奇跡のモブと謎の転校生

「おはよう!」


 と、真正面から声をかけられてはじめて、二人はモブの存在に気づいた。

 あのねが悔しそうに顔をゆがめて司を解放する。人前で白浜町のことを口にするのは危険だ。しかも相手は茂部(もぶ)だ。


 あのねが警戒するのも無理はなかった。この茂部という男、じつは奇跡のモブである。


 第一ボタンまでキッチリとしめられた制服の着こなしに、遊び心など一切介在せず、個性の発露を極限まで抑えた見事なモブスタイル。平均的な顔立ちに平均的な体形で、容易に群集に紛れてしまう。朝のホームルームで点呼を飛ばされることなど日常茶飯事。気づいたらそこにいたりいなかったりするのは平常運転。


 そもそもが地味な陰キャなのだが、陰キャであることを主張する灰汁すらないのが、この茂部という男の凄みであった。そのくせ一匹狼(笑)な司に屈託なく絡んでくるし、たまに宇宙人トークにも付き合ってくれる。つまりモブとして底が知れない。


 だが凡人は達人の技量を見抜けぬもの。司は茂部の凄まじさに気づいていないので、白浜町の話題を無邪気に振った。


「ちょうどよかった。白浜町が宇座南になって『第七管区』になってるんだけど、茂部もそんな地名聞いたことないよな」


 あのねがものすごい形相で口をぱくぱくさせる。

 茂部もまた「ははは、なに言ってるの。そんな中二病な地名、宇座市にも近隣の市町村にもないよ!」


 ……なんて言うはずがなかった。びくっと身震いして、それから意味深に目をそらし、長すぎる前髪の先をもちょもちょといじる。もちろんうんともすんとも答えず気配だけを消す。それが茂部のモブとしての処世術だ。


 先ほどと同じ、ぎこちない空気が流れる。どうも様子がおかしかった。茂部もこういう地名は絶対好きなはずなのに、全然食いついてこないし、むしろ「禁忌を犯した愚か者がおるわ」みたいな態度で司を避けようとしている。そもそも地名の変更を知っていたのなら、なぜ教えてくれなかった? トモダチなのに、ナンデ?


 いまにもまた口を開きそうな司を遮るように、あのねがわざとらしく話題を変えた。


「おはよう茂部君! 今日は転校生が来るんだってね? どんな子が来るか知ってる?」

「えっ、ええ、うん! ぼ、ぼくはまだ知らないなー!」


 茂部はその話題に食いついた。そうせざるをえないくらい、宇座市民にとって白浜町の話題は危険なのだ。


「一年と三年と一人ずつ編入なんだってー」

「へえ、三年に編入なんてめずらしいね。兄弟なのかなー?」

「知らないけど、たぶんそうだよ。二人とも危険人物なんだって! やばいらしいよ……!」


 見るからに下手くそな演技をはじめた二人の間に、司はコミュ障らしく無理やり割って入ろうとする。


「おい、あからさまに話をそらすなよ。茂部に第七管区のことを聞こうと――」


 その言葉にかぶせるように、茂部が声を上ずらせた。


「へえええええ、やばいんだ! わあ、どんな子なんだろう!!!」


 危険な話題を避けるためには、ときに目立つことも厭わない。高度に訓練されたモブにはそれができる。


「あのさぁ……俺、そんなにまずいこと言ってるか? 白浜町が――」


 あのねもモブに負けじと演技感を増し増しにする。


「兄も危険だけど! 妹のほうはさらに危険らしくて! 前の学校で教頭と不倫して、それで転校してきたらしいよ!」

「ほんとなんなんだよ、おまえら! 地名が変わっただけなのに、そんな反応することないじゃんか」


 司も地団駄を踏みたい気分だ(演技じゃない)


「ひええええええ、すごいねぇっ!」


 茂部がおおげさに頭をかかえた。モブではあるが、いざとなればアメリカでも通用するくらい激しいジェスチャーをする。あのねも感化されて顔芸が欧米化した。なんかこう、目配せ力が強くて眉がすごく動く感じだ。


「あと帰国子女で、アマゾンで五年くらい暮らしてたから五年くらいダブってるって。不倫のほうはさすがにガセで、実際は半グレをうっかり殲滅しちゃって、残党から命を狙われてめんどくさいから引っ越して来たっていう話もあるよ!」

「俺の話、聞けって!」

「わあ! 宇都宮からの転校生なんだね! 僕、餃子好きだなー!」

「餃子の話はうかつにしないほうがいいよ、残党だと思われたら危険だよ!」

「どうしちゃったんだよ、おまえら、おかしいよ!」

「そ、そうだね! 気をつけなくっちゃ! そうだ! そろそろ予鈴が鳴るね! 僕らは教室が遠いから、もう行かなくっちゃ!」

「そうね!」


 ちょうど予鈴が鳴りはじめた。茂部とあのねは特進クラスの優等生らしく、模範的なるんるんスキップで教室に向かおうとする。が、あのねが一瞬だけ真顔に戻って司にくぎをさす。


「死にたくなかったら、今日一日誰ともしゃべらないこと! いいね!」

「なんでだよ!」


 そうこうしているうちに予鈴が鳴り終わる。あのねはすぐにお花畑モードに戻り、るんるんスキップで去っていった。


「なんでだよ……」


 頼みの綱だった知り合い二人に逃げられた。頭の中は「第七管区」への疑問とツッコミでいっぱいのままだ。しかも誰ともしゃべるなとか言われたし、ツッコミの嵐は行き場を失ったも同然である。


 一日中誰ともしゃべらないだけなら、まったく平気だし、むしろ司にとってはそれが日常だ。だが「第七管区」へのツッコミを一人で抱え続けるのは、最高峰のボッチ耐性をもってしてもかなりの苦行である。


 途方にくれ呆然とする司に、またもや近づいてくるあやしい人影があった。しかも今度はふたつだ。声を掛けられそうな気配を察知した司は、すぐにその場を離れようとしたが、あやしい人影はお構いなしに呼び掛けてきた。


「そこのおまえ」


 しかも声がでかい。

 さすがに聞こえなかったふりもできなくて、司はしぶしぶ振り返った。

 そして勢いよく吸い込んだ空気で、喉がヒュッと鳴った。


 花粉用高級マスクを着用したポニーテールの背の高い男と、UFOみたいな形状の桃色の髪をした女がいた。

 よく見れば、二人とも学校の制服を着ているのだが、お仕着せの無難さをもってしても相殺できない、濃厚な不審者の気配が漂っている。

 が、司が恐怖したポイントはそこではない。


 記憶が風化するにはいささか早過ぎる。脳裏に蘇るのは、昼下がりのアルマゲドン。空から降ってきた少女――ではなく、最直線軌道で顔面に着弾したパンツの柄は、桃色ストライプ。


 その持ち主が、目の前にいた。


 無表情ではあるが、彼女の機嫌が極悪に振り切れた気配を、コミュ障の司ですら察知していた。

 当然だ。

 事故とはいえ、自分のスカートの中身を見た野郎と再会してしまったのだから。

 司もこんなかたちで再会するとは夢にも思っていなかった。避けようがなかったとはいえ、記憶が曖昧になっているとはいえ、確かにパンツは拝んだ。


 衝突事故としてなら彼は被害者だ。

 しかしジェンダー論的な見地からすると、九割九分九厘くらいで司に賠償責任が発生するのではないか? 信号無視をした歩行者をはねた車に責任が生じるように、空から降って来たパンツを顔面で受け止めた男は犯罪者。

 それが、理不尽極まりない世間の下す判断であろう。


 しかも司は彼女に対してなんの「謝罪」もしていない。おそらく司の心象はド底辺を限界突破している。いますぐにでも、土下座して謝って命乞いをすべき事案が発生していた。


「おいおまえ、聞こえているか」


 目下大混乱中の司に向かって、女は居丈高に言った。


「我々を職員室とやらに案内しろ。可及的速やかに、だ」


 司は恐怖で腰が抜けそうなのを堪えながら、ふらふらと中途半端に腕をあげた。本来なら謝罪を優先したいところだが、彼女は道案内を希望している。ならば、まずはそれに応えねばならない。


 よろめきながらも、職員室をなんとか指さしたつもりだった。でも、腕が震えてうまく指せない。


 極めて宇宙的な髪形の女子は、さらなる情報の提供を不動の姿勢で待っている。無言の圧力が凄まじい。絶対に怒っている。

 司は口を開いた。


「あえぃ……あちっ……へへっ……!」


 しかしまともな言葉は出てこなかった。初対面の人間と朗らかに挨拶を交わす技術を会得していたら、そもそもコミュ障なんてしていないのである。


 こちらの挙動不審な様子に、女の眼差しは剣呑になる一方だし、隣の男のほうはポケットに手を突っ込んでの我関せずポーズだ。絶対に助けてくれそうにない。


 司はフィジカルのほうはそこそこ強いが、メンタルはぺらっぺらの紙装甲だ。この程度の他者とのやりとりだけで精神は極限状態、もはや瀕死と言っても過言ではない。


「……ふはははははは――うひぃ!?」


 パニックを極めた司は、突然カバンに手を突っ込んだ。その行動に、女はさっと身構えて間合いをとる。確かに「挑発」と受け取られても、文句は言えなかった(あいにく恐怖で目も血走っていた)


 しかし取り出したるは屋上地上絵用のチョークだ。恐怖のあまりすぐにへし折ってしまいそうになるそれを、司は大きく振りかぶった。

 次の瞬間、彼は残像とともに姿を消した。


「……なにッ!?」


 女が身を乗り出す。男の方がそれをそっと押し留めると、無言でつんつんと地面を指した。女は驚愕に目を見ひらいた。


「あいつ! 一瞬でこれを描いたというのか!」


 二人の不審者の足元一面に、宇座高校の見取り図がチョークで描かれている。ご丁寧に現在地からのルートも示されており、ゴール地点には『職員室はココだョ!』という吹き出し付きのポップな飾り文字まで添えられていた。





 カバンを抱えた星野司が逃げ込んだのは、一年四組の教室だった。ちょうど点呼がはじまろうというところだった。


 汗だくで勢いよく駆け込んできた司に、クラス中が不審者を見るような目を向けたが、べつに教室を間違えたわけではない。ただ目を血走らせながら「……シャザイ……ドゲザ……ハラキリ……」なとど呟いている姿が、率直に言って狂人に見えただけだ。


 鬼気迫った気配に気づいたのか、担任が名簿から顔を上げた。ムチムチボディが今日もエロい、泣きぼくろの妖艶なファムファタール。着任早々学年主任に猛アタックされるも、ドSムーブで尋常に奴隷化した辣腕SM女王――と噂されているらしいが、本当のところはどうだか知らない。なぜなら司は宇宙戦闘民族。地上のことはよくわからない。それにいまはそれどころじゃない。


「あら星野君、こんな時間にめずらしいじゃない」


 名簿にチェックを入れる姿もクールビューティ。普通の男子高校生なら、彼女が担任というだけで遅刻はしないし、無視するなんてもってのほか。


 だが、司は無視した。より正確に言うならば、気づけなかった。亡霊のようにふらふらと自分の席にたどり着くと、気持ち前屈みにちょこんと座った。その姿は、まるで育ちすぎた座敷童だ。


 相変わらず、切腹がどうのと小声でつぶやき続けているのも狂気じみている。司の前後左右の生徒は怯えて、一斉に机を引き距離を取った。みんな、司からなるべく遠ざかろうとしているのだ。


 教室全体が謎の緊張と困惑で満たされつつあるなか、ただ担任だけが、淡々と点呼を取り続けていた。


「……ジコ……サイハツ……ウチクビ……」


 人の群れに紛れていることの安心感を、生まれてはじめて、痛いほど噛みしめる。


 パンツ星人の衝撃で第七管区のことはすっかり忘れてしまった司なのであった。

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