探索限界点

「慌てるな。体力も魔力もまだ充分にある。キャンプを張ろう。それから地図の確認だ」


 レットさんが落ち着いた声で指示を出します。

 ジグさんが流石の手際で、迷宮の床に聖水を使って魔方陣を描いていきました。

 フェルさんが手伝い、その間他のメンバーは周囲を警戒します。

 すぐにキャンプは完成し、魔方陣の中に全員が車座に腰を下ろしました。

 中央に置いた地図を、パーシャが小さな手で指し示しながら説明します。


「今いるのは、この “くの字” の形をした短い回廊だよ。西からきた扉が一方通行で、東に戻れなくなってる」


「北と西に扉があるが、地図マップ外縁アウトラインをどう固めていくかだな。階層フロアの東半分から埋めていくか、それとも南半分か。北の扉を行けば東半分から埋めていくことになるし、西なら南半分だ」


 レットさんがうっすらと無精髭の伸びた顎に手を当てて唸りました。

 第二階層の始点は南東の角で、その付近の地図は完成しています。

 その地図を、さらに北に広げていけば階層の東半分を、西に広げていけば南半分を踏破したことになるのです。


「――地図係マッパーとしてはどう思う?」


「東半分を埋めて行くにしても、踏破済みの区域エリアには繋がる扉や回廊はないよ。完成している部分の北の外縁を見てみて。どこにもそんなのないでしょ」


 パーシャの言うとおり、完成している地図の北側には、さらに北に繋がっている扉も回廊もありません。

 つまり、北の扉を抜けて時計回りに東に進んだ(進めた)としても、北側からの帰路はないわけです。


「でも……この階は一方通行の扉が多いから。特に踏破した区域には扉がふたつある。迷宮の階層にはなのがあって、同じような特徴が現われることがままあるんだ」


「つまり、踏破済みの南東区域に(北から南に)抜けられる、一方通行の扉があるかもしれないってことか」


「そういうこと」


 パーシャが頷きます。


「西の扉を抜けて南半分から踏破してとしても、帰路があるとは限らないしね。そっちだってまだ地図は繋がってないんだから。そもそも可能性だってあるんだから」


「身も蓋もねえな」


「~まったくね」


 ぼやいたジグさんに、フェルさんがため息で同意しました。


「要するに、現状ではどっちを先に調べるかの違いしかないってことか」


「そういうこと――で、どっちから行く?」


「近い扉から調べていこう。北だ」


 そしてレットさんのこの判断が、わたしたちをパーティ結成以来最大の窮地に陥れてしまうのです。

 ですが確率二分の一の賭けに負けたからといって、誰が彼を責められるでしょうか。

 単にこの時のわたしたちが、運に見放されていただけなのです……徹底的に。



 わたしたちはキャンプを解くと、目の前の扉を潜りました。

 そこからも、同じような形の短い回廊が扉で繋がる構造が続いています。

 途中、低レベルの侍である “浪人ローニン” や、同じく低レベルの魔術師である “魔女ウイッチ” の一団と何度となく遭遇し、撃退しながら進みました。

 “浪人” も “魔女” も、拙いながらも魔術師系の呪文を操ります。

 わたしやフェルさんが呪文を封じるよりも早く “火弓サラマンデル・ミサイル” を放たれることもあり、傷を負うメンバーも出ました。

 とにかく、出現数が多いのです。

 ジリジリと……全員の生命力ヒットポイント精神力マジックポイントが削られていきます。


「――また一方通行よ!」


 途中、この階層では初めて二×二の玄室に行き当たり、迷宮の変化を感じた矢先でした。

 扉を潜る度に常に背後を確認していたフェルさんが、今度はかなり鋭い声を発しました。


「進路もだんだん東から北に……北東に進んでる」


「――実に面白い!」


 うんうん! と強くうなずいたガリレオしたわたしを、他のみんなが呆気に取られて見つめました。


「これぞ迷宮探索です! シンプルなマッピングと戦闘の繰返し! わたしはこれが大好きです!」


 これぞ、まさしくウィザー〇リィです!


「あれ? もしかして皆さんは嫌いなのですか?」


「んなわけねーだろ。嫌いなら探索者なんてやってるかよ」


「ですよねー!」


 調子を合わせてくれたジグさんに、調子よく合せます。


「とにかく、マッピングです。このとしては、回転床や暗黒回廊ダークゾーンなどはないようです。落ち着いて地図を作っていけば必ず帰路を見つけられます」


 わたしは声の調子を落ち着かせて、みんなを見渡しました。


「――エバの言うとおりだ。敵は迷宮よりも、俺たち自身の弱さだ」


 レットさんの言葉に浮き足立ちかけた空気は消え、パーティは再び冷静さを取り戻しました。


「……すまない」


 再出発する間際、レットさんがわたしの耳元で囁きました。

 わたしは微笑み、彼も微笑みました。

 ですが……おそらく心の中では、同じ事を考えていたと思います。


“自分たちは中途半端に強い” ……と。


 わたしたちが、アッシュロードさんやドーラさんぐらい強ければ、この程度の状況などものともしなかったでしょう。

 装備も充実していて、いざとなればパーシャが “転移テレポート” の使っていつでも帰還できたはずです。

 反対にもっと弱ければ、最初の区域の探索を終えた時点で引き返していたでしょう。

 自分たちの実力を冷静に見極め先に進んだ結果が、窮地を招いてしまったのです。

 今のわたしたちとこの階層は、相性が悪い……そうとしか言いようがありません。


 その後、周辺を丹念に探索した結果、この一方通行の扉は戻ることができると判明しました。

 ですがその間にも数度の遭遇戦が発生し、わたしたちはまた消耗を強いられてしまったのです。

 帰路は依然として見つかりません……。



 それからは、まさしく忍耐の探索でした。

 わたしたちは行ける場所をひとつずつ丹念に調べ、地図の余白を埋めていきました。

 二〇頭もの “ベンガル虎” のや、三〇人近い、修道士・浪人・武器を持った男の混成集団との戦闘が頻発し、パーシャは切り札の “滅消ディストラクション” の呪文を使わずにはいられませんでした。

 さらに、この階層には存在しないのでは……と思われていた転移地点テレポイントまでもが発見され、気づいたときには足を踏み入れていました。


 魔物の集団と遭遇する度、逃亡に失敗したときのリスクを考えて、最小限の消耗リソースで殲滅する。

 的確に効率よく勝利を重ね……同時に最小限の消耗も積み重なっていく。

 自分たちの強さが、自分たちを少しずつ窮地に追い込んでいく。

 

 限界点……という言葉があります。

 攻勢限界点。

 阻止限界点。

 そんな風に使われる言葉です。

 太平洋戦争――当時の日本の国力では、せいぜいグァムやサイパンがあるマリアナ諸島が戦線を維持できる攻勢限界点でした。

 しかし緒戦の勝利に奢って、無計画にその何倍にも戦線を広げてしまった結果、一〇〇万もの水漬く屍みずくかばね草生す屍くさむすかばねを生んでしまったのです。


 探索限界点。

 わたしたちは奢っていたわけではありませんでした。

 ですが生還のためにその場その場で最善を尽した結果、自分たちが探索可能な限界を越えてしまったのです。

 やがて……パーシャが “滅消” の呪文を使い切り、わたしやフェルさんが加護を半減させたとき、その縄梯子は見つかりました。


 座標 “0、19”


 西の角にある、さらなるへの縄梯子です。



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