死闘! 撃剣血風、天と地と(後)
本当に咄嗟の判断でした。
“
ああ、もう、まったく、あなたという人は、こんな時に、そんな格好で、いったいぜんたい何をしているのですか。
でも、これで――。
わたしの後ろには、レットさんがいます。ジグさんがいます。カドモフさんがいます。
そして魔法封じの呪いから解放されたパーシャがいて、優れた聴力でアッシュロードさんの危機を察知し、暗闇からわたしと一緒に加護を願ってその窮地を救ったフェルさんがいます。
「
わたしは一歩前に出ると、厳かに
「――エバ・ライスライト、推して参ります!」
◆◇◆
四匹の “
(……ああ、嫌……死にたくない……死にたくない……せっかく……せっかくあの人が救ってくれた命なのに……あの人が身を挺して逃がしてくれた命なのに……それなのに……)
エルフの少女の瞳から涙が筋となって零れ、“緑竜” たちが哀れなふたりの少女に
「――壁際に寄ってください! 巻き込まれて “塵” にならないで!」
“緑竜” たちの背後。
長く続く回廊の先で、聞き覚えのある声が、聞き覚えのある警告を発した。
警告が以前に聞いたことのあるその表現でなけば、如何に俊敏なホビットとて即座には動けなかったであろう。
パーシャは茫然自失で立ち尽くすフェルの腰に飛びつくと、体当たりをするように回廊の壁に押しつけた。
同時に、口の中に剥き出しの金属を含んだような “嫌な味” が広がった。
四匹の“緑竜” が直下に向かって口を開いたまま硬直し、その直後大量の塵と化して、ザッと回廊の床に崩れ広がった。
「パーシャ! フェルさん!」
見知った僧服の少女が回廊の暗がりから姿を現したとき、ホビットの少女はそれまで抑えに抑えていた感情が一気に爆発して、盛大に泣き出してしまった。
◆◇◆
「――グレイ!」
フェルさんが今にも泣き出しそうな声で叫ぶと、わたしを追い越してアッシュロードさんに駆け寄ろうとしました。
「まだです! もう一手
そんな彼女を強い言葉で制して、指示を出します。
「は、はい!」
パーシャの話では、“
それを封じない限り、近づくことは出来ません。
「「慈母なる女神 “ニルダニス”よ――」」
メゾソプラノのわたしに、ソプラノのフェルさんの声が寸分違わず重なり、斉唱となって高らかに祝詞を唱え上げます。
「「―― “
わたしとフェルさん、ふたりの
「今です!」
「「おうっ!」」
わたしの合図に、レットさんとカドモフさんの前衛ふたりが猛然と “狂君主” に突進します。
フェルさんは――すでにアッシュロードさんに向かって走り出していました。
わたしはそれをチラリと横目で見てから、
今は――余計なことを考えている時ではありません。
レットさんとカドモフさんが息の合った同時攻撃を “狂君主” に加えて、足元のアッシュロードさんから引き離しています。
レベル5のふたりの攻撃回数は二回。合計四回の連続攻撃です。
“狂君主”の
しかし――。
「うおっ!」
そんなふたりの攻撃をものとものせずに振るわれた大剣の一撃が、カドモフさんの 盾を粉砕し、若きドワーフの戦士の身体を回廊の壁まで吹き飛ばし叩きつけました!
「カドモフ!」「カドモフさん!」
「レット! 下がって!」
背後からパーシャの鋭い声が飛びます!
「――音に聞け! ホビット最速の詠唱、いざ唱えん!」
レットさんが飛び退ると同時に、“狂君主” 中心に紅蓮の炎が巻き起こり炸裂しました!
現在のパーシャが使える最強の攻撃呪文、中規模範囲に “
「やったか!?」
間一髪、爆散する炎から逃れたレットさんが叫びます!
「まだです!」
猛炎の中から平然と現れた金色の鎧を見て、わたしが叫び返しました!
「そんな、直撃したのに!?」
パーシャが驚愕の声を上げたときです!
「――もらった!」
燃えさかる魔法炎を目眩ましに、炎の中からジグさんが飛び出してきました!
首の一番装甲の薄い部分を貫き、深々と
暗黒回廊から気配を消していた三人目の前衛の、会心の一撃です!
衝撃で “狂君主” の雄牛を模された兜が飛びました。
「「「「「……えっ!?」」」」」
フェルさんを除くわたしを含む五人から、驚きの声が漏れました。
「……アレクさん!」
兜の下から現れたのは、病的なまでに白い肌をしたアレクサンデル・タグマンさんでした。
狂気を宿した、まるで血で染めたような真っ赤な双眸が、わたしたちを睨んでいます。
「……アレク!」
背中に届く小さな友人の悲痛な呟き。
わたしやレットさんたちと違って、一緒にこの階に飛ばされたパーシャです。
思うところがあって当然です。
「どうやら手遅れだったようだな」
「ああ、こうなりゃ、俺たちの手で眠らせてやるだけだ」
レットさんの言葉に、 短剣を逆手に構えたジグさんが頷きます。
「……エバ、左腕の治療を頼む!」
「は、はい!」
わたしは壁際でうずくまるカドモフさんに駆け寄って、その傷を改めました。
ドワーフの頑強な骨は折れていませんでしたが、アレクさんの振るった大剣は、防いだ盾を砕いてなお、カドモフさんの前腕の肉をグズグズにするほどの威力を持っていました。
「慈母なる女神 “ニルダニス” よ、傷を負いし我が子にどうか癒やしの御手をお触れください―― “
癒やしの加護を二度願って、ようやくカドモフさんの傷口は塞がりました。
「すまん」
カドモフさんは礼を言って立ち上がると、短めだけど肉厚な
黒い瞳に燃える闘志は微塵も衰えていません。
「パーシャ」
「なに?」
「なんとか奴の気を俺からそらせ」
「はぁ?」
「もう一度 “隠れる” 隙を作れっていってるんだよ」
そういってから、ジグさんはニヤリと笑いました。
「召してやるよ。おまえの自慢の脳味噌をな」
「言ったわね。上等じゃない。見せてあげるわよ、
ジグさんとパーシャ。本当にいいコンビです。
「よし! もう一戦、行くぞ!」
レットさんが
「
三つ
“焔爆”と同じ魔術師系第三位階の攻撃呪文、“雷撃”です!
“焔爆”よりも
稲妻が “アレクさん” に命中した瞬間には、ジグさんの姿はわたしたちの視界から消えていました。
わたしも負けてはいられません!
「慈母なる “ニルダニス” よ。か弱き子に仇なす者らに戒めを―― “
再度 “棘縛” の加護を嘆願し、アレクさんの動きを封じます!
フェルさんとの
「「おおおおおっっ!!!」」
アレクさんの動きが止まったのを見て、レットさんとカドモフさんが再度猛然と斬り掛かります!
ブチブチブチッ!
金色の鎧に絡んでいた目に見えない
ですが、遅いです!
一瞬の差でレットさんが振り下ろした剣がアレクさんの肩口を、カドモフさんの斬り上げの一撃が脇腹をそれぞれ捉えました!
そしてどこからともなく現れたジグさんが、背後からアレクさんに組み付き、兜が外れて無防備な頭頂部に短剣を鍔元まで深々と突き刺します!
並外れた耐久力を誇るさしもの “
“手応えあり” といった表情のジグさんが短剣を引き抜いて飛び退くと、アレクさんの身体がぐらりと傾き、身にまとう鎧が耳障りな金属音を立てて回廊の床に倒れました。
「やった……か?」
「手応えはあったぜ」
「これで倒れてくれなきゃ、こっちがたまらないよ」
「……油断はするな」
レットさん、ジグさん、パーシャ、カドモフさんが次々に口を開きます。
みんな倒れたアレクさんを遠巻きにして、様子を見ています。
さすがに逆上して死体に群がり寄って全員で引き裂くような不用意な真似はしません。
倒れた敵が死んだフリをしていないとは限らないからです。
そしてわたしたちの判断は正しかったのです。
倒れていたアレクさんがピクッと身じろぎすると、いきなり鎌首をもたげるように立ち上がりました。
肩口や脇腹、そして頭頂部の傷が煙を上げながら泡立ち、見る見ると塞がっていきます。
「なんだと!?」
「う、嘘でしょ!?」
ジグさんとパーシャが、ギョッとした顔で後ずさりました。
「回復――いえ、これは再生!?」
でもまさか……これが本当に再生だとすると、その能力を持っている
「――そうだ、これは再生だ」
その時、ずっと心の拠り所にしていた声が聞こえました。
ぶっきらぼうで、どこか不機嫌そうな、いつものあの声。
「アッシュロードさん!」
振り返ると、そこにフェルさんの戦棍を手にしたアッシュロードさんが立っていました。
そしてその三歩後ろに、まるで
……あ。
「どうやら、こいつは “真祖” に祝福を受けたらしい」
「“真祖” だって!?」
パーシャが悲鳴じみた声をあげました。
“真祖” それは全ての不死属の頂点に立つ “不死者の王” を指す言葉です。
“不死者の王” ――すなわち “バンパイアロード” を。
「ライスライト」
「は、はい」
「ここから第二形態だぜ」
何を思ったのかアッシュロードさんが口元を歪めて、わたしにしか分からないような冗句を飛ばしました。
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