第100話 どうしてそういう大事なことを最初に言わないの?


 ──ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ! プハーッ!


「おおっ、うめぇ……! 水が、うめぇ……! まるで生まれ変わったかのようだ……!」

「はいっ! お水ってこの世で一番美味しい物だったんですねっ!」

「確かに美味しいですけど、いくらなんでも大げさでは」


 街に着くなり、六人は早速酒場を探し、何よりもまず水を求めた。

 浴びるほど飲める水にエドガーは感動で震え、フィーリアは泣きながらも水を飲むのをやめない。そんな二人を、ネコタは呆れたように見ていた。


 苦笑し、ラッシュが言う。


「まっ、そう言ってやんなよ。人一倍暑さに弱いんだ。俺らよりよっぽど美味しく感じるだろうさ」

「あたしは酒の方が良いんだが。まっ、これはこれで美味いな」


 なんだかんだと、満足そうにグビグビと水を流し込むジーナ。元気そうに見えて、やはり暑さに参っていたらしい。

 

 まぁそれも当然か、とネコタは思う。誰だって暑い中を歩けば水が旨く感じるのは当然だ。そこを突っ込むのは野暮かと、自分も水を流し込む。


「ところで、アメリアさんはいつもと表情が変わらないですね。暑くないんですか?」

「……私はそこまで暑いのが苦手じゃないから」

「いや、この暑さはそういうレベルを超えていると思うんですけど」


 しかし実際、アメリアは気怠そうな様子を見せず、涼しげな顔だった。まるで一人だけ暑さを感じていないようだ。手元の水も、周りと違ってチビチビと口を付けているだけである。


 ネコタは羨ましそうにアメリアを見た。


「いいなぁ。どうしたらそんなに暑さに強くなるんですか? 僕は暑いのが苦手ですから、羨ましいです」

「さぁ? たぶん、体質じゃないかな」


「何か暑さを我慢できるコツとかないんですかね? あるなら、僕にも教えて頂けたら──」

「プッヒャアアアア! 生き返ったぁ!」


 ドンッ、とテーブルにコップを叩きつけるエドガー。ついでに、ゲフウッ、と気持ちよさそうに息を吐く。体力が回復したのか、つやつやと毛並みが輝いていた。

 下品な態度に、ネコタが嫌そうな顔をする。


「ちょっとエドガーさん、下品ですよ。少しは考えてください」

「ふん、自分だって同類の癖によく言えたもんだ。取り繕うのだけは上手いな、お前は」


「はぁ? どういう意味ですかそれ? 少なくともエドガーさんよりは上品ですよ僕は」

「ゴブリンを見かけたら笑いながら狂ったように戦う奴が品性を語られてもな」


「誰のせいでそうなったと思ってんだ! 全部あんたのせいだろうが! そもそも戦闘とマナーを一緒にするな!」


「エドガー。私もキチンとしたエドガーの方が好きだな」

「うん、分かった! 僕、頑張るっ!」


「この色ボケウサギ……!」


 ──こいつはいっぺん、しばかなければならない!


 アメリアに頭を撫でられるエドガーを見てネコタは思った。

 いつも通りのやり取りを見て笑いながら、ラッシュは言う。


「はっはっは、楽しそうなのはいいが、今のうちにしっかりと水を取っておけよ〜。ここから更に歩くからな。たっぷり飲んどかないと後で後悔するぞ〜」

「──ブボッ!? ええっ、まだ歩くんですか!? ここがゴールでは!?」


 飲んでいた水を吐き出し、フィーリアは目をまん丸くしてラッシュを見た。他の者も、フィーリア程ではないが驚き、億劫そうな表情を浮かべる。

 

 皆をからかうように、ラッシュは笑う。


「何言ってんだ。むしろこれからが本番だぞ。これから俺達は、砂漠の祭壇の場所を知る一族を探し当てないといけないからな」

「はぁ? それじゃあ何か? この街にはそいつらに会う為に来たのか?」


「少し違うな。フィーリアの一族と同じように、この砂漠にも祭壇の守り人の一族が居るらしい。で、この街にはその一族の居場所に関する伝承があるそうだ。まずはその伝承を知る奴を探して話をきかなきゃならない」

「面倒くせぇ……じゃあ肝心の一族はどこに居るんだよ?」


「それを俺が知るわけないだろ。教会の奴らからは、祭壇と共に砂漠の奥深くに隠れ棲んで居る、とは聞いて居るがな。だからこれからが本番だって言ったんだよ。ここはまだ位置的には砂漠の入り口。ここからはもっと暑くなるし、凶暴な魔物も出てくるからな」


 ラッシュの言葉に、皆が絶望の表情を浮かべた。

 気が遠くなり、俯く。そして口々に呟く。


「なんだよそれ、ふざけんなよ。不意打ちで絶望に叩き落とすとかどうしてそんな発想が出るんだよ」

「私、ここで死んじゃうかもしれません」

「というか、なんでそんな楽しそうにしてるんですか? 全然楽しくないんですけど」

「どうしてそういう大事なことを最初に言わないの? 私たちの反応を見て楽しんでたの?」

「本当にありえねぇオヤジだな。ここまで消耗してるあたしらによくもまぁそんなことが言えたもんだ。どういう神経してんだよ」


「な、なんだよっ! 俺のせいじゃねぇだろ! 文句を言うならこんな所に祭壇を構えた女神とその一族に言えよ!」


 言い返すラッシュだが、責めるような視線にウッと怯んだ。

 誤魔化すように、早口で続ける。


「と、ともかく、まずはその伝承を知る人間を探そう。幸い、まだ明るいからな。固まっても効率が悪いし、バラバラになって宿探しのついでに情報集めといこうか。暗くなって来たらまたここに集合だ。いいな?」


 逃げるように、そそくさとその場を離れるラッシュ。

 ラッシュが消えた方向を見ながら、チッとエドガーが舌打ちした。


「あの中年、それっぽいこと言っていたが、居たたまれなくなって逃げやがったな」

「やっぱ確信犯か。後で泣くまで殴り殺してやる」

「それ死んでるんですけど。ま、まぁ、ちょっとしたイタズラなんだし、許してあげましょうよ。同じように怒った僕が言うのもなんですけど、本人もそこまで悪気はなかったと思いますよ」


「悪気がないからといって許されることではないと思います」

「エドガーみたいに可愛くもないしね。相応の罰を受ければいいと思う」


 フィーリアとアメリアでさえ冷たい態度を取る姿に、ネコタは庇うのは無理だと判断した。

 ごめんなさい、ラッシュさん。僕には無理です。ネコタはこれからしばらく、冷遇されるラッシュの冥福を祈った。


「まっ、しゃあねぇ。グチグチ言っても仕方ねぇからな。どれ、ちょっくら街を見て回るか」


 ピョンッ、と椅子から飛び降りて、エドガーはフィーリアに振り返る。


「おい、オメェは俺と一緒に来い」

「エ、エドガー様が自らっ! エドガー様がお望みならもちろん! でも、よろしいのですか? ラッシュさんは手分けして探せと……」


「お前を一人にする方がマズイだろ。放っておいたら自分から檻の中に入って奴隷になってるだろうしな」

「酷いっ!? し、失礼なっ! いくら私だってそこまでバカじゃありませんよっ!」


 しかし、あながち有り得ない話ではないなと皆が思った。

 自分から入ることはなくとも、あっさり騙されて奴隷落ちになる可能性はある。

 歩き出す二人を、アメリアは追った。


「エドガー。私も不安だから付いて行ってもいいよね?」

「おおっ。来い来い。一緒に観光しに行こうぜ」


「おい、ちょっと待て。あたしも行くぞ。金を持ってるお前が行っちまうとあたしまで何も出来なくなるじゃねぇか」

「どうせ酒に消えるだけだろうが……チッ、仕方ねぇな。好き勝手飲むんじゃねぇぞ。余裕がある分だけだからな」


「えっ……あれ? あの、ちょっと……」


 止めようと手を伸ばすネコタに構わず、エドガーを先頭にゾロゾロと女性陣はついていってしまった。

 数秒程固まっていたネコタだが、すぐに走り出す。


「ま、待ってくださいっ! 僕もっ! 僕も一緒に行きますって!」


 ごめんなさい、ラッシュさん。と心で呟き、結局ネコタもエドガーを追いかけた。

 こうして、五人は仲良く砂漠の街を観て回った。





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