エルミナーゼ

「お初にお目にかかります、アッシュロード卿。わたしはリーンガミル聖王国近衛騎士クィーンズ・ガーズ、エルミナーゼ。不躾を承知でお願いします。ぜひ一手御指南いただきたい」


 女王マグダラに瓜二つの少女に燃える瞳で睨み付けられ、頭からシーツを被ったまましょぼくれた大型犬は思った。


(……罰が当たった)


 と。


 今朝方、美しいエルフの少女を無視した罰。

 あのとき娘の勧めに従って “解毒キュア・ポイズン” の加護を受けておくべきだったのだ。

 そしてともに出かけるべきだったのだ。

 それをベッドから出るのが億劫だったため、屁理屈をこねて追い返してしまった。

 好意を持たれているのを良いことに、厚意を無下にしたのだ。

 エルフの少女だけではない。

 美人で才媛の副官や、変わり者でお人好しの聖女にも、同様の行為を繰り返してきた。

 非人の行い。

 鬼畜の所業。

 クソ野郎のこんこんちきのクソ野郎の大罪。

 その罰が当たったのである。


(……反省してる……もうしない……だから……)


 フェル、ハンナ――ライスライト! 今すぐに現れて、俺をこの苦境から救い出してくれ!


 一見無表情にパニクりながら、直立したグレートデンは心の中で絶叫した。

 普段散々不義理を重ねておきながら、窮地に陥った途端に女を頼る。

 某文豪の名文を借りれば、


『ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴』 


 ――である。

 女心を弄ぶ年寄りグレートデンに相応しい罵詈雑言である。

 もちろん森の乙女も、眉目秀麗な優秀な副官も、犬好きの聖女も現れない。

 の始末は自分でするしかない。

 問題は、いったい自分のどんな粗相が巡り巡って、目の前の女王の顔をした少女騎士となって現れたのか――その見当がまったく付かないことだった。


「アッシュロード卿、お返事を」


 エルミナーゼと名乗った少女騎士が、圧し殺した声で再度迫った。


“意に沿わぬ返答なら、この場で刺し違える”


 そんな思い詰めたはた迷惑な気迫が伝わってきて、アッシュロードは困惑を飛び越えて混乱した。

 実際エルミナーゼの右手は、今にも腰の帯剣に伸びそうである。


「レ、女卿レディ……俺は寝起きで調子がイマイチ……」


「時間はあります。準備が整うまでここでお待ちします」


 有無を言わさぬ口調。

 否応がない。

 アッシュロードは他国から招かれた客であり、それは取りも直さず女王マグダラの賓客ということだ。

 そのアッシュロードに、非公式とはいえ一介の近衛騎士が剣の稽古を強要しているのである。

 まかり間違えば外交問題に発展してもおかしくない、不穏当な行動だった。

 アッシュロードは必死に打開策を模索した。

 だが二日酔いでもやった頭はさっぱり回らない。

 結局よい考えは浮かばず、この場を丸く収めるには、目の前の少女騎士の求めに応じるしかないという結論だけが残った。


「……待っててくれ」


 これ以上ないほどにゲンナリした様子で答えると、アッシュロードは着替えに戻った。

 押し問答にでもなって人目に付けば、自分はともかくこの騎士が困ることになる。

 近衛騎士と言えば “御目見得おめみえ” の身分だ。

 女王自身に叱責を受けかねず、名誉を重んじる騎士の一生を左右しかねない。

 面倒極まるが、ここは人知れず手合わせして、さっさとお引き取り願うしかない。

 この事なかれ主義、あるいは中途半端な気遣いが、アッシュロードを香具師のモモンガーにしてしまっているのだが、昨夜のアルコールに苛まれる脳味噌ではそこまで考えが及ばない。


(……女王に瓜二つ……近親者か……どっちにしろ人に知られるのはマズい……よな……)


 暗鬱な気分にどっぷりと浸りながら、ノロノロと着替える。

 礼服よりよほど簡素で機能的な軍服だが、それでも昨夜の “着せ替え” の何倍も時間が掛かった。

 そもそも昨夜のだって非公式だったのだから、軍服でよかったのではないか――と、この場にいない自分の借金奴隷に今さらながら拗ねてみせる。

 チンたら着替えている間に、女王の遣いでもきてエルミナーゼとかいう騎士を連れて行ってくれないかと思ったが、そんな幸運は訪れなかった。


「……待たせたな」


 結局、時間は掛かったものの着替えは終わってしまい、アッシュロードは礼服よりはまだ似合う(……ように見える) “大アカシニア神聖統一帝国” 近衛騎士の軍服を着込んで、エルミナーゼの前に戻った。

 思い詰めた表情の少女騎士は不屈の忍耐力でうなずき、


「では、こちらへ」


 と、アッシュロードを案内した。


「……」


 アッシュロードは自他ともに認める物臭な男だ。

 その分、物事を合理的に効率よく進めたがる。

 目の前を行く少女騎士の望みを叶えてやることが、この場を収めるためにアッシュロードが採り得る最善の選択肢オプション だ。

 そうでなければ、二日酔いでの剣の稽古など、この世の終わりがきても応じはしない……。


 エルミナーゼが案内したのは、王城の中に儲けられた上級騎士たちのための稽古場だった。

 アッシュロードは苦労して着込んだ軍服の上衣を脱ぎ、中衣の袖をめくった。

 そして壁際に並べられている稽古用の鉄剣を選ぶために、歩み寄った。


「それではなく、こちらでお願いします」


 エルミナーゼがアッシュロードを呼び止め、一振りの剣を差し出した。


「こいつは…… “真っ二つSlashing” じゃねえか」


 差し出された剣をわずかに引き抜くと、見慣れた刀身がギラリと煌めいた。

 “真っ二つにするもの” の銘を持つ+2相当の魔剣である。

 大国の近衛騎士の佩剣として相応の品ではあったし、腕に覚えのある剣士が稽古に真剣を用いるのも珍しいことではない。

 刃を受ければ金創きんそうを負い、悪くすれば命を落とす。

 その緊張に身を曝してこそ技も肝も錬れると考えられおり、実際そうだった。


「わたしも同じ物を使わせていただきます」


 アッシュロードはため息交じりにうなずいた。

 見るからに生真面目な印象を受ける騎士である。

 名誉の誓いを立てた剣の稽古に、手抜きなどできないのだろうが……。


「――っ!!?」


 一変するアッシュロードの顔色。

 捧刀ささげとうの刀礼をするや否や、エルミナーゼがいきなり踏み込み、首筋目掛けた斬撃を見舞ってきたのだ。

 顔前に立てていた借り物の魔剣を咄嗟に横滑りスライドさせて、辛うじて首が切り飛ばされるのを防ぐ。

 刀身に込められた魔力がぶつかり合い、蒼白い火花が激しく飛び散った。


「おい! 殺気が籠もってたぞ! おめえ、戦争を始める気か!?」


 この娘、気が触れたか!?

 “狂気の大君主マッド・オーバーロード” の筆頭騎士を斬ったとなれば、それは宣戦布告と同義語だ。

 あの戦争キチガイが、このを黙って見過ごすわけがない。

 大義名分を得たのをいいことに、あっという間に全面戦争の勃発だ。

 エルミナーゼは血相を変えたアッシュロードの言葉にも切っ先を鈍らせることなく、立て続けに急所を狙った攻撃を繰り出してくる。

 

 ギンッ! ギンッ! ギンッ! ギンッ!


 首、胸、腹、頭――渾身の力と明らかな殺意が込められた斬撃を、アッシュロードは動揺を隠せないまま、どうにか受け止め続けた。

 総身にドッと冷たい汗が噴き出す。


(……この娘、最初からる気だったのか!)


 アッシュロードは、自ら死地に足を踏み入れてしまった自分の迂闊さに、呆れた。



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