獣魔戦争 アセロラジュース 2
リラさんの寝ている仕切りの外に出ると、忙しそうに人々が走り回っている。次々運び込まれている怪我人の救護に手が回らない様だ。
回復魔法を使える魔法使いたちは、魔法使用量過多なぐらいに魔法を使い続けている。助手役の人が、ひたすらマナ回復ポーションを、魔法使いの頭に掛けている状態なので、回復魔法使いはビショビショだった。
回復魔法専用要員として、町に残った魔法使いのほとんどがセンス・シアで、小さい体が、更にやつれて見えるので、多分俺より遥かに年上なのだろうけど、小さい子が過重労働を強いられているように見えて心が痛む。
魔法使いでは無くても、センス・シアだけで、この町には60人ほどいるとの事だが、その中に兵士は1人もいない。
医者はこの町に1人だけで、懸命に治療にあたっているようだ。
集会場の外に出て、防壁の方に向かうが、町は結構な被害を受けていた。
防壁近くの建物が、いくつか崩壊していた。
町の南北からは、重い物を打ち付ける音が断続的に響いてくる。モンスターによる破城槌での攻撃が続いているようだ。
俺たちの戦いで、最初に9体のトロルを倒し、その後に、リラさんの精霊魔法で、確か一気に3体のトロルを倒していたようだ。
これは大戦果と言えるが、それでもまだ18体のトロルが残っている。そのトロルたちからの投石は、また再開された様だ。
俺は、今も必死に防壁上で町防衛の総指揮をしているファーンの元に急ぐ。
「ファーン!!」
防壁に登る階段を駆け上がると、周囲に指示を飛ばしているファーンの姿がすぐに見つかった。顔色が真っ青だ。
「おお!カシムか!」
ファーンが一瞬だけ振り返って言う。
「すまない、遅くなった」
俺が言うと、ファーンが、戦場を見ながら頷く。
「怪我は大丈夫か?」
「ああ。もう問題ない。リラさんとミルは休んでいる」
俺の言葉に、またファーンが頷く。
「よし。状況を教えるぞ」
ファーンは戦場から目を離さない。南北にも気を配っている。
「まず、お前たちの活躍のおかげで、かなり楽にはなった。とはいえ、深入りしすぎたよな?正直上から見ていてハラハラしたぜ」
「ああ。俺のミスだった」
「まあ、結果的には大戦果だ。結局、お前の部隊は死者ゼロだろ?で、トロル12体を倒して、ゴブリンたちを900近く削る事が出来た。おかげで、お前が最初に予想したよりも防壁が保っている」
そうは言うが、一部の防壁が、今にも崩れ落ちそうになっている。だがまあ、確かに予想より保っている。
「あと、北門がヤバかったが、マイネーの大将がトロルをほぼ殲滅してから、外回りで北門に参戦したので、今盛り返している。ただ、北門自体は崩壊寸前だ。町民たちで内側から必死に補強しているが、犠牲者も出ている」
「南は?」
「南門はバニラががんばっているが、カシムたちを襲った一群が、今、南門に集結しようとしている。リラの精霊魔法で大ダメージを受けて、一時戦場を離れていたが、再編が済んだようで、戦場に戻ってきている」
俺は南を眺めると、俺たちが昨日潜んでいた森の
「カシムの部隊で、怪我の少ない奴や、回復した奴は、南門で戦闘している」
「東は?」
「東は動き無しだ。東の守備隊の半数は北門に送っていたが、マイネーが参戦したので、もう一度、東の守備に戻ってもらっている。ついでに飛行部隊は、ハーピー相手に完勝だ!!今は北の残存トロルの殲滅に当たっている」
北西のトロルたちは、もう壊滅寸前だった。
「おお!すごいな!」
ようやく明るい情報に出会う。
「ああ。お前の戦術が決まったな!」
ファーンがニヤリと笑う。確かに俺が戦い方を指示したが、直接指導したのはファーンだ。ファーンの実地での指示が、バレルにもとてもわかりやすかったのだろう。昨日の今日で、もう自分たちの戦術にしてしまったと言う事になるのだから、これは指導者であるファーンの手柄だ。
「お前の指導がよっぽど良かったって事だ。やったな、ファーン」
俺がそう言うと、ファーンの目が潤む。全身が小刻みに震え出す。
「な、なあ。じゃあ、もう任せても良いか?」
防衛指揮の事だろう。俺は頷いて、ファーンをきつく抱きしめる。
「よく頑張ったな。もう充分だ。後は俺が引き継ぐ。お前は集会所に行ってリラさんたちと休んでいろ」
俺の言葉に、ファーンの膝から力が抜けて崩れ落ちそうになるが、俺がしっかり抱き留めているので、倒れ込まずにいられた。
「オレ・・・・・・オレ、がんばったぜ」
ファーンは緊張の糸が切れたように涙をこぼす。
俺はファーンの背中を撫でる。ファーンの体は俺が思っていたより細かった。確かにファーンは女の子だ。なのに、こんな重圧を負わせてしまった。ファーンの判断一つで1000人規模の町が滅ぶ可能性もあったんだ。
「ああ。わかっている。本当によく頑張ったな。さすがは俺の相棒だ」
実際に、俺の思っていたよりも、遥かにしっかり全体を把握して指揮をしていたのがわかる。戦術の教育なんて一度も受けた事が無いというのに、本当にたいした奴だ。相棒とは言え、かなり酷な要求をしたとは思う。
「ああ。オレは相棒だもんな。・・・・・・後は任せたぞ」
ファーンが真っ青な顔のまま笑う。そして、震える拳を俺に突き出す。俺はファーンの拳に自分の拳を当てる。
そして、1人付き添いを指示してから、防衛の指揮を引き継いだ。
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