第99話 私と同じように干からびて死ねっ!

 

「暑ぃ……」


 空高く登っている太陽が、ジリジリとその下を歩く者たちの体力を奪っていく。

 灼熱の気候に、エドガーは死にかけていた。


「暑い……死ぬ……お水飲みたい……池に飛び込みたい……氷の入ったジュース……キンキンに冷えたアイス……ガンガンに冷えたお酒……欲しい……俺の身体が狂おしくそれらを求めている……!」

「うるせぇ! 黙って歩けこの毛玉が!」


 先頭を歩いていたジーナが、イライラとしながら最後尾のエドガーを怒鳴りつけた。

 それに釣られてか、残りの面子も後ろのエドガーへと振り返る。熱から肌を守るため、全員がお揃いのようにいつもの服装の上から薄手のマントを羽織り、頭にターバンを巻いていた。


 この暑さに参っているのか、ジーナはどこか鬱陶しそうな表情でエドガーを責める。


「辛いのは全員一緒なんだよ! そこを皆我慢してんだ! 黙って歩け!」

「そうですよ。口に出されたらこっちまで欲しくなっちゃうじゃないですか。どう考えても手に入りっこないのに」


 恨めしそうな目でネコタがエドガーを見る。

 しかし、エドガーはゼェゼェと息を切らしながらも、鋭い目で返す。


「辛いのは皆一緒だと? 笑わせるなよ、人型生物共め。俺はテメェらと違って重すぎるハンデを抱えてんだよ」


 バサリッ、とマントを脱ぎ、エドガーはその姿を白日のもとに晒す。


「見ろ! この身体を! 美しい毛並みを! このただでさえクソ暑い中、俺だけこんな状態で歩かなくちゃならんのだぞ!? 毛のねぇテメェらとは体力の消費が違げぇんだよ! 弱音の一つや二つ吐いてもしょうがねぇだろうが!」

「だったらとっととその暑苦しい毛皮を脱ぎゃあいいだろうが。この根性無しが」


「脱げるかボケェ! こればかりはどれだけ努力しようが何年経とうがどうしようもねぇんだよ! テメェの凹んだ胸と一緒でな!」

「んだとテメェ! 喧嘩売ってんのか! ああんっ!?」

「喧嘩売ってんのはお前だろうが! ぶっ殺すぞ!」


「いい加減にしろ! こんな時まで喧嘩なんかしてんじゃない! くだらないことで体力を消費するな!」


 ラッシュに一喝され、二人はチィッと不満そうにしながらも、反論はしなかった。無駄な体力を使いたくないというのは、二人とも同じだったようだ。

 そんな二人の様子に、疲れたような息を吐き、ラッシュはぼやく。


「全く、こんな所で喧嘩をする元気があるなら、歩くことに集中しろ。ただでさえ疲れるっていうのに」

「でも、エドガーが弱音を吐くのも無理はないよね。こんな所、誰だって歩きたくなくなるよ」


 アメリアはこの暑さの中でも凛とした表情のまま、遠くに目をやる。


 ──見渡す限り、砂の景色が広がっていた。


 どこまでも広い砂の大地。所々に、小山かと思うほど起伏があり、ポツリポツリと岩が転がっている。


 六人は、生きるのも過酷な砂漠という灼熱の地に居た。

 この乾いた砂漠こそが、次の女神の祭壇の眠る地【ガラム砂漠】である。


「クソがぁ……! ふざけやがってぇ……!」


 エドガーは憎々しげに地面を睨みながら、ジャッと砂を掴む。


「雪山の次は砂漠? ギャップありすぎだろ……明らかにおかしいだろうが! まるで思いついたものを適当にぶっこんだみてぇなことしやがって! 季節感考えろよ!」

「いや、地理的な要素ならともかく、砂漠に季節感は関係ないだろ。それに【ヒュルエル山】の雪山は人為的なもんだから、やっぱり関係ねぇし」

「どっちでもいいんだよそんなことは! こんなふざけた場所なんか滅んじまえ!」


 理不尽すぎる、と。ラッシュは呆れと困惑が混じった目をした。

 まぁ、それは自分でも分かっているだろうが。それほどこの場所に参っているということなのだろう。なら指摘するだけ無駄だ。何も言うまい。


「そう物騒なことは言うな。【太陽と砂の神ラー】の信仰が厚い土地柄、この気候と地理はある意味当然のことだ。あんまり文句をつけると天罰が下るぞ」

「上等だぁ……! 俺の最終目標は神殺しよぉ。手始めにまずはそのふざけた神から嚙り殺してやるわぁ!」

「本気で物騒すぎるぞお前……」


 以前から薄々、神に対して不信を持っている奴だとは思っていたが、堂々と殺神宣言をするとは。魔王討伐すらも超える大それた所業だ。一体何が奴をここまでさせるのかと、ラッシュは畏怖にも似た気持ちを覚えた。


 そして、それはジーナも同じだったらしい。


「神殺しだと? ウサギ、テメェ本気なのか?」

「クククッ、真に最強足らんとするならば、頂点を殺らんとしてどうする? それこそが本物の強者の生き様よ。所詮、貴様と俺では意識が違うということだ。まぁ、あえて否定はせんよ。お前は精々下界の生き物を嬲って悦に浸っているがいい」

「──ッ! 舐めんじゃねぇ! 神殺しの一つや二つくらいあたしだってやってやらぁ!」


「本気で止めろやお前ら! マジで天罰を食らうだろうが!」

「女神様に選ばれて【魔王】討伐に向かおうって人達の台詞じゃないですよね……」


 王国は確実に人選を間違えた、と青ざめた顔をしながらネコタは思った。

 この先【魔王】討伐に失敗した場合、天罰を食らったという原因である可能性が否定しきれない。


 わりと本気で焦るラッシュを睨み、エドガーは吠える。


「わざわざこんなふざけた環境を作る神なんぞ敬ってられるか! 俺らと同じ立場だったらお前らだって殺意の一つや二つ湧くっての! なぁフィーリア!?」

「…………………………はぃ」


「返事が小せぇぞ! 舐めてんのか!?」

「ちょっ、待った待った! フィーリアさんは限界ですから! 許してあげて!」


 折檻を行おうとするエドガーを、ネコタが後ろから止める。


 フィーリアは既に限界だった。


 先程まではなんとか歩いていたが、止まった途端、暑さのあまり地に身体を投げ出していた。腕をつく体力すらなく、顔を砂まみれにして、尻だけを高く上げている。マントの下から、ムッチリと肉が詰まった尻が浮き出ていた。こんな時でなければ、男の欲情をくすぐる実に掴みがいのある尻だった。


 もはや一歩も歩けません、といったフィーリアに、ジーナは嘆息しながら言う。


「お前、本当に体力ねぇなぁ。寒いのも駄目、暑いのも駄目。じゃあ何処なら生きていけるんだよ」

「フィーリアが迷いの森で生まれて育ったことは、奇跡だったんだね」


 一つの神秘を見たように、アメリアが感慨深そうに何度か頷く。

 それで感動されても、と。朦朧とする意識でフィーリアは思った。


「い、いえ。寒いのはともかく、暑いのはまだ大丈夫なんです。ただ、暑すぎる場所はちょっと、場合が違うといいますか」

「なにそれ? どう違うの?」

「こういう暑い場所は……火の精霊さんがいっぱい居て……頼んでも居ないのに……寄ってくるので……ああ、お願い、今だけは放っておいて……」


 精霊は土地の気候、環境によって属性の偏りが現れる。

 砂漠という土地ならば、当然、土と火の精霊が多い。


 そして、エルフでありながら火の精霊に愛されたフィーリアは、大量の火の精霊に身を包まれていた。

 もしこの場に精霊を目視出来る者が他に居たのなら、精霊に囲まれてフィーリアの姿が見えなくなっていただろう。


 フィーリアはグダッとヘタレながら精霊に懇願する。


 ──お願いですから、今だけはもう少し離れてくれませんかねぇ?

 ──だが断る。


 精霊は無情にも、火に愛された娘を蹂躙する。火の精霊が集まることにより、フィーリアの周りだけとんでもない気温になっていた。色んな意味で愛が重い。


 ふぅんと、どうでも良さそうにジーナが言う。


「なんだよそれくらい。んなもん命令して離れろって言えばいいだけじゃねぇか」

「言っても離れてくれなくて……それに、普段お世話になっている分、あまり強く言うのもどうかと……」


「ああ、それは確かに言いづらいですね。僕でも我慢すると思います」

「それだけフィーリアが精霊に好かれてるってことでしょ。いいなぁ、私も精霊を見てみたい。どんな姿をしてるんだろ。それに、なんだか楽しそうだよね」

「好かれてるってか、舐められてるんだろ。だからこんなに苦しんでる訳だし」


 気楽そうに話す仲間達を見て、なら同じ思いを味あわせてやろうか、という誘惑をフィーリアは抑えられなかった。暑さに負け、フィーリアは暗黒面に堕ちようとしていた。私と同じように干からびて死ねっ!


「精霊に愛されるってのも、場合によりけりだな。何もこんな時にまで寄って来なくてもいいのにな」

「エドガー様っ、分かってくれますかっ? そうなんです、私だって嫌いじゃないんですっ。でも、暑苦しいんですっ。呼んだ時だけくればいいのにっ!」


「ああ。ああ。辛いよな。お前がどれだけ頑張ってるのかは俺だけはよく分かってるよ。少しくらいなら泣いていいんだぜ?」


 いつになく優しいエドガーであった。もちろん、フィーリアの心の機微を見抜いての保険である。

 自分だけは助かりたいという、保身に余念のないウサギであった。というか、毛皮プラス精霊のコンボを食らったら流石に蒸して死ぬ。内心わりと必死である。


 バテている二人を見て、ラッシュは小さく笑った。


「まぁ、疲れてるのは分かるが、もう少しだけ頑張ろうや。そうすりゃ休めるからよ」

「そんな言葉で騙されると思うなよ。今の俺たちに不用意な慰めは逆効果だ」

「そうです、適当なことを言わないでください。私だって怒るときは怒りますよ」

「適当なんかじゃねぇよ。目的地はもう見えてるからな」


 周りを見ても、砂しかない広い大地。しかし、この中でラッシュだけには見えていた。


【鷹の目】によって強化された視力に、小さな街があった。




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