守護天使★

「そいじゃ、この迷宮について教えとくれよ。特に “妖獣THE THING” について」


 知っていることをなんでもお喋りしてくれるという熾天使ガブリエルに、ドーラはここぞとばかりに問うた。

 天界という遙か高み高次元から覗き見てきたのだ。

 千里眼よろしく、迷宮の隅々まで熟知していると思うのは人情だろう。

 しかし……。


「ごめんなさい。わたしはまだここのことはよく知らないの。だって今日初めて降りてきたのですもの」


 熾天使の完璧な造形の容貌が、突然無機質になる。


「他の兄弟たちはよく降りてきているようなのだけど、わたしはあまり暗くてジメジメしたところは好きではないの」


「「……」」


 つまりこの六枚羽の天使からは、迷宮の情報は得られないというわけだ。

 まぁ、世の中そんなものだろうよ……。


「代わりに “楽園” のお話はどう? “崩れた塔” のお話も面白くてよ? それとも滅び去った “ふたつの悪徳の街” のお話は?」


 役に立てなくて申し訳ないと思ったのか。

 ガブリエルがパムッと両手を合わせ(……きっと彼女の癖なのだろう)、“とっておき” を話してあげる! ――的に表情を再び輝かせた。


「――いや、そいつは確かにどれも面白そうだが、ここで愚図愚図しちゃいられねぇんだ。俺たちもこんな暗くてジメジメした場所から早く出てえんでな」


 アッシュロードが柄にもなく、こちらもすまなげに答えた。

 ズレてはいるが底抜けに純粋な善意と厚意を無下にするのは、“イビル” とはいえ元来が小心者である彼には心苦しくやりにくい。


「そうね、人間の時間はわたしたちに比べてとても短いですもの。あなたの言うことは理解できるわ、アッシュロード。確かにこんな場所に長居はしたくない」


 最高位の天使は、やさぐれた迷宮保険屋に理解を示した。


「でも、それではわたしの気がすまなくてよ。だってこんなに楽しいお喋りは本当に久しぶりだったのですもの。ルシフェルがいなくなってからきっと初めてね――いいわ、あなたたちはここから出たいのでしょう? わたしが一緒に行ってあげる」


「「――はぁ?」」


 ガブリエルの突然の申し出に、アッシュロードとドーラの口から頓狂な声が漏れた。


「本来熾天使わたしたちは人間の “守護天使” にはならないのだけれど、あなたたちは特別よ」


「……それはつまり、あたしらのパーティに加わってくれる……そういうわけかい?」


 パムッ! パムッ! パムッ!


 呆れ返ったドーラの言葉に、ガブリエルが嬉々とした反応を示す。


「パーティ! 素敵! 素敵! そうよ、パーティよ! これでわたしも探索者になったのね! 冒険だわ! 迷宮探索よ!」


((……え~~~))


「あ、あのな、ガブリエル」


「なぁに、アッシュロー――ハッ、違うわ、ガブリエル! 違う違う!」


 天敵であるホビットの顔面神経痛が移ったかのようなアッシュロードに、突然姿勢を正す守護天使。


「Yes! Leader!」


「「……」」


「――あ、敬礼とかいうのもするのかしら?」


「い、いや、探索者のパーティは軍隊の分隊じゃねえから普通にしてくれ……」


「そうなの。それは少し楽しくないわ」


(あ~……わかった。俺、わかっちまった。こいつのにそっくりだわ)


 目の前の天使に “某聖女” の姿が重なって、休業中の迷宮保険屋は心の底からゲンナリした。


「……行くべ」


「……そうさね。とにかくこの暗黒回廊ダークゾーン ……じゃもうなくなってるけど、ここから出ないと」


 ガブリエルが発する光背に照らされ、暗黒回廊の真の闇は払われている。

 ふたり……三人がいるのは、まるで第三層の一方通行の大広間を思わせるような、広大な空間だった。


「取りあえず、この広間の外縁アウトラインだ」


 アッシュロードは雑嚢から地図が描かれた羊皮紙を取り出し広げると、手早くこれまでに判明している部分を描き込んだ。


「今いるのはおそらくここだ。第五階層の “6、6”」


 ドーラが地図をのぞき込み、ガブリエルもならう。

 ガブリエルの場合は座標がどうこうよりも、地図をのぞき込むという行為そのものが新鮮で楽しいらしい。


「あんた、戦えるのかい?」


「天使は皆勇猛な戦士なのよ。“神ために戦う善なる天の軍団” だと、人間たちは昔から言っているわ……本当は違うのに」


 最後、ガブリエルは感情のない表情でいった。


「……出発だ」


 三人はドーラ、アッシュロード、ガブリエルの順で、大広間の壁を右手見ながら反時計回りに進んだ。

 ガブリエルが殿しんがりなのは、もちろんそうしなければ眩しくて敵わないからである。

 闇が払われたことで、探索は打って変わって楽になった。

 魔物に遭遇することもなく、三人はあっというまに広間の外縁を固め終えた。

 そこは南北一二区画ブロック、東西一二区画の正方形の広大な区域エリアだった。


「正方形だが次元連結ループしてるので、地図の上ではそうは見えない」


「壁がなくてただの広間なのは、その方が暗闇では迷いやすいからね」


 本人はそれでも探索者然しているつもりなのだろう。

 ガブリエルが素人臭い仕草で、再び地図をのぞき込んだ。


「そのとおりだ。ここまで広くなると、ゴチャゴチャした壁なんか却って不要になる。逆に目印になっちまうからな」


 うなずきながらアッシュロードは、ごく自然にこの広間のを見抜いた天使に内心で舌を巻いた。


「あたしたちは、ちょうどこの壁の向こうから来たのさ」


 ドーラが果てしなく東西に続く内壁を、爪先でコツンと蹴った。

 この内壁の向こうには、十字形の玄室と突風の吹き出る扉が――あるはずだった。


「広間の外周の壁に扉はなかったわ」


 ガブリエルが首をかしげた。


「どうやって、ここから出るの?」


「外周の壁に隠し扉シークレット・ドアがないのなら、広間のどこかに他の区域への転移地点テレポイント強制連結路シュートがあるはずだ」


「隠し扉はなかったわ」


 即答するガブリエル。


「本当か?」


「本当よ。間違いないわ」


「“永光コンティニュアル・ライト” よりも明るい、天使の後光で照らしても見つからなかったんだ。確かだろうね」


 パーティの斥候スカウト でもあるドーラが、ガブリエルを支持した。


「~天使ってのは、まったく大したもんだ」


「そうさね、これで戦いでも役に立ってくれればいうことなしさ――」


「あら、それならすぐに立てそうよ。魔物が近づいてきているわ」


 ガブリエルの言葉どおり、彼女の放つ光の中に複数の魔物の姿が浮かび上がった。

 “虎男ワータイガー” たちに率いられた、“人食い虎ベンガルタイガー” の集団だ。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023212989152979

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023212990148178


「多いな」


「“滅消の指輪” はまだ使えないのかい?」


「さっき “示位の指輪コーディネイトリング” を使ってみたが、効果がなかった」


「あれをやっつければいいのね?」


「ああ――出来るのか?」


「もちろんよ。わたしはあなたたちの “守護天使ガーディアン・エンジェル” だもの」


 ガブリエルは胸を張ると、白く輝く三対の翼をバサッと広げた。

 そして魔物の群れに向かって無造作に右手をかざし、で “対滅アカシック・アナイアレイター” をぶっ放した。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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