黒き暴君の島 はぐれ少女・純情派 4
それを知らぬ振りをして、俺はコッコと湯船に浸かる。
「それは?」
コッコが、俺が首に掛けている巾着に気付いて尋ねる。多分最初から気付いていたのだろうが、問いかけるタイミングがなかったのだろう。
「黒竜の宝物だよ」
コッコが頷く。
「これは黒竜に、ちゃんと返さなきゃいけないからね。万一にでも無くしたり、盗まれたりしたら一大事だ。宝を探しに黒竜がやってきたら、この街はメチャクチャにされちゃうかも知れない。だから責任を持って、肌身離さず持っている事にしたんだよ」
コッコが、胸の巾着をジッと見つめてから頷く。
「わかった」
それから、俺に背中を預けて来る。
酸性湯だが、まさかスフィアがさび付いたりする事もないだろう。一応、部屋に戻ったら、無くさないように気を付けながら拭いて、別の巾着に移し替える予定だ。
「コッコ。風呂は気持ちいいかい?」
「うん」
コッコの返事に俺は笑う。嫌がってた割に、気持ちよさそうに湯船に浸かっている。長い黒髪が湯船にたゆたっていたので、俺は髪をまとめて、頭の上に団子結びをしてやる。アクシスの髪を結んでいたので、髪を結ぶのは結構得意だったりする。
「あ!?」
コッコが驚いた様子で、自分の頭を触る。
「お団子結びだ。かわいいぞ」
「お団子?」
コッコが不思議そうに、自分の頭をペタペタ触る。そんなに気になるのか?
「ほら、洗い場に鏡があるから見てくると良いよ」
俺が洗い場を指さすと、コッコはザバッと風呂から飛び出して、トテトテと急ぎ足で洗い場の鏡を見に行く。
「お~~!お~~!」
いろんな角度から自分の頭を見ると、出会ってから始めて嬉しそうな表情を見せて俺の方に戻ってくる。それからトプンとお湯に入ると、また俺の膝の上に座る。
「気に入った?」
俺が尋ねると、コッコが振り返って笑顔で頷く。大きな黒い瞳がキラキラ輝いている。笑うと可愛い八重歯が見える。
「でも、リラさんが言うとおり、髪の毛が痛んでいるぞ。少しだけ切って整えてもらった方が、可愛いと思うよ」
俺がそう言うと、コッコが考え込む。
「・・・・・・カシムはそう思う?」
「ああ。それに整えてもらった方が、いろんな結び方が出来て、きっと楽しいし可愛いよ」
痛んでいる髪の毛だと、結んでもすぐに絡んだりして大変だ。しっかり手入れした髪の方が、断然結びやすい。なで心地も良いはずだ。
せっかくだから、コッコもうんと可愛くしてもらうと良い。やせ細っていても、顔の造りは可愛いんだから。
「・・・・・・わかった」
コッコが了承したので、俺は頭のお団子を両手でポフポフと軽く叩く。コッコは嬉しそうにしていた。
「コッコはこれからどうしたいんだい?行くところあるのかい?」
俺はコッコに尋ねる。コッコには両親は無く、この街に知り合いもいないらしい。
「あそこに帰る」
「あそこって、あの荒れ地に?」
コッコが頷く。
「ダメだよ。危ないじゃないか」
こんなに幼い子を、野獣がウジャウジャいる荒れ地に帰す訳にはいかない。
例え今までは、コッコ1人で荒れ地で生き抜いてきたからと言って、これからも無事でいられるとは限らない。
それにコッコにはもっとちゃんとした暮らしをさせてあげたい。
「・・・・・・危なくない」
コッコは少し考えてから答えた。
「・・・・・・う~ん」
俺は何と返したら良いのか、言葉に詰まってしまう。
コッコにとっては、荒れ地が、もはや家なのだろう。慣れない街で暮らす方が、不安が強いのかも知れない。
確かに、ドランは子どもが暮らしやすい街では無い。鉱夫と酒と金とギャンブルと色の街だ。治安も良くない。
それにコッコには、身を寄せるべき知り合いも、この街にはいない。というか、世界中に誰もいないのだろう。そう思うと不安になるのも当然だ。
俺は、コッコにとって何が良いのかを考えるべきだ。
それから少しの間、俺たちは湯船に浸かってから、女湯に声を掛けて風呂からあがった。
脱衣所で服を着てから、コッコの体も拭いてやり、バスタオルで体をくるむと、脱衣所を出る。
すると、簡単に体を拭いて、取り敢えず服を着た感じのミルがコッコを受け取り、2人で女湯に戻っていった。
今度はコッコも髪を切るのに賛成してくれたので、もうもめる事も無いだろう。俺は女性陣にコッコを任せて先に部屋に戻る事にした。
部屋に戻ってから、俺は雑に手入れしていたロングソードを、丁寧に砥石で研磨する。
安いロングソードは、もう結構ボロボロだ。竜種のリプリクスに切りつけた事で、刃こぼれが目立つ。もうちょっと良い剣を買えば良かったか・・・・・・。
いやいや。竜種相手にするなら、ちょっと良い剣程度では話しにならないか。まあ、手入れさえしていれば取り敢えずは大丈夫だろう。
研磨しながらコッコの事を考える。
幼い子どもだ。当然俺達の旅に同行させる訳にはいかない。かといって、あの荒れ地に帰す何て事はもってのほかだ。
親を探すのは無理だろうし、もしも見つけ出したところで、コッコを受け入れるかわからない。それどころか、また捨てられたり、ひどい虐待を受ける可能性も充分にある。
どんな反応が返ってきたにせよ、コッコの心を傷つける事になってしまうだろう。
このドランで、コッコの身を引き受けてくれる人を探そうにも、その人が信頼できるかわからないし、そもそも
そうなると、残る手は一つだ。絶対に信頼できるし、コッコにとっての幸せにつながると信じられる手がある。問題はコッコが俺を信用してくれるかどうか、そして納得してくれるかどうかだ。
俺に向けて、安心したように身を任せてくれて、笑顔を浮かべるコッコを見た時から、俺にとってコッコは大切な存在になっている。どうしようもない庇護欲に駆られる。
ファーンの生い立ちと、コッコを照らし合わせて、深く同情しているからなのかも知れない。
出来る事があるのに、それをしないで済ませる事も、我慢が出来ない。
だから、俺は決心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます