8話 まさかの偶然

「さすが私が見込んだVTuber!良いコラボだったわよシロネたん!」

「シロネたん言うなし」


 翌朝、お母さんに会ったら開口一番の言葉がコレだった。

 最後の同期乱入事件が受けたのか、有名な切抜きVTuberの配信の面白い場面を切り抜いて字幕や効果音をつけて面白く紹介してくれる人による切抜き動画がTwitterに上がったおかげで3期生全体のチャンネル登録者数を伸ばす結果となった。


「我が子ながら良い人材だと思うわ。シロネたんの悲鳴は難病にも効くわね」

「いやいやいやいや、効かないからね!?」

「目指せ特効薬!」

「目指さないから!」


 こんな風にツッコミ癖が付いたのはお母さんの所為と言っても過言ではないだろう。

 でも、こんな風に僕のことを何かと気にかけて構ってくれるおかげで、グレずに育ってこれたのだと思う。


「この調子で5万人、10万人はあっという間に行きそうね」

「…………そう、かな……」


 たしかに僕自身、客観的に考えると確かに個性が強いと思う。Vワールドの同期や先輩、九津々海ちゃん以外にも、他企業、個人勢と観ているけどクセがあるキャラだ。

 でも悲鳴しかあげてないのに、同期の中で1番チャンネル登録者数が伸びているのが申し訳ない。


 だってみんな良い声だし、雑談上手いし、盛り上げ方上手だし、落ち着く配信だし、もっと伸びて欲しい。

 むしろ、僕がもっと推し活動切抜きをあげたり、紹介をすることをすべきなのでは?


「そうそう、Vワールド3期生の同期以外とのコラボ解禁はいつから?」

「んん?たしか1ヵ月経ったら良いよってマネージャーさんが言ってた」

「そうなると、3週間後よね。じゃあ解禁されたら九津々海とコラボしましょ♪」

「……えっ?く、くく九津々海ちゃんと!?」


 お母さんが九津々海推しだったとしても、やっぱりお母さんはお母さんで、九津々海は九津々海として認識している。だから、そんな心臓が爆発するようなこと出来るわけが無い!

 

「推しとコラボなんて無理だよ!!!!!」

「なんでぇー!お母さんだから大丈夫でしょ?」

「お母さんはお母さん!推しは推し!別なのぉおおおお!」

「でも、しっかりと言質は取ってあるわよ。ほら」


 そう言うとお母さんは片手に持っているスマホから録音アプリを起動し再生ボタンを押した。


【再生中】


「頷いてるけど、ほとんど意識ない時じゃん!」

「でも言いましたー、うんって言いましたー」


 子供の様に言い募るお母さん。一度決めたらなかなか折れないので、ここで断ったら今度は泣き落としで迫ってくるに違いない。

 ちなみにこの腰まで伸びた髪も、切ろうとしたらお母さんの泣き落としにより切れなくなってしまった。


「はぁ……わかったよ……」

「やったわ♪愛してるシロネたん!」(九津々海ボイス)

「うっ……」


 やめて!そんな抱き着いて耳元で推しの声で言わないで……。


「あら、そんな座り込んじゃって。刺激が強かったかしら?」

「おっお母さんのばかぁ……」


 こうして僕の外部コラボ1番目が決定してしまった。




 支度を済ませ、乙倉おつくら はやせとして大学へ向かう。

 3限目からの授業なのでゆったりと行ける。

 特に専門的なことを習う訳でもなく、とりあえず進級と卒業までに必要な単位を1年生の時に出来るだけ取ったから、2年生からは余裕がある。


 自転車で駅まで向かい、そこから3駅程度。さらに駅から歩いて10分少々の所に大学がある。

 お昼は帰ってから食べるので特に荷物はない。


 講義室に着けば開始5分前で、そこそこの席が埋まっている。

 適当に後ろの席で、人があまりいない所を目指していく。


 すると丁度良い場所があった。なんと綺麗系のお姉さんの後ろの席が空いていた。やったね!


「ねえねえ、最近VTuberの配信観てる?」

「観てる観てる。Vワールドの新しい子が入って盛り上がってるからなおさらでしょ」


 席について開始まで、イヤホンを挿してアーカイブか誰か配信してないかチェックしようとしたら、隣からまさかの話題が聞こえて来た。

 つい釣られて、スマホを弄っているフリをしながら聞き耳を立てる。


「あんたは誰推し?」

「かかえちゃん推しだけど、最近は3期生に浮気中。だってあの子可愛くない?」

「分かるわーーー、ちょーわかるわーーー。同性でも何この子可愛すぎって思っちゃう。もう配信観る度に後方腕組保護者よ」

「やっぱりアレよね」

「うん、アレアレ」

「「ミャア!」」

「ミ゛ャ゛ッ!?あっっっ」


 あっあっぶなーーーーー!?隣からミャアとか聞こえたせいで悲鳴が上がっちゃったけど、気が付いてないよね。大丈夫だよね?


 チラッ


 よし、話に夢中で気が付いてないみたい。ふぅ~~~。


「やっば、シロネちゃんの配信聞き過ぎたせいで悲鳴の幻聴聞こえて来たんだけど」

「ウケる、私も私も!悲鳴MADが中毒性ありすぎて1時間以上ループとか余裕なんだけど」

「なにそれ、シロネキメ過ぎでしょ」


 笑い声と共に怪しい会話が続く。

 まってくれ、シロネキメ過ぎってなに!中毒性ってなにかな!?


「ほーーーら私語は慎め、授業を開始するぞ」


 気になる会話をよそに、授業は始まってしまった。


 VTuberが比較的メジャーになったおかげでメディア進出も多くなっており、この様に日常会話でもVTuberに関しての話題が出てくる。

 それでも、まさか振上シロネの名前を聞くことになろうとは思いもしなかった。だってデビューしてそんなに日も経ってないし。


 企業勢と個人勢では何が違うのか。

 それは初期の知名度。


 僕が所属するVワールドは既に1期生2期生が作った基盤があるおかげで、デビューした時からある程度の知名度とファンがいる。

 このファンは所謂『箱推し』と呼ばれる人達で、Vワールドその物を好きになり全体を推してくれているのだ。

 ただし、誰か1人だけ推している人だと、同じ企業に属していても興味が無ければ観られない。そこで企業勢の強みの1つ、同じ企業として他のライバーに絡みやすいという点がある。かかえ先輩が僕をコラボに誘ったように。

 誰かがコラボをすれば、知らなかったライバーを知ることが出来、そしてファンになる。そして、そこにはてぇてぇが生まれる。

 

「コラボかぁ……」


 だから、僕も積極的にコラボをしていった方が良いのは分かっている。

 頭では理解していても、心と体が悲鳴をあげるのだからどうしようもない。

 昨日のアリアとメメからのお誘いも有耶無耶にしたまま終わったので、申し訳なく思っている。


「どうしよう……」


 僕は今後の事に頭を悩ませながら、授業終わりの講義室から出た。




とある女子大学生side


 それは偶然だった。


 いつもの様に、めんどくさい授業を受けるために大学へ向かう。

 講義室に着けばうるさい会話を耳にしながら席に着く。

 それから数分後、お決まりの時間に彼女が入ってくる。ビクビクしながらそそくさと人の少ない席に座る小動物の様な女の子。いや、確か噂では2年生らしいから、成人済みか、今年で成人になるのだから女の子という表現は失礼かもしれない。


 でも、子供の様に小さい背丈に可愛らしい顔、サラサラとした茶色っぽい黒髪は同じ大学生とは思えない程可愛らしく愛らしい。

 いつも時間ギリギリに入ってくるので声を掛ける人は誰も居ない。授業終わりもすぐに出て行ってしまうので彼女が誰かと話している様子を見たことがない。


 大学でもそこそこ噂になるその姿は噂好きの中では、拝んだら一日良いことがある、みたいな尾ひれまでついている程。


 名前すら知らないが、彼女の様に小さくてかわいい妹が欲しいな、なんて思っていたら思いがけず、彼女と同様に小さく可愛らしい同期が出来たのでとても喜んだ。

 2人姉妹の私にはお姉ちゃんが居て、趣味も合って可愛がってくれるけど、妹が居たらどんなのだろうと常日頃思っていたから、初声合わせの後、すぐさまお姉ちゃんに自慢した。

 そしたら「もうお姉ちゃんは要らないの!?」なんて驚かれたけど、ちゃんと話したら「私も会ってみたい!」とか言って来た。

 私もオフではあったことないのだから無理なんだけどね。


 あーあ、早く家に帰って配信をしたい。

 そう思っていると。


「ミ゛ャ゛ッ!?あっっっ」

「ぇっ!」


 最近になって聞きなれた声が後ろからした。


 えっ、まさか、そんなことってある?

 少し混乱する頭で振り向こうとしたら、丁度良いタイミングで教授が入ってきてしまった。

 動揺する気持ちのまま、仕方なく私は授業が終わるのを待った。




 ようやく授業が終わった。ずっと逸る気持ちを抑えていたので、いつもよりも時間が長く感じた。


「終わったぁぁぁ!ねえ、あなた――――」


 声を掛けようと後ろを振り返れば姿はなく、扉の方に顔を向ければあの茶色い黒髪が流れて出て行ったところだった。


「早過ぎでしょ!?ったくもう!」


 急いで荷物をまとめ、彼女の足取りを追う。

 競歩のごとく歩いていく小さい背中を、大学の校門前でようやく見つけた。


「ちょっとそこのあなた!」


 離れているせいか、呼ばれていることに気が付かない。

 私はさらに駆け足で、私の胸元までしかない小さい肩に手を掛けた。


「ねえ、待って!」

「ミ゛ャ゛ア゛ァァァッ!?」


 ビクンッ!とギャグマンガの様に飛び跳ねて、手が離れた瞬間距離をあけて、こちらを警戒する目で見つめて来た。


「ごっごめん、驚かせるつもりじゃなかったの」

「フゥッフゥッフゥッ」


 驚いて息が上がっている様子は、まさに興奮して威嚇する猫のよう。

 やっぱり彼女だ。

 私は疑問が確信に変わり、つい頬が緩んでしまう。

 そっと近づき、周りに聞こえないように語り掛ける。


「急に呼び止めてごめんね。でも、あなたとお話したいのシロネ」

「ミ゛ャ゛ッ!?!?!?」

「シッ、ほら人がいない所で話しましょ」


 私は有無を言わさず彼女の小さい手を引っ張り、近くのカラオケまで足を運んだ。

 受付を済ませ、適当にドリンクを持ってきて席に座る。


 少し離れた席に、借りて来た猫の様に大人しくしている様子が可愛らしくてニヤケてしまう。


「ごめんね急にこんな所に連れてきて。でも、人通りのある所で話せないからね、シロネ」

「ッ!?」


 自分の悲鳴がバレた切っ掛けになったのだと理解したのか、声を出すのを我慢している。


「さすがにそろそろ気が付いて欲しいんだけどなぁ……」


 同期として何度も話しているのに。


「ほらほら、いい加減気が付かないと私だって傷ついちゃうぞ」


 隣に座り直して、彼女の頭が私の肩に触れ合うほど近づく。


「ミャァ……もっもしかして、アッアリア?」

「せ・い・か・い♪ギューーーーッ!」

「ミ゛ャ゛ア゛ッ!?」


 嬉しさ余って抱き着くとシロネから悲鳴があがる。

 でも腕から抜け出そうとしないのだから、嫌ではないってことだよね?


「まさかシロネが同じ大学に在籍していて、それも噂の子だとは思わなかったよ!ずっとシロネみたいな妹が欲しいって思っていたから嬉しい!」

「いっいいい妹じゃないし……」

「別に細かいことは気にしない気にしない」

「ぼっ僕も、驚いた……綺麗なお姉さんが、アリアだったなんて……でも、そっそれ以上に、こっ怖かったんだから……ヒッグ……」


 身バレからの強制連行。確かにこれは恐怖以外の何物でもない。

 

「あ~~~、ごめんね。お姉さんが悪かったから、ほら泣かないで」

「なっ泣いてないし……グスッ」


 私の腕の中でグズる子猫をヨシヨシと頭を撫でてあげる。

 申し訳ない気持ちもあるが、可愛くて気持ち良くてそれどころではない。

 何この髪の毛、すっごいサラサラなんですけど?いい匂いもしてこのままずっと触っていたい。コレお持ちかえりしていいかな?


「そうだ!折角だからこのままオフコラボ配信しちゃおうか!」

「ふぇ……?」

「よし、丁度簡易配信機材あるから準備するね!」

「ええええええ!?」


 私はまたもや有無を言わさず準備を進めた。

 返事を聞いてたら、断られるからね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る