第125話 僥倖……! 圧倒的天運!



「マジで何もねぇな。この街」


 失望を隠そうともせず、エドガーは呟いた。


 無事にシオンの検問を通り、六人は宿を探しつつ街を見て回った。


【死者の鏡】を一目見ようと、街には多くの旅人が集まっている。宿はどこも満員で、ようやく見つけた宿の食堂で一息付いている所だった。


「特に変わった物がある訳でもないし、ハーディアの神殿くらいしか行くところがない。マジでそれだけしかない街だ」


「ここだけしかない美味しい食べ物があると思ったのに、ガッカリです」


「この酒もありふれたもんだしな。途中の村で飲むのと変わらねぇよ」


 エドガーに同意するように、フィーリアとジーナが悲しげな顔で料理や酒に手をつける。期待していただけに、その落胆は大きかった。それでも食べるし飲むが。


 目を細めながらラッシュが言う。


「よくよく考えてみれば、死を司るハーディアの本殿があって、死者との再会を叶える神器がある街だ。その神器を求めてやってくる奴等に配慮して、自粛しているのかもな」


「極力、観光の要素は排除しているっていることですか。確かに、悲しみを癒すためにここに来ているのに、はしゃぐ気にはなれませんよね。っていうか、もう少し発言を考えてくださいよ! 他の人に聞かれたらどうするんですか!」


 同じ宿の客の目を気にしつつ、ネコタは文句を言う三人を注意する。

 しかし、エドガーはフンと気丈に鼻を鳴らした。


「他の連中のことなんか知ったことか。むしろあからさまに暗そうな顔を見せられてこっちがいい迷惑だぜ。俺まで気が滅入っちまう」


「僕達の方が部外者で空気を読めてないんだよ! 少しは遠慮しろ!」


 ネコタに叱られても、エドガーはどこ吹く風で酒を喉に流す。そんな彼に、周囲から剣呑な視線が集まっていた。


 いざとなればこいつを売らなければならないかもしれない。ネコタは最悪の可能性を考慮した。


 ネコタの危機感を知ってか知らずか、ラッシュは苦笑する。


「どこにも行くところもないことだし、俺達もハーディアの神殿に行ってみるか?」


「バカ言え。それこそ場違いだろうが。物見遊山で列に並んだと知られたら、他の連中に殺されるわ」


 街を見て回って居る最中、遠目からだが、おそらくは神殿があるであろう廃墟の方に向かって、街から伸びている長い列が見えた。


 あれに並んで鏡を見ようとするには、相当な時間を要するだろう。一刻も早く鏡を使いたい者達からすれば、遊び半分で並ぶような奴らが居たと知れば、何を言われるか分かったものではない。


 もちろん、ラッシュとて本気で言ったわけではない。エドガーの言葉を流し、肩を竦める。


「そりゃそうだ。それじゃあこれ以上この街に用はないし、今日は各自で体を休めて予定通り明日出発だ。またしばらく歩き続けることになるからな。しっかり体を休めておけよ〜」


「この程度の酒しかないのにろくに休めるかよ。くそっ、こうなりゃ自棄酒だ! 量で補ってやる!」


「私もです! 保存食が美味しく感じるくらい、飽きるまで食べまくろうと思います!」


「結局食うし飲むんじゃねぇか。禄でもないなこいつら」


「はっ、ははっ。まあ、何もないことですし、ストレス発散になるならいいんじゃないですか?」


 なんだかんだと前向きになってはしゃぐ五人。しかし、アメリアだけはどこか思いつめたような表情を浮かべ、そして遠慮がちに口を開いた。


「あの、さ。ちょっといいかな?」

「うん、なんだ? どうした、アメリア」


 改まった態度に、エドガーが真っ先に反応した。


 なんとなしに、仲間の目がアメリアに集まる。アメリアは躊躇いながらも、おずおずと口を開く。


「明日のことなんだけど……出発を遅らせられないかな?」


「どうした急に? それは構わないが、何かやりたいことでもあるのか?」


「……【死者の鏡】ってやつを、ちょっと見たいと思って」


 何気なく聞き返したラッシュに、アメリアは目を伏せながら答える。


 思ってもなかった内容に、誰もが目を丸くした。


 ネコタは遠慮がちに聞く。


「それって、誰か会いたい人が居るってことですよね?」


「うん。もし本当に、その鏡が死者と会わせてくれるなら……私、トトに会ってみたいの」


 その言葉に、誰もが気まずそうな顔を見せる。


 旅の道中、何度かアメリアの口から聞いた名だ。


 思い返すように、ジーナが言った。


「幼馴染だったっけか? お前が【賢者】になった時に別れて、それっきりだっていう」


「うん。そうだよ」


「あ〜、そうだよな。でもよ、確かお前の幼馴染は死んだかどうかも分からないんじゃねぇのか? その、ほら、なんだ。正確に言えば行方不明なんだろ?」


 ジーナは珍しく困ったような表情で、言葉を選ぶ。

 それにアメリアは静かに頷いた。


「だけど、それが楽観的な希望に過ぎないってことも分かってるよ」


 服だけが森に落ちていて、本人の姿が消えた。


 それが、アメリアが両親の手紙で伝えられた、トトの消息の知らせだった。


「不可解な様子だったから、私ももしかしてって希望に縋って、今までそうであってほしいって思い込んできた。だけど、本当は私だって分かってる。何があったのかは分からないけど、もうトトが生きていない可能性の方が高いってことくらい」


 それは、今まで口にすることを拒んできた言葉だった。


 それを口にすることに、どれだけの覚悟が必要であったのか、本人でなくとも察することが出来る。


 それでも、ラッシュは改めて確認せざるには居られなかった。


「いいんだな? お前にとって、知る方が辛い目にあうことになるかもしれない。なぁなぁにした方が楽だった、ってことも世の中にはあるぞ?」


「分かってる。でも、それってただの現状維持でしょ。それも、あまり良くない方の。このままじゃ私は前に進めないから。それに、トトのことでいつまでもこんな気持ちでいたくないの。大切だからこそ、ハッキリさせたいの」


 辛そうにしながらも、アメリアは顔を上げハッキリと言葉にする。


 これは止められない。そこにどれだけの葛藤と覚悟があったのかを察し、それ以上、誰も何も言うことが出来なかった。


 ──この男を除いては。


「いいんじゃね? 別に」


 ズズズ、と酒を啜り、のほほんとした顔でエドガーは言った。


 あまりにも呑気な態度に、ネコタは思わず顔をしかめる。


「ちょっとエドガーさん。アンタね……」


「いいだろ別に。アメリアがそこまでして見たいって言うんだ。全部覚悟しての言葉だろ。だったら俺達が止めるようなことでもねえよ。それに、意外といい結果に繋がることだってありうるだろ」


「いい結果……あっ! そ、そうですよっ!」


 パンッと手を叩き、明るい顔でフィーリアが言う。


「【死者の鏡】って、死んだ人を映すんですよね!? ってことは、もしトトさんが映らなかったら、トトさんはまだ死んでいないってことになるじゃないですか! ねっ? そうですよね」


「そりゃ確かにその通りだが。お前、そんな希望を持たせるようなことを……」


 苦い顔をしながら言ったラッシュの言葉に、フィーリアはハッとし、おそるおそるアメリアを見る。


 アメリアは、小さく笑っていた。


「そうだよね。トトが死んでないってこともあり得るもんね」


「そっ、そうですよっ! ええっ、きっとそうに違いありません! 私もアメリアさんの隣に居ますよ! ねっ、ですからラッシュさん! 明日だけでいいんで、もう一日滞在しましょう! ねっ!?」


「まったく、お前が励まされてどうするんだ。まあ、別に一日くらいなら構わないがな。それでアメリアの心残りが晴れるなら安いもんだ」


「まあ、だめで元々だ。自棄酒ならあたしも付き合ってやる。悔いの残らないように行ってこい」


「ジーナさん! もう少し考えて発言してくださいよ! アメリアさん、きっと大丈夫ですよ! 僕も一緒に行きますから!」


「皆……ありがとう」


 目尻に溜まった涙を拭って、アメリアは微笑んだ。そんなアメリアを励まし、きっといい結果になると盛り上がる面々。


 だが、その輪の中に入らない者が一人居た。


 ──そう、我らがエドガーである。


(僥倖……! 圧倒的天運……! 降って湧いた好機……!)


 誰にも見られぬよう顔を伏せ、クククッ! と怪しく笑う。

 そう、彼だけは知っている。


 トトの本当の気持ちを。そして【死者の鏡】でトトを呼び出した場合、どうなるのかを。


(アメリアに事実を伝えることはできない。このままただのウサギとして、何もかもを隠して生きていくことしか出来ない。そう思っていたが……!)


 まさかこのような、真実の一端を伝える術があったとは。


 思い込みとは怖い物だ。なぜ神器のことを聞いた時、この方法を思いつくことが出来なかったのか。自分の間抜けさにほとほとあきれ返る。だが、今はもういい。


 アメリアがそれを願ったこと。そして、アメリアがそれを自主的に行おうと思ったこと。これが重要なのだ。


(俺がそれとなく誘導しても、下手をすれば秘密の暴露という制約に引っかかる可能性があった。それがどうだ。何もせずして、全てが俺の都合の良い方へと回っている! 棚ぼたとはまさしくこのこと! 俺の長年の努力が報われる時が来た!!)


 明日は、きっといい日になるだろう。


 そう思うとこの飲み慣れた安酒も、何十年もののレアな銘柄に思えてくる。


 はしゃぐ仲間の中で、エドガーはただ一人、勝利の美酒に酔っていた。



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