲンの野郎、腹に猛獣を飼ってやがる。


「む、確かに食事時。ではオレが市場で適当に見立ててこよう。キョウ、荷物が嵩みそうだから手伝ってくれ」


 ――りょーかい。


 眼鏡を拭くジャッカルの横を歩き、雑踏の流れに沿って朝市へ向かう。


 その道中、ふと俺は思い出していた。

 昨晩、五人で話し合った時のことを。






「では諸君。明日の朝、アルレシャを発つ意見に異論は?」

「俺様は無いぞ!」

「私もありませんよぉ」

「…………どうでもいい、わ……むにゃ」


 夜遅く下の食堂兼酒場も店仕舞いのため、女性組の部屋へ集まっての会談。

 議題は、まあジャッカルが言った通り。


 尚、ここに至るまでの間で、暗殺ギルドの件は包み隠さず話した。

 にも拘らず誰一人、俺に恨み言ひとつ向けやしない。

 邪魔者扱いも覚悟の上だったため、いっそ拍子抜けだ。


「しかし暗殺ギルドか……強い奴が向こうから来てくれるとは、得だな!」

「…………むにゃ。こそこそ、人を殺すのが仕事の連中、でしょう……あんまり、期待できそうにない、わ」


 コイツら、この世に怖いものとかあるんだろうか。


「さて、では次の行き先だが――」

「……ん? おお、そうだ、ちょっと待った! それなら俺様、提案があるぞ!」


 ジャッカルの饒舌を、シンゲンの大声が遮った。

 高々と挙げられる、丸太同然の剛腕。

 ……掠っただけで壁とか壊れそうだし、挙動には気を付けて欲しい。


「実はハガネと俺様、ちょうど明日が傭兵の初仕事でな」


 曰くピスケス領の隣、アクエリアス領の都市まで商人を護衛するとのこと。

 片道だけでも一週間はかかるため面倒に思っていたが、どうせならそのまま全員で向こうに移ってしまおう、という案だった。


「ほう、悪くないな。それにアクエリアス領は観光名所が多い、金に余裕がある今なら楽しめるだろう」

「確か有名な温泉地や、夏に人気のとっても綺麗な湖なんかがあるんですよねぇ。私、ちょっと行ってみたいって思ってました」

「…………すやぁ」


 ハガネ、完全にダウン。一日の半分以上を寝て過ごす彼女に夜更かしは辛い様子。

 大型の獣を平然と担ぐ怪力や、森の中を逃げる狼に易々と追い縋る脚力の割、見た目相応に軽い身体を抱えてベッドに寝かせてやる。

 そんな数十秒の間で、他の面子の意見はシンゲンに同調する形で纏まりつつあった。


「どうだキョウ。君もアクエリアス行きで構わないか?」

「行こうぜキョウ、いいとこだって聞くぞ! 混浴温泉とかもあるってよ!」


 混浴温泉は兎も角、俺も反対する理由は無い。

 然らば賛成四、寝落ち一。

 賛成多数につき、我等異世界漂流一行の次なる目的地は、西方連合アクエリアス領に決定した。


「……ただなぁ。ちぃっとだけ、気になる噂が」


 話も済んで自然と解散。明日は早いからもう寝よう、みたいな空気になりつつあった中、眉間に皺を寄せて呟くシンゲン。

 豪放磊落な彼がそんな顔をするなど珍しいため、皆の注意が一気に集まる。


「いや、護衛の依頼主なんだがな? 聞くところによると……少し、面倒な相手らしくてよぉ」





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