4-18
それからの数日間も、いろんな取材に追われ、空いている時間にお披露目パーティーの6曲の練習をしたり、忙しく過ごした。
明日が、ついにそのお披露目パーティー。
仕事先から、マンションへの帰り道、
「近くに武道館あるんですけど、見に行きますか?車窓から!」
と、木村さんが笑って言った。
「おっ!!武道館!!コンサートの聖地じゃん!見たい見たい!」
悠弥が言った。
「じゃ、ちょっとだけ寄り道してきますね」
最近じゃ、大きいコンサートは、ドームとか野外とかが主流だが、やっぱり武道館って憧れるものがある。
「武道館でコンサートか〜!やってみたいな〜!」
と、俺は言った。
「あぁ!やろうぜ!」
瞬が言った。
瞬がそう言うなら、出来るかも!って思った。
近くまで車で入って行くと、ベンチコートを着て袴姿の中学生か高校生かってくらいの子たちが大勢出てきた。
みんな大きな荷物と、長い物を背負っている。
「今日は、剣道の大会か何かでしたかね〜!」
と、木村さんが言った。
剣道……
武道館って、そもそもそっちだよな!!
剣道とか、柔道とか、そうゆう武道の聖地!
剣道をやってた彼女からしたら、武道館って言ったら、そっちを連想するだろうな。
俺は、武道はできないけど、いつかここでコンサートやるから!
ここでやれるだけのバンドになってみせる!
「明日は、3時からお披露目パーティーになります。
リハーサルを10時から行ないますので、9時にお迎えに参ります。
よろしくお願いします」
「はい!了解です!よろしくお願いします!
お疲れ様でした!」
彼女とのことを車の中からずっと考えている。
なぜ、こんなにも彼女にこだわっているんだろう。
結局、手に入れられなかったから、逃した魚は大きいみたいな感じで、彼女のことを神聖化しすぎてるんじゃないのか?
彼女は、普通の女の子だった。
すごく美人とか、すごくかわいいとか、すごくスタイルがいいとか、そんなんじゃなく、本当にごくごく普通の女の子。
花屋でバイトをする、短大生の普通の女の子だった。
他の女の子と何が違っていたんだろう。
ひとつ言えるのは、初めて彼女を抱いた時、彼女は俺に抱かれたいなんて全く思っていなかった。
俺は、男としての欲望に素直に従っただけ。
俺が今まで、いわゆる関係を持った女の子たち、それって、全員俺に好意を持っていて、俺に抱かれることを心から悦んでいる子たちだった。
彼女だけだ!違ってたのは!
抱きたいと思ったのは、俺の方。
彼女は、俺に抱かれたくて声をかけたんじゃない。
寂しくて辛くて、ただ海を見に行きたかっただけ……
初めて抱いたあの夜、彼女は怯えていた。
怖がっていた。
俺に抱かれたいなんて、これっぽっちも思っていなかった。
俺は、彼女の弱みにつけこんで抱いただけ。
それからは、何回も抱き合ったけど、俺に愛されたいとか、俺を愛したいとか、そんなことは思っていなかった。
彼女にとって、俺に抱かれることは、寂しい気持ちを、上から塗りつぶすような行為だったんだろう。
俺のことを好きじゃない女を抱いた。
俺を好きじゃない女なのに、俺はだんだんと心を奪われて、どんどんとのめり込んでいった。
彼女は、自分自身を俺のセフレだと言った。
そうじゃない!
そうじゃないよ!セフレなんかじゃない!!
おまえのことを本気で惚れちまったんだ!って、ヘラヘラしないで、しっかりと目を見て伝えれば良かった。
肩をつかんで、しっかりと伝えれば良かった。
信じてもらえなくても、信じてくれるまで何度でも、伝えれば良かった。
彼女なんて、いないって。
噂になってんのは、ハトコのねぇちゃんだって!なんなら、ねぇちゃんに紹介すれば良かった。
家へ連れて行って、大切な人だって、じじばばに紹介すれば良かった。
俺の彼女になってくれって、きちんと誠意を込めて告白すれば良かった。
俺は、いつまで経っても俺に本気にならない彼女と、どんどんと彼女にハマっていく自分に戸惑っていた。
彼女とは、どこかに遊びに行ったりしたことはなかったから、食事に行くか、飲みに行くか、で、その後にラブホに行く。
どちらにしても、彼女とのほとんどの時間は、ベッドの上だった。
でも、今思い出されるのは、彼女と抱き合ってた記憶よりも、彼女がどうでもいい話と言っていた、たわいもない雑談の方が、むしろ鮮明に思い出される。
人見知りだという彼女が、俺とはどうでもいい話ができるって、いろんな話をしてくれて、彼女にとっては、どうでもいい話だったかもしれないけど、俺にはない感性にハッとさせられることがいっぱいあった。
彼女の穏やかな優しさ、清らかさに、こんな俺でも浄化されてくような気持ちになった。
たった一度の恋だった。
今までわからなかったけど、今は、そう思う。
目を閉じて、彼女を思い出すと、たわいもない雑談をして笑う彼女の笑顔が浮かんでくる。
彼女とまた出会って、付き合うなんて99%ないだろうけど、1%は未練がましくとっておくよ。男の女々しさだな。
もう1度!たった1度でいいから!なんて、神様に祈ったって、じゃ何を引き換えにする?って、悪魔の契約だよな。
何かを手に入れる時、両手の手のひらに載せきらない物は、ふるい落とすしかないって、ハリスが言ってたな。
俺が今、1番叶えたい夢は、Realでプロとして売れて、ビッグになること。
これは、俺だけの夢じゃなくて、俺らの夢!
今、やっとスタートラインについたところだ。
彼女がいたから、ここまでこれた。
こんなにも人を好きになるって気持ちを、俺に教えてくれた、たった1人の人。
俺に、生きる糧を与えてくれた人。
あなたのことは忘れない。
これからもずっと。
俺の作る曲の中で、あなたはいつまでも変わらずにそのままでいるのだから。
ロックバンドに興味のないあなたに、俺らの曲が届く日がくるだろうか。
俺が、RealのKeigoだって気づいてくれる日がくるだろうか。
俺が作るラブソングは、あなたに贈るラブレター。
一方的に送るラブレターに返事はいらない。
バカ桂吾!!って、呆れて笑ってくれたらいい。
幸せなその場所で、笑っていてほしい。
俺は、俺の道を生きるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます