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「みーたーな、地球人!」


 後頭部を強打して霞む視界のなかで、桃色のエキセントリックな――じゃなくて極めて宇宙的な髪形の女子に凄まれた。

 なにを見たかって?

 それはもちろん、桃色ストライプのアレでしょうね。


 それから「教育的指導」を受けたような気もするし、べつに受けていないような気もする。というのも、あれからすぐに気絶してしまったらしく、エンカウント後の記憶がものすごく曖昧だ。




 翌週月曜日の朝、学校に行くために家の近くのバス停にやってきた司は、電光掲示板を一瞥し、おもむろにスマホを取り出そうとして、はっとして掲示板を二度見した。


 ちなみにこの電光掲示板は、数年前に市営バスの主要路線に導入されたものだ。次発までの待ち時間を教えてくれるし、直近のバスが現在どの停留所を通過したかがわかる。

 母星フィロスの技術力を思えば子供のおもちゃ以下の代物だが、すこしでも利用者の利便性を高めようという地球人の素朴なホスピタリティを感じて微笑ましい。

 そして今、この小さな掲示板に「宇座南駅(第七管区)発宇座駅行き」のバスが前のバス停を通過したことを知らせるテロップが流れていた。


「は? 第七管区?」


 誰もがうつむき己とスマホだけの世界に向き合う、朝のバス停。その沈黙の中で、司はコミュ障だけど声に出して呟いてしまった。

 そして誰一人反応しない。いたたまれない空気、にすらならない。朝なのだ。みんな来るべき一日のことで頭がいっぱいで、それどころではない。目の前の二車線道路を、車がひっきりなしに通り過ぎる。


 司は真剣にテロップを見つめた。やっぱり「宇座南駅(第七管区)」になっている。先週までは「白浜駅」が始発だったはずだ。地名が変更されたのか? いつのまに? 誰か、なんか言ってたか? ニュース、あったっけ? ……あれ?


 必死で記憶を辿ってみるものの、肝心な部分が厚い靄にでも覆われているようで、うまく思い出せない。


 土日のうちに、宇座市が住民にサプライズで新規路線を投入したのだろうか。そんなばかな。しかも「第七管区」だ。そんな中二病な地名は宇座市にも近隣の市町村にもない。あったとしたら、司が気づかないわけがない。

 なぜなら彼は、宇宙戦闘民族設定(笑)だ。SFっぽくてロマンある(中二病的ともいう)地名は大好きだ。ナンバリングされた区画名、最高じゃないか。誰だ、こんないきな地名変更をしたやつは。白浜町か? 第七管区≒白浜町みたいだし、白浜町がやったのか?


 バスを待つ列から首を伸ばして時刻表を見てみる。脳内ルーツが宇宙戦闘民族(笑)なので、彼の視力は二・〇オーバーだ。日本の高校生の平均的な視力では識字不能な距離からも、難なく字を読むことができる。


 このバス停を通る路線は四つある。そのうち二本が宇座駅行きだ。そこまでは、司の記憶と合致する。宇座駅行き二本のうち、一本は私鉄宇座大野駅から、もう一本は隣町である白浜町の白浜駅から、のはずなのだが、やっぱり「宇座南駅(第七管区)」と書かれていた。


 時刻表を穴が開くほど見つめたところで、追加情報は得られなかった。


 仕方がないので「宇座南駅」について検索してみる。情報が少なすぎてヒット数は二桁だが、宇座南駅自体は存在するようだ。次なる検索ワードは「第七管区」。こちらは洋画タイトルを含む数万件ヒットしてしまい、目的の検索結果に辿り着くのは難しそうだ。


 司は「第七管区」が気になりすぎて、となりに立ってるサラリーマンに話しかけようかどうかものすごく迷った。それくらい「第七管区」は司の心にズキュンと刺さっていた。

 例えるならば、歯の間に詰まったなにかを取ろうとして突っ込んだ爪楊枝の先が折れてしまって、逆に歯の間に挟まったときのもどかしさと同程度のインパクトを持っていた。


 生粋のコミュ強には永遠にわからない悩みであるが、司は知らない人に話しかけるのが死ぬほど苦手だ。一年以上メンテンナンスしていないパラシュートを背負って高度一万メートルから飛び降りなさい、と言われるのと同じくらい緊張する。それでも「第七管区」という言葉の魔力に抗いきれずに、サラリーマンのほうに顔を向けた。


 サラリーマンは微動だにしない。奇妙に座った視線を画面に落とし、黙々とゲームをしている。朝の貴重な時間でデイリーミッションかなにかを消化しているのだ。その静かな気迫に、司は負けた。すごすごと向き直り、彼を見習ってゲームを始めた。


 けれど、すぐにタスクキルした。「第七管区」ってなんだよ、白浜町はどこにいった? どう考えてもおかしい。

 そうこうしているうちに、宇座南駅(第七管区)からのバスが来る。ぱっと見、いつものバスと変わったところはないようだ。




 宇座高校前のバス停で降りた星野司は、校門へと吸い込まれていく人の群れを無視してバスの時刻表を真剣に見ていた。ダイヤは、たぶん変化なし。ルートも変わっていないと思う。ただし「白浜」という地名が「宇座南」に置き換えられている。まるで一括置換でもされたみたいに。


 反対側のバス停も見に行こうとした。が、高校の校門には似つかわしくない幼い声に呼び止められる。


「おーい、つかさ! おはよ!」


 聴き慣れた声に、司は思わずふりかえった。

 栗色の明るい髪に、くるっくるのくせっけの小動物めいた女子が手を振っている。佐渡さわたりあのねだ。


 臙脂色の宇座高校の制服を着ているが、どう見ても中学生くらいの童顔である。制服がセーラー服なので余計に幼く見える。そして実際、普通に暮らしていれば中学生をやっている年齢だ。


 佐渡あのねは、司より年下だが、幼なじみのようなもので、小さい頃はたいへん慕ってくれていた。親鳥を追いかけるヒヨコのように、どこまでも執拗に、なんならトイレの中まで追いかけてきたものだ。


 小学生になるとだいぶ生意気になって、「フィロスw皇子wwくふっwwwっwwww」などと、露骨に煽ってきたりしたが、かわいい妹分には違いなかった。性格はともかく、頭はめちゃくちゃ良かった。


 本当に規格外に頭がよかったので、なにやら飛び級に飛び級を重ね、気がつけば司と同じ学年になっていた。しかもあのねは特進クラス、司は普通クラスなので、勉強面では完全に抜かされている。


 が、いまはそんな些事にとらわれているときではない。コミュ障で知らない人が怖い司でも、安心して「第七管区」のことを聞ける相手が現れたのだ。

 司はいつになく友好的に手を振り返した。


「あのね! よかった、会いたかった!」

「どういうこと? 学校に来てるんだから、会えるに決まってるでしょ」


 あのねは身構えている。いつもと様子がちがうので、警戒しているようだ。


「この時刻表を見てくれよ、おかしいだろ?」


 司がバス停を小脇に抱えて持っていこうとしたので、あのねはあわてて制止した。


「待って、いまそっちに行くから! バス停は持って来なくていいから!」

「『第七管区』ってなんだこれ。ふざけてるよな?」


 あのねが小走りにやってきた。


「なになになんだって?」

「宇座駅行きのバスってさ、白浜駅が始発だっただろ?」


 「白浜」というワードに反応して、あのねは一瞬顔をこわばらせる。だが司はコミュ障なので、人の表情の小さな変化には気づけない。


「それが、いつの間にか宇座南駅が始発になってるんだけど、宇座南駅なんてなかったよな。いつ地名が変わったんだ?」

「な、なにいってんの。前から、あるじゃん。えっと……そう! 『第七管区』内だからあまり情報が入ってこないだけだよ!」

「前から? うそだろ……じゃあなんで俺が知らないんだよ」


 すると、あのねが真顔になった。


「そんなの、友達がいないからに決まってるじゃん」

「! ……お、おまえこそ、なにいってんだよ。俺だって、友達の一人や二人ぐらいいるし……!」

「はいはい。イマジナリーフレンドならね」

「……ッ……」

「なに悔しがってんの? 本当のこと言っただけなのに」


 そこに、次のバスが来る。白浜駅ではなく「宇座南病院(第七管区)」始発だ。バスが停車して、運転席側のドアが開いて宇座高校の生徒が二人降りてくる。

 司はバス側面の電光掲示板を勢いよく指さした。


「とにかく! 『第七管区』なんて思わせぶりなネーミング、俺が見逃すわけがないんだよ! 先週までは絶対に『白浜駅』だったはずだ!」


 彼の心の叫びは、その場の空気を一瞬で凍りつかせた。


 バスを降りかけた生徒が、司を見て固まっている。いつもポーカーフェイスなバスの運転手すらも、動揺を隠せず、制帽のひさしをつまんで無駄に下げた。


 この沈黙の一秒間は、さすがの司も「なにかまずいことを言ったらしい」と気づくくらいには異様だった。

 が、どうしてこうなったのかは、まではわからない。なぜ「禁忌を犯した愚か者がおるわ」みたいな目で見られないといけないのか。本気でわからない。

 司はおろおろと、助けを求めるようにあのねを見た。あのねは他人ふりをしていて、目も合わせてくれない。


 やがて、バスのエンジンがかかって、あたりは沈黙の呪縛から解き放たれる。

 バスから降りた生徒たちが、気まずそうに咳払いしながら二人の横をすり抜けていく。

 司が口を開くよりも、あのねが司の腕を捕まえる方がはやかった。そのまま校舎とは反対方向に引っ張っていこうとする。


「ちょっ……なんだよ」

「つかさ、黙ってついてきて」


 あのねが鋭く言う。


「なんでだよ」

「いいから黙ってついてきて」

「でも授業が――」

「どうせさぼって地上絵を描くんでしょうが」


 実際そのとおりなので、司も諦めてずるずると引きずられていく。

 そんな二人に、音もなく近づいてくるモブがいた。

 その名も茂部もぶ太郎だ。

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