天使な脳天気
「初めまして、ドーラにアッシュロード。わたしは “ガブリエル” ――さあ、一時憂さを忘れて、楽しい楽しいお喋りをしましょう」
底抜けに邪気のない、明朗な声。
脳天気と言えばよいのか、世間知らずのお嬢様と表現するのが相応なのか……。
六枚の純白の翼をパタパタさせると、歌うように “熾天使” がせがんだ。
「「……」」
見た目は大人、中身は子供……はてさて、どうにも面倒なことになった。
アッシュロードとドーラは “
翼の数から見ても、このガブリエルという天使が “
天使の
((……物騒な
子供向けのお伽噺によくある類の話だ。
強大な力を持っているが精神的に未成熟な存在と関わった、ただの人間の物語。
上手くあしらって幸福な結末を向かえる話もあれば、下手を打って破滅する展開もある。
説教臭い寓話なら聞き流せるが、目の前の天使は現実だ。
いくら “
「どうしたの、ルシフェル? また昔みたいに楽しいお喋りをしましょうよ」
「俺の名はアッシュロードだって言われただろう。さっきも思ったんだが、あんたなんか勘違いをしてるぞ。俺はルシフェルなんて洒落た名前じゃねえし、天使の知り合いもいねえ。死の
戸惑いつつも軽口めいた言葉を返すアッシュロードに、ドーラの毛が
(ルシフェル。やはり
ドーラの利き手が、対話を始めたアッシュロードとガブリエルの目を盗んで、“
彼女の任務は、アッシュロードの中に眠る “
“悪魔の石” が孵化すれば、二〇年前にまだ “ミチユキ” と呼ばれていた頃のアッシュロードが打ち倒した魔王が復活してしまう。
魔大公――魔王――ルシファー。
かつて凶悪極まりない魔術師 “
召喚者である “僭称者” が “
ミチユキとルシファー。
危険極まる大迷宮の最奥でいかなる戦いが演じられたのか、ドーラは伝聞で知るだけで直接目にしてはいない。
そこは勇者や賢者といった聖寵・恩寵を持つ冒険者であっても、足を踏み入れることのできない禁域だった。
立ち入れるのは女神ニルダニスに運命の騎士と認められた者だけ。
戦いは運命の騎士であり “全能者” でもあったミチユキが勝利し、敗れたルシファーは新たな憑代としてミチユキ本人を選んだ。
弟王子亡きあと最後の王統として王位についた “
ドーラはそのミチユキ――アッシュロードの監視者なのだ。
彼女の任務は、万難を排して魔王の復活を阻止すること。
それには、最悪の場合アッシュロード自身の排除も含まれている。
ドーラの右手が、魔剣の漆黒の
「ルシフェルはわたしたちのお兄様よ。最も賢くて、最も強くて、最も美しい、わたしたち全員のお兄様。でも――そうね、今はまだ眠らせておいてあげましょう。恐い顔をした四本腕のルシフェルには会いたくないもの」
ガブリエルはあっさりと話を引っ込めた。
「……はぁ?」
アッシュロードはさらに戸惑った。
彼女がこういう
それとも天使という種自体が、皆こういう精神構造をしているのか。
どうにも人間の感覚とは噛み合わない。
「次はあなたたちの番よ――さあ、わたしの知らないお話を聞かせて」
胸の前でパムッと手を合わせ、“熾天使” がねだる。
六枚の翼はパタパタとせがむように羽ばたき、表情には好奇心が溢れかえっている。
「あたしたちは “真龍” に召喚された
話し手はドーラが買って出た。
アッシュロードとこの
今は興味の矛先がズレたようだが、いつまた “お兄様” の話を持ち出すかもしれない。
元来話すのが苦手なアッシュロードは、これ幸いにと聞き手に回った。
「まあ!」
「そうなの?」
「素敵!」
「怖いわ……!」
「それは美味しそうね!」
ガブリエルの相づちは馬鹿っぽく聞こえたが、知能は決して低くないことを古強者たちはすぐに悟った。
むしろ高い……人を遙かに超えるレベルで。
一度聞けばその話題の本質を理解するし、ドーラがあえてぼかした個所にもすぐに気づいて質問してくる。
なによりこの “熾天使” は、人間が好きなようだった。
それは人間が犬や猫に抱く感情に似ているのかもしれないが、少なくとも進んで害を加える気はないようである。
「――とまぁ、だいたいこんなところさね。あたしたちがこの迷宮にいる理由は」
大まかな事情を語り終えるとドーラはガブリエルの反応を見た。
「面白いわ! すごく面白いわ! これが冒険なのね! ――ああ、なんて素敵なのかしら!」
「……気に入ってもらえたようでなによりだよ」
血湧き肉躍る?冒険譚に大興奮のガブリエルを見て、ドーラは小さな吐息を漏らした。
悪い娘ではないのだが……脱力する自分を誤魔化せない。
だが気抜けしている場合ではない。
「今度はあんたの番だよ、ガブリエル。なにかあたしたちの冒険の役に立ちそうな話を聞かせとくれ」
ドーラは自分たちの都合よい方向へ話を誘導した。
“お兄様” から意識を遠ざけるのはもちろんだが、この天使を上手くあしらえば、状況を好転させ、あるいは幸福な結末に向かえるかもしれない。
「――よいでしょう。それじゃ何か質問してみて。わたしの知っていることはなんでもお喋りしてあげる」
ガブリエルはうなずき、再び胸の前でパムッと両手を合わせた。
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