黒き暴君の島  黒竜島での戦い 1

「そっち行ったぞ!ミル、カバーを頼む!!」

 俺は背後を振り返り、ミルに声を掛ける。

「任せて!!」

 ミルは、悪い足場を物ともせずに、リラさんのサポートに回る。俺は、足場を確認すると、踵を返して後方に駆け戻る。

 一瞬で、自分が足場にする石を見極めなくてはいけない。移動する度に地面を確認するので、行動がワンテンポ遅れる。

 しかも、確認して乗れそうだと判断した岩が、思いの外不安定でぐらついたりするので厄介だ。

 

 俺たちは、牛並みに大きな山羊、ガルガンヤギに遭遇していた。かなり好戦的な山羊で、俺たちが近付かないように、遠巻きに迂回しようとしたのに、自ら向かって来た。

 ガルガンヤギは大型の山羊で、巨大な角が頭から後方に向かって伸び、そこから顔の横をぐるりと一回転して大きく前に突きだしている。しかも、前の方で横に大きく2本に枝分かれしているので、巨大な槍が左右合わせて4本あるかのような威圧感がある。

 蹄も大きく、岩だらけの足場でも巨体を身軽に跳躍させて飛びかかってくる。

 つい「山羊」と言ってしまうが、厳密には鹿の仲間なのだそうだ。


 最初の一撃は、俺が受け止める事が出来た。剣で角を押さえて、素早く剣を引きながら切りつけようとしたら、飛び跳ねて逃げてしまった。

 それから俺が前衛に出て、ガルガンヤギを引き付けつつ攻撃しようとするが、ガルガンヤギは次々標的を変えて襲いかかってくる。

 結果、俺は足場の悪い中、右往左往している始末だった。


 投げナイフを試そうと思ったが、分厚い毛皮に阻まれてダメージは与えられそうも無いので、剣で切りつけるしか無い。


『エアリセント!!』


 リラさんが風の刃を飛ばす魔法を唱えた。ゴブリンを真っ二つにするほどの威力がある魔法だったが、ガルガンヤギの巨大な角に弾かれてしまった。

「うそ?!」

 リラさんが驚愕の表情を浮かべる。俺も驚いたが、剣を当てた感触から、相当に硬い角だという事がわかっていた。

「大丈夫!効いてるよ!!」

 ミルが跳躍してガルガンヤギの角、リラさんの魔法が当たった辺りを、ハイエルフの名刀「望月丸」で切りつける。すると、角の半ばから切断された。

 この足場だと、ミルの機動力やリラさんの魔法に頼る方が良いかも知れない。


 俺は密集隊形を取るべく、後方のファーンにも合図してリラさんの元に駆け戻る。

「思ったより厄介だな、この足場!!」

 ファーンが手帳を構えて俺に言う。女の子と知れれば納得な可愛らしい文字で、几帳面に何かを記録しているのだろう。真剣な表情だ。

 俺も真剣な表情で頷く。

「厄介だが、多分慣れれば問題ない。しかし、その為にもまずアイツを何とかしなきゃならないな」

 この足場に、少しずつ慣れてきている感覚はあるが、この戦闘中に自由に動けるようになるとは、さすがに思えない。

「どうする?倒すか?」

 ファーンが俺に尋ねる。さすがにわかっているな。俺は首を振る。

「いや。出来れば退散してくれる方が良い」


 ガルガンヤギにとっては、俺たちの方が縄張りに侵入した敵だ。俺たちは、この黒竜のエリアにとっては異物であり、生態系に何ら寄与しない存在だ。であれば、むやみに殺したくは無い。

 殺すとすれば、出来ればその死を無駄にしたくない。と言う事は素材として解体して、ギルドに運搬するなり、自分たちで食料とする事が望ましい。

 だが、そんな事をしていたら、旅はちっとも先に進まないじゃないか。

 ステータスアップや、素材買い取り金目当ての冒険者ならいざ知らず、俺たちは目的が別にある。

 俺たちがここでガルガンヤギを多少狩ったとしても、黒竜の創った生態系は小揺るぎもしないのは承知している。

 倒して、その死体を放置したとしても、それも他の獣や虫、鳥たちのエサとなるだろう。

 そんな事は重々承知しているが、単純に俺が、気持ち的に嫌なのだ。気が乗らない、そんな我が儘な理由だが、ファーンはその辺り、すぐに理解してくれた。

 もちろん自分たちに危険で、排除しないといけない様な時には、俺は迷わず敵を倒す決断を下すだろう。


「俺が受け止めるから、その隙にミルが攻撃してくれ。リラさんは魔法を準備していて下さい」

 俺が指示を出すと同時に、ガルガンヤギがこっちに突進してくる。

 俺は数歩前に飛び出て剣を構え、ガルガンヤギの角を打ち据えて押さえ込もうとする。

「うわっ?!」

 ガルガンヤギが、頭を下から上に振り上げた。俺は剣ごと宙に放り投げられてしまう。

 マズイ!!ガルガンヤギがミルに狙いを定めているが、ミルは俺を見上げて気付いていない。リラさんの魔法も準備が出来ていない。

「!!!?」

 ミルに注意をしようとしたが、息が詰まって声が出ない。ファーンが気付いたようだが、それよりガルガンヤギの行動の方が早かった。ミルに向かって突進をする。ミルも気付いたが、明らかに反応が遅れている。


『エリューネ!!!!!』


 突然叫んだリラさんが手を前に突き出す。リラさんの手から突風が吹き出し、ガルガンヤギの巨体を20メートル以上も吹き飛ばしてしまう。

 俺は体をひねって着地に成功させてから、リラさんを唖然として見つめた。

「い、今のは?」

 俺の問に、リラさんも驚愕の表情を浮かべている。

 吹き飛ばされたガルガンヤギはヨロヨロと立ち上がると、ゆっくりと離れて逃げて行った。


「精霊のシルフが助けてくれました・・・・・・」

 リラさんが周囲をキョロキョロする。

「まさか、精霊魔法?」

 とてもレベル11のリラさんが使えるような威力の魔法では無い。精霊魔法だとすると、その強力さが充分わかる。

「い、いえ。その、とっさの事でしたから、自分でも何をしたのかわからないのですが・・・・・・」

 ミルがリラの右肩の上を見ながら笑顔で言った。

「エリューネが助けてくれたんだよね。でも、リラ。それが精霊魔法なんだよ」

 ミルが見ていた所にシルフがいるようだ。リラさんは今はシルフの姿が見えていないようだったが、自分の右肩の上の方を見て、ニッコリ微笑んだ。

「ありがとう、エリューネ」

 そして、空気をなでるように触ると、リラさんを一瞬そよ風が包んだ。

「精霊魔法はね、精霊との絆なんだって。だから、エリューネが助けようとしてくれたから、リラも使えたんだよ。もっと仲良くなって、いつも精霊を見れるようになれば、いろんな精霊魔法が使えるようになるよ」

 ミルがニコニコ説明する。

「すごいな~」

 俺は素直に感心する。しかし、精霊って本当にどうやって見るんだろうか?


「ミル。お前はいつも精霊が見えてるのか?」

 俺が聞くと、ミルは当たり前のように頷く。

「見えるよ。エリューネだけじゃ無くって、精霊はそこら中に沢山いるんだよ。強い精霊はあんまりいないけど、世界中は精霊で満ちているんだよ」

 そうなのか?俺はキョロキョロするが、やはり何も見えない。

「しかし、そうだとすると、お前はどんな風に世界が見えてるんだ?世界中に満ちている精霊を見ながらじゃ、生活しにくいだろうに・・・・・・」

 ちょっと世界中が精霊に満ちた光景を想像すると、非常にゴチャゴチャしている様に思えてしまう。

「え~~~?あたしには普通の事だから、そんな事言われてもわからないよ~~」

 ミルが頬を膨らます。

「でも、ハイエルフって俺たちからすると神秘でしか無いし、リラさんがシルフと仲良くする為のヒントになるかも知れないだろ?」

 最後の部分は思い付きで言ってみた。単純に俺の興味だったが、リラさんも俺の質問に食いついた。

「そうね。私も聞いてみたいわ。お願い、ミル」

「んんんん~~~~。普通の事を説明するのって難しいな~~~。えっとね~。ミルは多分、3つの見方があるような気がする。目で見ている光の世界と、精霊を見ている目。それと、なんか生き物とかを感じる目?何かそんな風になってるの。あっ。あとね、何か後ろの方まで見える目もあるの。何だろ?」


 ええ?つまり4つの視覚が同時に、或いは並行的に見えていて、ゴチャゴチャしないように、脳で整理できているってことか?

 「目で見る光の世界」ってのが、多分俺たち地上人が、普通に目で見ている視覚の事だと思うが、その他に3つの見え方があるわけだ。正直どう処理されて見えているのかさっぱりわからない。

 ただ、そうなると、多少なりとも精霊が見える地上人のリラさんの才能が、とんでもない物だという事はわかった。

 リラさんは、ミルの説明に頭をひねっている。でも、多分考えるより感じた方がいい気がする。

「だめね。多分、今みたいな精霊魔法は、まだ私には使えないと思うわ。もっとエリューネと仲良くならないと」

「そっか。リラの精霊は『エリューネ』って名前なんだな」

 ファーンが笑顔で言う。俺も始めて知った。何度か聞いてみたけど、リラさんは教えてくれなかったのだ。

 リラさんは少し赤い顔をする。

「良い名前だと思います」

 俺がそう言うと、リラさんの表情が明るくなる。

「ありがとう、カシム君」

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