部活帰りに先輩の家に寄っていたら、引きこもりの妹さんと仲良くなった

夜見真音

第1話 悩める思春期男子

 放課後の部室にて。

 俺はノートPCに向き合って、うんうんと頭を捻っていた。

 いま俺を悩ませているのは、執筆途中の小説である。二ヶ月後の文化祭に展示する短編小説の内容を考えているが、いまいちこれといったネタが湧いてこないのだ。


「うーん……学生が読むんだから青春ものがいいかな……」

 

 しかし、具体的な青春の一ページというものが浮かばない。俺は俗に言う非リア充で、クラスでも目立たずひっそりと過ごしている生き物だからだ。そんな俺がキラキラと輝く青春など知っているはずがなかろう。


 悩んでいると、誰かに肩をぽんっと叩かれた。


「秋人くん、さっきからぶつぶつ独り言を喋ってるけど大丈夫? 頭がぽんこつになってない?」


 そう言って笑ったのは、我らが文芸部の部長である桐谷沙綾。

 肌が白くて綺麗で、目鼻立ちが整っている沙綾さんは学園でもトップクラスの美少女である。

 そんな彼女はバシバシと背中を叩いてくる。若干痛い。


「あまり根を詰めちゃダメだからねー? なにか分からないことがあったら、私に聞くこと! なんでも答えちゃうよ~」

「じゃあ、青春というものを教えてください」

「せーしゅんかぁ。ふむふむ」


 探偵がよくやる顎に親指を当てる仕草を取った沙綾さんは、しばらく考え込むように黙ったあと、にっこりと笑顔を浮かべて言った。


「よし! これから私の家に行こう!」

「はい? これまた唐突ですね。なにゆえ先輩の家に?」

「うーん、息抜きとして? 普段とは違う場所で考えたら小説のネタもドシドシ湧いてくるかもよ?」

「ちゃんと俺が小説のことで悩んでるの分かってるじゃないですか……というか青春の話は?」

「せーしゅんなんて私も分かんないもん! さっさと鞄持って行こ行こ!」


 腕を取られて強引に席を立たされる。その際に一瞬だけ沙綾さんの横乳が二の腕に当たった。役得である。


 PCの電源と照明を切って部室を出る。

 沙綾さんは非リアな俺と一緒に廊下を歩くことも気にしない。気軽に隣を陣取ってくる。学園屈指の美少女と並んで歩くと注目されるのでやめてほしいのだけど、なんだか上機嫌な沙綾さんにそんなことを言えるわけもなく、俺は適当に相槌を打って下駄箱まで歩いた。


 学園の敷地を出て沙綾さんの先導のもとに帰り道を進む。

 やがて空が茜色に染まりゆく頃合いに、沙綾さんの家に辿り着いた。


「ここが私の家でーす! どう? 感想は?」

「おお……なんというか、和風!」


 目の前に建つのは木造の一軒家。玄関はダイヤみたいな模様の付いたガラス張りの引き戸で、縁側だってある。まさに和風家屋。


 沙綾さんがガラガラと引き戸を開いた。

 

「遠慮なく入ってくれたまえ!」

「お邪魔しまーす」


 よくよく思えば女の子の家に入るのなんて初めてだ。

 若干緊張しつつ、玄関で靴を脱いで奥に進む。

 沙綾さんに案内された居間は、結構広かった。家具も和風で、中央にはコタツがある。


「コタツに入って温まって!」

「いや、まだそんな寒くないですよ。ってか電源コードないし」


 電源コードが抜かれて単なるテーブルと化しているコタツに入った。

 

「なにか飲み物持ってくるね? リクエストある?」

「コーヒーで」

「ないよ! うちは誰もコーヒー飲めないからね」

「じゃあ、お茶で」

「あいよ! ちょっと待っててね」


 沙綾さんが居間を出ていく。

 しばらくコタツの中のひんやりした温度に浸っていると、なにやら廊下側からペタペタと音が。


 どうやら足音のようで、誰かがこちらへと向かっているみたいだ。

 家族の誰かかな? 挨拶しないと。

 そう思った瞬間、居間に姿を現した人物は。


「……お姉ちゃん、この人だれ?」


 キッチン側を向いて、静かな声を漏らす少女。

 光沢のある艷やかな黒髪は瞼の上辺りで切り揃えられていて、タレ気味の目が気怠げな印象を醸し出している。目鼻立ちは小さめにまとまっており、沙綾さんにも負けないぐらいの美形である彼女は、じっとりとした目で俺を見た。


「お邪魔してます」


 とりあえず挨拶をしてみたが、黒髪の少女は視線を逸らしただけで言葉はなかった。気まずい雰囲気が俺たちの間に漂う。


 微妙な空気をぶち壊してくれるように、コップの乗せられたお盆を持った沙綾さんが快活な声を上げた。


美愛みあ、下りてきたんだ」

「うん……この人だれ? お姉ちゃんの友達?」

「この人は部活の後輩で、名前は稲葉秋人くん。人畜無害なので安心してね!」

「……ふーん」


 興味なさげに軽く鼻息を漏らす少女こと美愛ちゃん。

 先ほどから沙綾さんのことを『お姉ちゃん』と呼んでいるので、彼女は妹なのだろう。


 非リアでオタクな俺を受け入れてくれている沙綾さんの妹ならば臆することはない。家族というのは似るものだ。きっと美愛ちゃんも俺と仲良くしてくれるはず!


「美愛ちゃん、よろしく」


 立ち上がり、イケボを作りながら手を差し出すが、美愛ちゃんはジト目で俺の手のひらを見つめて――。


「お姉ちゃん、あとで私にもお茶持ってきて」


 それだけ言うと、ぺたぺたと裸足を踏み鳴らして居間を出ていってしまった。


「……俺、嫌われちゃったんすかね」

「気にしないで、あの子は人見知りだから。悪意があって秋人くんを避けたわけじゃないと思う」

「避けられたのは確定なんすね!」


 これが俺と人見知りの少女、桐谷美愛の出逢いだった。


 ……なんとも言えない初対面である。


 

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