旅の仲間  相棒 3

 リラが、この場に駆けつけるまでには、こんな経緯があった。

文化都市アメルでリザリエと別れたリラは、迷いの都市を最短で抜けて南下する為に、遠慮なく現地のアメルッ子に声をかけて案内してもらった。途中で食料などを仕入れる事にも成功している。

 カシムたちはまずアメルで迷って半日過ごしてしまっている。その上食料もない状態だったので、途中で狩りをしたり、タイムロスをしている。

 また、リラは疲労軽減魔法、疲労回復魔法も使って歩き続けた。もちろん夜は安全なポイントでの野宿をしている。カシムたちが村に到着した日には、丸1日休む事なく歩き続けて距離を一気に稼ぎ、その翌日、4月6日。早朝5時にカシム達が塔に向けて出発した3時間後に村に到着する。


 リラが村に入ると、入り口辺りで数人の村人が深刻そうに話し込んでいた。そこでリラがすぐに声をかける。

「こんにちは。私、冒険者ですが、どうかしましたか?」

 リラが声をかけると、村人達の表情が一瞬明るくなる。

「おお。良いところにいらっしゃいました冒険者様」

 応対したのはこの村の村長だった。

「実は夕べ、2人の冒険者様たちがこの村にいらっしゃったのですが、その時に私が村の困りごとを相談したのです」

『2人組ですって?カシムさんじゃないという事かしら?』

 リラはそう思ったが、表情に出す事なく微笑んで尋ねる。

「困りごとですか?」

 リラの余裕を感じさせる態度に、村長が意を決する。

「実は、この村からしばらく行った森の中に、いつの間にか塔が建っていたのです。それで我々が気味悪がっていて、冒険者ギルドに調査を依頼しようと思っていたところだと、その2人組の冒険者様に相談したのです。すると、その2人は自分たちで調査すると申し出てくれたのです。・・・・・・ですが、やはり心配で・・・・・・。」

 村長が思案顔で沈黙すると、別の村人がボソリとつぶやく。

「なんかあんまり強そうじゃなかったしな~」

「こ、これ!?」

 村長が慌ててたしなめる。

「で、でも白プレートだったし・・・・・・」

 叱られた男がなおも食い下がる。

『白プレート?やっぱりカシムさんかも』

「あ、あの。その冒険者たちって、1人は片目の若い男性でしたか?」

 リラが尋ねると、すぐに返事があった。

「そうです!お知り合いでしたか?もう1人はハーフエルフの若者です」

『ハーフエルフは知らないわね・・・・・・。でもこれで追いつける!』

 そう思いつつ、リラは表情を引き締める。

「大丈夫です。もう1人は知りませんが、その片目の方はとってもお強いです。なんと言っても『白銀の騎士』様のお孫さんですもの」

 「白銀の騎士」と聞いて、村人たちは全員目を丸くする。そして歓喜に沸く。

「な、なんと!?あの剣聖ジーン様の?!」

 リラは頷く。

「こ、これは大変な事だ!!我が村始まって以来の栄誉だ!白銀の騎士様のお孫さんがいらっしゃったとは!!」

 盛り上がりかけるが、リラは手を打って皆を静まらせる。

「ですが、恐らくこれは緊急事態です。大至急馬を飛ばして冒険者ギルドにご報告ください。アメルの冒険者ギルド本部が良いでしょう。『カシム・ペンダートン』が事件に遭遇したと報告すれば、すぐさま応援の部隊がやってくる事でしょう。至急報告する人の人選と準備をしてください。その間に、ギルドに提出する為、塔までの地図を作成してください。」

 リラがテキパキと村人に指示を与える。

「馬は2頭いますか?いれば1頭を私にお貸しください。それと、塔まで案内できる人を1人お願いします。私も大至急塔に向かいます!」


 リラの指示に村人が迅速に動く。

 30分ほどで全ての準備が整う。

 この村からアメルまでは、馬を飛ばせば夜には到着するだろう。若く、体重が軽く、馬に乗り慣れている村人が、地図と依頼書と礼金の前金を持って出発する。

 リラは、カシムが絡んでくる依頼なら、恐らく依頼料を村が払う事なく、むしろギルドか国から礼金がもらえる事になるだろうと思っていた。


 本来はこの時点で事の重大さに気付くはずもないのだが、リラがここまで事を大事と判断した理由は「勘」である。

 カシムが巻き込まれたのであれば、恐らく大きな事件になるのではという予感があった。

 なんと言ってもカシムはあの白銀の騎士の孫なのだ。大きな事件がカシムを放っては置かないのではないか。

 もし何もなければ、本当はそれが一番良いのだ。大げさにしても構わない。

 

 そして、リラも、案内できる狩人の駆る馬の背に、乗り塔を目指した。



 馬で急ぐ事4時間。

 塔も近くなってきた辺りで、突然「ドーーーーーーン!!!」と爆発音がして木々の間から空を見ると、一筋の赤い煙が見えた。

「何?狼煙のろし?!」

 リラが叫ぶと、馬を操っていた狩人が言う。

「塔はあの煙の辺りです!!」

 リラは、自分の予感が正しかった事を悟った。

「急いでください!!」

「はい!しっかりお掴まりください!!」

 狩人が馬の腹を強く蹴り、馬が勢いよく走り始めた。


 木々の間を巧みな馬術ですり抜けて、あっという間に塔に着いた。

 赤い狼煙は、風に流される事なく、空に向かって赤く立ち登っているが、発煙元には火の気の物はなく、人の姿もない。

 誰かがこの場所に変事がある事を知り、周囲の誰かにこの場所を教える為に打ち上げたアイテムだろう。

 これは冒険者ギルドでも売っているアイテムで、見た目は小さい筒で、下側に摩擦熱を与えることで、筒の先端から発煙弾が煙を吹き出しながら花火のように打ち上がり、煙はしばらく空中にとどまる物だ。

 色は数種類存在する。基本的に赤はSOSのサインだ。


 誰が打ち上げた?

 カシムだろうか、とも思ったが、今はそれを考えるより、塔内部の様子が気になる。さっきから塔の中で激しい戦闘音が鳴り響いていた。

「案内ありがとうございました。ここからは冒険者である私の仕事です。どうか、ここでお待ちください」 

 リラは決然と告げると馬から飛び降りる。狩人は心配そうにリラを見つめたが「わかりました」と答える。

「ここで待っていますので、どうかお気を付けて・・・・・・」

 リラは狩人に微笑みかける。


 本当は男性が苦手なリラなので、狩人にしがみついて馬に乗っているのは、大変緊張していたのだが、冒険者として、吟遊詩人として振る舞う限りは、何とか余裕ある風に装(よそお)えている。

 完全に余談ではあるが、緊迫したこんな状況ながら、狩人の方も、かなりドギマギしていた事をここで告げておこう。

 だが、2人とも、お互いの役割を理解して、無理を押して緊迫した雰囲気を作りきっていた。

 

 リラは周囲を警戒しつつも塔の入り口のドアに駆け寄る。だが、恐らくこのドアには何らかの罠が仕掛けられているはずだ。うかつには触れない。そう思い迷っていたら、内部での戦闘音が途絶えた。

「急がなきゃ!」

 どんな罠だろうが構ってなどいられない。リラがドアの取っ手に手をかけようとしたその時、疾風と共に黄色い男が姿を現し、リラの手を掴む。

「待ちなさい。罠なら拙者に任せるでござる」

 そう言うとその黄色い男は、取っ手に近づきどこからか出した針金で鍵穴をいじくる。

 黄色い男の髪は見事なエメラルドグリーンで尖った長い耳。どうやら村に住み着いたハイエルフ一家の父親のようだとわかった。

「あなた、どうして・・・・・・」

 リラの問いに、黄色いハイエルフが軽く笑い、赤く立ち上る狼煙を指さす。

「あれが見えたでござる」

 今はドアの隙間に何かカードのような物を差し込んだりしている。手の動きがとても素早い。「盗賊」職のようだ。

 言うまでもないが、「盗賊」とはいっても、人を襲って盗みを働く犯罪者集団の事ではない。冒険者の職業としての「盗賊」である。


 冒険者の「盗賊」といえば、索敵や斥候、鍵や罠の解除を専門とした、パーティーを組む上で必要性の高い職業だ。

 黄色い男は、手を動かしながら説明を続ける。

「いやいや。拙者ら夫婦は、うちの娘が修行中に行方不明になってしまったようなので、ここ数日探し回っていたのでござるよ。そうしたら、狼煙が上がったので駆けつけたまででござる」

「では、お助けください!」

 ハイエルフの戦闘力は人間を遥にしのぐ。ここで助力を得ないわけには行かない。

「心配召されるな。無論そのつもりでござる」

 そう言って笑うハイエルフの男性は、無音でドアを開け放つ。


「では参ろう、吟遊詩人殿。敵は2階ですぞ」

 黄色いハイエルフはそう言うと姿が薄れていき、ボンヤリとしか認識できないが、どうやらさっさとはしごに取り付いて登って行ってしまったようだ。

 リラも慌てて後に続く。塔の中には所狭しと黒い巨大な鎧が林立していて、邪悪な気配がヒシヒシと伝わる。

 はしごにたどり着くと2階からの声が届く。

「私が得意な魔法はね、精神系魔法さ。特に人を操る魔法は得意でね。おかげで人を掠う事は朝飯前なのさ」

 リラは状況を推測する。カシムは今、魔法使いの精神魔法によって苦境に立たされている。それならば、自分のやるべき事は一つだ。


 リラは吟遊詩人で魔法が使える。冒険者の吟遊詩人の役割と言えば、歌で仲間の士気を高めたり、心の安静を与えたりする他、魔法での支援がある。

 実際には歌自体に魔法のような力はないのである。なので、吟遊詩人は大抵は支援系の魔法が使える。さらに記録係、マッパーとしての技能が求められる事がある。

 リラは都会でこそ方向音痴になるが、自然環境での方向感覚は優れている。迷宮でもマッパーとして充分活躍できるレベルだ。そして、魔法は例に漏れず支援系、回復系の魔法を使える他、風魔法も得意としていた。


 冒険者ランクは下から2番目の黄色ランクだが、レベルは11。高い魔力特性を持っている。


 すぐに口の中で精神系魔法解除の中級魔法を唱え始める。


『シュレーデル・エイミス。シュレーデル・エイミス。自由を司る風よ、汝の力を貸したまえ。忌むべき心惑わす魔法を退けたまえ。風の神ヘルメスの名において我が命ずる・・・・・・』


 そして、はしごを登り切るや、うつむき跪くカシム目がけて解除の魔法を放つ。


『リアリード!!』



 そして現在に至る。

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