旅の仲間 冒険開始 3
「さて、腹がへったぞ!」
田舎道をのんびり歩きながらエルフの大森林の方に歩いていた俺たちだが、俺の隣でファーンが言う。
「もう少し先に村があるはずだ。そこまで我慢しろ」
「あとどれくらい?」
「今夜くらいには着くんじゃないか?」
アメルを逃げるように飛び出して2日。この辺りに来ると、道はあるが民家ももうない。それもそのはず、エルフの大森林が目前に迫ってきているからだ。
エルフの大森林には純粋なエルフ「ハイエルフ」たちが住んでいて、森の外と中では全く違う世界になっている。エルフの大森林の中の事を、この世界の中にある異世界として、「天界」、「魔界」、「地獄」、創世竜たちの「領域」に加えて、「精霊界」と人々は呼んでいた。
外の世界の住人はエルフの大森林に入る事はおろか、近付くのさえ恐れている。
エルフの大森林に入って、出て来られた人間はほとんどいない。いても気が狂っていたり、何十年も経ってから死人同然になって帰ってくるなんて話しが、昔から言い伝えられている。
親が子どもに言う事を聞かせるのに「言う事を聞かないとエルフの森の妖精につれていかれちゃうよ」なんて言ったりする。
生ける伝説の俺の祖父や、闘神王でさえ、エルフの大森林には立ち入っていない。グラーダ国領内にありながら、そこには一切関与しないものとしている。
広大な森林で、小さな国であれば2~3個分の面積を持っている。
そんな恐ろしい場所がすぐ近くにある為に、この道の先には村が一つあるだけで、後はエルフの大森林の東側を沿って進むだけの道となり、グラーダの国境を越えて「シニスカ」、「ザラ」を経て「カナフカ」に達している。
南下するこの道を行く乗り合い馬車もないので、俺たちは歩いて旅をしていた。
「ああ。腹が減ったよぅ。昨日の昼からなんも食ってないよ~」
ファーンが喚く。俺にしてみれば、たかが1日2日、何も食わなくても問題ない。「無明の行」ではいったい何日食わなかった事やら。
だが、食えるなら食っておくのも大切だし、ファーンもうるさいし、なんだか哀れに見える。
本当ならアメルで色々準備してから旅立つつもりだったのだが、とにかく逃げるように出てきてしまった。東西に進む街道なら栄えているので、何処でも食事や宿には困らないが、南に進むこの道はそうはいかなかった。驚くほど何もない。完全に誤算だった。
こういうことはギルドの図書館で司書様に相談すべき事だったんだ。
それに俺も噂で聞いていたギルドの花形、図書館の司書様に会ってみたかった。皆、美男美女でとにかく丁寧に優しく接してくれる。
戦闘色の濃い受付とは大違いだ。ギルドもそこんとこわかってるようで、能力以上に顔で選ぶそうだ。人気の司書はそれだけ給料も良いらしい。なので、司書も担当を指名されるよう、勉強したりするのはもちろんだが、どうもいろんな手段を使ったりするとか言うけしからん都市伝説もある。
それが本当かは知らないが、花形職業の司書様には会ってみたかった。
「しょうがない。ファーン。道を逸れるぞ」
俺は何もない田舎道を逸れて、西側に広がる森に入っていく。
「お、おいおい。森に入ってだいじょうぶなのか?」
ファーンが慌てて俺を止めようとする。
「お前、ハーフエルフだろうが?エルフの大森林が怖いのか?」
俺はあきれる。
「バッカ野郎!オレは高貴な『ハイエルフ』様と違って、うっす汚れたちんけな『廃エルフ』だぜ!なめんなよ!」
「お前、言ってて悲しくなんないの?」
「なんでだよ!!」
なんで俺が怒られなきゃなならないんだよ。
「心配するなよ。エルフの大森林はもっと先だ。ここはただの森だ。この先山になってる」
俺がそう言うと、ファーンは納得する。
「そういやそうだ。エルフの森って村の先だもんな」
ファーンが胸をなで下ろす。
「俺が疑問に思ったのは、ハーフエルフでもあの森を恐れるのかってことだ」
ちょっと興味が湧いたので聞いてみた。すると、ファーンが片眉を上げてため息を付く。
「いや、あのな、カシム。あそこを恐れないのってハイエルフ様たちだけだぜ。他のどんな種族も、野生の生き物もあそこには近寄らないぜ。ハーフじゃ無いエルフ族だって右に同じだ」
なんと!?そうなのか?
「マジか?!すごいな、エルフの大森林」
「すごいだろ!」
お前が胸を張るな。
俺は、森の中に分け入りながら、自分の装備を確かめる。今は額当て以外はフル装備だ。頼りになるのは、投擲技術と無明の行で習得した前周囲索敵。
俺は早速気配を探る。
「げ」
思わず呻いたのをファーンが聞き咎める。
「どうした?」
「いや・・・・・・」
なんてことだ。あの夜には遥か遠くの鳥の揺らす木の枝まで察知できたのに、今は俺の周囲10メートルの気配しか察知できない。
いや、それでもすごい事なんだろうけど、感覚の鈍り方のひどさに愕然とする。あの時は極限状態だった事もあるにしても、ここまでとは・・・・・・。
右目が見えないのをカバーする程度には充分だが、それにしても俺の才能の無さに、修行を付けてくれた祖父に心の中で詫びる。
もう、しばらくはこの感覚をずっと解放して生活した方が良いのかも知れない。できるかなぁ・・・・・・。
俺たちはしばらく森の中を進む。道なき道を切り開いて進んでいる内に、よく見ると枝が折れていたり、下草が踏まれている場所を見つけた。
俺は、後ろからガサガサやかましく付いてくるファーンに手で合図する。
「どうした?」
さすがに声のトーンを落としてファーンが俺の隣に来る。
「獣道だ。ここからしばらく静かに進みたい。出来るか?」
エルフなら問題なく静かに出来る。ハーフエルフでもその技能を持つ者もいる。こいつは?
「うむ。最善をつくそう」
・・・・・・期待は出来そうにない。まあ、俺もそこまで得意じゃない。
俺たちは出来るだけ静かに獣道を進む。するとすぐに生き物の気配を感じた。少し先の獣道を、少し右に逸れた辺りで草が揺れた。足を止めてじっと待つ。
すると、小さなウサギが辺りを警戒しながら顔を出す。
俺はズボンから投げナイフをそっと抜く。距離にして30メートル。草や木があり上手く狙えない。距離もある。少し待つと、ウサギがヒョコヒョコと歩き出す。
距離はあるが、ちょうど木と木の間に通りかかった。
俺はその一瞬を逃さすナイフを投擲する。同時にもう1本のナイフを抜いて立ち上がる。そして、ウサギに向けて構えるが、上手い具合最初のナイフがウサギののどに刺さる。
俺は急いでウサギの元に向かう。
たどり着くと、ウサギは動けないが、まだ息をしていた。俺は投げナイフをしまうと、胸当ての左胸に付けてあるナイフを抜く。
「ごめんな。ありがとう」
そうつぶやくと俺はウサギののどを裂きこれ以上苦しませないようにとどめを刺す。
「やるじゃん、やるじゃん!」
ファーンがはしゃぐ。俺はじろりと横目で睨むが、ファーンは何処吹く風だ。
近くに川はなさそうなので、やむを得ずここで血抜きをする。そして、腹の皮をナイフで割いて、ウサギの皮を丁寧に剥いでいく。手足を切断すると、皮は丸ごと剥がす事が出来る。
そして腹を割くと内蔵は抜き取る。食べられる臓器もあるが肝意外は土に埋める。処理をしている時間的余裕がない。他の野生動物が匂いに釣られてここに来るのを避ける為に、急いで土に埋めることにした訳だ。
この辺りには人がほとんど来ない。と言う事は、野生の生き物が沢山いるし、魔力を持った魔獣とかモンスター認定されている生き物もいるかも知れない。いや、いるだろう。なので、出来るだけ早くこの場を離れたい。
ウサギの解体が済むと、俺たちは急いでその場を離れた。 元の道に戻る道すがら、食べられる野草をいくつか摘んでいく。
俺は道の見えるところまで来ると、少し開けている場所に荷物を降ろす。そして、すぐに土を掘ってかまどを用意して火を付ける。砂漠と違って沢山乾いた小枝が手に入るので楽だ。
俺は部位ごとに解体したウサギの肉に鉄製のペグを突き刺し、塩を振りかける、かまどのちょうど上に張り出している木の枝にウサギの肉を吊して火で
大きく解体したので4つの肉が吊り下げられている。炙りながら、時々回して
並行してかまどの端で鍋に水を入れて沸かす。
ファーンは横で見てるだけ。「おお」とか「なるほど」とかいちいちうるさいが気にしない。
湯を沸かしているうちに、摘んできた野草をちぎって鍋に放り込んでいく。セリやツリガネニンジンだ。そして、小さく切ったウサギの肉も入れ、塩こしょうで味付けする。
出来上がるまでの間に、さっき取ったばかりのウサギの肝をペグで刺して直火であぶる。ナイフで切ってファーンに勧めるがファーンはブンブン首を振る。
「いやいや!オレは遠慮するよ」
「そうか」
では遠慮なく俺が全部食う。他の部位もちゃんと処理したりすれば食べれるのだが、やはり山でもたもたしていては危険だ。
ファーンはレベル3だし、俺だってそう変わらないだろう。強い魔獣が出てきたら命取りだ。モンスターに遭遇したら、簡単には逃げられないかも知れない。
モンスターは人に害なす好戦的な生き物だ。ゴブリンとか、コボルトとかがそうである。
さて、鍋のスープは出来たようだ。肉も焼けてきた。
「なあ、まだか?まだか?」
良い匂いがしてきたのでファーンがうるさい。とりあえずファーンからお椀を受け取りスープをよそってやる。
「おお、サンキュ!うまそうだ!」
ファーンはフーフーと息をかけてスープを冷ましながら一口すする。
「おお。うまいな!あれだけの材料でたいしたもんだ」
「お前、何にもしてないな・・・・・・」
俺があきれると、ファーンは悪びれずに言い返す。
「何言ってんだよ。こうして今飯を食ってるじゃないか!うまい料理をありがとよ!」
・・・・・・こいつ、もしかしてずっとこんな感じなのか?
あきれるが、まあいい。こいつは「自分は死なない」と言ってるんだ。なら、俺が死ぬのをこいつに見届けてもらって、グラーダ王に報告してもらえばいいんだ。それも大事な役目だ。その為にこいつと一緒にいよう。
そんな事を思いながら俺もスープをすする。ん?なんか苦いな。アクが結構出てる。ちょっと失敗料理だぞ、これ。
そう思ってチラリとファーンを見ると、時々顔をしかめている。ファーンも失敗料理だとは思っているんだ。なのに「うまい、うまい」と言ってくれてるのか・・・・・・。
悪い奴ではないんだよなぁ、やっぱり。
俺は少しファーンを見直した。
スープを飲み終わった辺りでウサギ肉も焼けた頃合いだ。こいつは間違いなく美味いはずだ。ウサギの肉は軟らかくてジューシーなんだ。
俺は部位ごとに解体してつるしていたウサギの肉を全部降ろして、ペグとロープを回収する。
そして、ウサギの足の部位を手に取ろうとした時、少し離れた森の奥から「グルルルオオオオオオン」と、野太い吠え声がした。
「ヤバい!大型の野獣に違いない!!逃げるぞ!」
俺は荷物を背負って急いで立ち上がる。
「そんな!?肉!!」
「置いてけ!それに惹きつけられている隙に逃げる!」
大急ぎでかまどに土をぶっかけて火を消す。その土がウサギの肉にもかかる。
「あああああーー!お前ぇーーーー!」
ファーンが未練がましくウサギ肉を見て叫ぶが俺は無視して道に向かって走り出す。
それを見たファーンも、一度ウサギ肉を振り返るが、また「グルルルルオオオオン」と吠え声がしたので慌てて俺に続く。吠え声は確実にさっきより近い。
「ああああん。オレの肉ぅぅぅぅぅぅ~~~!!」
俺たちは道に出てもしばらくは全速力で走って行った。
しばらく走ってから、ようやく立ち止まる。
うなり声は遠くなったが、追ってきている気配は無い。
「オレの・・・・・・肉ぅ~~」
息を切らしつつ、まだファーンが嘆いている。
俺は訓練していたので、この程度では息は乱さないくらいには体力がある。
「まあ、仕方が無い。この先の村まで我慢だな」
俺がそう言うと、ファーンが口をへの字に結んで俺を睨む。睨んでも俺のせいじゃないっての・・・・・・。
「わかったよう。我慢するよう・・・・・・」
ファーンが半べそをかく。いや。ボロボロと涙を流し始めた。泣くなよ、マジで。
哀れなり、ファーン。
その時、周囲の森から、パキパキと小枝を踏む音が聞こえる。ガサガサと草を揺らす音も。
しかも1つ2つじゃ無い。
キョロキョロと辺りを窺うが、姿は見えない。
音からしても大型の野獣ではなさそうだが、群れと言うのは、それはそれで困る。
「ファーンさん?」
「お、おう。心得ているぜ・・・・・・」
俺は頷くと、ダッシュで走り出す。
ファーンも俺にピッタリ付いて走る。いや、俺を追い抜く勢いだ。
うわっ!?コイツ逃げ足速い!!俺を抜いて更にぐんぐん差を付けていく。さっきまでベソかいてたクセに、元気じゃん。
さっきまで俺たちがいた辺りで、獣が複数吠える声がしている。
追いかけては来ない様子だが、それを確認する為に振り返るような事はせず、ひたすら前を向いて走り続けた。
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