第40話 好きな方を選べ
山賊の討伐を決めた五人は、早速行動に移した。
食料などの最低限の準備をして、山賊の住処となった山を目指す。正門で伯爵と兵士達に見送られながら、五人は出発しようとしていた。
「それじゃあ行ってくるぜ。期待してまってろよ」
「エドガーさん! もう少し態度を……!」
「はっはっは、構いませんよ。それよりも、お気をつけください。皆様には重大な使命があるのですから、こんな所で怪我をしてはなりません。無理だと判断したのなら、私のことは気にせずお戻りを――」
「心配すんな。山賊ごときが相手なら、この面子で苦戦する方が難しいよ。伯爵は安心して待ってな」
「……そうでしたな。いや、余計なお節介をしてしまいました。どうかこの領を救ってください」
深く頭を下げる伯爵に、それぞれが小さく頷く。
背を向け歩き出そうとしたところで、エドガーがあたかも今思い出した、というように言った。
「あーっと、忘れてた。ほい、伯爵」
エドガーは懐から一通の封筒を取り出し、伯爵に渡す。
「エドガー殿、これは……?」
「ギルド宛てに書いた手紙だ。今回の経緯を詳しく説明してある。俺の名前で送れば、こっちに増援を送ってくれるだろう。まぁ、俺達が直接対処することだし必要ないとは思うが、一応な。事後処理も楽になるだろうし」
「なんと……! お気遣い、感謝いたします。本当になんとお礼を申せばよいのか……」
「いいって事よ、気にすんな。そのかわり必ず届けてくれよ。そんじゃ、今度こそ行ってくるわ」
ヒラヒラと手を振り、エドガー達は山賊達の拠点に出発した。
伯爵は五人の姿が見えなくなったころ、すぐさま行動に移した。
「誰か、この手紙をオルトの冒険者ギルドまで届けてくれないか」
「伯爵様。それでは私が」
伯爵の命令に、門番の一人が進んで応えた。
「おお、ジェイクか。いつもすまんが頼むぞ。エドガー殿からの重要な手紙だ。くれぐれも無くさないようにな」
「はっ、心得ております」
生真面目な受け答えに伯爵は満足そうに頷き、屋敷の中へと戻った。
手紙を受け取った兵士──ジェイクは、同僚に門番の引き継ぎを頼むと、直ぐに馬に乗って屋敷から出発した。
街の人々に見られながら、ジェイクは街を出た。そして出るなり、鞭を入れて馬を走らせる。初めは道なりに進んでいくジェイクだったが、街が見えなくなった辺りでキョロキョロと周囲を伺うと、道から逸れ森の中に入っていった。
馬から降りて休ませる。馬の様子が落ち着いたのを見て、ジェイクは懐にしまった手紙を取り出した。
軽く眺めてから、ビリィッと躊躇なく封筒を開ける。そして中身を確認する。
『バカ発見』
「…………は?」
手紙に書かれた字に、ジェイクは間の抜けた声を上げた。
そして、ガツンッと頭に衝撃を受け、そのまま気絶した。
♦ ♦
──シャリン、シャリン。
「うっ……」
金属の擦り合うような音が聞こえて、ジェイクは目を覚ました。しかし身体が動かない。何故、と自分の体を見下ろし、目を見張る。
ジェイクはロープで木に体を縛り付けられていた。
「これは一体……」
「おっ、気がついたか?」
男の声が聞こえ、ジェイクは顔を上げる。そしてまた目を見張った。
そこに居たのは、確かラッシュという名の、勇者と共に居た男だった。
「馬鹿な……何故……」
「何故、か。それは俺が此処に居ることか? それとも、お前さんがこうして縛られていることかな?」
面白がるようなラッシュの問いに、ジェイクは動揺を抑え、気を入れ直した。ここは怯える場面ではない。むしろ、怒りを示さなければ。
「それはもちろん、両方です。あなたは勇者様と一緒に山賊の討伐に向かった筈では? それに、何故私をこうして縛り上げたのですか? 私は伯爵様の命で、あなたがたに渡された手紙を届けるところだったのですよ。なのにこれは一体どういうつもりですか!」
「どういうつもりもなにも、本当はもう気づいているんだろう? どうして俺たちがこうやってお前さんを捕まえたのか」
見透かすようなラッシュの目に、ジェイクは息を呑む。だが、グッと腹に力を入れ、再びラッシュを睨み返して言った。
「分かりません。まったく身に覚えがありません」
「惚けるか。まぁいい、それじゃあ説明してやる」
ジェイクの気丈な姿に、ラッシュは小さく笑う。
「俺たちは伯爵様の所に内通者が居ると考えてな。山賊共の所に向かう前に、なんとかしてその内通者を炙り出そうと考えたんだ。捕まえれば俺たちの情報が伝わらないように出来るし、逆に山賊共の詳しい情報が手に入ると思ってな」
「……くだらない、私がその内通者だと?」
「おいおい、人の目を気にしてこんな場所に隠れて、おまけに手紙を破って中を確認しておいてそうじゃないと? いくらなんでもそりゃあ無理ってもんだろ」
ラッシュの言葉に、ジェイクは歯噛みした。
あの人をコケにした手紙の内容を思い出せば分かる。あの手紙は、こうして内通者である自分を誘き出すものだったのだ。
おそらくは山賊の拠点に向かうふりをして、屋敷を見張っていたのだろう。まんまと嵌められてしまったことに怒りを覚える。
だが、たとえバレていたとしても、素直に認める訳にはいかなかった。
「……なんのことだか分かりません」
「おいおい、この後に及んでまだ惚けるつもりか?」
「なんと言われようと、私は知りません。それよりも、早くこの縄を解いて頂きたい! これは伯爵様に対する敵対行為だと分かっているのですか!?」
「ははっ、図々しいなお前。まぁそれならそれでいいよ。喋りたいようにしてやるから」
不敵に笑うラッシュに、ジェイクは身構える。だが、耳に入ってくる音に気を取られた。
──シャリン、シャリン、シャリンと。
金属同士が擦り合う音が、今も鳴り続けている。
ジェイクが不思議に思っていると、スッとラッシュが体を横にずらした。その先には、ラッシュ以外の勇者パーティーの面々が居た。
【勇者】と【賢者】、世界の救世主とも呼べる二人がこちらを責めるように見ている。殺気立った【格闘家】も、鋭く睨んでいた。普通の人間なら、罪悪感と恐怖で震えているだろう。だというのに、ジェイクの目は一点に集中していた。
──シャリン、シャリン、シャリン。
一見すれば可愛らしい、とてもSランクの怪物とは思えないウサギの獣人が、念入りに剣を研いでいた。
研いだ剣を天に掲げると、ギラリと強烈に光を放つ。よっぽど丁寧に磨いていたらしい。その切れ味を想像するだけで、ジェイクはヒヤリとしたものを感じる。
ふと、ウサギと目が合う。ぞっと、背筋に悪寒が走った。
──ウサギは、愉しそうに笑っていた。
「……ッ! な、なんだ! どういうつもりだ!」
「言わなくても分かるだろ。いつまでも惚けたふりをしてんじゃねぇよ」
「まっ、まさか……き、貴様! 私は伯爵様に仕える者だぞ! その私にこんな……!」
「ガタガタ抜かすな。最悪お前の命が無くなるだけだろ。やめて欲しけりゃお前のやることは一つだ。分かるな? これ以上、俺からは何も聞かない。お前の好きに喋れや」
興味がなさそうに言うラッシュに、ジェイクは自分の予想が間違っていないと確信した。そして、彼らは本気でそれをやろうとしていることも
ゆっくりと、エドガーが歩いてくる。
へへっと凶悪に嗤いながら、見せびらかすようにベロリとナイフを舐めた。どこぞのチンピラのような仕草だが、これ以上なく様になっている。こちらが本性だとジェイクは悟った。
──これはウサギではない、悪魔だ。
一歩一歩近づいてくる度に、ジェイクは恐怖を感じていた。
しかし、いよいよ目の前に来るというところで、エドガーはピタリと足を止める。
なんだ、とジェイクが疑問に思っていると、エドガーは俯き、フルフルと震えだした。そして早足でアメリアの元に歩くと、膝に抱きつく。
「エドガー、どうしたの?」
「………………ッ!」
「え、舌? もしかして、舌を切っちゃったの?」
「……ッ! ……ッ!」
「もうっ、ナイフなんか舐めるからでしょ! ほら、あーんってして」
あーん、と大口を開けてアメリアの治療を受けるエドガー。どうやら傷は塞がったらしい。もうしちゃ駄目だよ、と愛情を持って窘められ、コクコクと素直に頷いている。子供か。
フッと、ジェイクは自分を取り戻した。恐怖に飲み込まれ、無駄に相手を大きく見てしまうとは、なんと情けないことか。
「……今ならば無かったことにしましょう。伯爵様には黙っておきます。早く解放して頂きたい」
「エドガー! 真面目にやれ!」
ラッシュがキレて怒鳴った。肝心な所で台無しにしたのだから無理もない。
怒られて逆上したのか、ムキーッと顔を赤くして、エドガーはズンズンと近くにあった太い木に近づく。
あんぐと大口を開けると、キランと自慢の前歯が光った。
そして、エドガーは勢いよく木を齧り始めた。
──ガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジ!
まるで紙屑のように、丈夫な木がボロボロと端から崩れていく。エドガーはまったく休むこともなく、一定のペースで円を描くように木を齧り続けていった。
みるみるうちに細くなっていく木を見ながら、ジェイクは慄いた。あのウサギ、一体どういう身体をしているのだ!?
同じものを見て、ネコタは思った。あれウサギじゃない、ビーバーだ。
やがて一本の棒のように細くなった幹が、自重に耐えられずボキリと折れ、そのまま倒れた。
ズンッ、と重みのある音を立てて倒れた木を目にし、ジェイクは再び恐怖した。あんな大木を苦もなく削り倒すとは、あの歯は一体どれほどの硬さを持っているのか。そこらの武器よりもよっぽど脅威だ。あれでは人の身体を食いちぎるの方がよっぽど容易いだろう。
己の身体を次々と齧り取られる未来を想像し、ジェイクは青褪める。なんとも残酷な拷問だ。とてもではないが、耐えられる気がしない。今謝れば許してもらえるかもしれない。そう考え、引きつった喉を動かそうとした所で、ジェイクは気づいた。
──エドガーは、口からボタボタと血を流していた。
涙目になったエドガーは、フルフルと震えていたと思ったら、口元を真っ赤にしてアメリアの膝に縋り付いた。
「エドガー!? どうしたの!? 大丈夫!?」
「…………ッ! 〜〜〜〜ッ!」
「えっ? 歯茎? 歯茎が切れちゃったの?」
「…………ッ! …………ッ!」
「もうっ! あんな堅い物を齧るからでしょ! もう食べ物以外口にいれちゃ駄目っ! ほら、あーんして!」
あーんと大口を開けてアメリアの治療を受けるエドガー。どうやら傷は塞がったらしい。めっ! と叱られながら、布で丁寧に口元を拭われ、甘んじてそれを受け入れている。繰り返すが、子供かっ!
怖がるだけ無駄かもしれないと、ジェイクは悟りつつあった。
「……身内に手間のかかる者がいると大変ですね」
「エドガァアアアアアアアアアア!」
ラッシュは二度キレた。脅しを掛けようとしている相手に舐められ、同情されるのは初めての経験だった。
「自信満々に言うから任せてやったのに、何やってんだテメェ! ふざけてんのか!」
「そう怒鳴るなよ。ちょっと手違いがあっただけだろ。なに、俺が本気になれば誰だろうと素直になるさ。安心して見ていな」
「ふっ……!」
笑い声を漏らしたジェイクを、エドガーは見逃さなかった。
「おい、何がおかしい?」
「いえ、貴方に尋問が出来るのと思いまして。まぁ尋問も何も、私は何も知らないので話しようもありませんが」
「………………」
エドガーは無表情でジェイクをじっと見つめた。言い負かしたとでも思ったのか、ジェイクは勝ち誇ったように忍び笑いを漏らす。だが当然、エドガーに限って負けを認めたということはありえない。
――ジェイクの不幸は、このウサギの恐ろしさを知らなかったことである。
エドガーはピョンピョンとジェイクの目の前まで近づくと、あーん、と大きく口を開けた。可愛らしい仕草に、ジェイクは嘲笑を浮かべる。だが、次の瞬間、その笑みは引っ込んだ。
――ガチンッ!
凄まじい勢いで口を閉じ、歯を噛み鳴らす。あまりの衝撃に火花が散った。ハッキリ言ってありえない。野生の獣にだってこんなことは出来ないだろう。歯茎をむき出しにし、これ見よがしに前歯を見せてくる。まったく可愛くない。むしろキモ怖い。ウサギではない、何か違う化け物のようにジェイクは思えた。
なんとなく感じていた余裕は消え去った。再び、このウサギの歯の鋭さを思い出し、背筋を凍らせる。
ゴゴゴゴゴッと、得体のしれない威圧感を放ちながら、エドガーは言った。
「――黙って女の子になるか、素直に喋るか。好きな方を選べ」
「――喋ります」
選択の余地はなかった。
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