第109話 そんなになってまで、僕のことを……!


『では、問題である。朝は四本足。昼は二本足。夜は三本足となる生き物とは何か? 答えよ』

「はぁ!? なんだそりゃ!? そんな生き物が居るかよ!」


 聞いた瞬間、ジーナが叫んだ。


 時間によって足の数が変わる。常識で考えて、そんな生き物がいる訳がない。


 初めから答えなどなく、適当なことを言って混乱させようとしているだけなのではないのかとすら思う。あまりに意味不明な問題に怒りすら湧いた。


「……ダメだ、さっぱり分からねぇ。まさか本当にそんな生き物がいるのか?」

「朝は四本、昼は二本、夜は三本……そんな物がいる訳が……いや、これも何かの比喩……? だとすると、それは……」

「あわわわっ……! ダメです、このままじゃ私が……! ああ、昼に殺した方が足が一番多くてお得ですね……!」


 すぐに投げ出したジーナとは違い、ラッシュ、アメリア、フィーリアの三人は答えを求め必死に考えていた。しかし、ラッシュとアメリアは思考の渦に飲み込まれ、答えが見えない。そして、フィーリアに至っては混乱に陥っていた。


 しかし、出された問題に四人が苦しそうな顔をしている中、ネコタの表情は状況にそぐわぬほど安堵していた。見えぬ鎖に縛られていた体が解放されたかのような、ほっとした顔だった。


「ああ、本当に良かった。その答えは、”に──」

「”人間”だな」


 ネコタの声を遮るように、エドガーがあっさりと答えた。

 他の四人が、ぎょっとした表情で。ネコタはえっ? と、唖然とした様子でエドガーを見た。


 全員の視線が集まる中、エドガーは平然としていた。大したことはしていない。これが当然だと言わんばかりだった。


 あまりの堂々とした有様に、まじまじと見つめるラッシュだったが、ハッと我を取り戻し、慌てて尋ねる。


「お、おいエドガー! もうちょっと慎重に答えろ! なんで人間になるんだ!?」

「テメェ、まさか分からないからって適当なこと言ってんじゃねえだろうな?」

「ふっ、まぁお前のような脳筋には一生理解できないだろうな。この答えの意味が」

「なにぃ……?」


 ピクリッ、とジーナの眉間に筋が浮かぶ。

 やれやれとばかりに、エドガーは首を振った。


「湖の宝玉の応用みたいなもんだ。朝、昼、夜ってのは一日の時間帯じゃなく、生物の一生を表してるんだよ。

 朝は生まれたてで、人間の赤ん坊を指す四つん這いの四つ足。昼は大人になって二本足。そして夜は老人で杖をついて三本足、ということだ」


「あっ、あぁ! 言われてみれば確かに!」

「ぬぐっ、うぅぅ……! ウサギの分際で頭良さそうなこと言いやがって……!」


「凄いよエドガー。よく気づいたね」

「ハイ! エドガー様、凄いです! どうしたらそんなこと思いつくんですか!?」


「ハハハハッ、なに。そんなに大したことじゃない。ちょっと固定観念を外し、頭を柔らかくすれば思いつくことさ」


 美女二人にチヤホヤとされるエドガーを見ながら、ネコタは複雑な思いだった。


 いや、いいのだ。誰も犠牲にならずに済むなら、それが一番なのだから。しかし、あの位置にいるはずだったのは自分だと思うと、やはり面白くなかった。勇者といえど、やはりネコタも普通の少年である。


 そんなネコタの葛藤に気づいたのか、チラリと見てエドガーは言った。


「おや、どうしたんだいネコタ君。そんな恨めしそうな目をしちゃって。役立たずの君を救ってあげたんだから、お礼を言ってくれてもいいんだよ?」

「はぁ? ちょっと、役立たずってなんですか?」


「事実じゃないか。謎を解こうと努力していたこの三人と違って、そこの脳筋女とお前はボケーッとした顔で何もしなかったんだから」

「ウサギ、たまたま分かったからって調子に乗るなよ! 殺されてぇか?」


 ジーナは今にも襲い掛かりそうな形相で、エドガーを脅す。

 だが、さすがのネコタもこれにはカチンと来ていた。こんな問題で偉そうにされるなど、たまったもんじゃない。


「いや、僕がそういう風に見えたのは、僕もエドガーさんと同じで答えが分かったからですから。エドガーさんが答えなかったら僕が答えていただけなんで、勘違いしないでもらえます」

「ウプッ! ウププププププッ!」


 堪え切れないというように、エドガーは口元を押さえながら笑っていた。


「ウププッ、居る居る〜! 答えが出てからやっぱりそうだと思ってた、とかいう奴〜。でもネコタ君、流石にそれは通じないでしょ」

「はぁ!? いや、本当に僕は……!」


「分かってもないくせに知ったかぶりしてる奴って、正直見てて痛々しいよな。分からなかったって素直に言った方がまだマシだぜ? 本当、逆にこっちが恥ずかしくなってくるんですけど〜!」

「ぐっ、こっ、この……! おまっ……!」


 ネコタは心から、ここぞとばかりに煽ってくるウサギをぶん殴ってやりたかった。しかし、エドガーの言うことも一理ある。


 この状況で何を言っても、見栄を張っているようにしか見えないだろう。ここでさらに暴力を振るっては、完全に負けだ。だからこそ、ネコタは怒りを堪えてプルプルと震えているしかなかった。


 誇らしそうな顔をしていたエドガーは、しかし、ふっと悲しげに目を伏せる。


「だが、参ったな。まさか俺以外の誰にも分からなかったとは。答えに迫っていたのはアメリアだけ。フィーリアとジーナには最初から期待していなかったからいいとして、まさかオヤジとネコタも使い物にならないとは。お前ら、ここで役に立たなかったらいつ役に立つの?」


 邪気のない顔で、エドガーは首を傾げる。これが演技なのだから恐ろしい。


 なんとも思わなかったのはアメリアとフィーリアだけである。その顔を見た残った三人は、殺してやろうかという程の苛立ちに襲われた。しかし、問題を解いたのは事実であるため手も足も出せない。


 それを見抜いているウサギさんは、とても調子に乗った。

 ニヤニヤと笑いながら、頭に手を添え大げさに首を振る。


「はぁー、やれやれ。結局頼りになるのは僕だけか。

 まっ、いいんだけどね。何事も適材適所。出来ないことを無理にやる必要はないし、出来ることをやればいいだけさ。

 この場合、僕がたまたま突出した頭脳を持っていた、ただそれだけのことだよ。

 ここから先、実質僕だけで迷宮を攻略することになるだろうけど、いや、気にしないでくれたまえ。オツムの悪い君達が僕に寄生して進むのは悪いことじゃないよ。

 なに、頼りにならなすぎて正直不安だけど、大丈夫。僕にとってこの程度の問題なら、暇つぶしとほとんど変わらな『不正解である』──んなにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?!?!?」


 ぎょっと目ん玉が飛び出んばかりに、エドガーはスフィンクスを見上げた。聞き間違いじゃないのかと疑わずにはいられなかった。


 しかし、スフィンクスは無表情である。間違いなど何もないとばかりの、毅然とした態度だった。


 ダンッとエドガーは強く足を踏み鳴らし、唾を撒き散らしながらまくし立てた。


「ちょっと待てやこらああああああああああ!? 不正解だとぉう!? 嘘ついてんじゃねぇ! 

 まさかエルフとか獣人が正解です、なんてふざけたこと吐かすつもりじゃねぇだろうな!?

 どちらにせよ人型で正解だろうが! それとも何か!? 本当にそんな生き物が居るとでも言う気じゃねぇだろうな! ああん!? んなふざけた生物、存在する訳が──」


『【デザートリザード】。小型の竜が砂漠に適応した魔物の一種である。

 寝起きの朝は四つ足で体を休め、昼間は二足歩行の人型になることで武器を使って獲物を狩る。

 そして夜はいつでも戦闘態勢に移れるよう、前足を片方交互に休める三本足で寝に入る。この砂漠の奥地の一部でのみ生息する、戦闘力の高い危険な魔物である』


「ほんとに居るのぉ……?」


 エドガーは呆然とした声を上げた。目の前が真っ暗になったような気がした。


「ぶはっ! あはっ! ぎゃはははははは! あんだけ偉そうに語っておいて思いっきり間違って……あはははははは!」

「あははははは! すげぇ……! スッゲェかっこ悪いぞこいつ! あははははははは!」

「んふっ! ……ちょ、ちょっと。可哀想でしょ」

「そうですよっ。エドガー様だって間違うことくらい……っぷぐ!」


「テ、テメェら……!」


 ワナワナと震え、エドガーは笑っている仲間達を睨みつける。しかし、その反応はさらにツボを刺激するだけだった。散々煽られたジーナとラッシュは指を指して笑い、アメリアとフィーリアでさえ堪え切れずに噴き出している。


 エドガーは羞恥で死にたくなった。ここまでやらかしたのは久しぶりだった。


「危なかった……」


 聞こえないよう、輪から外れネコタは小さく呟いた。一歩間違えれば自分がああなっていたと思うと、嫌な汗が止まらない。先に答えたエドガーに今では感謝しかなかった。


『では、罰ゲームである。間違えた答案者には、我のお話し相手になってもらう』

「はっ!?」


 スフィンクスの頭上に、シャボン玉のような物が現れる。それを見て、エドガーは今の危険な状態にようやく気づいた。


「まっ、待て! 待ちやがれ! ……お、お願い! 待って待って! 待ってください!」


 ぞんざいな口調がどんどん丁寧になっていく。必死であった。

 ピタリ、と透明の球体はスフィンクスの顔の前で止まる。そして、スフィンクスはエドガーを見下ろして言った。


『答案者よ、なんの用か? 契約に従い、我は不正解の答案者をこの檻に閉じ込めなければならない』


 しめたっ! と、エドガーは勝機を見出した。

 問答無用ならともかく、話を聞いてくれるならまだ挽回できる!


「……ち、違う」

『何が?』


「こ、答えてない」

『んんんん?』


「俺が答案者だなんて言ってないし、さっきの答えだって、仲間内に相談するために口にしただけだ。だから、まだ俺は答えを言ってない。お前の早とちりで、勘違いしただけだ。だからこの問答は無効だ」


「お前、流石にそれは通じないだろ……」

「黙ってろ! 今取り込み中なんだよ!」


 呆れるような声を出すラッシュに、エドガーは叱りつける。今は僅かな軽口も許せなかった。


『うむぅ……』と、スフィンクスは唸り声を出し、重々しく頷く。


『なるほど。一理ある』

「そ、それじゃあ?」


『無論、アウトである』

「なんでだよ! 一理あるって言ったじゃねぇか!?」


『一理あるが、詭弁である。むしろ聞いてて腹立たしいだけだったのである。もう少し知性のある理屈で説得すれば、考慮の余地もあったのである』


「だよなぁ。あたしでも子供の言い訳だと思ったもんよ。つぅかお前、このあいだ水を飲みそこなったフィーリアと同じレベルだぞ」

「お前はどっちの味方だ! この状況が分かってんのか!」


 うんうんと頷くジーナにエドガーは責めた。仲間が売られようとしているのに庇いもしないとか、信じられない! 良識を疑う。


「あ、あの、そこをなんとかなりませんか? もう一度チャンスをくれるとか」

「ネ、ネコタ君っ……!」


 ネコタが遠慮がちにスフィンクスに尋ね、エドガーはパァッと花が開いたかのような笑みを浮かべた。

 いつもイジメられているし、助ける必要はない気もするが、自分の代わりになったと思えばさすがにこのまま見過ごせなかった。ネコタの人の好さが垣間見える。


 だが、スフィンクスは残酷にも首を振った。


『ならぬ。これは契約に基づく代償である。契約に従い、罰を受けてもらうのである』


 問答無用とばかりに、透明の球体がエドガーに迫った。

 あわわわっ、と怯えている間にジリジリと距離が詰められていく。


「エドガーさんっ! 逃げてください!」

「エドガー! くっ、こうなったら──」

「待て! 魔法は通じないんだぞ! 邪魔をしたらどうなるか!」

「離してよ! エドガー!」


 ラッシュに止められ、悲痛な声を上げるアメリア。


「あわっ、あわわ!? エドガー様っ、そんな……ど、どうすれば!?」

「諦めろ。アイツの犠牲を無駄にすんじゃねぇ」


 オロオロとするフィーリアに、ポンッと肩に手を乗せて慰めるジーナ。こちらは潔すぎる。


 仲間達の苦渋の表情を目の端に捉えながら、エドガーはグルグルと頭の中で打開策を考え続けていた。そうとも、ここは知恵の迷宮。ならば、知恵で潜りぬけることが許される唯一の方法!


 絶望が己を襲おうとしている中でも、エドガーは考えることを止めなかった。そして、命の危機が訪れたその時、エドガーの野生の本能が生存への道を切り拓いた! ──知性じゃねえのか。


 カッと目を光らせ、エドガーは叫んだ。


「俺のターン、ドロー!

 ──速攻魔法【崇高なる生贄】を発動! 俺はこのターン【ポンコツなる勇者ネコタ】を墓地に送ることによって、敵モンスターの俺への攻撃を完全に無力化する!」


「はぁ? いや、エドガーさん。あなた何を言って『了承した』へっ? 了承? 了承ってどういう意味ぃあああああああああああああああああ!?」


 エドガーへと迫っていた球体は、瞬時に方向を変えネコタを飲み込んだ。そして、有無も言わさず宙に浮かび、スフィンクスの顔の横へと移動する。


 ふぃーっと長い息を吐き、エドガーは額を拭って言った。


「危ないところだった」

『危ないところだった、じゃない! 出せ! ここから出せぇええええええ!』


 ドンドンと拳で叩くも、結界はビクともしない。ネコタは諦め、スフィンクスに訴えた。


『おかしいでしょ!? なんで僕が捕まるんですか!? 捕まるんだったらエドガーさんでしょうよ!?』

『原則としては、答案者が囚われの身となる。しかし、他に代わりになる者が居るのならば、我はそれを認めている。仲間を救いたいというその崇高な心を、我は支持する』


「ネ、ネコタ君……ッ! そんなになってまで、僕のことを……!」

『んな訳あるかああああああああ! このド畜生ぅううううううううう!』


 ブワッと涙を流すエドガー。それにネコタはブチギレた。当然である。


 同情したのが間違いだった。アイツはそういう奴だったのは知っていたのに、なぜ自分は庇うような真似をしてしまったのか。


 とはいえ、まさかこんな目に合うなど予想出来るはずもない。そもそも躊躇いなく仲間を差し出すあの神経が信じられない。やはりアイツは外道だとネコタは再度認識した。一体何度目だろう、これ。


『くそがぁああああああ! 出せ! ここから出せぇええええええ!』


 ──ガン! ギン! ガン! ガン! ゴン! ガン!


『あああああああ! 全然斬れない! こんなに叩いてるのにぃいいいいい!』

『当然である。この結界は我の【権能】が働いている。よって、野蛮な暴力で壊れる物ではない』


『出してぇええええええ! お願いだから、ここから出してぇええええええ!』

『駄目である。貴様は干からびて死ぬまで、我のお話相手である』


『ミイラはいやぁあああああああああああああ!!』


 ネコタは周りの目も構わず泣き叫んだ。勇者とは思えぬ醜態であった。

 そんなネコタを、エドガーはのほほんとした目で見上げていた。


「いや〜、言ってみるもんだな。まさか身代わりが効くとは思わなんだ」

「思わなんだ、じゃねぇだろうが!」


 ゴンッ、とエドガーの頭にラッシュの拳骨が落ちた。

 うきゅん!? と悲鳴を上げて痛がるエドガーを、ラッシュは厳しい表情で見下ろす。


「なんつうことをしてくれてんだお前! よりにもよってネコタを生贄に出しやがって! これからどうするつもりだ!?」


「やめなよ。怒るのも無理はないけど、それよりもエドガーだけでも助かったことを喜ぶべきじゃないの?」

「そ、そうですよっ! それに、エドガー様だって必死だっただけで、わざとじゃないですよ!」


「いや、そいつは悪意しかなかったと思うぞ?」


 この状況でも擁護する二人とは違い、ジーナは冷静だった。正しい観察眼である。

 アメリアに抱かれながらではあるが、エドガーは珍しく殊勝な態度だった。


「本当に済まなかった。駄目元ではあるが、まさか成功するとは思わなかったんだ。だから、近くにいたネコタの名前をつい言ってしまった。くそっ、なんてバカなんだ俺は!」


 アメリアから離れ、くぅっ! と声を漏らし地面を叩くエドガー。実に白々しい姿だった。


「せめてネコタじゃなく、オヤジの名前を言っていれば! だけど、咄嗟に名前が思い出せなくて……くそぉおおおお! 俺がオヤジの名前を覚えていれば、ネコタが犠牲にならずに済んだのに!」

「お、お前……いや、まぁいい。済んじまったことより、これからのことだ」


 ゴホン、とラッシュは咳払いをする。最悪、自分が犠牲にされていたと考えて、日和ったのが明らかだった。名前も覚えられてないとしりちょっぴり傷ついていたりもする。


『問いには答えられなかったが、代償は確かに受け取った。ここを通ることを許す。存分に知恵を振るい、迷宮の最奥を目指すが良い』


 ズズズっと、重い体を引きずり、スフィンクスは道を開けた。

 先の道を見つけながら、ラッシュは困ったように頭をかく。


「行ってもいいと言われても、ネコタを置いて行く訳にもいかんしな」

「いや、いっそこのまま進むという手も……」

『糞ウサギィイイイイイイイイ!!!!』


 ガンガンと結界を叩く剣の音が激しくなる。当然と言えば当然だった。

 よくこんなことが言えたもんだと、ラッシュは呆れた目をエドガーに向ける。


「お前なぁ……」

「別におかしくないだろ? 一番弱い奴が抜けてやりやすくなったと思えば、むしろこの状況は願ったり叶ったりじゃないか?【魔王】は俺達で倒せばいい。というか、こんなくだらない罠に捕まる奴を連れて行っても役に立たんだろう」


『お前のせいだろうがぁああああああああああああ!!!!』


「いや、【魔王】を倒すには【勇者】が必要だろうが。分かってて言うなよ」

「すまん。ついからかいたくなって」


 テヘッ、とエドガーは照れた顔を見せた。ネコタの慟哭がさらに酷くなる。

 助けたら助けたで、血を見ることになるかもしれない。不安を抱えながら、ラッシュはスフィンクスに尋ねた。


「なぁ、スフィンクスよ。ネコタを返してくれないか?」

『それは出来ぬ。この者は我に捧げられた代償である。この者を返すということは、我の存在意義を問われることゆえに』


「だが、神に関わるお前なら分かっている筈だろう?

 そいつは【勇者】。つまり【魔王】を倒せる唯一の存在だ。ネコタをここに閉じ込めれば、世界は【魔王】によって滅ぼされることになる。

 迷宮の番人であることがお前の存在意義であるとしても、神の眷属であるならば、そうなるのは本位ではない筈だろ? 違うか?」

『…………』


 スフィンクスはそのままの姿勢で考え込んでいたようだった。そして、重々しく口を開く。


『よかろう。ただし、そのまま返す訳にはいかない。我は問う者。ゆえに、この者が欲しければ我が謎に答えてみせよ』


 スフィンクスは、五人を見下ろす。


『これより、人数分の出題をする。回答権は一人一つ。誰がどの問題を答えてもよい。回答が全て正しかったのならば、囚われた者を一人解放しよう。

 ただし、相談は許可しない。間違えた者が現れたのなら、その間違えた者も代償として囚われの身になる。その場合、出題は最初からやり直しとなる』


「つまり、全員が問題に正解すればネコタを返してくれると」

「ただし、間違えたらそいつも捕まって、また最初からやり直し。しかも、返してくれるのはあくまでも一人ずつ。なんだこの不平等条約。等価交換も糞もねぇな」


 顰めっ面で言うエドガーに、スフィンクスは無感情なまま言った。


『知恵の迷宮の番人として、これ以上は譲歩できない。これはあくまでも我の温情である。不服があるならば、このまま進むといい』


「チッ! 調子に乗りやがって!」

「だが、断れないのも事実だ」


 苛つくジーナを宥めながら、ラッシュが難しい顔で言う。

 同じような顔をして、エドガーも同意した。


「ああ。確かに不平等ではあるが、これでも譲歩してくれたんだろう。迷宮の番人として、職務に反しない範囲でな。しかし参ったな。条件があまりにも厳しすぎる」


 チラリ、とエドガーは仲間を見回す。

 自分と、アメリア、ラッシュはまぁなんとかなるとして。

 残った二人を目にし、エドガーはなんとも言い難い顔をした。


「……絶望的だ。全員が無事にここを通れるイメージが湧かねぇ」

「テメェ! そりゃどういう意味だ!?」

「エドガー様! 今の視線の意味を、ちょっと詳しく!」


 不服そうに食い下がってくる二人に、エドガーはジト目で返した。


「いや、だってお前らが問いを答えるとか、あり得ないだろ? 俺らが全員答えられたとしてもさ、お前らが無理だったら、どうあがいても一人はここに残されるじゃん? 全員が助かるのは不可能だな〜と」


「待ってください! 確かに自信はありませんけど、まだ問題すら聴いてないのにそう言われるのは心外です!」

「つうかテメェが言えた口かよ! ついさっき盛大に恥をかいたばっかだろうが! どうせまた賢しらな顔して間違うだろうよ!」


「アレはどう考えてもハメ問題だろうが! 俺はテメェらとは違うんだよ! 問題がまともなら余裕で答えられるわ!」


『不服である。我は【知恵の迷宮】の番人。理不尽な問いは出さない』

「あんな糞マイナーな問題出しておいて吐かしてんじゃねぇ! あれじゃあ試してるのは知恵じゃなくて知識だろうが! 似てるようで全然ちげぇからな!?」


『観察力不足、準備不足である。砂漠を通ってきたのならば、きちんと調べていれば答えられたサービス問題である。ろくに確かめようともせず先へ先へと進むからそうなるのである』

「ぬぐぐぐぐっ……! ああ言えばこう言うっ! マップを全無視してとにかくストーリーを進めるプレイヤーを嘆くRPGの製作者かおのれは!」


「訳のわからんこと言ってんじゃねぇ。どの道やるしかねぇんだ」


 覚悟を決めた顔で、ラッシュはスフィンクスを睨み上げた。


「分かった! その試練、受けさせてもらう!」



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