第三章 ボーカロイドは彼らと共に歌う

第40話 僕は、ステージに立ちたいよ

 フリーを除く全員が集まった部室で、佐々木ささき先生は、改めて文化祭のことを告げた。文化祭は六月の第三土曜日、日曜日を使って行われる。つまり、俺たちに残された時間は一ヶ月ほどしかなかった。


「どうする?」


 淡々とした千冬ちふゆの声に、明確な答えを出せるのは一人もいなかった。停滞してしまいがちな俺たちのムードをポジティブにもネガティブにも大きく変えることができるのは、フリーなのだと改めて実感する。

 フリーが来ないのは、別に珍しいことではない。タムの欠席にあれだけ怒っていたくせにとは思うが、いないこと自体に特に不満はない。


「先生。それで結局、私たちはどうしたら廃部にならずに済むんですか?」


 中庭で俺と千冬に告げたのと同じことをそのままタムとシラサギにも伝えたっきり、黙って成り行きを見守っていた佐々木先生に、タムが尋ねる。

 ちなみに、先生は洋画のようなあのセリフが余程お気に入りなのか、タムたちにも同じように良いニュースと悪いニュースを選択させていた。タムは俺や千冬と違って悪いニュースの方を選んだから、結果として良いニュースと悪いニュースを同時に聞くことになった。


「具体的なことは、言われていない」


 先生は他人事ひとごとのように言う。ロミ研OGとして、少なくない思い入れがありそうなものだが……。廃部の危機に直面しているにもかかわらず、あまり悲観しているようには見えない。

 思えば、部員集めの時もそうだった。


「ただ、理事長から『日曜日のステージを使っていい、頑張りたまえ』と言われた。それだけ」


「それだけって……。それだけじゃ、本当に廃部になるかどうかも分からないじゃないですか……」


「うん。そう。でも、理事長は、部活が多すぎると考えている。何を口実に廃部を言い渡されても不思議じゃない。だいたい、うちみたいな弱小中の弱小な部活にメインステージを渡してくれるなんて、不自然。何もない方がおかしい」


 なるほど。新入生の部活選びにかこつけて部員数が少ない部活を廃部にするイベントがひと段落したから、今度は文化祭を使って新たな廃部イベントを開催しようというわけか。少なくとも、佐々木先生は理事長の魂胆をそう睨んでいるわけだ。


「けど、まぁ条件が分からないなら、対策のしようがないな。本当に廃部になるのかも未知数みたいだし。なんにしたってライブができるなら歓迎するべきことだろ? 廃部がかかっていようが、かかっていまいが、やるからには少しでも良いライブにしようってことに変わりはないしな」


 努めて明るく言う。本心だ。やるからには少しでもかっこよく演りたい。


「それはそうだけど、あと一か月しかないんだよ? 本当に大丈夫かなぁ……」


 一方のタムは不安そうに言う。千冬を除くと、俺たちは完全な素人集団だ。唯一、表に出しても恥ずかしくないスキルを持つ千冬は、裏方希望で全く表に出る気はない。


 シラサギと目が合う。

 あぁ……、そういえば、こいつのキーボードはそこそこ上手かったな。シラサギは、何を思ったのか、俺にウインクを飛ばしてくる。キーボードは上手いが、御覧のとおりの変態だ。

 そんな俺たちが、人前で良いライブを演るなどとはおこがましいのかもしれない。

 けれど、俺には漠然とした自信があった。だって、女子サッカー部の連中から惜しみない拍手をもらったじゃないか。あの運動エリートたちを納得させたのは、紛れもなく俺たちの演奏だ。


「ステージで演るのは訳が違うよ」


 タムとは別の不安そうな声が聞こえる。その言葉を聞くに、千冬もどちらかと言えばタムと同じ考えのようだ。


「いや、お前、ステージに立ったことあるのか?」


「お前って呼ばないでってば。立ったことはないけど……。でも違うのは確かでしょ?」


「それはそうだが……。まだ一か月あるし、みっちり練習したらなんとかなるだろ」


「みっちり……ね」


 俺が楽観的過ぎるのだろうか。たしかに多少の不安はあるが、それよりもライブができることの嬉しさが勝っている。

 佐々木先生は、結果次第で廃部になるかもしれないと言うが、具体的にどうしたら、あるいはどうしなければ、廃部になるのかは不明だ。それならば、できる限り最高のライブを演るしかない。俺の考えは間違っているだろうか。


「悩んでても仕方なくないか? ライブには出たい──、だろ?」


 自信をもって尋ねると、二人は顔を見合わせて首をひねる。あれ? もしかしてそもそもの気持ちが違うのか?


「う~ん、私はちぃちゃん──、それにみんなと演奏していられたら、それだけでいいから……。ライブに出るかは、どっちでもいい……かな」


 やっぱりか。千冬の方はどうだ?


「私はそもそもステージには立たないし。私もどちらでもいい」


 あぁ……。そうだったな。よく考えたらこいつは、コンなんとかっていう担当だった。楽器を持たないのだから、ライブもくそもない。


「僕は、ステージに立ちたいよ」


 訊いてもいないのにシラサギが応える。二対一の構図かと思ったが、思わぬ援軍がいた。頼りないというか、頼っていいのかも分からない援軍だが、一応は味方だ。


「ステージ……。あぁ……なんて美しい響きだろう……。どうだい? そう思わないかい?」


 シラサギは両手で肩を抱いて悦にひたる。


「響き……? いや、別に響きに魅力は感じないが」


 援軍のくせに本軍の俺をあっさり追い抜いて、地平の彼方へと走り抜けていきやがった。


「想像力が足りないね。想像してごらんよ。僕を始め、一応君たちにも衆目が集まるんだ。ハートのエース君。どうだい? ゾクゾクしないかい?」


 言われたとおりに想像してみると、確かにゾクゾクする。ネガティブな意味で。ライブはしたいが、大勢の目に晒されるのは少し怖かった。


「大丈夫だよ。衆目を集めるのは僕の仕事だ。君たちにも視線は来るだろうが、それはたまたまのことで、気にすることはない。君は僕を見たときにたまたま映る景色みたいなものなのだからね」


 悔しいが、そう言われると少し恐怖が和らぐ。シラサギの言葉に勝手に怯えたり安堵したりする俺を千冬は冷たい目で、タムは不思議そうな目で見ていた。

 一瞬、恐怖を感じこそしたが、やっぱりライブはやりたい。どうしてそこまでしてライブをやりたいのか、もはや分からなくなっていたが、その情熱だけは確かなものとして俺の胸の中にあった。

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