第十六章

『再会(一)』

 紅州へと進路を取る拓飛タクヒ凰華オウカは、街道沿いの茶屋に通り掛かった。


「ねえ、拓飛。休憩も兼ねて、ここで今後の事を話し合わない?」

「そうだな、そうすっか」


 店の前の杭に焔星エンセイ桃花トウカを繋ぐと、凰華はニッコリ笑って話し掛けた。


「二人ともちょっと待っててね、後で野菜をもらって来てあげるからね」


 店の中はどこにでもある食堂といった風で、給仕の小僧が一人いるだけで他に客は誰もいない。

 拓飛は相変わらず肉料理のみを頼み、ドカッと席に着いた。凰華は向かいの席に座ると、野菜多めの料理を注文する。


 料理が来る前に凰華がゆっくりと口を開いた。


「……左腕の手がかりが無くなっちゃったね……」

「…………」


 拓飛は水を口に含んだきり何も答えない。


「やっぱり西王母セイオウボさまの言う通りにするしかないのかな……?」

「……ふん、善行を積めってヤツか。くだらねえ」

「でも、西王母さまの話、なんだか妙な真実味があったと思うんだけど……」

「あんな与太話、真に受けてられっかよ。くだらねえ」


 拓飛はしきりにくだらないと吐き捨てるが、その実、心中には『善行』という二文字がくさびのように打ち込まれていた。どんなに否定したところで、今後、拓飛は何をするにしても、その際『善行』の二文字が頭をもたげることだろう。


 それは嘘なのかも知れないし、真実なのかも知れない。嘘であると明確に否定が出来なければ、真実であるとの証明も出来ないのだ。逆もまた然りである。


 

 ————西王母はたった一言で拓飛に『毒』を盛ったのである。

 どんな剛の者にもはね除ける事の出来ない強力な『毒』を————


 

「————とにかく、泉安鎮せんあんちんの妖怪はなんか知ってる風だったろ? 結局、妖怪を片っ端からブチのめして聞き出すしかねえって事だ」


 拓飛は自分に言い聞かせるかのように宣言した。


「そうすれば、人のためになるもんね」

「ふん、関係ねえよ」


 凰華はニッコリ笑うと話題を変えた。


「ところで、ガク先生ってどんな人なの?」

「どんなって、そうだな……、背は俺より頭一個分くれえデカくて、垂れ目気味で無精髭を生やしてて、左のほっぺたに深え刀傷がある。歳は多分、四十くれえだな」


 拓飛は常人よりも頭一つ背が高いくらいなのだが、岳成虎ガクセイコはそれよりも更に巨躯だという。何より、あの拓飛の師父である。凰華は俄然興味が湧いてきた。


「——性格は?」

「性格はクソだ。いっつもヘラヘラして、人の嫌がる事を平気でやりやがる。そのクセ、俺よりちょっとだけ強えのが気に入らねえ……!」


 拓飛は修行時代の頃を思い出してか、思い出し笑いならぬ、思い出し怒りを浮かべた。


「でも、どうして師父の元を出て行ったの?」

「別に。十八になった時にオッサンと言い争いになってよ。そん時にはもう内功を覚えてたから、ちょうどいい機会と思って飛び出したんだ」

「その後、各地を放浪してあたしの故郷に辿り着いたってワケね」

「ま、そんなとこだ」


 話している間に注文した料理が運ばれてきた。拓飛は一目散に豚肉にかぶりついたが、凰華は料理に手を付ける前に口を開く。


「でも、どうやって広い紅州の中から岳先生を見つけるの? ていうか以前まえの時はどうやって見つけたの?」

「……フッフッフ、それはな————」


 拓飛が意味深な笑みを浮かべたその時、店の入り口に一人の客が入って来るのが見えた。


「あっ、お爺さんはあの時の……」


 凰華の声に拓飛が振り返ると、易者風の格好をした老人が立っている。


「おや、あなた方は確か以前……」

「誰だ、このジジイ? おめえの知り合いか?」

「忘れたの? ほら、龍穴の森の————」


 呆れ顔で話す凰華の声に拓飛は一瞬ポカンと口を開けたが、すぐに手を叩くと立ち上がって老人を指差した。


「おーっ! あん時のジジイか! 思い出したぜ!」

「いや、奇遇ですな。このような所でお会いするとは」


 老人は龍穴の森の前で会った占い師の老人であった。


「ジジイ、あの時はてめえのおかげで危うく死にかけたぜ」

「それは難儀でしたなあ。ですが私はあの折、安全に行かれるならば街道を進みなされと、申したと思いますが……」


 老人はどこ吹く風といった様子で、二人の隣の席に陣取った。


「それより、お二方、今度は南に行かれるようですな」

「えっ、どうして……って、そうか、ここは紅州に向かう街道だもんね」


 凰華は一瞬驚いたが、前回の反省を生かし、同じ轍を踏む事はなかった。


「さっさと食って出ようぜ。このジジイに関わると運が逃げちまいそうだ」

「これはこれは手厳しい。おっとっと……」


 老人は真昼間だというのに手酌で酒を飲み始める。


「……紅州へは、人捜しに行かれる。違いますかな……?」


 突然、老人が独り言のようにボソリと呟いた。凰華が顔色を変えるが、拓飛が眼で制した。


「人捜しか、そんなモン誰にでも当てはまるんじゃねえか?」

「随分と疑り深い事ですな、それでは一つ占って差し上げましょう」


 そう言うと老人は、箸をまとめて卓の上にばら撒いた。


「この形は……ふむ、良かったですな。捜し人とは無事再会できると出ましたぞ」

「……その再会できるってのは、てめえの事だったっつうオチじゃねえだろうな?」

「ハハハ、あなた方は別に私を捜してはおらんでしょう?」

「…………」


 拓飛は無言で懐をまさぐると、小銭を老人の卓の上に乱暴に置いた。


「毎度あり……」

「行くぞ、凰華」

「えっ? う、うん」


 拓飛の後を慌てて凰華が追い掛けると、後ろから老人の声が聞こえてきた。


「善行を施すと御身おんみにも良い事がありますぞ————」

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