『変貌(五)』
それは
(……まさか、この人が拓飛の————⁉︎)
思わず拓飛の方へ顔を向けると、拓飛は胸を押さえてうずくまっていた。
「拓飛! 大丈夫⁉︎」
凰華が近寄り声を掛けたが、拓飛は青ざめた顔で呼吸荒く、虚ろな眼をしており何も答えない。
「拓飛、どこかで横になった方がいいわ」
凰華が拓飛に肩を貸して立ち上がると、その様子を見た匡飛が声を掛けてきた。
「おーい、爺さん! どうした、酔っ払っちまったかぁ⁉︎」
「……何でもありません。構わないで下さい」
凰華は眼を合わさずに冷たく答えた。
「おー、怖え怖え。爺さん、酔い潰れて孫娘に介抱されるなんて情けねえぞ!」
「いや、兄貴。コイツ、こんな髪してるが若造みてえですぜ?」
「何い?」
子分に指摘されると、匡飛は近づいて拓飛の顔を覗き込んだ。
「おいおい、マジで小僧じゃねえか。ニイちゃん、若えのにどうしたその頭は!」
「言ってやるなよ、兄貴! きっと苦労したんだろうぜ!」
匡飛たちが一斉に笑い出し、凰華はキッと顔を向けた。
改めて注視すると匡飛の顔立ちは、一際眼を引く挑発的な吊り眼や鼻の形、輪郭など構成する全てが拓飛と酷似している。
食い入るような凰華の視線に気づいた匡飛は笑みを収めた。
「何だ、ネエちゃん。俺の顔に何か付いてるかい⁉︎」
「……いえ」
凰華が顔を逸らすと、子分たちがはやし立てた。
「きっと匡飛の兄貴に惚れちまったんでさ!」
「なんたって兄貴は
匡飛は持ち上げられて気を良くしたのか、うつむく拓飛に向かって馬鹿にするように言った。
「しっかし、情けねえな小僧。女を酔わそうとして、
「————!」
その余りに人を馬鹿にした態度に、そして、拓飛の母にした
乾いた炸裂音が響き渡り、騒然としていた店内が静寂に包まれた。
「あ、兄貴……!」
「————っ‼︎」
手加減はしたものの凰華の平手打ちをまともにもらった匡飛の
「てめえ、このアマぁッ!」
子分の一人が怒号と共に刀を抜いたが、凰華の形相と匡飛のブランブランとした顎を眼にすると気が萎えてしまった。子分たちは顔を見合わせると、
「お、覚えてやがれ!」
お決まりの捨て台詞を吐いた後、匡飛を抱えて階段を降りていった。
凰華は涙を拭って拓飛に顔を向けた。
拓飛はうずくまったままブルブルと震えて、どんどん呼吸が荒くなっている。先ほどまで青ざめていた顔色は今は反対に真っ赤に変色しており、凰華が額に手を当てると高熱を帯びていた。
「拓飛! 今、お医者さまに————」
凰華が再び拓飛の腕を肩に担ぐと、その手は乱暴に振り払われた。
「拓飛……⁉︎」
「……ううううゥゥゥ……!」
拓飛は唸り声を上げて、自らの身体をかき抱いていた。その様子が尋常ではないと感じた凰華は拓飛を強く抱きしめ叫んだ。
「拓飛! 駄目よ、気をしっかり持って! 飲み込まれないで‼︎」
「…………凰華……!」
「なにっ⁉︎ 拓飛!」
「……おめえに内功を……教えた時の約束、覚えてるか……⁉︎」
「えっ…………」
突然あの時の約束を持ち出され、凰華は一瞬口ごもったが、
「もちろん覚えてるわ! あたしに出来る事ならなんでも言って!」
拓飛は凰華の返事を聞くと、顔を近づけ小声で話し出した。
「……もし、俺が心まで……、バケモンになっちまったら————…………」
「————————‼︎」
その言葉に凰華の眼が見開かれた時、
「…………ゥゥゥゥゥゥうううあああああアアアアァァァ————ッ‼︎」
虎の咆哮に似た絶叫が凰華の身体を弾き飛ばし、酒楼の屋根をまとめて吹き飛ばしてしまった。
「うう……ッ」
壁に
「————ヒィィィィッ‼︎」
店員はなにか恐ろしいモノを見たかのような声を上げて、足をもつれさせながら階段を降りていった。階下からは客や店員たちが慌てふためく声が聞こえてくる。
「た、拓飛……!」
壁に手を突き立ち上がった凰華が眼にしたモノは、両腕が虎と化した拓飛の後ろ姿だった。
拓飛は振り返る事なく、自らの上着をビリビリと破り裂いた。
露わになったその身体は首を残して全て虎のような縞模様の獣毛に覆われており、靴の先からは鋭く長い爪が突き出ていた。
凰華は言葉を失い、どうしても首から上へと視線を送る事が出来ない。その間に拓飛が小さく声を発した。
「……オウカ……」
自分の名を耳にした凰華は眼を輝かせ、拓飛に駆け寄った。
「拓飛————」
凰華が声を掛けると、ゆっくりと拓飛が振り返り、
「————なんつってなあ……!」
赤眼を見開き舌を出すその顔には、刺青のような赤い紋様が縦横無尽に走り、得も言われぬ不気味さを醸し出していた。
「い、
凰華は信じたくないといった様子で首を振った。
「あのガキは俺に魂を飲み込まれちまったよ」
「…………嘘よ……!」
「嘘なモンかよ。あのガキは許容できねえほどの怒りと絶望で心が粉々に砕けちまった。もう……戻って来る事はねえ……!」
拓飛————
呆然とした凰華はその場にペタンと座り込み、立ち上がる事が出来なくなってしまった。その様子を横眼で見ていた檮杌は鼻を鳴らして、西の方角へと顔を向けた。
「……さて、まずは
つぶやいた檮杌の身体が宙に浮き、そのまま屋根に開いた穴の先へと消えていった。
床にへたり込む凰華は、その後ろ姿を黙って見送る事しか出来なかった。
———— 第三十一章に続く ————
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