黒き暴君の島 暴君 2
暗い地下室には祭壇があり、その祭壇に祀られているのは歪にゆがんだ何かであった。形容しがたくゆがんだ像は、苦悶した人の顔の様でもあり、
その不吉な像の周囲には、大量のロウソクが灯されていて、祭壇の上は溶けたロウがマグマの様に波打って一つの塊となっていた。
祭壇の前には、一人の老人が立っていた。
白を基調にしたローブに、金銀、赤の装飾が施された細長い布を首に掛けて前に垂らしている。頭にその布同様に豪華な装飾が施され、上に長く伸びた帽子をかぶっている。指には大きな宝石のはまった金の指輪が4つずつはめられており、位が高い人物と思われる。
だが、その人物の位は、地獄の魔物によって認められた位である。
地獄教最大勢力「ラジェット派」の大司教デネ・ポルエットである。
デネ大司教は、祭壇のロウソクの揺らめきを眺めながら、背後に声をかける。
「我がラジェット派が壊滅してから、
デネ大司教を頂点とした、地獄教の最大勢力の宗派「ラジェット派」は、約2ヶ月前に、世界最強、最大の国、グラーダ国の王女である、アクシス・レーセ・グラーダを攫い、儀式の生け贄としようとしたが、阻止され、その際に儀式に集っていた世界中のラジェット派の信徒たち約800名が、グラーダの軍によって壊滅させられた。
その時の生き残りは、デネ大司教の他、僅か6人だった。高弟であるヴァジャ、ウシャス、ロビルと、デネ大司教の従者3人であった。
その壊滅も、デネ大司教にしてみれば予定通りの事だった。
集めた約800人の内300人は誘拐の実行犯として利用し、全滅させられることはわかっていたし、儀式に参加した500人も、儀式が成功したとしても生け贄に利用するつもりで、失敗してグラーダ軍に包囲されたときは、自分たちが隠し通路から逃げるための、時間稼ぎをするのに役立ってもらうつもりだった。
では、ラジェット派が地獄教最大の勢力だったというのは、過去形で話さねばならないはずだと言うのは、早計である。
ラジェット派は、元々予備軍というのがあり、未だ自分自身が地獄教の信徒となりつつあることを知らないまま生活している、洗脳された人々が、世界中に沢山いる。それに新規の入信者も、その気になれば簡単に生み出すことが出来る。
世に退屈した人物。欲望に弱い人物。他者を顧みず、己の都合ばかりを主張する者。性欲の強い、またはゆがんだ人物。社会に鬱屈とした不満のある者。
ごく当たり前に周囲にいる普通の人、普段は仕事したり、家庭を築いて生活している人だが、そうした感情を隠し持っている人は少なくないだろう。
老若男女問わず、彼ら、彼女らは地獄教でも、ラジェット派は特に仲間にしやすい傾向にある様だ。
ラジェット派の宗旨は、他の地獄教と同じく、「地獄をこの地上世界に顕現させる事」で、地獄の魔王によって導かれて活動している。
活動内容は、性行と生け贄による殺人。集団で行う快楽殺人だが、地獄教の信徒にとって殺人は罪ではない。
地獄が顕現すれば殺した人も生き返り、何度でも殺したり、殺されたりを、好きなだけ繰り返せると信じている。
いずれ自分も殺されるが、好きな時に生き返って、好きな時にまた好きな人を殺すことが出来るのだ。
そのどこに魅力を感じるというのだろうか?
常人では理解できないことだが、洗脳の力のせいか、地獄の魔物が関与しているからなのか、地獄教の信徒はいつの時代にも、どれほど殲滅されたとしても、決していなくはならないのだ。
デネ大司教も、地獄の魔王にしてみれば、ただの使い走りでしかない。いつでも切り捨てられるし、換えは作り出せる。
そんなことはデネ大司教自身も十分知っている。それでも、地獄の顕現を夢見ているのだ。
「はい。すでに100人を越えております」
僅か2ヶ月で、6人から100人に増えている。だが、答えたロビルも、その功績を誇る様子はないし、デネ大司教も喜色を浮かべたりはしない。
「あまり増やしすぎるなよ」
逆にそう注意した。
地獄教は世界中から忌み嫌われており、存在が明るみになれば、即座に軍が派遣されて殲滅されてしまう。その為、各宗派とも、勢力を拡大しすぎないように気をつけながら活動しているのだ。
特に今は、グラーダ国の闘神王によって、各国が足並みをある程度揃えていて、戦乱も無い世界が築き上げられている。
そして、先の事件により、地獄教殲滅にグラーダ国が躍起になって捜索している事により、それにおもねるように、各国ともに地獄教殲滅を国の主方針の一つに挙げている。
だが、デネ大司教は焦ってはいない。なぜなら、もうすでに次の計画に向けて、密かに準備を行っているのだ。地獄の魔王の使いも、今回の儀式失敗を叱責すること無く、地獄勢力も地上で活動を開始していた。
「ところでヴァジャはどうした?」
デネ大司教の高弟は3人だが、今、デネ大司教の背後に控えているのは、高位魔導師であるロビルと、片腕が義手の男ウシャスのみだ。
「は。ヴァジャは今、グラーダ王都メルスィンに潜伏しております」
ロビルが答える。デネ大司教は小さく首を振る。
「・・・・・・ペンダートンの孫か。
「御意にございます」
ロビルの肯定に、デネ大司教が苦笑を浮かべる。
「あやつの命もあと僅か。好きにさせてやるか」
「は・・・・・・」
デネ大司教は、ロビルの隣のウシャスに目を向ける。
「ペンダートンの孫とは、貴様も因縁があろう。良いのか?」
ウシャスはキョトンとした表情を浮かべると、ニヤリと笑う。以前は表情の変化が乏しかったが、片腕を失ってから、表情が豊かになった。
「ヴァジャが目的を達成できるならば良し。出来なくても、いずれ私が殺しますよ」
そう言うウシャスは、恋人を思い浮かべたようなうっとりとした表情で、顔を紅潮させる。あの男の事を思うと、失ったはずの右腕がかゆくなる。そのかゆさが愛おしいとウシャスは言う。
ウシャスの願いは、「最大限の苦痛を味わって、体中を引き裂かれて殺されたい」ということだ。ただし、人間は一度死んだらお仕舞い。ウシャスは何度もその苦痛を味わいたいし、何度も無残に殺されたい。
人の身ではそれが叶わないから、他者を切り刻むことで自分の欲求を満たしてきたのだが、地獄が顕現したら、何度も自分が殺される事が可能になるのだと思うと、たまらなく下半身がいきり立つ。
そして、あの男は、自分に瀕死の重傷と、耐えがたいほどの苦痛を与えてくれたのだ。ウシャスにとっては敵と言うよりも恋心を抱いてた。
「カシム・ペンダートン。ヴァジャに殺せるとは思いませんので」
怪しく笑うウシャスを見てから、デネ大司教は再び祭壇の方を向く。
「さて、それでは、そのカシムの動向は今どうなっておる?ジンス派が密偵をしていたな」
「ジンス派」は、地獄教の中では武闘派で、各地でテロや暗殺などをしている集団だ。こちらのトップは「教皇」と呼ばれている。
ラジェット派とジンス派は、比較的に折り合いがついていて、時には協力をし合うが、もう一つの大きな宗派「カキーマ派」とは、時につぶし合うほどの間柄である。
同じ地獄教でも、いくつも宗派があるのは、それぞれが仕える魔王が違うのである。
それ故に、教義は同じく「地獄の顕現」でありながら、活動方針や内容、地上における作戦が全く違っている。
現在は、壊滅状態だったラジェット派に代わり、ジンス派の暗殺者がカシムを見張っているはずだ。ただ、カシムたちは創世竜に会う為の旅をしている。
創世竜の領域内に、地獄教の信徒は進入できない。どういうわけか、創世竜は、地獄教信徒を見分けられ、領域に進入すればすぐに殺しに来るのだ。
「現在は黒竜島に向かっているとの報告が届いております。恐らく、今頃はもう入島している事でしょう」
ロビルが答える。
「そうか。しかしジンス派は過激だ。彼奴に隙があったらジンス派が、勝手に手出しをするかも知れんな」
デネ大司教は愉快そうに笑う。
「そうすると、ジンス派に監視を依頼したヴァジャが、どんな顔をするのか見てみたいものだ」
自らの高弟であるヴァジャが、拘って敵視しているカシムを、ジンス派の暗殺者にかすめ取られて、失意の中、自らの呪いでもだえ苦しみながら死んでいく姿というのも、デネ大司教にとっては見物であった。
「その前に、黒竜に殺される可能性の方が高いでしょう」
ロビルは冷静に指摘する。するとデネ大司教は、顎を触りながら言う。
「それもそうだ。だが、彼奴の仲間や、大切な者を害することもまた、ヴァジャもジンス派の奴らも望むことだろう」
「は・・・・・・」
ロビルはただ黙然と、己の師に
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