第41話 ボーカロイドってさ、やっぱり本物の人間には勝てないのかな
「ライブができるなんて、わくわくしないのか? 俺たちは、ロックミュージック研究会だろ? リサさんの店の地下で見たライブの映像を思い出せよ。先輩たちは、あんなカッコいいライブをやってるんだぞ? 俺たちもあんなライブをしてみたいって思わないのか? 俺たちは──、あの偉大な先輩たちの後輩なんだぞ」
情熱の赴くまま口にする。自分でもらしくないとは思ったが、言葉が自然とあふれ出す。これが俺の『音楽モード』なのかもしれない、などと流暢に動く口とは対象的に、頭のどこかで
「だからこそだよ」
千冬が言う。
千冬の姉は、偉大な先輩の一人だ。千冬は、姉のことが大好きだったと言っていた。だからこそという言葉に、妙な含みを感じる。
「姉ちゃんと同じようにやってみたいって思わないのか?」
「無理だよ」
即答で両断されてしまう。
「どうしてだ? お前の作った曲をしっかり演れたら、絶対カッコいいって! フリーもお前のこと天才だって言ってただろ? 自信持てよ」
「…………私は、お姉ちゃんみたいにはできない。私は、天才なんかじゃない。私の曲じゃ──、お姉ちゃんには勝てない」
今度は応えるまでに少し間があった。
「ちぃちゃん……?」
タムが心配そうに声をかける。千冬は表情を変えず「大丈夫」と短く応えた。そして、
「ライブをやるのは、構わないけど私の曲は……やめてほしい」
小さいけれどハッキリとした声だった。
「どうしてだよっ!!」
つい感情的になってしまう。
千冬の曲を演れたら絶対カッコいいのに。千冬の曲は、だれかをアッと言わせる力があるのに。俺は千冬の曲が、演りたいのに──。
それにコンポーザーが作曲家という意味なら、千冬の曲を演らないと本当の意味でのロックミュージック研究会の活動とは呼べないじゃないか。
「私は、自分の曲に納得がいっていないの」
千冬は淡々とした調子で告げる。
納得いっていない?
俺たちの演奏がそう思わせているのだろうか。自分でも決して上手いとは思えない演奏。自分の作った曲をあんな風に演奏されたら、だれだって納得なんかいくわけがない。
しかし、千冬は首を横に振った。
「誤解してほしくないんだけど、これは、私自身の問題。私自身が、自分の作った曲に納得いってない。そんな曲をライブでみんなに披露してほしくない」
一晩で作った曲だからだろうか。自分はもっとできるという自負があるから、一晩で時間をかけずに作った曲が気に入らないのだろうか。
それならば──、
「『あの曲』でもか? ちょっと難しいかもしれないけど、一生懸命練習すればできるだろ。『あの曲』なら、お前も納得いってるんだろ?」
『あの曲』とは、入学前に中庭で聴いた曲だ。けれど、千冬の反応は俺が望んだものではなかった。
「『あの曲』も……納得できてない……」
言葉を失ってしまう。俺の心を強く打った『あの曲』にすら、千冬は納得していないという。
それならば、千冬の目指すところは、遥かな高みという次元を超えている。昇っても昇っても、到達点は見えないのではないか。千冬自身、到達点があるのかも分かっていないのではないか。それは、まるでゴールのないマラソンだ。
「──『あの曲』って?」
空気を換えようと思ったのか、タムは遠慮がちではあるが、いつもより少しだけ明るい声で言った。そういえば、タムはまだ『あの曲』を聞いたことがない。
「こいつが作った曲だよ。俺たちが練習してた他にも曲があって、そっちはもっと完成度が高いんだ。それならいいんじゃないかと思ったんだけど……」
「それ、聞いてみたい! ……ダメかな?」
チラリと見ると、千冬は表情を変えずにうなずいた。
「聞くだけなら」
含みを持たせるように言いながら、ノートパソコンの電源を入れる。もはやおなじみになった
何度聴いてもやっぱりいい曲だ。
イントロが終わって、ボーカロイドの月華が歌い始めるあたりで、普段自分のこと以外にあまり興味のなさそうなシラサギも、俺たちの輪に加わった。
「すごい……」
再生が終わるのとほぼ同時にタムが感嘆の声を漏らす。いつもカッコつけた表情を作っているシラサギも、珍しく目を見開いてノートパソコンを凝視している。
「この曲、ホントにちぃちゃんが作ったの?」
「……そうだけど」
「すごすぎるよ!! ちぃちゃん天才!!
「これは驚いたね。まるでこの僕のように美しい音楽じゃないか」
僕のようにというのは余計だが、シラサギの「美しい」は最大限の賛辞だ。
ほら見ろ。タムもシラサギも驚き、褒めているじゃないか。タムなんか「この曲をやりたい」とまで言っているぞ。これでも自信が持てないというのか?
「ダメ……。これじゃまだダメなの」
けれど、千冬はタムとシラサギの称賛を受け入れなかった。
「え~~っっ!! どこがどういう風にダメなの?」
タムは珍しく大きな声で、大げさに驚いて見せる。
「
対する千冬の方は、相変わらず淡々としていた。タムの質問には応えずに、遠慮のない視線を俺に送る。
「お、おう。なんだ?」
多少面食らったが、千冬が改まって訊きたいというものには興味があった。
「この曲に、全く欠点はない?」
驚くほどストレートな質問だった。
「正直に応えて」
念を押すようにそう付け加える。
言われなくても正直に応えるつもりだ。俺の心を打ったこの曲に欠点などない。プロが作った曲の中に紛れていても、遜色ない。
そっくりそのまま伝えようと口を開きかけたところで、初めて聴いたときのことが蘇った。あの日、この曲を聴いて思ったことを思い出す。
──機械的で抑揚がない独特の歌唱法がロックな曲調とミスマッチであり、厳密に言えばロックじゃない。
思い出したうえで、もう一度自分自身に問いかける。
──この曲に欠点はないか? この曲は、ロックか?
俺の中のもう一人の自分がハッキリと首を横に振る。
「陽太くん。どうしたの?」
どれくらいの時間黙っていたのか、自分でも分からなかった。少なくとも、タムが心配して声をかける程度には黙っていたらしい。
「──いや。えっと……」
上手く言葉が出てこない。「欠点はないか?」という俺自身の声と「正直に応えて」という千冬の声が、頭の中で反響する。
千冬は黙ったまま俺の方を見ていた。
「月華……か?」
誤魔化すことはできないし、したくないと思った。手放しで褒めるに値すると思っていた曲だが、欠点はあった。俺は最初からそれに気が付いていた。千冬の様子から、本人もそれを自覚しているようだ。
千冬の曲にはすべて共通の欠点がある。それは、歌だった。ボーカロイドである月華が歌う歌こそが最大にして唯一の欠点だった。
「そう」
俺の問いかけに千冬は短く応える。
「えっ? 月華……って?」
タムは俺と千冬を交互に見比べる。
「さっきの曲を歌ってるボーカロイドの名前だ。それもこいつが作ったらしい」
「本当にっ!? ちぃちゃん、曲だけじゃなくてボカロも作れるの!?」
「まぁ、一応……ね」
千冬は小さくうなずく。そして、だれにともなく言った。
「ボーカロイドってさ、やっぱり本物の人間には勝てないのかな」
その言葉は唐突だった。
先にかわすべきいくつもの会話を端折って、結論を急ぎ導き出すような質問は、陰キャならではのものだ。
千冬は、姉に勝てないから文化祭ライブに自分の曲で出てほしくないと言った。そして、今もボーカロイドは人間に勝てないのかと、だれにともなく問うている。
勝ち負けばかりを口にする。
他のやつは、どうか知らないが、少なくとも俺は音楽に勝ち負けなどないと思っている。音楽は、スポーツやゲームとは違う。どちらがより多くの人間を感動させられるか、なんてことを音楽で競うのは馬鹿げている。ナンセンスだ。
けれど、それをどう伝えても下手な慰めや気休めだと受け取られてしまう気がした。だから、ハッキリと勝ち負けを口にする千冬を前に、俺は自分の考えを告げることができなかった。
ロックに対する思いに相容れないものがあるにせよ、同じ音楽好きとして、ただただ悲しかった。
自分でも不思議なくらい、千冬が音楽での勝ち負けにこだわることが悲しくて仕方がなかった。
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