一章 一節 三項

金銭問題






 異世界を訪れてより、気付けば二十日目。

 遂に俺以外の全員、それぞれギルド入りが決まってしまった。


 シンゲンとハガネは傭兵ギルド。早くも大型新人と呼ばれ、注目を集めているとのこと。

 カルメンは商人ギルド。露店を開くのだと楽しそうに準備する姿を、ここ数日で何度か見た。その所為か近頃帰りが遅い。


 そしてジャッカルに至っては一体どんな手を使ったのか、登録に際し身元調査が入る上、そもそも支部の無いアルレシャでは申請不可能な筈の探索ギルドに。

 最近は下調べと称し、トレジャーハンターものの映画をスマホで漁ってる。

 ……そんな映画を観て、まだ遺跡探索したいと思うとか。正気を疑う。


 兎にも角にも、俺以外の道行は極めて順調。

 必然、置いてけぼりで足踏みしてる俺の焦燥も相当。

 残金も少々心許なくなってきた。ギルド加入より金策を優先すべきか。

 しかし、日雇いの仕事を探そうにも身元不明では敬遠されるのだ。今日まで両手両足の指を全部使っても足りないくらい断られたから、身に染みてる。


 手っ取り早いのは、RPGなんかで定番のアイテム売却。商人ギルドや職人ギルドなら、薬草とか鉱石を一定価格で買い取ってくれる。

 無登録の分どうしても割安になってしまうけれど、普通の店が相手じゃ相場に疎い俺はそれ以上に買い叩かれるのがオチ。システマチックなギルドの方がいい。


 とは言え、この辺で金目の物が手に入る場所は、かのワクワク森林公園だけ。

 希少な薬草が茂っていたり、爪牙や毛皮が高額で取り引きされる魔物も棲んでいるとのこと。


 さりとて俺に異世界の薬草など判別不可能。当然、魔物を狩る力も無い。

 そもそも土地勘ゼロの深い森にジャッカルのスマホ無しで踏み込むとか、自殺行為に等しい。


 見事な八方塞がり。頭抱えてブレイクダンスでも踊りたい気分だ。

 変人扱い待ったなしなので、やらないけど。






 ――正直、困窮してる。ひとつアイデアを貰えないか?


 昼下がり。多くの屋台や露店で賑わう市場通り。

 今日から店開きだと張り切っていたカルメンを訪ね、恥を忍んで助力を乞う。


「まぁ……キョウくん、大変だったんですねぇ」


 何を売ってたのか知らないが、俺が来た時は既に完売、店仕舞いの支度を始めてたカルメン。

 それを手伝いながら今までのことを簡単に話すと、彼女は同情的な眼差しを此方へ向ける。


「もっと早くに打ち明けてくれても、良かったんですよぉ?」


 覗き見える色合いは純粋な気遣い、労わり。正味、却って居心地が悪い。

 何せ俺以外の面子は、自分の世話くらい当たり前に片付けてるのだ。

 異世界に容易く順応しているコイツらの方が異常なのだと分かっていても、少数派の心理ゆえか、己が酷く不出来な人間に思えてしまう。

 だから。可能な限り、相談もしたくなかった。


「んー。ギルドに関しては、お金さえあれば、やっぱり商人ギルドが一番ですよねぇ」


 確かにそうだ。

 定期的な依頼の完遂が不可欠な傭兵ギルド。

 数年は見習い期間が続く職人ギルド。

 そんな他所と違って、商人ギルドに金銭的な縛り以外の行動制限は殆ど無い。


 が、その金こそ最大のネック。最低ランクでの登録すら月々一銀貨って。

 なら上位ランク、店舗を多数持ってる商会とか、どんだけの大金を払ってんだ。恐ろしくて聞けやしない。


「お店を出すにも元手が必要ですしぃ……」


 地獄の沙汰も金次第。あっちもこっちも金金金。世知辛いにも限度がある。

 世の無情を嘆きつつ二人で顔を突き合わせ、考え込むこと数分。


「……あ」


 ふと。思案に合わせて泳いでいたカルメンの視線が、ある一点で止まった。


「あのぉ、キョウくん。……」


 形の綺麗な指先が、そっと俺の左手を示す。

 導かれる形で見下ろすと、そこには叔父貴が高校の入学祝いに買ってくれた腕時計。

 複雑なムーブメントが外側からでも覗けるスケルトンケースの、手の動きを受け取って独りでにネジが巻かれる自動巻きタイプ。逆に言えば外してるとすぐネジ切れを起こすため、風呂の時とか以外、大体つけっぱの代物。

 価格は何かのセールで大幅にディスカウントされて尚、十万円ほど。元値が幾らだったか忘れたが、いずれにせよ高校生には似つかわしくない高級品。

 小金持ちなんだ、俺の叔父貴。


 で、時計がどうした。


「この世界、そこまで緻密な構造の時計は、まだ存在しない筈なのでぇ……えっと、もしキョウくんが構わないなら……売れば、かなりの額になると思いますよぉ……?」


 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


 ――マ?





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