第41話 法律じゃあ守れない人達も居るんだっ!


 エドガー達は内通者であるジェイクから情報を聞き出すと、街に戻り衛兵に事情を説明して処罰を任せた。そして、そのまま山賊達の住処へと向かった。


 伯爵の元へ直接引き渡しても良かったのだが、ジェイクの姿を見た伯爵がどんな顔をするか想像し、とてもではないが出来なかった。衛兵に押し付け、自分たちは逃げたとも言える。


 伯爵を傷つけた罪は重い。おのれ、卑劣な悪党共め。根絶やしにしてやる。


 五人は胸に義憤の炎を燃やし、今一度決心する。暴いたのが自分たちであるという事実を除けば、素晴らしい心意気であるといえよう。


 ジェイクから聞き出した情報により、五人はまず拠点の出入り口とも言える山の麓に向かった。見つからぬように身を隠し、遠くからその道を目にしたラッシュは、難しそうな顔で呟く。


「……一応見に来たが、アイツの言う通りだったな。大軍で通るには細すぎる道。隠れているが、しっかりと見張りも立てている。あそこから行くとすぐに見つかるな」


「べつにいいじゃねぇか。面倒だし正面から潰そうぜ。あたし達なら出来んだろ」

「バカ言え。真正面から行って敵わないとなったら親玉に逃げられる可能性があるだろうが。そうなったら意味がない。少なくとも頭は確実に潰さないとならん」


 考えなしのジーナの発言をラッシュは叱りつけ、続けて感心したように言った。


「しかし、見張りに手を抜いてないあたり、山賊の癖して抜け目がないな。下手すりゃそこいらの軍隊よりも警戒が厳しい。こりゃ伯爵様も手こずる訳だ。よっぽど用心深い奴が率いてるんだろうな」

「だ、大丈夫なんでしょうか? 聞いていると、そう簡単な相手には思えないんですけど……」


 ラッシュの評価にネコタは怯えを見せる。しかし、それが杞憂だというようにエドガーは言った。


「なぁに、確かに山賊風情にしては中々やるようだが、そう心配することはねぇさ。こっちにはロートルとはいえ元野盗が居るし、なにより俺が付いているからな。俺に狙われた時点で奴らも運の尽きってもんだ」


「おい、さりげなく俺を貶すのはやめろ。というかなんだその自信は。お前、魔物討伐専門の冒険者じゃなかったのか?」

「ふっ、冒険者ギルドには報告していないだけで、こう見えて幾つもの賊を潰してきたのさ。”山賊狩りのエドちゃん”とは俺のことよ」

「聞いたことねぇぞ……」


 ニヒルな笑みを浮かべるエドガーを、ラッシュは胡散臭そうに見る。

 反対に、アメリアは尊敬の目を向けていた。


「エドガーは凄いね。なんでも出来るの?」

「はっはっは、流石になんでもは出来ねぇさ。だがまぁ、出来ないことを探す方が難しいかな?」


「凄い……!」

「アメリア、あんまり褒めるなよ。この糞ウサギがまた調子に乗るだろうが」

「おいおい、そう妬むなよ。まぁ、殴るしか能の無い女に嫉妬をするなという方が難しいか」


「あっ? テメェ……」

「とっ、ところで! ギルドに報告してないっていうのは何でですか? 依頼を受けたら報告の義務があるんじゃ?」


 ジーナを遮るようにネコタが言った。

 エドガーはうむと頷く。


「確かに依頼だったらな。だが、俺は依頼で賊の討伐なんか受けたことないからな」

「それって……直接誰かから頼まれて討伐してたってことですか?」


「いや、誰からも頼まれたことなんかねぇよ。賊は自発的に潰してたんだ」

「え!? それ本当に凄いじゃないですか! 偉いですよ!」


 いくら実力があるとはいえ、無償で賊退治などなかなか出来るものではない。


「やっぱりエドガーさんって捻くれてるだけで、本当は優しい人なんですね。勿体ないですよ。もっとそれを見せれば僕も尊敬しやすいのに」


「そんな褒められるようなもんでもないけどな。善意じゃなく小遣い稼ぎで潰していただけだし」

「ん?」


 なにやら雲行きが怪しくなってきた……。


「あの、小遣い稼ぎっていうのは?」


「基本的に、賊を討伐したら残った財宝ってのは倒した奴のもんだからな。

 あいつらはそれなりの規模になるとかなり貯め込んでるから、実力がある奴にとっては魔物を倒すよりずっと楽に稼げるんだぜ。

 俺にとって賊は財布、へそくりみたいなもんだ。

 依頼を受けたら所有の分かってる財宝は没収される可能性があるから、稼ぎを減らさないために自分で見つけて討伐するのさ」


 自発的に動くのは金を稼ぐ為であり、依頼を通さないのは宝を一人占めする為である。完全に自分の利益の為の行動だった。


 ある意味エドガーらしい動機に、ネコタはガックリと肩を落とす。良い人だと思いたいのに……この人はなんで……!


 ネコタの気も知らず、エドガーはふふんと鼻を鳴らす。


「俺ぐらいの上級者ともなると、賊をコントロールすることも出来る。

 適当な賊を見つけたら、お宝を頂戴してわざと見逃す。この時、出来るだけ惨たらしく壊滅させるのがポイントだ。

 小物はこれで消えてその地の安全は確保できるし、それでも俺に増悪を向けるようならそれはそれで見込みがある。

 俺への復讐心で前よりも規模をデカくして復活してくるから、貯め込んできた所でまた回収。そしてその繰り返し――とまぁそういうカラクリよ。

 少し時間を置けば勝手に肥えてくれるんだから、これほど楽な商売はないぜ。ふふっ、俺の為にせっせと働いているとも知らず、バカな奴等よ」


「アンタ本当にクズだなっ!」


 どっちが鬼畜なのかと問いたい。まさか賊に同情しかけるとは思わなかった。何も知らずに略奪を重ねる賊が哀れですらある。だが、それ以前に――


「それってつまり、賊に被害を受ける人達が出るって分かっていながら見逃し続けるってことでしょ! その宝だって、元を正せば奪われた人達のものでしょ! それじゃあエドガーさんが奪ったのと変わりないじゃないですか!」


「ネコタ君、奪ったのは賊であって私ではないのだよ。私は被害者の恨みを晴らし、正当な報酬を受け取っているだけだ。一体どこに問題があるかね?」

「惚けんな! そういう風に誘導したのはお前だろって言ってんだよ!」


「法律上は何の問題もない」

「法を掻い潜って悪を働いているってだけだろうが! なおさら性質がわるいわ!」


「私は賊にも改心の機会を与えたかっただけなのだ。だが、彼らは私の想いに気づかず、また罪を重ねてしまった。だから私がその責任を取っているのだ。しかし、その事実が私は悲しい……!」

「よくもまぁそんなことが言えますね! こんな白々しい奴見たことないですよ!」


 おっ、おっ、おっ、と顔を押さえ泣き真似をするエドガーに、ネコタは怒りを覚えた。これ以上の被害者を出す前に、こいつはここで仕留めなければならない……!


 剣を抜くネコタを、ラッシュが抑える。


「あ〜、ネコタ。それ以上は駄目だ。抑えろ」

「でもラッシュさん! 間違いなくコイツが一番の邪悪です! ここで殺しておかないと!」


「やめろって。確かに俺もどうかと思うが、コイツの言う通り法的には何も問題ないんだ」

「法律じゃあ守れない人達も居るんだっ!」


「お、おう。すっげぇ勇者っぽい。だけど、そいつも一応仲間なんだぞ。仲間を殺して勇者と名乗れるのか?」

「それはっ……でもっ……!」


「賊を倒して名声と財宝ウマウマです。正直こんな楽な仕事があっていいのかと思わなかったと言ったら嘘になる」

「ほら! こんなこと言ってる! やっぱりここで止めなきゃ!」


 暴れるネコタをラッシュが苦い顔をしながら羽交い締めにして止める。エドガーは二人の前で、ヘイヘイヘイッと煽るように反復横跳びを始めた。完全に調子に乗っている。


「――ッ! いつか取り返しの付かないことになっても知らないですからね! その時はちゃんと責任を取ってもらいますよ!」

「はっはっは、その時は腹を斬ってやるよ。もっとも、俺に限ってそんな失敗はありえないがな」


「言ったな! 忘れるなよ! 絶対だぞ!」

「はいはい、そこまでな。喧嘩してる場合じゃないだろ」


 ラッシュに抑えられ、ネコタは納得がいかないながらも耐えた。今は山賊の討伐が先だ。こいつは後でもいい。


「話を戻すぞ。あそこから行くと確実に見つかる。という訳で、見つからなそうな場所から山賊の拠点に忍び込むことにする」

「……それは分かったけど、それじゃあどこから行くの?」

「なに、安心しろ。既に目星は付けてある」


 不思議そうに首を傾げたアメリアに、ラッシュは不敵な笑みを浮かべた。




 ♦   ♦




「元々この山は領内を突っ切る道の一つとして使われていたらしくてな。通りやすいように道の整備もしっかりされていたんだが、そこに居座られたせいで誰も通れなくなったそうだ」


 移動を始めて一日。五人は山をぐるりと回り、ちょうど反対側に出ていた。


「それだけじゃなく、山賊共は簡単に自分たちの拠点に侵入されないように、その整備された道を幾つか破壊したらしい。で、そのうちの一つが」

「ここって訳ですか……」


 目の前の光景を見ながら、ネコタは呟いた。

 道は途切れ、切り立った崖となっている。向こう岸まで三十メートル程はあるだろうか。両岸に橋が架けられていた跡がある。以前はこれを使って渡っていたであろうことが容易に予想できた。


 おそるおそると、崖の下を覗き込む。ぞっとするような高さだった。

 ネコタの隣で、同じく首を出していたアメリアが呟く。


「……落ちたら死んじゃうね」

「や、やめてくださいよ! 口にしないようにしてたのに!」


「だがまぁ、山賊がこの橋を落とすのも当然だわな。向こうに渡るには橋を架けない限り、普通の奴にはまず無理だ。だがこの崖に橋を架けようとすればすぐに気づく。向こうもここから侵入する奴が居るとは思ってないんだろうな。見張りが居ないのがその証拠だ」


 納得したように頷くエドガーの様子に、ネコタはぎょっと顔を強張らせた。


「まっ、まさかここを渡る気じゃないですよねっ!? 冗談でしょ!?」

「そのまさかなんだなぁ。見張りが居ないここから行くのが一番バレにくい」


「ネコタ君、敵の予想外の場所から攻めるからこそ奇襲は成功するのだよ」

「いや、それはそうかもしれないですけど、でも……!」


 ネコタはもう一度崖の下を覗き込んだ。

 落ちたら死ぬというアメリアの言葉が思い出される。頭が柘榴のように弾ける自分の姿が目に映った気がした。


「――無理! 無理ですって! 大体どうやって渡るつもりなんですか! 橋はもう無いんですよ!」

「なに、無いなら無いで即席の物を作ればいいだけだ」


 ラッシュはそう言うと、矢に長いロープをくくりつけ弓を構えた。ミシッと、腕の肉と弓が唸りを上げる。次の瞬間、矢は空に線を描き、向こう岸にある木に深々と突き刺さった。


 何度か強く引っ張り、外れないことを確認すると、ラッシュは背後の木に矢と繋がったロープを縛り付ける。向こう岸と繋がるロープを前に、ラッシュは満足げに頷き、ネコタに振り返った。


「さぁ、出来たぞ。行こう」

「行こうって何!? まさかこのロープにぶら下がって行けと!?」

「なに、お前の身体能力ならやれるやれる。男は度胸だ、勇者らしく勇気を見せてみろ」


 出来るかぁ! とネコタは叫びたかった。いくら体が強化されているとはいえ、消防隊員でもあるまいし!


 しかし、現実的に考えてこれしか方法がないのも分かっている。こうしている間にもこの領は破滅に向かっているのだ。早くなんとかしないといけな――


「……ちょっと、エドガーさん」

「ん? なんだい?」


「いや、なんだいじゃなくて! なんで剣を抜いてるんですかっ?」

「ああ、いや、少し素振りでもしようかと思って」


「嘘つけよ! このタイミングで明らかにおかしいだろ!」

「いや、本当だよー。ちょっと運動したくなったんだ。……ヒヒッ!」


 ヒュン、ヒュンと素振りをしながら、エドガーは意味ありげにロープを見る。その意図を察し、ネコタは恐怖した。


 まさかやるとは思わないが、少しでも気づいてしまったらもう駄目だ。可能性が頭から離れない。本気で最悪だこのウサギ!


「ラッシュさん! 止めましょう! 無理ですって!」

「エドガー、頼むからいい加減にしてくれよ。なんだってそうネコタをからかうんだ」


「悪いとは思ってるけど、面白いから。つい、な?」

「嘘つけ! ちっとも悪いなんて思ってないくせに!」


 半泣きになりながらネコタは怒鳴りつけた。怒りやら恐怖やらで感情が抑えられなくなりつつあるらしい。

 それを呆れた目で見ながら、エドガーは言う。


「まったく、これくらいで泣くなよ。男の子だろ」

「泣いてないですよ! だいたい誰のせいだとっ!」


「分かってねぇな。こんなロープで渡ろうとするから半端に怖いんだよ。こんなもん使わなくても渡る方法なんざいくらでもあるだろうが」

「は? なに言ってるんだお前。これを使わずどうやって渡るつもりだ?」


 本気で疑問に思ったラッシュに、エドガーは溜息を見せる。


「ったく、仕方ねぇな。手本を見せてやる。ネコタもしっかりと見てろよ。――まず、崖から距離を取ります」


 ピョンピョンとリズミカルに、エドガーは崖から離れる。


「しっかりと距離を作ったら、全力で崖に向かって走ります」


 ダッと、勢い良くエドガーは崖に向かって走り出した。止める暇もない豪快すぎる自殺に、全員が目を点にする。


「ギリギリまで崖に近づき、しっかりと踏み切ります」


 崖の手前で、グッと脚に力を入れる。


「そして跳びます」


 ビョーン、という擬音が聞こえるほど、エドガーは跳んだ。

 綺麗な放物線を描き、高々と崖の遥か上を行き、向こう岸にシュタリと華麗に着地。

 そしてクルリと振り返り、


「──さぁ!」

「「出来るかぁ!」」


 ネコタとラッシュはブチ切れた。当然の反応である。

 向こう岸のエドガーは不思議そうに首を傾げる。


「えっ? 出来るよ〜! コツは躊躇わないことさ〜! 気合いでなんとかなるって〜! ほら、僕が受け止めてあげるから、頑張って〜!」


「気合いでどうこう出来る限界を超えてるって言ってんだよボケがぁ! 化け物のお前と一緒にすんな! こちとらただの人間なんだよ!」


「受け止めるってどうやって受け止めるつもりだよ! そっちまで届かないんですよこっちは! 崖の下まで付き合ってくれるとでも言う気かコラああああああ!」


 軽く理不尽な要求をするエドガーに二人はさらにキレた。距離があるとは言えわざとらしい間延びした声がさらに苛立つ。普段の二人からは想像できないほど荒れた口調だった。特にネコタの怒りは深い。もう遠慮しなくていい相手と定めたのかもしれない。


「本当にふざけてばっかり……! 普通に考えて出来るわけないでしょうがっ!」

「……そんなことないと思うけど」

「え?」


 なんでもないように呟いたアメリアを、ネコタは正気を疑っているような目で見る。

 アメリアはそれに気づいていないかのように、数歩崖から距離を取り、走り出した。


 タンッ、と軽やかに崖に向かって飛び出す。遅れて理解したネコタ達が手を伸ばした。だが、重力に引かれながらも、アメリアは平然としながら呟く。


「――【風よ、吹け】」


 ブワッと、アメリアの足元から突風が吹きその体を上に押し上げる。フワリと高く浮き上がり、そのまま向こう岸に優雅に着地した。

 アメリアは乱れた髪を払うと、エドガーに悪戯っぽく微笑む。


「どうだった?」

「おおっ、凄かったぜ。フワフワと浮いて、まるで風の妖精かと思った」

「……もうっ、エドガーったら」


 照れ隠しにエドガーの頭を小突きながらも、アメリアは嬉しそうだ。


 向こう岸でイチャイチャとし始めた二人を、ネコタは難しい表情で見ていた。


 アメリアにまであそこまで簡単そうに渡られては、怒るに怒れない。わざわざロープで道を作ったラッシュも、ぐぬぬっと悔し気な顔をしている。アメリアめ、なんてことをしてくれたのだ。こっち側に居てくれれば俺達に正当性があったものを……!


 複雑な気持ちになっている二人に、ジーナはあっさりと言った。


「というかよ、わざわざ自力で渡らなくてもアメリアに運んで貰えばいいんじゃねえか?」

「そ、そうですよ! そっちの方が安全じゃないですか!」


「え? それをやられると本当に俺の立つ瀬が無いんだが……」

「そんなことよりも安全の方が大事でしょ! アメリアさーん! 僕達もそっちに運んでくださーい!」


 落ち込むラッシュを他所に、ネコタは手を振ってアメリアに伝える。

 アメリアはネコタの意を受け、魔法を発動しようと手を伸ばすが、エドガーに服を引っ張られ動きを止めた。


 その場にしゃがみ、ヒソヒソとエドガーに耳元で囁かれる。

 アメリアは戸惑いつつ、顔を真っ赤にしながら、


「…………わっ、悪いなネコタッ! この風、一人乗りだからっ……!」

「ウサギィイイイイイイイ! 余計なこと吹き込んでんじゃねええええええ!」


 ネコタは叫ぶが、エドガーはアメリアのフォローに夢中でまったく聞いていなかった。赤い顔を手で押さえフルフルと震えている。よっぽど恥ずかしかったらしい。なら初めからやらなければいいのに、つくづくエドガーに甘い女である。


「ネコター! アメリアは駄目だー! なんか精神状態が乱れて魔法が使えないらしいー!」

「アンタのせいだろうがあああああああああ!」


「そう怒るなー! それよりもお前達に言いたいことがあるんだー! いいか、よく聞けー! ここに崖があるだろー! んで、俺達は今二手に分かれてるよなー! さて問題です! この崖を境に、オレ達はどういう仲間分けがされてるでしょうかー?」


「知るかよそんなこと! 単純にアンタらがそっち側に行ったってだけだろ!」

「ブッブー! 正解は天才か無能か、でした!」


「うるさい! そっちに行ったら覚えておけよ!」

「はっはっは! べつにいいけど、果たして君達はこっち来れるのかな!」


 ──必ず殺ったる! ネコタは誓いました。

 

 しかし、殺意に燃えるネコタとは違い、ジーナは純粋な闘争心が掻き立てられたらしい。


「へっ、あそこまで言われちゃあ黙って引き下がるわけにはいかねぇな」

「どうするつもりだ? いくらお前でも跳んでこの距離は無理だろう?」

「まぁな。だがやりようはある。ちぃと危険だが、無能よばわりは我慢できねぇしな。見てろ」


 ラッシュに不敵な笑みを浮かべ、ジーナはエドガー以上の助走をつけ、迷わず崖に向かって跳んだ。人の身からは考えつかぬ大跳躍。ジーナの身体能力の証明である。が、やはり向こう岸までは届かず、半ばで体が落ち始める。


「──はっ!」


 だが、ジーナの真骨頂はそこからだった。


 ボンッと、ジーナの足元から下に向かって【氣弾】が放たれる。【格闘家】の【天職】持ちが習得する、生命力──いわゆる【氣】を放つ遠距離攻撃だ。本来手から放出されるそれを、ジーナは足から撃った。その反動で、ジーナは宙を飛び跳ねる。


 ボンッ、ボンッ、ボンッ、と。まるでバッタのように何度か跳ね、向こう岸まで辿りつく。そして勢いのままズザザザッと荒々しく着地。


 ジーナは勝ち誇った顔をでエドガーを見下ろし、


「フンッ、どうよ? まぁざっとこんなもんだ」

「おおっ、お前、中々やるな!」

「まぁその気になればこれくらいはな。スゲェだろ?」


「おおっ、マジでビックリしたぜ。まるでオナラで飛んでるみたいだった!」

「――――――」




 ♦   ♦




 ――死ねこの糞ウサギがあああああ!

 ――なんだぁテメェ!? やんのかこの雌ゴリラぁああああ!


「なんであの人達は殺し合いなんかしてるんですかね……」

「どうせエドガーの奴がなんか言ったんだろ。だが、ちょうどいい。あいつがこっちにちょっかいを掛けてくる前に俺達も渡っちまおう」

「そうですね。なんだかムキになるのがバカらしくなってきました」


 あのウサギに関しては、馬鹿正直に受け止める方が負けなのだろう。受け流すのが一番だ。


 ラッシュから渡り方を教えてもらい、ネコタはロープにうつ伏せになるような状態で進む。ひたすらラッシュを追いかけて、下を見ないように。半分も行かないうちに、早くもコツをつかみかけていた。


「怖いことは怖いですけど、なんだか思ったよりも簡単ですね。これなら楽勝かも」

「こういうのは無駄に怖がるから逆に難しくなるんだ。失敗した時のことをなるべく考えず、一心にやれば意外と行けるもんさ。あとは油断さえしなければ、問題なく渡れ――」


 ――くたばれ糞ウサギ!

 ――バァアアアカ! お前の屁なんざ当たるか!


 ボンッ、と。前方から何かが打ち出された音が聞こえた。


「「ギャアアアアアアアアアアア!」」


 次の瞬間、ラッシュ達の真上を極太の【気弾】が通り抜ける。直撃こそしなかったものの、その風圧でロープが信じられないほどたわんだ。二人は死に物狂いでロープにしがみつき、なんとか耐える。


「あ、危ねぇ! あのバカ、俺達を殺す気——」

「ラ、ラッシュさん! やばいです! 後ろ後ろ!」

「あん、後ろ?」


 言われ、ラッシュは振り返る。そして絶句した。

 ロープを結んでいた木が抉れ、半ばから折れようとしていた。原因が何かは言うまでもない。自分たちがこれからどうなるかを想像し、顔を青ざめさせる。


 バキバキと木から音が鳴り始める。もはや猶予はない。


「ネコタッ! 何があってもロープは離すな! キツイだろうが、向こうの壁に着地するように――」


 ラッシュが言い切る前に、バキリと木が折れロープが抜ける。支えを失い、二人は猛スピードで向こう側の崖へと叩きつけられようとしていた。


「「うおぁあああああああああああ!?」」


 恐ろしいほどの速度に叫び声が出る。恐怖と焦りでガチガチと体が震える。だが、落ち着け。大丈夫だ。かなりの衝撃が来るだろうが、ロープさえ離さなければ落ちることは――


 ――もらったあああああああ!

 ――ハッ! 見えてんだよ!


 ――スパンッ!


 何やら不吉が聞こえた気がした。向こう岸から、あっ、やべ。という軽い声が二人の耳に入る。

 そして二人は谷底へと落ちていった。


「「うわあああああああああああ!?」」


「おい、あいつら落ちてんぞ?」

「なんであっちのロープも無くなってんだ? まったく、世話の焼ける……よっと!」

「きゃあああああ!? エドガーッ!?」


 戸惑いもなく崖に飛び込んだエドガーに、アメリアはらしくない悲鳴を上げる。血相を変えて崖を覗き込み――目をまん丸とした。


 最悪の想像をしていたが、三人は無事だった。だが、その光景は信じ難いものだった。


 ――パタパタと。


 エドガーは翼を羽ばたかせ、ロープで二人を引っ張って飛んでいた。

 翼というか、耳だ。本当にウサギかどうか疑わしい光景だった。常軌を逸している。


 エドガーは重さを感じていないように、パタパタと耳を翼代わりにして飛び続ける。そして二人を崖上に降ろすと、ふぅっと額を拭う。


「ったく、こんな崖も渡れねぇのかお前らは。先が思いやられるぜ」

「おっ……おまっ……! お前らが……っ!」

「うっ、うぇっ! ううううぇえぇえ……! えっ、うっ、えぇっ、えぇぇぇええ……!」


 流石のラッシュも言い返す余裕がなかった。ゼェゼェと息が荒い。そしてネコタに至っては号泣である。本気で死ぬかと思った。


 ぼうっとしていたアメリアだったが、子供のように目をキラキラとさせる。


「……凄いっ! 本当に凄いよエドガー! 鳥みたいに飛べたんだね!」

「ウサギがなんで一羽二羽と数えるか知っているかい? それはね、ウサギが鳥の仲間だからだよっ」

「そうだったんだ、知らなかった……!」


「いや、騙されるなよ。どう考えてもおかしいだろ。どういう身体してんだお前?」

「ふふっ、女子供の心を鷲掴みにするこのファンシーさよ。どうだ、スゲェだろ」

「いや、むしろシュールすぎて怖ぇよ。変態じゃねぇのお前?」


「ひでぇ言い草だな。屁こいて空を飛ぶお前よりは遥かにマシだと思うんだが……」

「だから違うって言ってんだろうがコラァ!」


 懲りずに二人はまた争い始めるが、ラッシュとネコタにはもはや止める気力もなかった。

 勝手にやっていてくれ、というのが本音だった。






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