【完結】引きこもりの女の子と恋人になる話

 美愛ちゃんと出逢って、一ヶ月が過ぎた。

 まるで流れるような日々だった。あれから何度も美愛ちゃんと触れ合って、色んなことをやった。


 その日々の中で、俺に芽生えた感情はどんどん膨らんでいった。

 教室で授業を受けていても、家で宿題をやっていても、美愛ちゃんのことを考えている。寝ても覚めても美愛ちゃんのことが頭から離れなかった。


 これはもう、確定だろう。そういう経験が初めての俺にだって分かる。


 俺は――美愛ちゃんに恋心を抱いてるんだ。


「美愛ちゃん、いまなにやってるんだろう」


 休日の昼頃、自室のベッドでごろごろしながら美愛ちゃんのことを想っていた。寝るのが好きな彼女は昼寝でもしているだろうか。


 そばのスマホが震えた。通知が届いたようだ。

 画面を見ると、メッセージアプリに新着があった。


『せんぱい、今からうちに来て』


 美愛ちゃんのお誘いに、否応なく心が高鳴る。彼女から誘ってくるなんて、今までになかったことだ。一体なんの用だろう?


 すぐに行く――そう返信して、準備を済ませた俺は家を出た。


 美愛ちゃんいわく沙綾さんは留守で、家には勝手に上がっていいとのこと。

 もはや見慣れてしまった和風家屋の引き戸をスライドさせて、中に入る。逸る気持ちを抑えきれず、早足で二階への階段を上がった。


「美愛ちゃん、来たよ」


 部屋の前で挨拶すると、ドアが静かに開かれた。

 いつも通り、少し眠たげで気怠げな美愛ちゃんが、俺を見上げる。


「せんぱい、入って」

「ああ」


 もう何度目かも分からない入室に、しかし俺は緊張していた。珍しく美愛ちゃんの声音が真剣さを帯びていたからだ。


「美愛ちゃん、今日は……」

「今日はせんぱいに、伝えたいことがある」

「伝えたいこと?」

「うん……私がどうして不登校になったのか。せんぱいになら、教えてもいいかなって」


 ベッドに座った美愛ちゃんは、気恥ずかしいように足の親指同士を絡め合わせて、もじもじとしている。俺は彼女を落ち着かせるために微笑んで、隣に腰掛けた。


 美愛ちゃんは、自分が不登校になった経緯を話し始めた。


「勉強もできず運動も苦手な私は、クラスメイトから虐めを受けていた」

「虐めか……」

「うん。上履きを隠されたり、心無い罵倒を投げかけられたり……でも一番つらかったのは、成績優秀で運動神経も抜群なお姉ちゃんと比べられることだった。姉は優秀なのに、お前は出来損ないだって笑われるのが耐えられなくて……私は学園に行くのが嫌になってしまった」


 そこまで言った美愛ちゃんは、溜め息を吐いて俺を見る。


「これが、私が不登校になった理由」

「うん。伝えてくれてありがとう、美愛ちゃん」


 確かに、こんな理由があるのなら沙綾さんには伝えられないわけだ。

 俺は美愛ちゃんと向き合って、彼女の肩にそっと手を乗せる。


「せんぱい……」

「今はまだ、このままでいい。だけど、いつか……沙綾さんに同じことを伝えよう」

「お姉ちゃん、怒らないかな?」

「怒るもんか。あの人はめちゃくちゃ優しいから、きっと美愛ちゃんを抱きしめてくれる」


 よく話してくれたね、ありがとう――きっと沙綾さんはそう言ってくれるだろう。

 美愛ちゃんは、どこか晴れ晴れしたような表情で、ぐっと身体を伸ばした。


「なんか、実際に暴露してみるとすっきりした。ありがと、せんぱい」

「そりゃ良かった……次は俺の番だな」

「……え?」


 首を傾げる美愛ちゃんの手を取る。

 びくりと一瞬だけ身体を強張らせた彼女は、しかし掴まれた手を振り払わず、俺の目を真剣に見つめてくれる。


 俺は――自分の本心を彼女に伝える。


「不登校の理由を話してくれた強い美愛ちゃんを見て、やっぱり確信したよ。俺は美愛ちゃんが好きだ」

「せ、せんぱい」

「たぶん、初めて会った日からキミに惹かれていたんだと思う。どこか気怠げで素っ気なくて、でもなんだか近寄りがたい雰囲気はなくて……そうして触れ合っていくうちに、いつの間にかキミのことが頭から離れなくなっていて」


 自然と言葉が漏れていく。俺の気持ちが少しでも彼女に伝わってほしい一心で、“大好き”を伝えていく。


 美愛ちゃんは黙って俺の告白を聞いていたが、やがて手を握り返してくれると……はにかむように笑って。


「私も、せんぱいが好き」


 そう、言ってくれた。

 その言葉に俺は、もうなんと口にすればいいか分からなくて、反射的に彼女を抱きしめる。


「せんぱい」

「美愛ちゃん」


 同時に呟いて、俺たちは唇を重ねる。

 

「せんぱい、好き……こんな私にたくさん構ってくれて、好きって言ってくれたせんぱいが、大好き……」

「俺もだ……キミのことが大好きだ……」


 キスを交わし、愛を囁いて。

 俺たちはずっとずっと、そのままお互いの温もりを確かめ合っていた。




 窓の外には、木の枝から落ちた枯れ葉が積もっている。もう随分と寒くなった。

 文化祭の数日前に、俺は部室でPCのキーボードを軽快に叩いていた。


 短編小説の完結はもう目の前だ。ここまで進むと鼻歌を奏でながら書いても間に合う。


「秋人、ごきげんだね。どんな小説を書いてるの?」


 空き机の上に座っている制服姿の彼女が、太ももから下をぶらぶら揺らして尋ねてくる。


 かつて彼女の自室で何度も見た細い脚が黒のソックスに包まれているのが新鮮で、なおかつ嬉しくて、思わずにやりと笑ってしまう。


 俺は愛する彼女に言った。


「聞きたい?」

「うん、聞かせて?」

「俺が書いてる小説は――」


 ――恋を知らなかった男が、引きこもりの女の子と恋人になる話。

 

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部活帰りに先輩の家に寄っていたら、引きこもりの妹さんと仲良くなった 夜見真音 @yomi_mane

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