白竜の棲む山  ギルドの司書様 1

 4月29日。

 俺たちの旅は順調に進み、いよいよザラ国とカナフカ国の国境の関所に差し掛かりつつあった。

 

 ここまでの旅は、グラーダ国の国境から南の小国シニスカ国にまず入った。

 エルフの大森林の近くの塔で悪魔の鎧を製造してた、魔法使いゼアルが侵攻しようとしていた国だ。

 シニスカ国は西にエルフの大森林、東に、アインザーク国中心まで縦断する「シヴァルス山脈」に挟まれた小さい国だ。

 立地に守られ、地形的にも切り立った山や、曲がりくねる川、急に現れる険しい崖など、変化に富んでいて攻めにくく、戦乱期にも独立を保っていられた国だ。


 俺たちは、冒険者証により国境の通過審査はほとんど必要ない。また、グラーダ国は出入国に関税は掛からないので無料で通過できた。

 だが、他の国ではここまでスムーズには行かないものだ。


 事実、次の国境越え、シニスカ国からザラ国への入国審査は多少の手続きが必要となった。

 冒険者証の提示と、入国理由の説明。出国税と入国税として、エレス通貨で1人50ペルナーずつの支払いがあった。4人合わせて200ペルナーなので、俺は銀貨で支払った。

 

 エレスの通貨は「狂王騒乱戦争」以降、グラーダ三世が強引に改革をしたおかげで、全世界通貨、価値、品質が統一されている。

 おかげで紙幣の発行も出来ているが、銀貨、金貨もまだ流通している。特に銀貨、金貨は祝い事や報奨金などで喜ばれる。

 通貨の単位は「シック」と「ペルナー」。

 10シックで1ペルナーとなる。それ以降は全てペルナー表記となる。

 まとめると以下のようになる。

  アルミ銭 = 1シック

  銅銭   = 1ペルナー =10シック

  ガリ銅(四角い貨幣)=5ペルナー

  銅貨(ベント)   = 10ペルナー

  銀貨(クエス)   = 200ペルナー

  金貨(ジール)   = 2000ペルナー

  真銀貨(ミスリル)=40000ペルナー(時価)

  紅金貨(オリハルコン)=2000000ペルナー(時価)

  紙幣は50ペルナー、100ペルナー、500ペルナー、

  1000ペルナーの4種類が発行されている。


 グラーダ条約により、価値がしっかり保障されているので、紙幣は普及していて、その分銀貨、金貨の方が流通量は減っているらしいが、冒険者は銀貨、金貨で報酬をもらいたがるので、冒険者である俺たちが銀貨を使うのは当たり前の光景だ。

 旅の多い商人は紙幣を好むのに、同じく旅の多い冒険者は硬貨を好む。

 見栄って奴だ。金貨銀貨のジャラジャラした袋をベルトに挟むと、いっぱしの冒険者が気取れる。もっとも、大金を持ってる奴は冒険拠点ホームとしている街の銀行に預けているのだろうが・・・・・・。

 

 余談ではあるが、独特の文化を持つ鎖国国家アズマでは、独自の通貨が存在していて、単位が「エン」という。一応エレス通貨も流通しているのだが、エンで換算すると、1ペルナー=100エンになるそうだ。


 俺たちの資金としては、主に俺が持ち出した金が割と潤沢にある。多少多めに持ってきているので、メンバーが4人に増えても、当面は問題ない。

 何ら報酬をもらえていない現状は、一行に掛かる必要経費を支払うことにしている。まあ、俺、実家金持ちだし。

 それでも、リラさんがお金を管理してくれているので、無駄な贅沢は出来ず、堅実に消費していってる。

 俺とファーンに任せると大変らしい。ミルは論外だ。でも、俺は別に金銭感覚普通だと思うんだけどなぁ~。考古学者として1年間1人で旅してたし・・・・・・。

 でも、リラさんこの出入国税が高いって文句言ってたなぁ。200ペルナーだから20000エン。こんな物じゃ無いかなぁ?

 

 次の国境越えはまた面倒だった。冒険者証と、出入国の理由。そして入国に当たって冒険者ギルドに問い合わせをする必要があった。まあ、関所の街にギルドがあるのでそれほど時間は掛からないのだが。

 で、出入国税が1人80ペルナー。また、リラさんが怒ってる。30ペルナーぐらいで良いんじゃないかってことだ。100ペルナーいってないんだから、まあ、良いんじゃないかとも思うが・・・・・・。ファーンは「うっへー!たっけーーーー!!」と行ってたから高いは高いのか。4人で320ペルナーだ。

 


 カナフカ国は、国土の半分近くを創世竜「白竜」の棲んでいるエリアになっているので、少なくとも他国からは守られているものの、その分、居住、生産可能のエリアが狭く、税収が低い。その為、関税に金を掛けざるを得なくなっているそうだ。


 しばらく待っていると、ギルドから身分を保障する旨があった。そして、すぐにギルドに顔を出して欲しいとの通達もあった。

「どうする?」

 ファーンが俺に尋ねる。

「カナフカに入ったから、一度はギルドに行って白竜の棲むエリアの情報を得たいと思っているが・・・・・・」

「行っちゃダメなの?」

 ミルが俺を見上げるように聞いてくる。

「いや、ダメじゃないんだけど、ちょっと面倒くさいんだよ」

「面倒って?」

「いや、俺たちの身元を確かめる為にギルドに連絡しただろう?・・・・・・って事は俺の事がギルドに知れているということだ。そうすると、白竜探索行をグラーダ三世に依頼された、白ランク冒険者だと言うことが知れているって事だ。となると色々と・・・・・・」

「騒がれるな。だから、そいつが面倒くさいんだ、ミル」

 ファーンが引き継いだ。リラさんも王城での大騒ぎや、その後の王都のギルドでの盛り上がりを知っているので、素直に頷く。

「そういう事なら、無視しましょ」

 あっさりリラさんが切り捨てる。

「大丈夫なもんなんですか?」

 無視するのは不味かったりしないのだろうか?

「大丈夫ですよ。他に依頼とかが入っていたのだとしても、優先してやるべき依頼がちゃんとあるのですし、実際はただ、話題の冒険者を見てみたいっていうだけだと思います。本当に重要な用件なら、向こうから関所に飛んでくるはずでしょ?」

「ああ、確かに」

 俺は納得する。

「じゃあ、もう少し小さい街でギルドに行って司書に相談しよう」

 そういう事になった。


 こうして俺たちはカナフカ国の関所の街ペゴティーを急ぎ足で通過した。



 カナフカは草原の多い国だ。グラーダほど立派には整えられていない街道の両側は、大抵が草原の風景だった。

 村落が近づくと畑が見えてくる。チラホラと丘が見えたりするが、比較的平坦な土地だ。

 もうすぐ5月の夏本番となるが、カナフカは標高が高いので、グラーダほどの暑さではないのが救いだ。とはいえ、歩いていると汗をかく。


 ミルはいつも元気で、前へ行ったり後ろに行ったり。

 ハイエルフって奴は疲れ知らずらしく、本当か嘘か分からないが、3日ぐらいなら休まず走り続けると言われている。どの程度の速さで走るのか分からないが、いずれにせよすごい事だと思う。まあ、ただの噂だとは思うが・・・・・・。

 でも、ミルは本当に元気で疲れる様子を見せない。子どもであることには間違いないが、13歳には見えない子どもっぽさで、見るもの見るものに楽しそうに反応している。


「わーい!バッタ見つけたよ~~~!」

 良くいろんな物を見つけてくる。カナフカに来る前は、突然姿を消したかと思ったら、しばらくして、野鳥を沢山伴って帰ってきたりしていた。何か鳥や獣と話しでも出来るかのように振る舞うことがある。


 ミルの着ている下着の精装衣シユー・クミーズだっけ?

 あれは通気性も良く、保温性も有り、暑い日は涼しく、寒い日は暖かくなるそうだ。だから、今のような暑い日は着ていた方が涼しいらしい。何という夢素材だろう。ただ、俺が着ても意味ない。

 というのも、あれは精霊感応繊維で出来ている。なので精霊と対話が出来る精霊使いでなくては機能を発揮できないのだそうだ。

 つまり、現状我がパーティーではミルしか着られない。その内リラさんも着られるようになるかも知れない。


 ミルは精装衣以外の服は色にバリエーションがあるものの、裾の短い半袖シャツと、やたらと短い短パンに太ももまである長いタイツで、スタイルとしては変わらない。割と可愛らしい色の物が好きなようで、派手だ。

 まあ、黄色や紫で全身染めている両親よりは遥かに可愛らしいが、盗賊としてはどうなのだろうかと思わざるを得ない。



 一方リラさんは、俺には見えないものに、時々話しかけている。

 リラさんとミルには見えているのであろう上位精霊シルフだ。

 その上位精霊は、普段はリラさんにも見えない所にいるらしいのだが、呼び出したり、シルフの方からかまって欲しい時には姿を現すそうだ。

 まだ会話は出来ないし、はっきりとした姿は見えないのだが、話しかけたり触れたりして交流を図っているそうだ。

「まだまだ精霊使いへの道は遠いですね」

 焦りも気負いも見せずに、風とたわむれて笑うリラさんは、尊く見える。だが、リラさんだけ涼しそうに見えるのでちょっとずるい。


 こうして改めて見るが、リラさんの旅装は冒険者としては不都合なのではと思う。特に服装である。

 白い絹の薄衣で、腰全体をコルセットのような革ベルトでとめているが、合わせになっている胸元は、時々豊かな谷間が垣間見えるし、足元も太もも辺りまでスリット状になっている為、歩く度におみ足が見え隠れする。

 かなり扇情的な服装だが、本人の清廉な雰囲気でいやらしさは感じられない。だが、清廉な雰囲気であるからこそ破壊力はでかい。

 

 本人は、故郷の正装だと言うことで、特に露出を気にしていないが、俺的には有り難いんだけどもヤバい。

 俺も男だ。気を付けてはいるが、どうしても胸元とか太ももに目が向いてしまう。戦闘になった時に気が散ってしまいそうだし、絶対にリラさんにイヤらしい視線を気付かれて軽蔑されてしまう。それはイヤだ。

 これは注意すべきか?だが、それで服装が改まるのも、何というか・・・・・・いけない気がする。この事は触れないようにするべきかも知れない。せめてもう少しは・・・・・・。

 でも、その内ファーンがいきなり確信に迫る事を言うかも知れないからなぁ。この男はその辺どう思っているのか、今度男同士の秘密の会合を開くべきだろう。

 

 それから、武器は持っていないが、木で出来た長い杖を持っている。上端がハンマーのような形になっているので、鈍器として使えるそうだ。

 だが、魔法を使う際の補助として、杖は有効なのだそうだ。


 後は小さい竪琴と、木製の横笛。

 キャンプの時に頼むと歌ったり演奏してくれる。王城の式典でソロで歌う歌姫に、目の前で歌って演奏してもらえるとは、なんて贅沢なことだろうか。


 足元は革製のサンダル。指とか出てるから、石とかに足ぶつけたら足の爪割れないか心配だ。ブーツも荷物としては持っているが、今はファーンのリュック「月視げつしはいのう」の中だ。

 黄色ランクなんだから、ある程度依頼をこなしてきたんだろうけど、こんな身なりで大丈夫だったんだろうか?

 

 そもそも、リラさんってどんな人なのか、ちょっと分からないんだよな。いや、とても清らかな人だというのは分かるんだけど・・・・・・。

 俺との旅なんて、歌を見つける以上に、危険しか無い無謀な旅だと思うんだけど、ここまでこだわる理由が分からない。

 ファーンは探究者としての手応えを掴んでいるっぽいからいいし、ミルは・・・・・・まあ、あの親の娘だからこんな感じなのかな?あまり気にしないようにしよう。

 だが、リラさんの目的は、俺のパーティーでは無くても果たせそうだし、他にも引く手あまたな気がする。

 だから、何というか、いてくれるのは助かるんだが、まだ俺の方が色々遠慮してしまう。


 リラさん自身は、本当にしっかりしているし、穏やかで大人だ。純粋に素敵な人だと思う。

 それに魔法の支援は助かる。

 リラさんは、毎朝俺たちに支援魔法を掛けてくれる。魔法使いの必須の仕事なんだけど、これが有ると無いとでは旅の安全や快適さに大きく影響する。

 疲労軽減魔法、精神異常耐性魔法、監視魔法阻害魔法、魔法探知魔法。

 これが有ればひとまず安心だ。他にもかけた方が良い支援魔法は有るが、一応レベル13の盗賊ハイエルフがいるので、索敵関係は街道を旅する分には充分だ。

 グラーダ国内は野盗たちもおらず安全ではあるが、他国では野盗や犯罪者による襲撃が野獣よりも恐ろしい。その中に魔法を使ってくる連中もいるので、魔法攻撃対策は常にしなければいけない。

 なので、リラさんにはいてくれないと困るのだが、まだ、申し訳なさが先に立ってしまう。


 なら、せめて俺が守れるようにならなくては・・・・・・。なんて、暫定レベル1の俺が言っても仕方が無いか。


「おい、カシム。お前、何かつまんないこと考えてないか?」

 ファーンが俺の方をジッと見て言う。

「つまんないことはないぞ。大事なことだ」

 俺が答えると、更に怪しむ目をする。

「じゃあ、やらしいことだろ。リラのことばっかり見てやがんの」

 ファーンが顔を寄せてきて俺の耳元にささやく。

「ば、ちが!ななな、何言って!!」

 俺が真っ赤になると、ファーンは満足気に笑う。

「ヒヒヒ。まあ、わかってんよ!でも、お前気にしすぎ!」

「ちょっとまて、誤解すんな!!」

「はあ?してねーよ!」

 ファーンが笑ってリラさんの方に行く。あいつめ、余計なこと言うなよ・・・・・・。そう思って見ていたが、何か普通に談笑しているみたいだ。

 あいつを見ているとうらやましくなる。どうも俺は女性と上手く話せない。なのに、あいつは誰とでも平気で話して、楽しく会話できる。

 これまで俺の身の回りにも女の人はいたけど、みんな小さい頃からの知り合いで家族みたいなものだし、それ以外では騎士の訓練ばっかりに日々だったので、友達すら作れなかった。

 だから、女の人との会話や友達としての会話、仲間としての会話の経験が、実はほとんど無かった。これは結構問題なのかも知れない。何とかしなければ。

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