第4話 青春の一ページ

 美愛ちゃんと友達になって、一週間程度が経過した。

 放課後、いつも通り沙綾さんに連れられて桐谷家に寄っていく。


 美愛ちゃんの部屋をノックしようとしたら、先にドアのほうが開いた。


「せんぱい、やっと来たね」

「ああ。随分と興奮してるようだけど、どうした?」

「これ、見て」


 美愛ちゃんはゲームのパッケージを胸に抱えて、少しだけ嬉しそうに頬を緩める。


「新作ゲーム、Amaz○nから届いた」

「どんなゲームなんだ?」

「恋愛ゲーム。もちろん百合系。せんぱいも一緒にプレイしよ?」


 珍しくはしゃいでいる様子の美愛ちゃんを微笑ましく思った。

 ゲーム機の前に二人して座る。

 少し間が空いた場所に美愛ちゃんの身体がある。ふんわりと香る甘いシャンプーの匂い。ちょこんと座る美愛ちゃんを見ていると抱き上げて膝に乗せたい衝動に駆られるが、ぐっと我慢する。


「せんぱい、どの子が可愛いと思う?」


 このゲームは最初に攻略対象のヒロインを選ぶという親切設計で、美愛ちゃんがコントローラーを弄りながら問いかけてくる。


「うーん、俺は……」


 ヒロインの立ち絵が並んでいる中に、ふと黒髪ショートヘアの眠たげな瞳をしている女の子に目がいく。


 この子、美愛ちゃんにそっくりだな。


「せんぱい?」

「えっと……俺はこの子がいいと思う」


 俺は美愛ちゃんに似ている子……ではなく、隣の金髪ロングヘアの子を指差した。


 ほんとは美愛ちゃん似の子がタイプだったんだけど、なんだか選ぶのが恥ずかしくて誤魔化してしまった。


「ふーん……せんぱいは、こういう子が好みなんだ」


 画面を見ながら呟いた美愛ちゃん。

 その後は何事もなくゲームのプレイを続けた。


 次の休日、俺は沙綾さんに頼まれて美愛ちゃんに勉強を教えていた。

 勉強嫌いな美愛ちゃんは、教科書よりも漫画がお好みのようだ。

 俺が教えている最中にも漫画に視線を寄せてしまう彼女。


「こら、ちゃんと教科書を見る」

「勉強なんてやらなくても、なんとかなるってネットに書いてあった」

「ネットの話を鵜呑みにしちゃいけないよ」

「むー」


 拗ねたように頬を膨らませる美愛ちゃん。ハムスターみたいで可愛い。

 渋々と教科書を見る美愛ちゃんは、細くて白い指をページに向ける。


「ここ、わかんない」

「どれどれ……」


 美愛ちゃんの指したほうを覗き込む。

 すると美愛ちゃんも身を寄せてきて俺たちの距離は縮まり、ほぼ密着状態のようになってしまう。


 すぐそばに可愛い後輩の身体がある。小さな美顔、華奢な肩幅、くびれの薄い腰つき、さらけ出された素足……。


「せんぱい?」

「はっ!?」

「どうしたの? ぼーっとしてたよ?」

「いや、ちょっとトリップしてた」

「なにそれ。ふふ……」


 くすくすと笑う美愛ちゃん。

 俺は誤魔化すように頬を指で掻きながらも、彼女の笑顔に釘付けになっていた。この子、こんな感じで笑うんだ。初めて見せてくれた仕草に、鼓動が高鳴る。


「せんぱーい、そろそろ漫画読みたい」

「仕方ないな。今日の勉強は終わりにしよう」

「わーい、せんぱい好き」

「……っ」


 好き、という言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がった。心の中をめちゃくちゃに掻き回されるような感覚。俺は思わず彼女から視線を逸らしてしまう。


「もしかして、せんぱい照れてる?」

「いや……部屋の温度が暑いだけだ」

「いや、若干寒いぐらいでしょ。もう秋だもん」

「いいから漫画読めよ」

「せんぱい、なんかぶっきらぼう。ふふ」


 またくすくすと笑って、漫画を読み始める美愛ちゃん。

 俺は彼女に気付かれないように、ドクドクと脈打つ胸をそっと押さえた。


 俺はどうしてしまったのだろう。

 先ほどから、美愛ちゃんの一挙一動が気になって仕方がない。

 ちらっと彼女のほうを見ると、相変わらず大好きな百合漫画に夢中で。


 ――この子の心が、俺に夢中になってくれればいいのに。


 そう想ってしまって。


「ちょっとトイレ行ってくる」


 逃げるように部屋から飛び出した。

 トイレに向かう途中、居間の沙綾さんは俺に気づいたようだが、声をかけてはくれなかった。


 なぜだろう? と思いながら洗面所の鏡と向き合ってみると。


「はは……耳まで真っ赤じゃないか」


 自分の赤面顔に呆れてしまう。

 こんなに赤かったのなら、美愛ちゃんにもバレバレだろう。

 冷えた水で顔を洗い、しばらく洗面所で心を落ち着かせる。


「そろそろ戻るか」


 二階に上がって部屋のドアを開くと。


「……すぅ……」


 美愛ちゃんは穏やかな寝息を漏らして、床に寝ていた。


「寝ちゃったのか」


 俺は、無防備な彼女に近づく。

 横向きで寝ている美愛ちゃんの寝顔は、めちゃくちゃ可愛かった。まるで天使だ。


 剥かれた果実のように艶のある唇が、やけに目につく。

 このままキスしてもバレないだろうか……。


「いやいや、なに考えてんだ俺!」


 自分の頭に拳骨を振り下ろす。

 この童貞め。暴走するんじゃない。


「それにしても、ほんと可愛いな」


 せめて彼女が起きるまで、寝顔を堪能させてもらおう。

 俺は床に座って、いつまでも美愛ちゃんのことを見つめ続けた。


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