獣魔戦争  火炎魔獣 2

 こんな感じで、俺たちの旅は進み、カナフカ国を出て、アスパニエサーに入る。

 アスパニエサーは一つの国では無く、連合国の様な物だ。正式名称が「アスパニエサー」だが、ほとんどの人が「獣人国」と呼んでいる。住人たちでさえそうである。

 だが、獣人国と言ってしまうと、やはり誤解を生み易く、実際に勘違いをしている人も多いので言っておくが、獣人国は獣人ばかりが住む国では無い。

 獣人も多いが、センス・シアや特化人スピニアンも住んでいる。エルフやドワーフも少数ながら住んでいる国だ。無論人間も多数住んでいる。


 そもそも「獣人」とは、かつて神と魔神が覇権を争って激しく戦争を繰り返していた神話時代に、神が戦闘用の兵士として人間を元に作り出した種族だそうだ。

 普段は人間の姿だが、戦闘になると半獣に変身して、様々な強化された能力を発揮したという。

 鳥タイプの獣人は翼を生やして空を飛んだり、獣タイプは鋭い牙や爪、凄まじい力や瞬発力を発揮したそうだ。諜報に優れた種族もいる。

 だが、神と魔神の戦争が引き分けでグダグダに終結した後に、少数しかいない獣人は多数種族である人間に忌み嫌われて、同じ国に住めなくなり、各種族毎、或いは混合種族として人の住まない土地に流れ着いた。

 それが現在、獣人国と言われる様になったこの地である。

 

 そして、特化人スピニアンは魔神に作られた獣人であると言われている。こっちは変身能力が無く、見た目が人とかなり違う為、グラーダ国が「人」として人権を認めた現在でも、まだ偏見と差別に曝されている。

 

 そんな少数派の種族が部族を作って集まった為、連合国となる遙か昔から、この広大な無国地帯を「少数アス・の《パ・》集団ニエス」と言う言葉から「アスパニエサー」と呼ぶようになった。

 ただし、これは先に述べたが、今やほとんど一般的には呼ばれない名前だ。その理由は「言いにくい」「覚えにくい」「言い間違えやすい」等だ。

 だから、俺も「獣人国」と言ってしまう。


 獣人国は、グラーダの南にあり、グラーダ三世が狂王騒乱戦争を起こす前は、連合国としての形も成しておらず、部族毎に争ったり、グラーダや周辺国に攻め入ったりする事も多く、国交を開くことはおろか、近付くのも恐ろしい野蛮な魔境と言われていた。

 だが、グラーダ三世が即位するや、たちまち恭順して、グラーダが遠征の間、南からの侵攻に備えてくれた。

 そして、獣人や特化人の人権を守る為にグラーダ国主導の世界会議で、「アスパニエサー」が連合国となり、人権を認める宣言と、奴隷解放をしたという。

 

 だから、グラーダ国と直接行き来出来る、大街道が獣人国にはあり、商隊も南北貿易の街道として利用しているのである。


 獣人国は、かつての野蛮で未開な国では無く、安全に通行できる治安の良い国となっていた。

 さらに、かつての魔境だけあって、自然は様々な姿を見せており、風光明媚な美しい姿や、荒々しい大地の力の成す地形、雄大な川や湖、奇っ怪な岩の立群など、観光地としても賑わいをみせていた。

 商隊の進む大街道「メルロー街道」からも、様々な景色が道々に見られる為、荷馬車での旅も飽きないし、ミルも大喜びしていた。行き交う人も、あまり他国では見かけない特化人などの少数種族がいる。

 獣人は普段人間と変わりが無いのだが、時々獣化や部分獣化している人を見かける。

 獣化している人で、多いのは空を飛ぶ鳥人族だ。羽根が背中の下側に生え、2本の腕もあるので、人間にすれば4本手があるような物だが、体の構造はどうなっているのだろうかと思わないでも無い。だが、俺は考古学が専門なので、まあ、どうでもいいか。


 獣人国は、一応連合国家の体を取っているが、現在も感覚的には部族連合体である。

 部族間の抗争やトラブルはあるが、一応連合国内の内紛なので、グラーダ条約には反しない。だが、今は昔の様に部族間の戦争にまで発展する事は無くなっているそうだ。

 部族毎に代表が集まり、連合代表者である「大族長」を中心にしての話し合いの場が設けられている。そして、「大族長」は4年任期の持ち回り制となっている。

 

 獣人国の面白いところは、部族の収める町毎に、様々な生活様式や、しきたり、儀式、装束などがある事だ。

 今はそれも、旅人の観光の目玉ともなっている。

 民族衣装も各部族異なっていて、お土産でも民族衣装は好まれる。

 色とりどりの飾りや刺繍の入った服や、沢山の金属を取り付けた帽子、木を連ねたネックレスなど、実に様々だ。

 かつては言語もバラバラだったようだが、グレンネックや、アインザークよりも早く、エレス共通語を取り入れて、言語の統一化を成し遂げていたと言う事は、世界会議後、つまりごく最近わかった事実だ。


 今は獣人国の住人も、人権を認められ、他国に働きに出たり、移住したり、軍人としてその能力を生かしたりしている。特にグラーダ国には多くが移り住んでいる。

 俺の家のメイドにも、イヌ獣人が1人いる。ドジッ娘メイドのリアの事だ。彼女は、他国の内戦の時に戦災孤児となったそうだ。

 もちろん、他にも獣人は我が家で十数人働いている。

 ペンダートン家の孤児施設には獣人、特化人も少なくない。





 商隊が黒竜島を出発してから10日過ぎた。

 商隊はいよいよグラーダ国国境近くの町にたどり着いた。「エレッサ」という町だ。


 獣人国は都市を形成しない。

 元々は、定住する部族は少なく、狩りをして獲物と一緒に移動したり、遊牧生活を送っている部族が多かった。その為に部族間で縄張りを巡っての戦争が頻発していたし、国境の概念が無かったので、他国に侵攻する事もあった。

 だが、今は定住する事が一般的になり、村や町が点在している。

 獣人国では「町」と言えば、規模のある程度大きい集落となる。エレッサはギリギリ町と呼べる規模である。

 この先、あと2つの村と、1つの町を越えればグラーダ国に入る地点だ。


 獣人国の村や町は、必ず柵や、防壁に囲まれていて、無数の見張りやぐらが建っている。

 これは部族間戦争の名残でもあるが、現在は野獣や魔獣、何よりモンスターに備えての防御という側面が強い。

 

 獣人国には、モンスターが出現する事が多いとされている。

 その一因として、そもそもの人口が少なく、軍を組織して、かなり広大な、自然豊かな国土を警備できないという点が上げられる。

 なので、村や町は、常に後手に回り、警備を固めて迎撃するしか無いのである。

 もっとも、獣人にせよ、特化人にせよ、単純な身体能力や特技を活かした戦闘能力では人間より遥かに優れている。

 人間が他種族より優れているのは、いろんな環境に適応する力と、なんと言っても圧倒的な数だ。他の能力では、ことごとく他種族に水を開けられている気がする。



 このエレッサの町も、防壁が高く、頑丈に出来ているし、見張り櫓の数も多いが、どうもピリピリしている気がする。見張りの数も多いし、街道には見回りの小集団と、何度も行き会っている。

 その見回りと出会う度に、商隊の先頭で、何やら話し合っている。

 どうも、「道中何か異常は無かったか」、「不審なものを見なかったか」とか話しているようだ。幌の中から顔を出したミルが、沢山の馬車の車輪やら馬蹄の音の中から聞き取ったのだ。


「むう。何かやな気配がする」

 ミルはそんな空気に、周囲を警戒するようになり、時々俺に報告してきた。

 なので、俺たちは馬車の中で装備をしっかり調えて、俺とミルとで周囲を警戒しながら町まで来ていた。

 そう言えば、さっきからすれ違うのは警備をしている見回りの獣人兵士だけで、他の旅人とは行き会っていない。

 それが、いささか心配になる。


 幸い、無事に町にたどり着いたので、ホッとしたのも束の間、商隊は町の防壁の南側の大門を入ってすぐに止められた。

 大門の前は広場になっているが、商隊が門内に入ると、強制的に止められ、町の中の通行を妨げられた。

 まだ朝も早い時間なので、商隊としてはこの町は通過して、次の国境の町まで進む予定だった。


 停止を命じられた商隊の先頭の方から、大音声での詰問があった。

「ようこそエレッサの町に!!!と、言いたいところだが、ちょっと問題が起こっている!!!この商隊の人員をお借りしたい!!!商隊護衛の諸君はもちろんだが、腕に覚えのある方にはお手伝い願いたい!!!冒険者は強制的に手伝ってもらう!!!」

 何だ?何事だ?随分一方的な言い方だ。

「どうしますか?」

 リラさんが不安げに聞いてくる。こんな高圧的な物言いは、女性にとっては怖いだろう。例え、戦闘経験豊富な冒険者だとしてもだ。

「俺が話しを聞いてきます。リラさんたちは馬車の中にいて下さい」

 俺が幌から降りると、当然の様にファーンも付いてくる。

「ファーンは中にいても良いだろう」

 俺が言うと、ファーンが俺の肩を叩く。

「心配しちゃいねぇけど、心配なんだよ」

 何だ、どっちだ?まあいい。俺は商隊の先頭に向かうと、そこには数人の武装した男たちと共に、1人の大男が立っていた。


 その男の身長は2メートル超えている。

 長い金髪を後ろで結び、色とりどりの前掛けの様な民族衣装に、ゆったり裾の広がったズボン。上半身にワシの刺繍が施された袖無しの上衣。鎧の代わりに、短い丸い木の棒を3列に繋ぎ、それを何段も連ねた、胸飾りの様なもの。

 髪や、ベルトにもワシの羽根を飾っている。

 見た目年齢は20代後半ぐらいか?

 かなり逞しい体つきで、眉毛だけ黒く太く、強い意志を表す様につり上がっている。

 表情も不敵そのもので、堂々と腰に手をやり、商隊の前に立ちふさがっていた。

 只者では無い事が一目でわかる。

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