第42話 究極の騙し討ちってのを見せてやるよ


 ラッシュとネコタが落ち着いてから、五人は道を外れ森の中に入った。

 警戒して進むが、拍子抜けするほど何もない。あまりにもあっさりと進めることに、ネコタが不安に思うほどだ。


「いくら裏からとはいえ、見張りがまったく居ませんね。なんだか逆に心配になってきます」

「これがあの崖を渡ったからこその成果ってことだ。なっ? 怖い思いをした甲斐があっただろ?」

「確かにそうですけど……!」


 その代償として無駄な恐怖を味わったことを思えば、納得しきれない。

 だが確かに、あれだけ怖い思いをしたのだ。どうせならこのまま済めばいいのだが……。


「おっと、どうやら簡単に進めるのはここまでみたいだな」

「どうした? 何かあったのか?」


 先頭を歩くラッシュに前を指され、エドガーはじっと先を見つめる。


「はぁん、なるほど。罠か」

「敵の警戒範囲に入ったってことだ。ここからが本番だな」


「えっ、罠ですか? どこにあるんです?」

「よぉーく見てみてみな。そうすりゃ見つかるぜ」


 悪戯っぽく笑うエドガーに嫌な予感を感じつつ、ネコタは注意深く前方を観察する。


「あっ、この糸ですか?」


 木と木の間、ちょうど足が引っかかる位置に糸が引かれていた。何も気づかず歩けば、今頃糸を切り、罠が発動するか山賊に侵入がばれていただろう。


「でも、見つかったら意味がないですよね。ようは切らなければいいんだから、跨いで通れば――」

「待ちな」


 進もうとしたネコタを、エドガーが服を掴んで止める。首が締まり、グエッとネコタは声を上げた。


「げほっ! ちょっ、何するんですか!」

「助けてやったんだから文句言うなよ」


「今まさに引っかかるところでしたよ! あなたのせいで!」

「バカ。俺が止めなかったら罠に掛かっていたぞ。言っただろ、よく見ろって」


 同じ言葉を繰り返され、ネコタは怪訝な目をエドガーに向けた。疑いつつも、先ほどよりも入念に糸の罠を見る。そして、あっと声を上げた。


「もう一本、向こう側に凄く見えにくい糸がある」

「なっ? 止めなかったら罠に掛かってただろ?」


 ヒヒッ、と嫌らしい笑みを浮かべるエドガー。

 むぐっと悔し気に唸るが、事実なだけにネコタは何も言い返せなかった。


「まっ、世間知らずのお坊ちゃんは後から着いてきな。この程度の罠に引っかかられるとこっちが迷惑だからよ」


 恨みがましく睨んでくるネコタをからかいながら、エドガーはピョンと糸を飛び越える。その瞬間、ラッシュはカッと目を見開いた。


「ッッ! エドガー、待て!」

「あん? なんだ――」


 振り向きながら、地に足を着ける。

 バゴッと、地面に穴が空いた。


「──んぁあああああああああああああ!?」

「エドガーッ!?」


 悲鳴を上げて穴に落ちていったエドガーを心配し、アメリアは糸を跨いで穴を覗き込む。


「エドガー! 大丈夫!?」

「──くっ! ああ、無事だ!」


 エドガーは穴の途中で、壁に剣を突き立てぶら下がっていた。穴底には無数の槍が突き立てられている。もしあのまま落ちていれば串刺しになっていただろう。心なしかエドガーの顔色が青い。


 なんとか自力で這い上がるエドガーを、アメリアが抱きしめ、膝の上に乗せる。怪我がないことにホッとした様子を見せるが、エドガーの胸はドキドキと鳴りっぱなしだった。ヒューヒューと呼吸もかすれている。よっぽど怖いと思ったのだろうと、アメリアはぎゅっと腕に力を込める。


「良かった、本当に良かったよ。もうっ、ちゃんと気をつけなきゃダメだよ?」

「あっ、ああ。さすがに死んだかと思った……」


「わはははは! あんだけ偉そうにしておいて引っかかってやがんの!」

「ぷっ、くく! よりにもよって落とし穴とか……しかもあんな悲鳴まで」

「うるせぇ! 笑うな! こんなん予想できるか!」


 隠しもせず大笑いするジーナと笑いを堪えようとするネコタに、エドガーは怒鳴り声を上げた。だが、アメリアに抱きしめながらでは強がっているようにしか見えない。


 ラッシュは落とし穴を見ながら感心した声を上げる。


「確かにな。俺も気づくのが遅れた。まさかこんな巧妙に仕掛けられた落とし穴まであるとは……」

「二重にワイヤーを仕掛けておいてさらにだぞ!? 普通ありえねぇよ!」


「またまた、悔しいからってそんなこと言っちゃって」

「違ぇよ! 本当ならワイヤーで十分なんだよ! 二重のワイヤーだってやりすぎだわ! 用心深いってもんじゃねぇぞ! 罠で殺さなきゃいけないって決まりでもあんのか!?」


「はいはい、分かりましたから。そんな必死に言い訳しなくてもいいですよ」

「テメェ……!」


 エドガーは睨みつけるが、ネコタは怖がるどころかニヤニヤと笑っていた。

 なんたる屈辱か。まさかネコタにごときにここまで舐められるとは。こんなことは絶対に許されない。この罠をしかけたものには必ず報復しなければ……!


「これは相当気をつけないとならんな。俺が先頭で行くぞ。絶対に勝手な行動は取るなよ」

「ちっ、さすがに従わないわけにはいかねぇか」


 ラッシュを先頭に、五人は慎重に先を進んだ。


 予想通り、その先にも様々な罠が仕掛けられていた。どれも殺傷力が高く、巧妙に隠されている。時折、罠の無い空白地点もあるが、侵入者が油断しかけた頃合いを見図るようにまた罠がある。侵入者の心理を見事に読みきった仕掛け方だった。


 相当な罠師が居るとラッシュは確信する。とてもその辺の山賊とは思えない。自分でなければ確実に死んでいるか、とっくに相手に見つかっていただろう。


 用心に用心を重ね、慎重に先を行く。歩みは遅々として進まないが、罠に引っかからないようにするためには仕方がなかった。


 そして日が一番高いところから下がり始めた頃、ようやく五人は全ての罠を潜り抜けた。目線の先には洞窟が見える。その入り口に、見張りの山賊が二人立っていた。


「くくっ、ようやく見つけたぜ。てこずらせやがって。俺に恥をかかせたことを後悔させてやる」

「おい、ここまでくればもういいだろ? とっとと乗り込もうぜ」

「逆だバカ。せっかくここまで来たんだから、可能な限り隠密で行くべきだろうが」


 殺る気に溢れるエドガーとジーナを止め、ラッシュはどうしようかと頭を悩ます。

 そんなラッシュに、困った表情でネコタが聞いた。


「そうは言っても、あそこまでしっかりと見張りが立って居るところに、気づかれずに侵入するというのは無茶じゃないですか?」


「ま、確かにな。なんとかしてあいつらの気を引ければいいんだが……」

「まだるっこしいんだよ。そんなことをしなくても、ようはあいつらが仲間を呼ぶ前に速攻で気絶させればいい話だろうが」


「ほう、そんなことを言うからには自信があるんだろうな?」

「ああ、もちろんだ。ここは俺に任せてみろ。究極の騙し討ちってのを見せてやるよ」

「騙し討ちねぇ。ははっ、なんだなんだ。相手を詐欺にかけるのは得意だってか? ウサギだけに」


──静寂が訪れた。


 誰一人身じろぎもせず、そのまま固まっている。心なしか、森も静かになったような気がした。

 言わなきゃよかったと、ラッシュは自分の発言を後悔した。とても居たたまれない気持ちだった。


 スッ、と。エドガーが無表情でラッシュを見る。無感情なその瞳にラッシュは震えた。


「──おい」

「はっ、はいっ」


「殺すぞ」

「す、すみませんでした」


「ボケが。二度はねぇからな」

「はい、本当に申し訳ありませんでした……」


 ラッシュはプライドを捨てて謝罪した。思いつきで発言をするのは気をつけようと思った。



 ♦   ♦




「……なぁ、腹減らないか?」

「んー? ああ、まぁなぁ」


 暇のあまり、見張りに立っている山賊の一人がなんとなしに口を開いた。

 もう片方も話を聞きつつ、どうでもよさげに応える。


「なぁ、何か食うもん持ってねぇか?」

「あるわけねぇだろ。持ってたら自分で食ってるわ」


「だよな。ちょっと狩りでも行ってくるか」

「バカ言ってねぇでちゃんと見張りをしろよ」


「いいじゃねぇかよ少しくらい。こんな所に来る奴なんかいねぇって。なっ、すぐ帰って来るからよ」

「おまっ、本気で止めとけって! 頭領たちに知られたらどうなるか分かってんだろうが!」


 言われ、狩りに行こうとした山賊が悩む仕草を見せる。みるみるうちに顔から生気が減っていった。


「……間違いなく殺されるな」

「分かってんならまじめに見張ってろ。行ってもいいが、俺は庇わねぇからな。一人で勝手に殺されてろ」


「そう冷たいこと言うなよ。ちょっと魔が差しただけじゃねぇか」

「それで俺まで巻き込まれたらたまったもんじゃねぇよ」


「だってよぉ、何も無さ過ぎて暇なんだよ。何か物食うくらいしか楽しみがねぇんだから、しょうがねぇじゃねぇか」

「それを言うなよ。俺まで辛くなってくるだろうが」


 はぁ、と二人は揃ってため息を吐く。その時、近くの茂みがガサリと音を立てた。

 最初に愚痴を言った者が、反射的に武器を構える。が、茂みから飛び出した物を見て、ほっと武器を下した。


「なんだ、ウサギじゃねぇか――ってデカァ!?」

「おいおい、ウサギごときに何をビビって――デカァ!?」


 山賊二人はあんぐりと口を開ける。

 そのウサギは、大人の腰元までの大きさだった。ありえない程にデカい。が、仕草は完全にウサギのそれだ。白いふわふわとした毛並みで、キョロキョロとあたりを見回す様は可愛らしい。

 

「ウ、ウサギ……だよな……?」

「あ、ああ。間違いなくウサギだと思うが……」


 そのわりにはやはりデカすぎる。遠目から見ても、ウサギにしては威圧感に溢れていた。だというのに仕草は普通のウサギと変わらないというのだから、なおさら異様である。


 やっぱり魔物なんじゃ……と二人の頭をよぎった時、背筋を伸ばしたウサギと目が合った。ピクピクと耳を動かし、じっとこちらを見ている。


 見つめあうウサギと山賊たち。お互い警戒していたが、先に目を外したのはウサギのほうだった。危険はないと判断したのか、ピョンピョンと一直線に跳ね、無警戒に草を食む。


 無防備なその姿に、二人は拍子抜けした。


「……どうやらただのウサギみたいだな」

「あ、ああ。ウサギってあんなにデカくなるもんなのか……。しかし、形は大きいが可愛いもんじゃないか」

「ああ、そうだな。しかし、あんだけデカいならさぞ食いでがあるだろうな」


 特に他意なく呟いた言葉に、二人は目を合わせる。腹を空かせた山賊の考えることは一緒だった。僅かな間をおいて頷きあい、ゆっくりとウサギに近づく。


「良い子だな〜。ほら、いっぱいお食べ」

「大丈夫、怖くないよ〜。俺たちは良い人間だからな〜」


 その辺に生えていた草を抜き、それを差し出しながらじわじわと近づいていく。一見ウサギをかまおうとしているだけだが、後手にはナイフを隠し持っていた。


 ウサギは顔を上げると、不思議そうに首を傾げる。


「――ウキュウ?」

「おい、ウサギって鳴くのか?」

「いや、俺も知らなかった。案外野太い声だが……意外と可愛いな」


 まぁ、重要なのは可愛さではなく腹一杯食えるかどうかで、そんなことはどうでもいいのだが。


「ほら、これも食べろよ。さっ、遠慮せずに」

「キュウ……」


 初めは身を引きかけたウサギだが、山賊の手にある草を興味深そうに見る。体を伸ばし、スンスンと鼻を鳴らす。


 ――掛かった! 山賊たちは下卑た笑みを浮かべ、ナイフを持った手に力を入れた。


「おお、よしよし。ほらほら、いっぱい食べな。……へへっ、警戒心の欠片もねぇでバカな奴め」

「ああ。お前がな」

「は? …………はぁ!?」


 不意に顔を上げ人語を発したウサギに、山賊はぎょっと身を仰け反らせる。瞬間、顎を下から蹴り上げられそのまま気絶した。


「なっ!? コイツ――!」


 残りの一人も行動に移す間もなく、ドスリとウサギの正拳突きが腹に突き刺さり、意識を遠くにやる。

 ウサギ――エドガーは貫禄のある表情で、気絶した二人を見下ろしていた。


「ふっ、まさかこんなにも早く雌ゴリラの教えが役に立つとはな」


 本人が聞いたら殴りかかられそうな呟きつつ、エドガーは茂みに向かって手招きをする。すると、ネコタ達が顔を出し、エドガーの元へ姿を現した。


 ふふんと、エドガーは鼻を鳴らす。


「どうよ、俺の演技力は」

「うん、すっごく可愛かった!」

「正面から堂々と行った時は焦ったが、やるじゃねぇか。確かにあれなら上手くやれるな」


「いや、普通気づくでしょ。こんな異様に大きいウサギなんか居るはずないじゃないですか」

「ああ、あたしなら見つけた瞬間殴りかかってるぜ。くくっ、しかしまぁ、あの鳴き声は本物の動物っぽくて面白かったぞ。もう一回鳴いてみろよ」

「ふん、こうか? ──ウキュウ?」


 無邪気そうな顔で首を傾げながら鳴くエドガーに、ジーナは笑い出す。


「くっ、はははは! スゲェ似合ってる! お前もうこれからその鳴き声で過ごしたらどうだ?」

「キュ? ウキュウ、ウニュウ?」


「あはははは! 駄目だ、腹いてぇ。完全に動物じゃねぇか!」

「……可愛いのになんで笑うの? エドガーが可哀想でしょ」


 アメリアが無表情で怒るも、ジーナの笑いは収まらない。

 しかし、当の本人は気にした様子も見せず、鳴き声を模索し続けていた。


「ウキュウ……ウニュウ……ムニュウ……ヒニュウ……貧乳ヒンニュウ?」


 ピタリと、ジーナの笑い声が止まった。代わりに、ゴゴゴゴッと威圧感のようなものが膨れ上がる。

 殺気を込めて見下ろすジーナと、ポケ〜ッと平和ボケした動物のようなエドガーの視線が交錯した。


「なぁ、あたしの気のせいか? 今お前、鳴き声に紛れてあたしをバカにしなかったか?」

有乳ウニュウ?」


「どうやら勘違いじゃなかったみてぇだな。お前、死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」

無乳ムニュウ?」


「いい度胸だよ、本当に。あたしが手心を加えると思ったら大間違いだぜ……?」

虚乳キョニュ—―」


「死ねぇ!」


 ジーナは拳を振るった。目にも止まらぬ鋭い打撃。だが、拳が当たる寸前で、エドガーの姿が霞のようになって消え空を切る。


 次の瞬間、キャア! と高い悲鳴を上げ、ジーナは胸元を抑えながらペタンと尻餅をついた。その背後に、エドガーがフッと姿を現す。そしてハッと目を見開くと、己の手を見つめて震え、愕然としながら言った。


「馬鹿な……! 胸が無い……だと……!?」

「──ぶっ殺す!」


 羞恥と怒りで目尻に涙を貯め、ジーナはエドガーに襲いかかった。

 ジーナの鋭い打撃をヒョイヒョイと躱しつつ、エドガーは宥めにかかる。


「そう怒るなよ。ちょっと本当のことを言っただけだろ」

「黙れ! 殺す! 絶対殺してやる!」


「ふむ、怒るってことはやっぱり気にしてたんだな。喧嘩沙汰にしか興味無いふりしてるくせして、一応女なんだな。はは、可愛いところもあるじゃねぇかジーナちゃん」

「──ッ! テメェエエエエエ!」


「いい加減にしろお前ら! なんの為に苦労してここまでやってきたと思ってるんだ! こんなとこで騒いだら――」


 それを口にしたせいなのか。言った側から、洞窟から山賊達が現れた。


「うるさいぞお前ら! 見張りのくせに何を騒いで――なっ、なんだお前ぎゃっ!?」

「はいはい、ちょっとごめんよー」


「ウ、ウサギ!? ウサギがなぜ――ごばっ!?」

「邪魔だクズが!」


 エドガーが山賊を蹴り倒しながら洞窟内に逃げ込み、ジーナも山賊を払うようにしてその後を追いかける。

 隠れるどころか堂々と洞窟に入っていった二人に、ラッシュはガクリと膝を着いた。


「あいつらは……本当に……俺もう挫けそう……」

「ラ、ラッシュさん、そんな落ち込まないでください。僕はちゃんと言うこと聞きますんで」

「……ねぇ、いいから早く行こう。エドガーが心配だよ」


 少しはこっちの心配もしてくれと、ラッシュは心の内で思った。






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