第141話 やっと夢が叶いそうだ


 ラッシュがトリオンと邂逅していた頃。

 ジーナもまた、マリンの蘇らせた騎士と相対していた。


「人のことをいきなり雌猿呼ばわりかよ。あたしが猿ならテメェはただの死にぞこないだろうが。骨なら骨らしく土に埋まってろ」


「そうしたいところではあるが、あいにく私の意志ではどうにもならんのでな。

それに教養の欠片も見当たらない野蛮な女など、雌猿で十分だろう。殴ること以外に出来ることがあるのか?」


「い、言ってくれんじゃねぇか……!」


 ピキッ、と額に筋を浮かばせ、ジーナは笑った。

 それに動じた様子を一切見せず、皮肉気な騎士アグニは静かにジーナを見据える。


 挑発に乗りながらも、そんなアグニの様子をジーナは捉えていた。


 鎧を纏っているものの、【騎士】のような前で戦う者。その気配は感じない。直立し、じっとこちらを見るその佇まいは、【騎士】というより【魔法使い】の姿を思わせる。それでありながら、怒りを見せる己を前にどこまでも冷静かつ不動なその姿勢、その胆力。

 

 自分とはタイプが違う、油断の出来ない相手だとジーナは察した。


「で、テメェはあの似非神官の仲間か?」

「そうだが、確かめる必要があるか? この状況なら言わずとも察っせるだろうに」


「い、一応確かめてやったんだよ。人違いで殴っちまったら可哀そうだからな!」

「アンデッドを前に人違いも何もあるか。即討伐対象であろうが」


「うるせぇな! いちいち揚げ足取ってんじゃねえよ!」


 ──こいつとは絶対に合わない!!


 ジーナは短いやり取りで相性の悪さを察した。

 ふぅ、と。アグニはどこか疲れたような仕草を見せる。


「味方のバカだけで十分だと言うのに、敵の方にも付き合わないとならんとは。もはや悲劇だな……」

「本当に好き勝手言ってくれるなテメェ! そんなに嫌なら大人しく土の中で朽ち果ててろ! 死人がのこのこ生き返ってんじゃねぇ!」


「私とて、それが出来るのであればそうしている」

「よく言うぜ。アンデッドになってまで覇王とやらに尻尾ふってるくせによ」


「私はマリンによって生き返り、逆らえないだけだ。でなければ、死んでまであの王に仕える訳があるか」


 本心から言っていそうな声に、ジーナはへぇと興味深そうな声を漏らした。


「意外だな。お前、覇王の騎士じゃねぇのかよ」

「騎士ではあったが、本心から忠誠を誓っていたわけではない。ただ死にたくなかったから仕えただけだ。でなければ、虐殺を繰り返した王になど誰が仕えるものか」


「おいおい、騎士がそんなこと言っていいのかよ」

「あの王に仕えた騎士など、大半が同じ考えだ。むしろ、マリンやトリオン、スロウの方がおかしいのだ」


 本気でそう思っているのか、声に嫌悪感がにじんでいる。

 だが、ジーナは不服そうに鼻を鳴らした。


「気に入らねぇな。仕えたくなかったって言っても、結局は下ったんだろ?

 だってのに、曲がりなりにも仲間に対してグチグチ文句ばっか垂れやがる。そんなに気に入らねぇなら、最後まで歯向かうなりする気概はなかったのかよ」


「思えるものか。あの王はそれほどまでに絶対的だった。実際に眼前に立てば分かる。歯向かえば必ず殺されるとな。死ぬと分かって意地を見せるなど、バカの行動だ。私はただ故郷と自分の命を守るため、プライドを捨てただけだ」


「ああ、そうかよ。やっぱあたしとは気が合わねぇわ」


 まぁ、とはいえ。


 虚勢を張らず、屈服を認めたと口にするだけの度量の広さはあるのかと、ジーナはアグニを認めた。


 こういう奴はプライドがない分、あらゆる手段で目的を達成してくる。


 単純明快な殴り合いを好むジーナとしてはやりにくい相手だ。搦め手で思わぬところから予想外の攻撃をしてくるかもしれない。そう考えるだけでうんざりとした気分になる。


 ただ、さすがにそれはないか、とも思いなおす。


 相手はアンデッドとはいえ【騎士】。【魔法使い】のような魔法も、【暗殺者】のようないやらしい攻撃手段も持たないだろう。


「ただの蛮勇を勇気とはき違えるような貴様に、理解を求めようとは思わん。そんな貴様と話すようなこともこれ以上ない。

 マリンにせっつかれ私も忙しいのでな。貴様は早急に処理するとしよう」


「へぇ、たいそうな自信だな。テメェ程度があたしに勝てると思ってんのか?」


 挑発を受け、ジーナはむしろ面白がるような表情を見せた。


 そんなジーナの期待を嘲笑うかのように、アグニは言った。


「勘違いするな。処理するとは言ったが、相手をするのは私ではない」

「ああん? じゃあ誰がやんだよ?」


 梯子を外され、間の抜けた声を上げるジーナ

 そんな彼女に、アグニは続ける。


「私に戦いの才はない。運よく【騎士】の【天職】を授かったが、【騎士】としては並みでな。スロウにヴェインはおろか、当時の騎士達と比べても明らかに弱かった」


 それは、よくある話ではある。


【天職】を授かった者と、そうでない【村人】を比べれば、圧倒的な力量差は確かに存在する。【村人】から見れば、【天職】を授かった者は全員が化け物みたいなものだろう。


 だが、その【天職】の間にも格差は存在する。


 同じ【天職】を授かったにも関わらず、隔絶とした力量差が生じることがある。同質の力であっても、才能差というのは確かにあるのだ。


「私は【騎士】としては並みもいいところだ。それだけだったのならば、多くの騎士達と同じように、あのバカ共に憧れか嫉妬の目を向けることが精々であっただろう。

 だが幸い、私は戦う才はなかったが率いる才はあったようでな。その才を見出され、覇王軍において元帥の地位を授かっていた。

 まぁ、覇王が煩わしいことを私に投げた結果に過ぎないといえばそうだが……」


 どこか遠くを見るようなアグニからは、哀愁のようなものを感じなくもない。

 

「圧倒的な強さを持つ“個”が国家の戦力を決めるこの世界において、私は何度も部下を率いて、それらを駆逐していった。

 いつからか、貴様のような傲慢な強者を数と策で嵌めることに快感を感じるようになってな。そうしているうちにいつの間にか、私は元帥まで上り詰めていたのだ」


「……へぇ、そりゃ凄い」


 ジーナは口ではそう言いながら、嘲る様子を隠さない。


「お前の凄さは分かったが、で、どうやってそれをやる? 今はお前一人だけだろ? それとも何か? あの世から部下でも連れてくるつもりか?」


「そのつもりだ」


「はっ?」


 冗談のつもりが肯定され、ジーナはポカンとした顔を作った。

 その間抜けさが受けたのか、アグニはクツクツと笑いながら続ける。


「確かにかつての部下は死んでいる。だが、英雄とも呼べる強さを持つ敵を相手に、軍によって勝利をもたらせる。強さに憧れてきた凡人達に、大物殺しという偉業を達成させる。

 私とて強さに憧れていただけの一騎士に過ぎないが、それを可能にしてきた私を、部下たちは強く慕ってくれていたようだ。

 ──こうして、死後も私の呼びかけに応えてくれる程度には」


 アグニが手をゆっくりと横に振る。すると、彼の眼前にいくつもの闇が現れ、その中から骸骨の鎧騎士が出てきた。


 細部が違うが、アグニのものと造りが似通った鎧。物言うことはないが、アグニを守るようにして立ち、ジーナを眼窩で睨むように見ている。そして、アグニよりも強く感じる戦意。


 確かめる間でもない。間違いなく、戦乱の時代を戦って生きていた騎士だとジーナは悟った。


 一体一体が、ジーナの経験から言っても上位に入って来るであろう雰囲気を持つ騎士。王国で見た現代の騎士とはまるで比べ物にならない。


 これが戦乱の騎士かと、ジーナは歴戦の強者に身震いした。


「──やれ」


 そんなジーナの感動など知らぬとばかりに、無情なアグニの命が発する。

 その言葉に従い、現れた騎士達が一斉にジーナに襲い掛かった。


(──速い!)


 骸骨の身でありながら、生きた人間と遜色のない動きで騎士達はジーナに斬りかかった。


 その一振りはまぎれもなく一流の剣士のものだ。一体一体がそれだけの実力を持っていながら、一糸乱れぬ連携でジーナを狙う。


 一人目を躱しても、二人目が。それでもだめなら、三人目が。


 避けられたことまで想定し、多数で逃げ場を消していく。一流の実力者たちによる、ただ敵を殺すために意思を統一させた動き。


 これほどまで見事な連携をされては、成す術もなくやられるだろう。


 ──普通の相手ならば。


「──オラァ!!」


 剣をいなし、次の連携に繋がる僅かな隙間。

 そこを見逃さず、ジーナは反撃の一撃を放った。


 ジーナの一撃を頭部に受けた騎士は、ボンッ、と音を立てて頭を吹き飛ばし、糸が切れたようにその場に倒れる。そしてそのまま二度と起き上がることはなかった。


 続けて襲い掛かってきた騎士も、同じように体に穴を空け崩れ落ちる。瞬く間に、ジーナに襲い掛かってきた騎士達はただの骨と化した。


(──凄まじい)


 その一連の動きを、アグニはしっかりと観察していた。


 すでに死したアンデッドは、通常の攻撃では倒れない。にも関わらず動かなくなっているのは、死と対極の力、生命力を使った【氣】によるものだろう。それにより、アンデッドの核となる力を消し飛ばされた結果だ。


 アンデッドの利点をあっさりと潰してくる。この女もまた、アグニ達にとって天敵となる女だ。


 だが、そこは相性の話でありさして問題ではない。


 問題なのは自慢の配下の連携を、初見であるにも関わらず対応し、全てを返り討ちにしたということ。


(これがこの時代を生きた【格闘家】だと言うのか? バカを言え。我らの時代でさえ、ここまで対応できる奴は居なかったぞ!)


 ──私達の時代と比べ、はるかにこの時代は優しい。貴方達ならば、相手にもならないでしょう。


 事前に、マリンからはそう聞いていた。ゆえに、侮っていなかったと言えば嘘になる。

 とはいえ、自分も配下も手を抜いたということはありえない。全身全霊で仕留めにいった。それが戦の心構えというものだ。


 マリンが嘘を吐く理由もない。だから、この時代が甘いのは間違いないのだろう。

 だが、少なくともこの女は違うと、アグニは確信した。


 この女も、スロウやヴェインと同じ存在。


 ──英雄と呼ばれる才を持つ戦士なのだ。


 ザワリと、アグニは自分の胸に泡立つものを感じる。

 そんなアグニを逆なでるように、ジーナは言った。


「なるほど、確かに強かったな。だが、あっさり勝っちまったぜ? どうするよ? 今度はお前がやるか?」


「言ったはずだ。私は率いる者だと。私と戦いたくば、我が配下を全て倒してからにするんだな」


「へっ、上等だよ。だったらとっとと出してみろ。百だろうが千だろうが纏めて……」

 

 獰猛な笑みを見せるジーナだったが、眼前の光景にヒクリと顔を引き攣らせる。


 いつの間にか作られていた闇の中から、次から次へと騎士達が現れ、アグニの前に整列を始める。その数は十、数十、百を超え……ジーナは数えることを放棄した。


「お前……本当に用意する奴があるかよ」

「これこそが私の力だからな」


 ジーナの非難にも恥じる様子はおくびにも出さず。

 さらなる絶望を叩きつけるように、アグニは言った。


「改めて名乗ろう。私は覇王軍元帥アグニ。覇王軍一万の騎士を統べる者である。我が軍から逃れられた者は居ない。我が軍勢を前に、絶望のまま死んでいけ」


 先ほどまでとは比べものにならない数の騎士が、ジーナを囲むように殺到する。そして、あっという間にジーナの姿が見えなくなった。


 やはり、この甘い時代を生きた弊害か。絶望的な状況とはいえ、抵抗の意思すら見せないとは。


 一転して失望しかけたアグニだったが、またアグニの想定は覆された。


 ──ドンッ!!


 地面が揺れるほどの振動と共に、囲み、殺到していた騎士達が円状に吹き飛ばされる。中にはその衝撃で体がバラバラに吹き飛ばされた者もあった。


 吹き飛んだ騎士達の中心に、大きく足を前に出し、長く息を吐いているジーナが居る。


 強く大地を踏みしめ放射状に【氣】を放ったか、とアグニが察した時。

 フッ、と楽し気に、ジーナは笑った。


「逃れられた者は居ない? バカ言えよ、こんな幸運、逃げる訳ねぇだろ」

「なんだと?」


 不可解な言葉に、アグニは混乱した。

 ジーナはますます笑みを強める。


「百人組手って、知ってっか? ひたすら相手を変えて戦い続ける修行なんだがよ、一度でいいからやってみてぇって思ってたんだ。

 だけど、あたしの相手になる奴なんかそう多くなくてな。たまに数で囲まれたかと思えば、どいつもこいつも弱い奴ばっかで、ちょっと撫でるだけで逃げちまう。だから、やりたくてもやれたことなんてなかったんだよ。

 でも、テメェらはちげぇだろ?」


 ぐるりと品定めするように騎士達を見回すジーナを見て、アグニは悟った。

 囲んでいるのはこちらで、優位なのはこちらだというのに。


 ──この期に及んで、この女は私達を獲物だと思っているのだ!


「今あたしを囲んでいるのは、戦乱の時代を戦った騎士。この時代じゃ、絶対にお目にかかれない軍勢だ。相手にとって不足はねぇ」


 騎士達を挟み、アグニを見据え、ジーナは口端を釣り上げた。


「ありがとうよ。やっと夢が叶いそうだ」

「──化け物がっ!」


 アグニの怒りに応え、騎士達がジーナに再び襲い掛かる。

 こうして、ジーナの過酷な戦いが始まった。



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