螺旋迷宮 ースパイラル・ラビリンスー★
それは地下三階の十字路に突然現れた “立て看板” ……の幻影でした。
一
「……目が痛くなりそうですね。催眠術でもかけているのでしょうか?」
七色に点滅を繰り返す幻の看板を見て、真っ先に思い浮かんだのがそれでした。
前の世界の知識を元に、頭の中で
「催眠術? なんだそれは?」
レットさんが怪訝な声で訊ねます。
「明滅する光で人を暗示に掛ける術です。“
「だとしたら気をつけないとな。知らない間に操られて、右に曲がった先が
「それも気をつけないとだが、そもそもこれは罠なのか? それともヒントなのか?」
ジグさんが気味悪げに顔を顰めます。
「「「「……」」」」
無言で看板を睨んでいるカドモフさんも含めて、全員で考え込みます。
こういう時、
今のメンバーの知力は、
シグさん 11
レットさん 10
カドモフさん 10
ライスライト 12
……です。
全員が脳筋寄りで、こう言う状況にはにんともかんとも。
「……罠というより、質の悪い
それでもわたしは、考えた末に控えめに意見を述べました。
「理由は?」
「東西南北どの方向から来ても “右に曲がれ” では、ヒントになりませんから……」
この幻影の立て看板は、東西南北どの方角から見ても同じに見えます。
絶対的ではなく、相対的なのです。
これではヒントにはなりません。
「……道理だ」
カドモフさんが頷き、レットさんが、
「なるほどな」
とウンザリした様子で嘆息しました。
「エバ、二階への縄梯子は十字路のどこかにあるんだよな?」
そんな二人を尻目に、ジグさんがわたしに念を押しました。
「はい。わたしの記憶ではそうだったと思います」
アッシュロードさんから地図を手渡されたとき、一~三階の縄梯子の位置は確認しました。
というより、それを確かめるのが迷宮で地図を見る第一の理由なのです。
「ですが、十字路には罠の記述もあったと思います。気をつけてください」
「地上への帰路を探して歩いてるうちに罠を踏むって寸法か。
「しっ、どこで聞かれてるかわかりませんよ。ここは彼女の迷宮なのですから」
わたしは慌ててジグさんを注意しました。
怒った
「迷わないように壁に目印を残していこう――ジグ、頼む」
「ああ」
レットさんが
「よし、罠の警戒を最優先にして慎重に進むぞ」
隊列はジグさんを先頭に、レットさん、カドモフさん、わたしの順の一列縦隊です。
その十字路を繋ぐ短い回廊には玄室への扉が点在していますが、今回は無視して進みます。
玄室には十中八九そこを根城にしている魔物がいるからです。
五区画進むと次の十字路に行き着きました。
ジグさんが右手前の壁に傷文字を刻むとひとり先に進み、慎重に罠を探っていきます。
「いいぞ、大丈夫だ」
待機していたわたしたちがその声にようやく十字路に入り、さらに先に進もうとしたとき、
「……待て」
カドモフさんがそれを制しました。
「……妙だ。傷文字の位置を確認しろ」
わたしは訝しみながらも後ろを振り返り、後方左手の壁際にあるはずの傷文字を確かめました。
「……えっ?」
そこには何もありません。
誰にでも分かるように大きく彫り込まれたはずの傷文字が、いつの間にか消えてしまっています。
「……ないです。傷文字が」
「なんだと?」
ジグさんが側にやってきて、わたしと一緒に左手の壁際を覗き込みます。
もちろん、そこにジグさん自身が刻み込んだはずの文字はありませんでした。
「そんな馬鹿な」
「おい、これはどういうことだ? そっちじゃないこっちだ。目印がある」
レットさんが困惑した声で左の回廊の左壁際に、わたしたちを呼びました。
「あ? おい、これはなんの冗談だ?」
「……冗談ではない。おそらくこれが “回転床”の罠だ」
呆気に取られたジグさんに、カドモフさんがブスッと言いました。
「“回転床” だと!? これがか!」
回転床!
訓練場の座学でその存在だけは教えられていましたが、それにしても――。
「いや、そうか――しかし、こんなにも気づかない代物だったのか」
ジグさんもわたしと同様、納得しつつも驚きを隠せないようでした。
いえ
その驚きはわたし以上かもしれません。
「……簡単に気づくようなら “罠” にはならん」
カドモフさんはしゃがみ込み、石畳の床に手を伸ばしました。
そして、まるで慈しむように指先でなぞります。
「……他の床とまったく違いがない。見事なものだ。これはまさしく古代魔法帝国の技術――
感嘆の響きが、若きドワーフの戦士さんから漏れました。
「それにしても、よく気がつきましたね」
「……エルフが森を好むようにドワーフは地下に強い。それだけのことだ」
わたしの称賛の眼差しに、カドモフさんは不機嫌そうにそっぽを向いてしまいました。
怒っているのではなく、恥ずかしがっているのでしょう。
どうもカドモフさんは、わたしの知っている誰かさんと同じで極度の照れ屋さんのようです。
「とにかく、お手柄だ。カドモフ。お陰で――」
「レット!」
不意にジグさんがレットさんを突き飛ばしました。
その直後、レットさんの首筋をかすめて白い何かがかすめ去ります。
「な、なんです!?」
慌ててその物体を目で追うと、そこには――。
「う、兎?」
人懐っこそうな愛らしい白い兎がチョコンと座って、こちらを見ていました。
「か、可愛い……?」
最後に疑問符がついたのは、危険な迷宮にはあまりにもそぐわない姿だったからです。
「いや、口元をよく見てみろ。可愛くないものが見えるぜ」
嫌悪感も露わのジグさんに言われるまま白兎の口元を見てみると、そこにはニョッキリと生えた二本の鋭い牙が……。
“
「“
この兎こそ、その愛らしい姿で探索者を油断させ、鋭い牙で無防備な喉首を
その兎が気がつけば目の前の一匹だけでなく、3、4、5――まだ増えていきます!
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330664871647578
「パーシャがいない。戦うのはちょっとキツくねえか」
ジグさんがいつ飛び掛かられても反応できるように、腰を落として逆手で
「ああ、撤退しよう」
レットさんが即座に決断を下します。
「エバ、ジグ、先に行け。後ろは俺とカドモフが固める」
「りょ、了解です」
「元来た方向だ! 罠がない!」
「はい!」
ジグさんに指示されて、左の回廊を走ります!
しかしこの時、わたしはまだ気づいていなかったのです。回転床の――この迷宮の真の悪辣さに。
バタンッ!
「――えっ?」
ひとつ手前の十字路まで駆け戻ったとき、唐突にわたしの足元が抜けました。
わたしは――わたしたちは気づいていなかったのです。
戦闘から逃走した時点で再び回転床が作動していたことに。
わたしの身体は重力を失い、
◆◇◆
「来た来た来た来た! おっちゃん! サムライ沢山、北から来た!」
「はぁ!!? がきんちょ、おまえの仕事は斥候だろうが! なんで
「知らないよ! 角を曲がったら目が合っちゃったんだから!」
「そこを合わないようにするのが斥候だろうが!」
「あたいはの本職は斥候じゃなくて
斥候に出るなり東夷風の武者装束に身を包んだ一団に追われ、涙目で駆け戻ってくるパーシャ。
アッシュロードは舌打ちして、剣を両手に身構える。
しかし後ろから見ていたフェルには、その背中がどうにも隙だらけで素人同然に見えた。
これなら、レットやカドモフ――いえ、前衛職でもない自分の方がよほどマシではないか。
それは初めてアッシュロードと一緒に迷宮に潜った際に、エバが感じた思いと同じだった。
案の定、“侍大将” たちは、もっとも与しやすいと見て取ったアッシュロードに殺到してきた。
「危ないっ!」
思わず、フェルは叫んだ。
五人の “
アッシュロードが大小左右の剣を頭上で
受け止められた五本の刀が二本の剣の
……ニッ、
と、アッシュロードの口元が不敵に歪む。
「――押っせえぇぇぇえっ!」
裂帛の気合いと共に左右の剣がハサミの如く閉じられ振り払われると、侍たちの刀が折れ飛び、ふたりの “
パーティをひとつの城と考えるなら、後衛は護るべき王城であろう。
それでは城壁にあたる前衛の中でも、特に防御力に秀でた
監視塔を兼ねた防御塔か? ――否。
深く濁った水の底に鋭い杭を隠した水壕か? ――否。
では城壁の中でもっとも敵の的になる、弱点となる城門か? ――然り。
然り。然り。
城璧の中で、もっとも弱くなければならない。
そして、そこに敵を集めて殲滅する。
城壁の中でもっとも弱く、もっとも堅く、そしてもっとも鋭くあらねばならないのが城門の――
「おまえら東方の
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迷宮保険、初のスピンオフ
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連載開始
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本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m
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迷宮無頼漢たちの生命保険
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