外伝 短編 4-1 囁き

※ 閲覧注意です。


 作者自身が、書き終えて、怖かったし、それ以上に不快でし た。なので、不快なのを承知の上で読んでいただくか、全く読み飛ばして貰って構いません。

 

 その代わり、4-2には「くだらない系」の短編を追加しています。そちらをお楽しみ下さい。




外伝  「囁き」


 海を西に眺めるこの都市は、坂が多く、急峻な丘を切り開く形で人の居住区を広げていった。

 坂に立ち並ぶ町並みは美しく、白い壁に、オレンジの屋根、そして、随所に見られる緑の木々。

 新鮮な魚に、柑橘系の果物、そして、果実酒が有名な都市だった。


 俺は、この美しい街が好きだった。

 親父から継いだ酒店も、それなりに生活するに困らない程度の繁盛はしていた。

 妻を娶り、先頃には男の子も授かった。

 新しい卸先も見つかって、商売も、上向いてきている。


「あなた、いってらっしゃい」

 妻はこの都市生まれではないが、旅行に来ていた時に知り合い、結構がんばって嫁にする事が出来た。妻の実家のある町では、それなりに評判の美人だったようで、俺も鼻が高い。


 ー 本当に、綺麗な奥さんだ ー


 坂の下にある店に通うのに、弁当を拵えて持たせてくれている。

「じゃあ、がんばってくるぜ!」

 こうして、俺は毎日仕事に勤しむ。


 


 自宅までは坂と階段が多いが、この都市に住む以上、坂と階段からは避けられない。

 だから、港近くの酒店を営んでいる以上、朝から晩まで店で働く事になる。卸の仕事も、また増えたので、忙しいが、繁盛するのは有り難い。

 この頃は、1人では手が足りなくなったので、従業員を雇う事にした。北方からの難民なので、最低限の賃金で働かせる事が出来るので助かる。

「ハイタツ、オワリマシタ」

 ただ、公用語が片言なのが面倒だ。

 まあ、難民だ。


 ー 使い潰せば良い ー


 他の商人も、難民は使い潰しているので、問題ないだろう。




 長男が学校に行くようになった。

 この国は、学校に行くには、それなりの経済力が必要になる。

 幸い、酒店は、商売上向きだ。俺も配達や、顧客の元を巡らなければいけないので、店を空ける必要も出るほどだ。

 ただ、子育てから解放された女房が、店を手伝ってくれるようになったので、信用ならない難民に店を任せるような状況は回避されている。


 ー 難民なんて、盗人の様なものだ ー


 他の店では、難民に店の金を盗まれたなんて事がよくあると聞く。

 雇いはするが、信用はしていない。




「いてぇな、この野郎!!」

「ひぃ!す、すみません!!」

 顧客の元を回っていた際に、道でうっかり人とぶつかってしまった。

 だが、よそ見をしていたのは向こうの方だと思う。にもかかわらず、体格のいい男は、俺の胸倉を掴んできた。

 俺は、やせていて、背も低い。ケンカなど、生まれてこの方した事がない。

 しかも、相手は2人もいる。

 恐ろしくて謝る事しか出来ない。

「すみません!すみません!」

「謝って済むか、この野郎!!」

 俺の頬に灼熱の痛みが走る。地面をなめて、初めて殴られたのだと知った。痛みと恐怖に涙が滲む。

「すみません!勘弁して下さい!」

 俺は地面に額をすりつけて、この恐怖をやり過ごそうとした。

「なんだ、こいつ!腰抜けか?!」

 男たちが笑う。惨めだ。情けない。だが、恐ろしくて震え上がってしまっている。


 ー こいつら、殺してやりたい ー


 憎しみが湧くが、俺にはそんな力は無い。

「おい!!何をしている!!」

「お、やべぇ!冒険者だ!」

「逃げるぞ!!」

 男たちが逃げていく。

「おい、大丈夫か?」

 俺を起こしてくれたのは、立派な防具に、大きな剣を背負った冒険者の男だった。

「あ、ありがとうございます」

 俺は安堵しつつ、立ち上がって、ようやく周囲の様子が目に入った。俺の回りには人だかりが出来ていた。


 ー こんなに人がいたのに、誰も俺を助けてくれなかったのか ー


 愕然となる。

 だが、より俺を驚かせたのは、その人だかりの中に、息子の姿があった事だ。何とも言えない目で俺を見ていたが、俺が声を掛ける前に、人だかりの中に姿を消してしまった。




 一時の繁盛が、一転して、厳しい経営が続くようになってきた。

 近くに新しい酒店が出来た事が原因だ。

 俺は前以上に、街を走り回り、顧客を得ようとがんばっていた。

 夕方には、女房も家に戻る為、俺はさらに忙しく働く事になる。

 夜には家に帰るが、この頃息子が、俺に対して口の利き方が生意気になっている。思春期に入って反抗期なのだろうが、俺は父親としてガツンと言うべきだ。

「おい!フランツ!なんだ、その口の利き方は?!」

「別に・・・・・・」

「『別に』じゃないだろう!!」

「ああ、うるせーなー!」

 息子がイライラしながら立ち上がる。

「!?」

 いつの間にか、息子は俺より背が高くなっていた。

「ダセぇな・・・・・・」

 息子が、俺をゴミでも見るような目で見て、部屋から出て行った。


 ー 馬鹿にしやがって ー


 馬鹿にしやがって!!誰のおかげでここまで大きくなれたと思ってやがるんだ!?

「あなた。フランツはこの頃、学校で勉強が上手くいってないそうよ。悩んでいるっぽいの」

 女房が俺をなだめるが、不愉快でならない。俺はあんな風に育てた覚えは無いはずだ。



「すまないが、他から仕入れる事にしたよ」

「そ、そんな、旦那。ウチとは親父の代からの付き合いじゃ無いですか?!」

「そうは言うが、こっちも商売でね。より品質の良い酒が、よりやすい値段で仕入れられるんだ。もう充分こっちも義理は果たしたつもりだよ、これでもね」

 

ー 裏切りやがった ー


 クソ!ふざけやがって!

 街を歩く俺の耳に、ヒソヒソ話す女たちの声が聞こえた。

「あの酒店の奥さん。旦那がいないウチに、雇っている難民の男と・・・・・・」


 ー 浮気しているそうですって ー

 

 何だって!?

 俺は次の客との約束を無視して、酒店に急ぐ。

「おい!!」

 俺が酒店の入り口を勢いよく開くと、女房と雇っている難民の男が驚いて俺の方を見る。

「あら?どうしたの、そんな勢いで?」

「ドウカ、シマシタカ?」

 2人が働く手を止めて、俺を見る。普通に働いていたように見える。

 だが、そう言われて見ると、この最近雇った新しい難民の男は、俺より体格も良いし、若い男だ。


 ー 騙されるな ー


 ふざけるなよ。お前らも、息子も、街の奴らも俺を笑いものにして騙しているに違いない。

 


 俺は顧客巡りに行くのをやめた。難民も解雇した。

 店の経営はどんどん悪くなる。


 ー お前のせいじゃない ー


 そうだ。俺のせいじゃない。俺を裏切り、嘲り、騙そうとする奴らのせいなんだ。

 なぜ俺だけが、こんなに苦しい思いをする?俺が何かしたのか?


 ー お前のせいじゃない ー


 じゃあ、誰のせいなんだ?どうすれば俺は苦しくなくなるんだ?


 ー 嫌なモノはなくせばいい ー


 そうだ。無くせば良い。どう無くせば良いんだ?俺にはそんな力は無い。

 俺は頭がおかしくなりそうだ。何で、両親は俺を、あの冒険者の様に逞しい体に産んでくれなかったのか?

 何で、俺の商売は上手くいかなくなったのか?何で息子は俺を馬鹿にしてやがるんだ?何で、女房は浮気なんかしやがったんだ?


 ー 憎い!憎い!憎い! ー


 身を焦がすほどの憎悪が、俺の心を埋め尽くす。

 全てを消し去ってしまいたい。どこからか、人生をやり直したい。いや、それならば、生まれる前からやり直して、もっと強く、金も力もある家に生まれてやり直したい。


 

 ある日、俺は全ての悩みから解き放たれる。

 背の高い男が、俺の店を訪れたときに、頭にかかっていた憎しみのモヤが全て取り去られた。

「来るが良い」

 その方に誘われるまま、俺は歩いて、一軒の家にたどり着く。

 静かに空けられたドアをくぐると、地下への階段があった。


 そして、地下へ降り、その方の導きで、鉄の扉を開けると、そこには歓喜の光景が広がっていた。


 テーブルのような大きな台に、息子と、女房がうつぶせで縛り付けられていた。

 2人とも、口には猿ぐつわをされ、「う~、う~」うなりながら、俺の方を見て、涙を流して助けを求めている。

 その頭の下には木桶が置かれ、傍らには斧を持った男が立っている。


 女房も、息子も、服をはぎ取られ、屈強な男たちに犯されていた。

「さあ、入り給え、同志よ」

 その方が、俺を室内に導き入れ、俺に斧を手渡して下さった。

 室内の複数の男女が、斧を手にした俺を見る。

「さあ、新たなる同志の誕生を祝おうではないか」

「ははぁ」

 

 俺の頬を歓喜の涙が伝う。


 ー 地獄をこの世に ー


「地獄をこの世に!」

 俺は叫び、激しい興奮と共に、斧を振り下ろした。


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