土左衛門
「……罠はない」
隼人はうなずき、突入を指示した。
パーティは再び武器を構え、視線で合図を送り合い、扉を蹴破り、乱入する。
絶句した。
扉の奥にあったのは、まるで黄金を溶かしたような水を湛えた泉だった。
絶句したのは、その水を見たからではない。
絶句したのは、その水に浮かんでいる、アヒルの土左衛門を見たからだった。
アヒルの土左衛門を見たからだった。
アヒルの土左衛門を見たからだった。
アヒルの土左衛門を見たからだった。
人間というものは想像を超えすぎる事態に直面すると、驚くよりも
隼人たちにしてみれば、
『だってそうだろ? 仮にも水鳥なんだぜ? それがプリケツで浮かんでるんだぜ? ありえないだろ?』
それは驚くだろう。
いや、驚くよりも呆れるだろう。
呆れたら一瞬、動けなくなるものだろう。
――と、いうものである。
「あれって……あれよね?」
田宮佐那子が刀の柄に手を添えたまま、自問とも他問ともとれる言葉を漏らした。
「ああ……あれだな」
早乙女月照がゴクリ……と生唾を飲んで首肯した。
「……なんで浮かんでるの?」
安西恋がもっともだが、少々ズレてもいる疑問を呈した。
「……で、どうする? スルーか? レスキューか?」
五代忍が最も冷静で、的確な発言をした。
「……レスキューだ」
隼人が嘆息混じりに締めた。
こういう場合は大慌てで救助に入るのが普通なのだろうが、状況が状況だけにしかたない。
隼人は泉に近づき指先でそっと、金色の水に触れてみた。
皮膚がピリついたり、ぬめったりはしないようだ。
「月照」
「ああ、いざというときはすぐに解毒する」
隼人は意を決して泉の水を口に含んだ。
アヒルを助けるには泉に入るしかない。
絶対に毒味は必要だった。
「ど、どう!? 志摩くん!?」
佐那子が最大限に緊迫した顔で訊ねた。
「……問題ない」
金属質のいかにも有害な水を飲み下した隼人は、やや間を置いてから答えた。
「いや、それどころか。
「「「ええ!?」」」
忍を除く魔力持ちの三人が驚嘆した。
「どうやらこの泉にも、女神の祝福が施されているらしい」
蠱の蠢く毒々しい泉だが、二階にも同様の効果がある泉が湧いている。
その泉の水を飲むことでパーティは、人形メイド『トキミ』の部屋を拠点に探索を進めることができていた。
「魔力の回復は後回しだ――俺が行く」
忍がアヒルの救助を志願した。
「頼む」
革鎧は一番脱ぎやすい。
他の者の装備では着脱に時間が掛かる。
「……ご、ごめんなさい」
本来なら鎧をまとっていない自分が行くべきだと思ったのだろう。
恋が小声で謝った。
「気にすんな」
珍しく言葉を返した忍に恋がハッとした表情をみせが、盗賊の少年は気づいた風でもなく手早く鎧と衣類を脱ぎ、ズボンだけの姿になった。
腰に命綱を結びつけて、隼人と月照に託す。
「持っていけ」
隼人が差し出した
飛び込んで、泉に生息している魔物を呼び寄せるような馬鹿はしない。
可能な限り水面を波立てないように、平泳ぎでアヒルに近づいていく忍。
仲間たちが息を飲む中、魔物に襲われることは……なかった。
無事にアヒルの元に泳ぎ着き、その身体を抱えて右手を挙げる。
「――よし、引け!」
「おっしゃ!」
隼人と月照がグイグイと命綱を手繰り寄せる。
恋が胸の前で両手を握ってその様子を見つめ、佐那子はラーラ・ララから譲られた業物を手に油断なく周囲を警戒する。
やがて岸辺に到着した忍とアヒル。
「引き上げろ!」
回収は上手くいった。
だが
「息をしてない――月照!」
金色の水を滴らせながら、忍が叫んだ。
「駄目だ! 呼吸をしてないんじゃ癒やしの加護は受付けねえ! “
「人工呼吸だ!」
隼人が白目を剥いているアヒルを仰向けにして、心臓マッサージを始める。
基本的な救急救命の技術は、訓練場で修めている。
「マウス・トゥ・マウスは意味ないぞ!」
月照が黙って見ていることができずに叫んだ。
心肺停止の場合マウス・トゥ・マウスでの人工呼吸を挟むよりも、心臓マッサージを続ける方が効果が高いのだが――そもそもアヒルの
隼人は答えることなく、懸命にマッサージを続ける。
「代わるぞ、志摩!」
隼人の息が上がってきたところで、月照が代わる。
その間に忍は身体を拭い、衣服と鎧を身に着けた。
月照のマッサージはしばらく続き、また隼人と交代する。
もう誰の胸にも発見時の、呆れた思いはない。
今はただただ、目の前のこの命を救いたい。
それは死を目前にした人間が抱く、本能に近い感情だった。
「――戻ってこい、ショート!」
汗だくの隼人が一際強く胸を押したとき、
「ガァアアァァァー!!!?」
白目を剥いていた眼球がひっくり返り、“
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