宇宙戦闘民族(笑)の本気

 司は頭を抱えて床に伏せた。


 パァアン! ――パリンッ


 甲高い炸裂音とゴムの焼けるにおい。そして、パラパラと粉塵が舞い降りてくる。辺りから一瞬、音という音、気配という気配が消えた。


 司はおそるおそる顔を上げた。天井の一部が黒くくすぶっている。煤にまみれた穴の中には割れたライトがあって、チリチリと黄色い火花を散らしていた。


 いきなり襟首をねじりあげられる。司は「キュッ」と小動物の悲鳴のような声を出した。まひるちゃんがキレていた。


「なぜ投げ捨てた!」

「なんでって、爆発しそうになったら投げるだろ普通!」


 身体をよじってまひるちゃんの手を振りほどく。


「もういい! おまえに期待した私がバカだった!」


 まひるちゃんは踵をかえした。おもむろに握り拳をつくり、脇を締める。ウザエモンぬいぐるみの詰まったクレーンゲームの筐体をストレート一撃で破壊する。

 司はあきれてツッコミを入れた。


「アームに細工してまでして手に入れたのに、結局破壊するのかよ」


 まひるちゃんはフンッと鼻でわらった。


「地球の女子高生は奥ゆかしいから、めったなことでは破壊活動をしないのだ」

「そうですね。よく知ってますよ」

「ま、この程度のことは素人でも知っているだろうな!」


 ツッコミに疲れた司が再び思考停止に陥りかけた、そのときだ。


 デュアルシュノーケルマスク(のような装備)で顔面を覆った不審者の、シュノーケルの部分が前方向に九〇度回転した。先端が司に狙いを定める。その姿は仰角を極限まで抑えたキャノン砲にも似ている。


 前傾したパイプ先端に向かって電子回路を思わせるエメラルドグリーンの細い光輝が数条走った。光は「砲口」に集積し、膨れ上がり、そして閾値を超えた。


 猫背ぎみのマッチョの両側頭部から、音もなくビームが放たれる。それは司の胸部を薙いだ――ように思われたが、彼は『宇宙戦闘民族』であるフィロスの皇子(笑)だ。帝政フィロスの第一皇位継承権を持つ者としては、この程度のビーム、昼寝をしながらでも避けられる。


 実戦訓練こそ受けたことはないが、イメージトレーニング(笑)だけは十分に積んできた。垂直方向から見て約三〇度、上体を傾ける。そうすれば理論上はビームに当たらない――


 第二ボタンが吹っ飛び、一拍遅れて、硬い床にコツンと音を立てて落ちた。ボタンはツゥーッと大きく円弧を描いて転がっていき、どこへともしれない隙間に入っていく。司は目を白黒させながら制服をかき寄せた。


(!?!?!?! 避けた!? 避けれた!?)


 シュノーケルのパイプ先端に、再び光輝がともり、今度は矯めずに第二波。


 ピシュピシュピシュピシュシュシュピシュウゥウン


 連撃が、足もとの床を抉る。司はとびすさった。念のため十メートルほど間合いを取る。不審者が、獲物との距離を詰める肉食獣のように、ゆっくりと近づいてくる。まるで、おまえら俺のことを尋常に無視してんじゃねぇよといわんばかりに。


「な、なんで俺ばっか狙うんだ……っ!」


 司は一匹狼の陰キャだ。そのへんをうろついている不良に訳のわからない絡まれ方をするのは日常茶飯事ではあるが、さすがにここまで唐突かつハイテクな攻撃を仕掛けてくるやつには遭遇したことがない。


 理不尽に耐えかねて、まひるちゃんのほうに抗議の目を向けると、彼女はウザエモンのぬいぐるみを小脇に抱えてスマホを弄っている。どうやら誰かと通話しているようだ。


「天井と床にちょっと穴が空いているだけだ。私じゃない、星野司がやった」

「!」


 よそ見をするなといわんばかりに不審者が第三波を放ってくる。それは司の残像を貫き、音ゲーの筐体に直撃して液晶コンソールを真っ二つにした。そんな騒音を聴かせまいと、まひるちゃんがこちらに背を向ける。


「とにかく私では手に負えないから、原状復帰を頼んだぞ」


 (おそらく問答無用で)電話を切って、司のほうに向き直った。


「星野司! 私はちょっと用事があるから先に帰る。あとは任せたが、あまり派手に壊すんじゃないぞ」

「まてよ! 意味がわかんねぇから!」


 もとはといえば全部まひるちゃんが撒いた種だ。司は納得がいかない。デュアルシュノーケルマスクが、今度は口(のパーツ?)をパカッと開けて一段と太いビームを撃ってくる。戦闘民族の本能(笑)で避ける。


 そうこうしているうちに、すでにまひるちゃんの姿はない。飛ぶ鳥跡を濁す。否。濁すなんて生易しいものじゃない。ただ混沌を残して消えやがった。


 追いかけるふりしてばっくれようとする司の前に、神出鬼没のデュアルシュノーケルマスクが立ちはだかる。やつのメカトロニクスなお口が開く。視界が緑がかった光で塗りつぶされる。


 顔面にビームを食らう一歩手前で、司は一気に腰を落とした。もうやるしかない。自分の設定(笑)を信じて突き進むしかない。


 バランスを崩して背面から倒れこみそうになるが、身体をひねって腕から着地したついでに反転、むしろデュアルシュノーケルマスクに向かって回し蹴りを食らわせる。軌道頂点の衝突力が、筋肉隆々な不審者の膝側面を刺した。宇宙戦闘民族の本能(笑)が、マッチョの弱点である関節を狙い撃ちにする。


 そのままヘッドスピンするように側転、受け身をし、即座に体勢を立て直すが、デュアルシュノーケルマスクも後方に飛びすさって、再び十メートル近く距離が取られる。しかし膝をすこし庇うようにしている。


(えええええ、攻撃入った? うそだろ!?!?!!)


 心臓が空前絶後のビットレートで暴れている。


「あああああのさっ! 俺はほんとなんも悪いことしてないしっ! いろいろ破壊活動してるのは、あの女のほうなんだから! あっちを追いかけろよ! な!?」


 一か八か。日本語が通じるかも、という淡い期待もあったが、やつの返答はシュノーケル(?)からのビーム連撃だった。


 ミミズのようにくねくねと避けながら、司は考えた。


(あいつの攻撃手段はビーム。俺は飛び道具は持っていない。反撃するとしたらビームをかいくぐって接近しないといけないわけだけどなんでおれがこんなめにあわなきゃいけないのかそもそもこいつだれしらないひとこわいじゃんかもういやだおうちかえりたいだれかたすけて!)


 ちらっとフードコートのほうに目をやるが、遮蔽物が多すぎて見通せない。ただ、ゲームセンターから完全に人気が失せていることに気がついた。ただでさえ少なかった客はもちろん、店員の気配もなかなっている。


 デュアルシュノーケルマスクが腰を落とし、手刀を作る。マッチョなだけに、近接戦闘も自信があるようだ、と見せかけて、右手の指先がカパッと開き、超小型ミサイルが射出される。ついで左手の人差し指から赤い光が放たれる。それに額を貫かれる前に、司は右手に飛んだ。


 五つのミサイルが飛来する。


 床にすべり落ちるようにして躱すものの、同じ手は二度は通用しない。ミサイルは障害物を回避して、蛇行軌道を描きながら司の頭、正確にはデュアルシュノーケルマスクの左人差し指から放たれたポインタの示す先に向かってくる。誘導ミサイルだ。


 緊張が胃をキュッと締め上げる。

 だが超小型だ。当たっても高が知れている(?)だろう。司はすぐに落ち着きを取り戻す。脳内戦闘民族設定(笑)は、伊達ではないのだ。


 起き上がりざま、たまたま手にふれた椅子の脚をつかんだ。クッションの入った橙色の丸椅子だ。そいつでデュアルシュノーケルマスクのポインタを受け止め、


「うぉおおおおおおおおおお!」


 気合の雄たけびとともに突進した。もちろん五つのかわいい誘導ミサイルを引き連れて。


 デュアルシュノーケルマスクは右手のポインタを引っ込めて、拳をつくり、胸をガードするようにファイティングポーズをとった。正面からのぶつかり合いを選んだ司を、同じく正面から受け止める選択をしたのだ。そこにはもちろん、自分は決して打ち負けないというマッチョ特有の慢心もあっただろう。


 だが彼は重要なことを見落としていた。


 それは、体格差ゆえに下方の守りが相対的に手薄になること、先ほど加えられた膝のダメージが無視するには大きすぎること、そして相手がただの地球人ではなく、脳内戦闘民族設定(笑)であるということだ。


 マッチョの硬い拳と、硬めのクッションとがぶつかり合う。


 片やおのれの肉体、片や掴んでいるだけ、しかも膂力の差は一目瞭然。当然のように椅子は打ち飛ばされるのだが、司はただ掴んでいるだけだ。運命を共にする義理はない。


 衝突の瞬間に手を放し、デュアルシュノーケルマスクの懐にすべりこみつつ、マッチョの手首を捕まえる。相手の腕を引き落としつつ、司は身体をひねって右足をまっすぐ蹴り上げた。


 ゴキャッ――


 デュアルシュノーケルマスクの首に重い蹴りが入ると同時に、肩の外れる鈍い音がした。





 ミサイルが敵を避けて直上に打ちあがる。そして、ズゥウウウン――と鈍い音をたてて天井にぶつかり、散った。

 デュアルシュノーケルマスクの膝から力が抜け、身体が時計回りにへたり込む。司は捕まえていた手首を解放した。敵はへなっとしりもちをついた。腕をたらんとたらし、肩を押さえている。

 天井から、ぱらぱらと細かい砂が落ちてくる。


 司ははっと上を見た。ミサイルが撃ち込まれた箇所が深く抉れていた。配管、配線がむき出しになり、暗がりで不穏な火花を散らしている。

 天井が軋んで大きな亀裂が走った。ばらばらっと小石まじりの砂が落ちてくる。


 心なしか建物全体がぐらついているように感じた。

 奇妙な静寂のなかで、上階の物音がくぐもって響いてくる。どうやら誰かが悲鳴をあげて逃げまどっているようだ。

 金切り声と、轟きと、そこにもっと大きく、けれど微かな、地震の前触れにも似た振動が混ざる。


 司はなんとなく生唾を呑んだ。いまさらながら全身から冷や汗が噴き出してくる。

 それは超低周波にも似て、知覚できるかできないかの瀬戸際の予感じみたなにかだった。だが宇宙戦闘民族の本能が、一刻もはやくここから逃げるべきだと告げていた。

 デュアルシュノーケルマスクは、別人のように殺気をひっこめ、しょんぼりと座り込んでいる。司は言った。


「おい、逃げるぞ」


 だが、マッチョはうんともすんとも言わずに座り込んでいる。司は相手の前に膝をついて、傷ついていないほうの肩をゆすった。


「はやく立て! おまえもこんなところで生き埋めになりたくないだろ!」


 そうこうしているうちに、不穏な地鳴りは無視できない大きさになった。司は立ち上がった。もうこのマッチョは置いて行くしかない。


 ビシィ――ッ


 いよいよ不穏な音を立てて、天井の端から端まで亀裂が入った。


「ほら、はやく!」


 それでもなお、急かそうと振り返ったその場所に、デュアルシュノーケルマスクはいない。代わりにウザエモンぬいぐるみがくたっと倒れていた。司は一瞬躊躇したが、結局それを拾い上げた。


 メリッとなにかがはがれる音がしたかと思うと、乾いた音を立てて天井が割れた。それを皮切りに壁がゆれ、あちこちの壁がはがれて落下してくる。床が、壁が、小刻みな縦揺れとともに鳴動している。動こうにも、足元がぐらついて動けない。


「うわぁぁあぁ…ぁ……」


 揺さぶるような縦揺れの中で「あんなマッチョに構ってやるんじゃなかった」と激しく後悔したが、ときすでに遅し。完全に逃げ遅れた。もう手遅れだ。この建物は崩壊して、警察沙汰どころか災害だし、きっと生き埋めになる。

 尋常に走馬燈がはしりかけた――そのときだった。


 どこからともなく湧いてきた青白い光でゲームセンターは満たされる。それは落ちてくる天井や砂礫、それどころか、階上の悲鳴まで包んで静止させる。


 司もまた、光に取り込まれて呼吸を忘れた。そんな彼の脳内に、声がひびく。


『……なさい……はやく…………いきなさい』


 司は文字通り、飛び上がった。

 中身がほとんどなくてぺたんこのショルダーバッグに、うざえもん人形を突っ込んで回れ右する。さすがは宇宙戦闘民族設定(笑)だけあり、フードコートに突入して駆け抜けるまでにわずか五秒。





「ふむ。五秒ですか」


 一部始終を眺めていたその人物は、腕につけた端末に視線を落とした。まひるちゃんの「先輩」、本名フゥンクルガシッー(人類には難しい発音)、コードネーム「杉田玄白」は、神経質そうにマスクのポジションを直した。マスク表面を触る手は、もちろん白いグローブで覆われているので抜かりない。


 地球の感染症は恐ろしい。ひとたびかかろうものならば、顔はキノコの山になり、おしりは永遠の痒みに犯されるのだ。


 「杉田玄白」は、人類には計り知れない眼差しでディスプレイをまるまる五秒凝視した。それからふっと溜息をつき、指をぱちんと鳴らした。


 時の流れを忘れたように静止していた空間から、さっと青白い光が引いていく。辺りに散らばった什器の残骸や破片が三々五々と散っていき、もとの鞘――もとの「物体」へと収まっていく。


 青白さがすっかり消えると、「杉田玄白」はフードコートに向かってツカツカと歩きだした。そこにはモップが一本転がっている。杉田はおもむろに第二ボタンをいじると、ピチュンと青白いビームを出した。直撃をくらってモップが舞い飛ぶ、かと思いきや、モップの柄は、突如としてその場に現れた従業員の手に収まっていた。


 従業員はモップが上下さかさまになっているのにも気づかず、目をぱちくりとさせている。杉田は、足元に落ちていたウザエモンぬいぐるみを拾い上げた。そのほっぺをぷにぷにともてあそびながら、彼は真顔でひとりごちる。


「弱兵とはいえ、ビームライフル兵を素手で倒しましたか……星野司……やはり、ただの地球人ではありませんね」


 その独白に反応するように、ウザエモンのサングラスが赤く点滅した。

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