第52話 一部抜粋してみよう




 遭難が判明してから、五人は出口を求めて探索を続けた。方角も分らず、知識も通じず、道具も役に立たない。常人ならこの状況に絶望し、とっくに諦めていただろう。


 しかし、それでも五人はお互いを励ましあい、今日まであがき続けた。その間の会話を一部抜粋してみよう。



 

 ♦︎   ♦︎




 ――遭難二日目。


「っし! そんじゃあ気合入れていくとすっかぁ!」

「威勢が良いのはいいけどよ、どうやって出るかの見当はついてるんだろうな? 今まではそれが分かってなくて彷徨ってたんだろ?」


「そのことなんだがな、一つ仮説を思いついた。この森にかかっている力……まぁおそらくは結界だろうが、この手の結界ってのは守りたい場所から敵を近づけさせないために使うもんだろ?

 ってことはだ」


「……今のあたしらは、森の外に出ようとしている。だから、その結界の力の対象外に居る可能性があるってことか?」

「なんだ、それじゃああっさり出れるかもしれませんね! 良かった、あんまり心配する必要もなかったかも!」


「どうかな? そうそう都合よく進むとは思えねぇけどな」

「もう、またそんなことを! どうしてエドガーさんはそうやってやる気に水を差すようなことを言うんですか!? せっかくみんなで頑張ろうとしているのに!」


「俺は能天気なテメェと違って用心深いんだよ! 変に希望を持っていたら裏切られた時のダメージがでかいだろうが!」

「おいおい、頼むから出発前から喧嘩すんなよ」


「放っておけよ。それよりもさっさと行くぞ。いつまでもじっとしてるのは性に合わねぇ」

「エドガー、疲れたら言ってね。抱っこしてあげるから」


「ふっ、俺の体力を甘く見てもらっちゃ困るぜ。アメリアの方こそ、疲れたら言えよ。俺が負ぶってやるからよ」

「ふふっ、その時はお願いね」


「本当にアメリアさんとは仲が良いですね。エドガーさんもその優しさをほんの少しでも他の人に分けてあげればいいのに」

「悪いな。俺は優しくするのは素直なガキと美女、美少女って決めてんだ」

「このゲスウサギ……!」




 ♦︎   ♦︎




 ――遭難四日目。


「結局外に出れませんでしたね」

「ああ、まぁさすがにそんな上手い話はねぇか。あわよくば、ってところだからさすがに期待はしていなかったが」

「で、次はどうすんだ? このまま歩き続ける訳にもいかねぇだろ」


「とことん検証してみるしかないだろうな。具体的にどんな結界なのか? その規模は? 力の強さは? 狂わせているのは五感だけか? それとも知識や記憶にまで作用するのか?

 どれか一つでも分かればそこから連鎖的に結界の脱出方法も分かるかもしれない」


「また気の遠くなる話だな。それが判明するまでどれだけ時間がかかることか」

「確かにな。だが、今回は前回の反省を生かして十分以上に食料を用意している。節約しなくても十日は持つだろう。時間は十分にある。焦らず一つ一つ試していこう」


「ちっ、それだけが唯一の救いか……」

「じっくり調べれば、きっと脱出方法も分りますよ。みんなで頑張りましょう!」


「まずは……そうだな。一人で歩いた場合、どのあたりまで自力で同じ場所に戻ってこれるかってところか。ロープを結んで歩けば、迷っても同じ場所になら帰ってこれるだろ。それで試してみよう」


「エドガー、ここで調べるんだってさ。しばらくは休憩だね」

「そんな簡単に分かるもんじゃねぇと思うけどな。しかしまぁ、あいつらが満足するまでは付き合ってやるか。楽なのはいいが、暇だな」


「それじゃあ、お喋りしようか。エドガーの冒険のお話聞かせてよ」

「ふっ、いいぜ。そうだな、それじゃあ俺が超絶剣技を習得した話でもしてやろう。あれは俺がまだ村から出たばかりの頃だ。山で迷って死にかけていたんだが、そこを通りかかった爺さんが居てだな……」




 ♦︎   ♦︎




 ――遭難六日目。


「……くそっ! さっぱり分からねぇ! どうなってんだこの森は!」

「うるせぇよ。イライラしてるからって叫ぶな」

「お前には分からねぇだろうよ! 森の中で無力を感じる【狩人】の気持ちが! これほどの屈辱は他にねぇぞ!」


「無理もないですよ。方向感覚が狂ったと思ったら、急に何をやろうとしていたのか忘れたり、時間が少し経つだけで効果が変わって来るんですもん。こんなのどうしようもないでしょ」


「ま、分からねぇってことが分かっただけでも収穫だろ。あたしらのやるべきことが決まったってことなんだからな」

「おい、まさかこの状況で探索を続ける気か? 結局何も手がかりがつかめてないんだぞ。同じように彷徨うのがオチだ」


「じゃあ、このままここで餓死するまで留まってろってのか?」

「…………」


「このまま止まっていたって、どうなるか分かり切ってるだろうが。冗談じゃねぇ。それだったらまだ歩き続けていた方がずっとマシだ。残りたきゃ好きなだけここに居ろ。だが、あたしは行くからな」


「……一か八かだろうが、ゼロよりはずっとマシか。分かったよ、お前の言う通りだ。こうなりゃとことん歩き続けてやろうじゃねぇか」

「だ、大丈夫ですよ! いくらなんでもこのままずっと出れないなんてことありませんって! 女神様もきっと僕らを導いてくれるはずです!」


「ははっ、そうだな。女神様の祝福を受けた勇者の幸運に期待しようとするか」

「うっ! あ、あははは。そう言われるとちょっとプレッシャーだなぁ……」


「エドガー、迷子にならないように手を繋ごっか」

「ああん? ったく、しょうがねぇな。ほらよ、はぐれないようにな」


「……二人共、今の状況が分かってます?」

「放っておけよ。これから歩き通しになるんだ。疲れるだけだぞ」




 ♦︎   ♦︎




 ――遭難十日目


「……なかなか外に出れませんね。いい加減、この景色にも飽きてきましたよ」

「うだうだ言ってねぇで黙って歩け。余計疲れるだろうが」

「す、すいませんっ!」


「あ~、気が立ってるところ悪いが、俺も一つ言わなきゃならんことがあってだな」

「なんだよ。下らねぇことだったらぶっ飛ばすぞ」


「下らないどころか、重要な話だ。まだ水と食料に余裕があるとはいえ、この状況じゃそろそろ節約を考えなきゃならない。申し訳ないが、今日から食事量を減らしていくぞ」

「うっ! そ、それは辛いですね……」


「この規模の森で動物がまったく居ないというのはありえない。それすらも見つからないとなると、結界は祭壇だけじゃなく、この森に生息する動物や水源まで守っているんだろうな。彷徨わせ、食料すらも渡さないで衰弱させる。それがこの森の結界の正体ってことなんだろう」


「ってことは、あたしらはまんまと結界を仕掛けた奴の手の平で踊らされてるってことか。チッ、気に入らねぇな! 見つけたら一発ぶん殴ってやる!」

「見つける前に、俺らが飢え死にしなきゃいいけどな……」

「や、止めてくださいよそんな怖いこと言うの! 絶対大丈夫ですって!」


「あっ、見て見てエドガー。あの木の枝の葉っぱ、エドガーにそっくり!」

「そうかぁ? あんまり似てねぇと思うけどな」


「そう? ……うん、そうかもね。実物の方がずっと可愛いもんね」

「よ、よせやいっ! 照れるぜ!」


「ふふっ、可愛いなぁエドガーは」




 ♦︎   ♦︎




 ――遭難十五日目。


「……お腹減りましたね」

「ああ、腹減ったな」

「黙れっつったろ。これくらいで弱音を吐いてじゃねぇよ。そんなんだからテメェはいつまで経っても貧弱なんだよ」


「……雑談のネタとしてちょっと口にしただけでしょ。そんなに怒ることないじゃないですか」

「心は肉体にまで影響すんだよ。弱音を吐いていると、体までそれに引っ張られていく。そんなことも分からねぇのか? これだから平和な世界から来たお坊ちゃんは」


「……ッ! ちょっと! そこまで言うこと――」

「待て待て待て! こんなとこで喧嘩してどうすんだ! この状況で仲間割れなんてしてる場合か!」


「でも……! ……いえ、すいませんでした」

「ケッ、偉そうに」

「頼むよ本当に。これ以上問題を起こさんでくれ……」


「おっ? おい見ろよアメリア。見たことない花が咲いてる」

「あっ、本当だ。花びらの形が特徴的だね。この森特有の花かな?」

「かもしれんな。こんだけの森だ。ここならではの花があってもおかしくない」


「そうだね。ふふっ、変わった形だけど、小さくて可愛いね」

「ああ、でも、アメリアの方がずっと可愛らしいぜ」

「やだ……もうっ、エドガーったら……」

「フッ、ロマンチストエドガーと呼んでくれ」




 ♦︎   ♦︎




 ——遭難十八日目。


「………………」

「………………」

「………………」


「………………」

「………………」

「……! おい」


「………………」

「おいって呼んでんだろ。ネコタ、テメェだよ」

「……? ……ああ、はい。なんですか?」


「なんですか、じゃねぇよ。肩が当たったろうが」

「なんだ、そんなことか」

「あ? そんなことだぁ? テメェ……」


「止めろ。そんなくだらねぇことで争ってんじゃねぇ」

「黙ってろジジィ。テメェからシメてやろうか」


「……調子に乗んなよ、小娘が。優しくしてりゃあつけあがりやがって」

「ラッシュさん、怒らないでください。すいませんね、ジーナさん。僕が悪かったです。どうか許してください。ほら、これで満足でしょ?」


「なんだその態度は! 舐めてんのかテメェ! ああん!?」

「……ならどうすればいいんだよ。謝ったじゃんか」

「誠意が見えねぇって言ってんだよ! 悪いと思ってんだったら気持ちを込めてそれらしい態度で謝れや!」


「肩が当たっただけでしょ。それくらいでいちいちキレないでくださいよ。……チンピラかよ」

「——ッ! このクソガキが! ふざけんじゃねぇぞテメェ!」


「お前が調子に乗んなよ! 僕だって我慢の限界があるんだぞ!」

「お前らっ! だから仲間内で争うなって――グガッ!? ……いい加減にしろやこのクソガキ共がぁああああああ!」


「なんだか空気が美味しいね。清々しい気分」

「ああ、どの木も瑞々しいし、光が差し込んで森全体が輝いているように見えるぜ。歩いていくと微妙に景色に変化があって面白いしな。いつまでも歩いていられるぜ」


「うん、幻想的で本当に凄いね。こんな所をエドガーと一緒に歩けるなら、来てよかったかも」

「ああ、俺もだ。【迷いの森】なんて呼ばれて怖い部分ばかり知られちゃいるが、この美しさを知っているのは俺達だけだろうな」


「ふふっ、じゃあいい思い出になるね。忘れないように、しっかり見ておかなくちゃ」

「ああ、ギルド長へのいい土産話になるな」





 ——勇者一行は、お互いを支えあって探索を続けていた。





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