石の軍団

 正面に立ち塞がる “悪魔像” にはレットさんたち前衛が、後方から迫る “石像” の大群にはパーシャとフェルさんが、それぞれ相対します。

 わたしはどちらにも加わらず、治療と防御に専念です。


「――先手必勝だよ! 音に聞け、ホビット雷速の詠唱、いざ唱えん!」


 パーシャが彼女の代名詞ともいえる口上を叫ぶと、まさしく稲光のような速さで呪文を詠唱しました。

 発音自体に魔力言霊が宿る “真言トゥルーワード” が複雑かつ淀みなく組み合わされ、瞬時に呪文が完成します。

 いったい彼女以外の何者が、これほどの速さで呪文を唱えることができるというのでしょうか。


「“滅消ディストラクション” !」


 そして解放される、強力無比な魔力の奔流。

 迫り来る “石像” たちが一瞬の硬直後、連鎖的に塵と化していきます。

 石化ストーンデッドではありません。

 彼らは不死系の魔物アンデッドではないのです。

 不死系を除くネームド以下レベル7以下の魔物をすべて塵にする “滅消” の呪文からは逃れられません。


(……治療をすれば元に戻せるのかもしれませんが、こちらにその余裕はありません。ごめんなさい)


 四〇体近くいた “石像” たちは瞬く間に数を減らしていきました――が、


「生き残りがいる!?」


 パーシャの顔に、驚愕が走りました。

 八体ほどがまったく影響を受けることなく、こちらに突き進んできます。


「石になる前はネームドレベル8以上の探索者だったのです! 手練れです、気をつけてください!」


「慈母なる女神 “ニルダニス” の烈しき息吹持て――風よ、き刃となれ!」


 わたしの警告に重ねるように、再びフェルさんの清澄な祝詞が響きました。

 急激な気圧の変化と、鼓膜の悲鳴。

 この戦い二度目の “烈風ウィンド・ブレード” です。


 突き出されたフェルさんの掌から無数の真空波かまいたちが放射され、生き残りの “石像”を包み込みました。

 遙か南方で精錬される上質の鋼 “南蛮鉄” さえ切り裂く不可視の刃が、硬い身体の中でも比較的切断しやすい足首を狙って、次々に切り飛ばしていきます。

 石化した身体からは血は出ません。

 通常なら斬撃系の攻撃は効果が薄いのですが、それならば動きを封じようというのです。

 本来、“烈風” の加護には、ここまでの精密さはありません。

 フェルさんの風の精霊に対する高い親和性と、高度な魔法制御能力があってこその芸当なのです。

 八体の “石像” が支えを失って、バタバタと倒れました。


「――とどめ!」


 打落水狗――水に落ちた犬は打て! とばかりに、身動きのとれない “石像” たちにパーシャの容赦のない追撃が加えられます。

 急激な気圧の変化の次は、急激な気温の変化。

 一気に玄室内の気温が低下し、吐く息が真っ白に変わりました。

 今の彼女の使える最強の物理攻撃呪文 “氷嵐アイス・ストーム” です。

 霜の降りた石の身体に、鋭い氷片の嵐がつぶてとなって叩きつけられました。

 瞬間的に冷却されて脆くなっていた “石像” たちに、そのに耐える力はありません。

 “滅消” の呪文を生き残った古強者たちの石像は粉々に砕け散り、あとにはおびただしい石塊だけが転がっていました。

 いくら数が多くても魔法や竜息ブレスといった “飛び道具” を持たない以上、先手を取らなければ、強力な魔法を操る魔法使いスペルキャスターには抗し得ないのです。


 配下は全滅しました。

 残るは首魁である “悪魔像” だけです。


「――レット! 後ろは片づいたよ!」


 パーシャが声を励まします。

 レットさんたちは三人がかりで、一撃は重いものの身動きのとれない “悪魔像” を抑え込んでいました。


「よし! 全員で一気に押し切れ!」


 レットさんが反転攻勢を指示したその時、“悪魔像”の両眼が妖しく真紅に輝きました。

 同時に、それまで置物のような姿そのままに不動だった身体が、台座ごと音もなく “ふわり” と浮き上がり、水面を渡る蛇のような滑らかさでレットさんに襲い掛かったのです。


「――っ!?」


 突然の高機動に、レットさんの反応が遅れました。

 先端に二股のかぎ爪の着いた長柄の得物で、“悪魔像” が殴りかかります。

 それでもレットさんは練達の戦士です。

 不利な態勢にも関わらず反射的に盾をかざして、その一撃を受け止めました。

 ですが――。


「レットッッッ!」


 ジグさんの叫びも、レットさんには届かなかったでしょう。

 なぜなら攻撃を受けた盾ごと、レットさんは石と化してしまったからです。


「――一瞬で全身が!?」


 わたしは戦慄しました。

 “コカトリス” などが持つ石化成分を含む分泌物なら、肌に浸透しない限り石にはならないはずなのに。

 この石化は、紛れもなく強力な “呪い” の一種です。


「防いでください!」


 わたしは叫ぶなり、石像になってしまったレットさんに駆け寄りました。

 今追い撃ちを受ければ、レッドさんはパーシャが砕いた “石像” たちのように粉々になってしまいます。

 他のメンバーが自分の身を盾に、レットさんとわたしを取り囲みました。


(追撃は――ない!?)


 “悪魔像” はレットさんを石に変えたあとすぐに距離を取り、そのまま玄室の外周を猛スピードでぐるぐると周回しています。


「一撃離脱か!?」


「違うっ! 加速して速度を――運動エネルギーを増してるんだ! あたいたちを轢き殺す気だよ!」


「自分の身体を投石機カタパルトの岩にする気!? いくら石で出来てるからって!」


「……あの目方めかたで、あの速度! 突っ込んで来られたら支え切れん!」


 仲間たちが矢継ぎ早に言葉を交わす中、わたしは女神 “ニルダニス” に、最高位の癒やしの加護を嘆願していました。

 への対応はみんなに任せて、わたしはわたしにしか出来ないことをするのです。


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ、傷を負い、病を患う幼子に、癒やしの御手お触れください―― “神癒ゴッド・ヒール” !」


 精神領域の深奥が、高次元に存在する宇宙的規模の集合意識――その中でも特に母性の色濃い部位に接続され、大いなる力を引き出します。

 身体の中を清浄無垢な風が吹き抜けていき、わたしの手を通じて遙か高次元のエナジーがレットさんに注ぎ込まれました。

 レットさんの身体が柔らかな光に包まれ、一瞬後まるで時間を巻き戻すように石化の呪いは解かれていました。

 

「――うおっ!?」


「レットさん、落ち着いてください! もう大丈夫です!」


 実際、レットさんの時間は石にされる直前まで戻ったのです。

 わたしは武器を振り上げかけたレットさんの手を強く抑えて、強く彼に語りかけました。


「石化は直しました! 他のみんなも無事です! ですが、まだ “悪魔像” も健在です!」


 レットさんの目を覗き込み、彼が恐慌をきたす前に有無を言わさず現実に引き戻します。


「や、奴は?」


「あそこです! 加速してわたしたちを轢き殺すつもりです!」


 わたしは玄室の外周を猛然と周回する “悪魔像” を、ビッ! と指差しました。

 “悪魔像” の全高は二メートルを軽く越え、密度のある石の身体は軽自動車よりも重いかもしれません。

 その質量があの速度でぶつかってこられたら、“神璧” の一枚や二枚ではとても防ぎきれないでしょう。


「やっかいだな!」


 状況を把握したレットさんが舌打ちしました。


「単純な分だけ、対処が難しい!」


「いえ、魔族は馬鹿ではありませんが間抜けです! 人間を見下しているので、いつもわたしたちに足をすくわれます! 今回も見事にすくってやりましょう!」


 言い切ったわたしに、レットさんが目をパチクリさせました。


「エバ、君はだんだんに似てきたな」


 わたしはニッと笑うと、パーティの中でもっとも小柄な仲間に呼び掛けました。


「パーシャ! あいつの足をすくってください!」


「まぁかせて!」


 これぞ、以心伝心。

 何の説明もなしにわたしの意図を察したパーシャが、ムンッ! と腕まくりをして足を踏ん張りました。

 窮地の中にこそ、勝機あり。

 この戦いも一〇〇パーセント正念場です。



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