宇宙から最直線軌道で降ってきた女の子

 宇宙へのあこがれを拗らせた星野司は、その日も学校の屋上で憂鬱そうに空を見上げていた。


 灰色のコンクリートに白いチョークで描き散らされているのは、ナスカの地上絵っぽいなにかだ。空を睨むようなまなざしが、不機嫌を通り越して殺伐としているのは、努力しても努力しても一向に宇宙からのメッセージを受信できない焦りが滲み出ているせいだった。


 司は必死だった。


 (妄想上の)生まれ故郷フィロスのことが気になりすぎて、授業に出ている場合ではなかった。なんとかして宇宙人に見つかりたい。見つけてほしい。見つけてくださいお願いします!


 あの星の行く末を見ていない。滅びの崖を転がり落ちてはいたけれど、完全に滅亡したと決まったわけじゃない。


 ダイソン球を拵えるほどの文明だ。コールドスリープ技術くらいは当然持っている。惑星衝突で壊滅的被害を受けたとはいえ、生き残った何人かは残された設備を使って住民の延命を試みたはずだ。彼らを目覚めさせ、彼らを率い、偉大なるフィロスを復興するのはいったい誰か?


 それはもちろん、フィロスの皇子(笑)である星野司だ。


 ところで、銀河をまたぐ果てしない旅路の末に、幼いフィロスの皇子を乗せた緊急脱出ポッドは太陽系の第三惑星地球にたどり着いたわけだが、その事実は時の政府によって徹底的に隠蔽された――という、司の妄想にはそれなりの根拠がある。


 実は、司の両親はそろって市役所の職員だ。政府とのつながりが強く疑われる。あと星野という苗字にも宇宙との関係が仄めかされるなにかがある。両親は養子として司を引き取った際に、偽りの身分を政府から与えられたのではないか。


 そのあたりはものすごく気になって、居ても立ってもいられなくなったので、戸籍謄本を取り寄せて事実関係を確認済みだ。残念ながら、書類上は完璧に、間違いなく、両親の実子だった。


 けれど司は諦めていない。

 公安の手にかかれば、戸籍の偽造くらいわけはないだろう。


 母星に戻りたい――そんな切実な思いを込めた嘆願書を何十通か書いて首相官邸と皇居に送り付けたけれど、すべて握りつぶされた。箱庭の中の自由で満足しろ、という政府からの暗黙のメッセージなのか。


 日本がダメなら国外に助けを求めるしかない。

 そう思った司はNASAにもメールを送った。拙い英語で懸命に、フィロスの現状と己に課せられた使命を訴えた。一ヶ月後、返信が届いた。綺麗な日本語で、こう書いてあった。


『とても素敵な星の話をありがとう! 君の考えたような生命がいる星を見つけられるように我々も頑張るので、君も頑張ってほしい!』





 授業に出るのは雨と曇りの日だけだ。

 チョークはネットで大量に仕入れた。武器を自弁するのは当然だ。戦闘民族フィロスの民は、決して他人のふんどしで相撲をとったりはしない。


 屋上から発信する宇宙へのメッセージには、たゆまぬ工夫と改善を加えていた。


 まだいたいけな小学生だった頃は、大きく「SOS」と書いてそれで満足していたが、よく考えてみれば宇宙人はアルファベットを知らない。


 司はフィロスの民だが、言葉を覚える前に地球に来てしまったので地球語しかわからない。そして宇宙人にも通じる共通語も寡聞にして知らなかった。仕方なく地球の言語で記すとしても、表音文字は悪手だろう。象形文字がより望ましい選択肢だ。


 そこに気づいた司は、ヒエログリフからはじまり、甲骨文字、トンパ文字、アナトリア象形文字、マヤ文字、アディンクラ・シンボル、などの世界の象形文字・それに類する図表を渉猟した。その結果「ナスカの地上絵こそ宇宙へのメッセージを記すのにふさわしい」という結論に至った。


 宇宙人に見つけてもらうべく、司はせっせと地上絵を描いた。

 継続は力なり。

 彼の画業はすでに、地上絵師としてナスカに就職できるレベルに到達している。


 いつも、十分足らずで屋上いっぱいの地上絵を完璧に仕上げる。しかるべきのちにフェンスに背中を預け、目を閉じる。居眠りではない。心をオープンにし、宇宙との交信を試みるのである。


 実際にいい天気で気持いい風が吹いてたりすると、うっかり寝てしまうときもあるが、高い水準で心が解放された結果の生理現象なので、致し方なし。


 今の時期、たぶんおうし座は昼間の空のどこかにある。正確な方角を、彼は知らない。それでも構わない。フィロスは――心の故郷は――知覚し分析する対象ではない。心で、魂で感じるものなのだ。

 今日も、焦りに殺伐とした顔を空に向ける。

 きっと明日も明後日も、空は腹が立つくらいからりと晴れて、風は爽やかで気持ちがいいんだろう。天高く馬肥ゆる秋だ。


 グラウンドから能天気な歓声が聞こえてくる。

 どうせ世間は文化祭とか体育祭で盛り上がりはじめる季節、授業どころではないのは彼だけではない。

 それにしても、地上の雑音の多さはどうにかならないのか。


 司は腕を組み、貧乏ゆすりをしながら耳障りな歓声に耐えていたが、やがて交信を諦めて目を開けた。

 これでは宇宙からメッセージが届いても、どうでもいい地上の雑音に掻き消されてしまう。望遠鏡も宇宙に出た。彼自身も、宇宙空間に出ないことにはなにもはじまらないのか――


 そのときだった。

 空の彼方に閃光が走った。

 司ははっとしてフェンスから身体を起こした。

 ナスカの地上絵もどきを踏み越えて、反対側のフェンスにつかみかかる。

 伊達に宇宙人フリークをやっているわけではない。UFOぽい現象には誰よりも敏感だ。あと、戦闘民族設定(笑)だから動体視力には自信がある。


 網目越しに光を探す。ない。代わりに黒い影が見える。司は目を細めた。鳥か?


 黒い影は微動だにしない。だが、よく見るとかすかに尾を引いている。かなり遠い。

 鳥ではない。あんなに機械じみて正確に、姿勢を保つことができる生物がいるだろうか?

 なら、飛行機?


 それは徐々に存在感を増す。まるで超遠方からこの地点に向かってまっすぐに飛来するかのように。

 いや飛行機でもない。


 グラウンドは別の意味で騒然としていた。

 黒い影はどんどん大きくなる。鼓膜を、身体中の表皮という表皮を、痺れるような重低音が震わせる。

 いまや黒い影は赤熱し、白い煤と鮮やかな黄赤の炎をまとっていた。

 この期に及んで司はようやく、その正体に思い至った。

 隕石!


「うわっ……うわ……うわぁあああああああああああ!?」


 喜びの時間は一ナノ秒もなかった。たしかに星野司は宇宙からのメッセージを切望していた。

 彼の思いはやっと宇宙(そら)に通じた。けれど、こんなアルマゲドンを望んでいたわけではない。

 司は普通に逃げ出した。


 だが、人間慌てるとろくなことをしない。反対側のフェンスまで戻って、フェンスをよじ登り、グラウンドが十五メートルくらい下にあることを発見して、びっくりする。飛び降りたらどのみち死ぬ。


「…ッ……!」


 星野司は屋上に飛び降りると、覚悟を決めて隕石に向き直った。生身の人間の分際で迎撃できるわけもないのに、拳を握りしめる。


 妄想なのはわかってるけど、俺は戦闘民族だ。死ぬときくらいは設定に忠実に死にたい。

 そして、さらば地球よ……

 生まれ変わったら、見るからに強そうな男になりたい。そう、本物の宇宙戦闘民族に!


 彼が祈ったその瞬間、隕石がピカッと光って黄金色に輝く地母神みのあるふくよかな女性像になり、さらにもう一度光って、すらっとした脚と、臙脂色のプリーツスカートに変わった。


 司は刮目した。

 エキセントリックな、いや、極めて宇宙的な髪型をした桃色の髪の女の子が降ってくる。

 それも穏やかなアレではなく、フラミンゴの姿勢で虚空をするどく回し蹴りしながら、最直線軌道で接近してくる。

 そのパンツは、桃色ストライプ柄だ!


 少女のローファーが頬を掠める。

 桃色ストライプが目の前に迫る。

 そしてあたりは、フローラルな暗闇に包まれた。

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