閑話休題 よりみち ”K.O.D.s” 篇①

一方、その頃(1)

 謁見の間は、荘厳ではあったが豪華すぎるわけではなかった。

 瀟洒ではあったが、過度に華美ということもなかった。

 紀行番組やドキュメンタリーでチラ見した、フランスやオーストリアやロシアの、これでもかと無駄に贅の限りを尽くした宮殿よりは、よほど庶民感覚に寄り添った造りだとも思った。


 少なくとも “志摩しま 隼人はやと” にはそう見えた。


 それは目の前の玉座に座す、この国の統治者――女王から受ける印象とも合致していた。

 美しく、寛容で、慈愛に満ち、なにより力強く。そして謙虚。

 ともすれば冷たく威圧的印象を受ける白亜の殿堂謁見の間から、母性的な温もりさえ感じるのは、この女王の人柄故だろう。

 控えめな先触れのあと入場してきた女王から隼人が受けた印象は、おおむね好ましいものだった。

 しかし、その好印象の女王から語られた話は、隼人を――隼人たち五人を困惑させた。


「つまり……わたしたちをこの世界に呼んだのは、あなた方ではないということですか?」


 隼人たちのクラスの総務委員クラス委員を務める “田宮 佐那子たみや さなこ” が、戸惑いを隠せない声で訊ねた。


「はい。わたしたちはあなた方の “転移” には、いっさい関わってはいません」


 この国、リーンガミル聖王国の女王―― “マグダラ・リーンガミル”は、佐那子ら五人の転移者ビジターを慮る表情で見つめた。


「“転移” とは自然現象なのです。ふたつの異なる世界の、ある時とある場所が、なんらかの要因によって繋がってしまう事象。そこに我々 “人” の意思が介在する余地はないのです」


「で、でも、この世界には、国には “魔法” があるのですよね? それを使えば……」


「確かに魔法――魔術は存在します。ですが、少なくとも我がリーンガミルの魔術は、人為的な “異世界転移” を可能とするほどの位階高みには至っていないのです」


「「「「「……」」」」」


 女王マグダラの言葉に、隼人たち五人に重い沈黙が垂れ込めた。


 志摩しま 隼人はやと

 田宮たみや 佐那子さなこ

 早乙女さおとめ 月照つきてる

 五代ごだい しのぶ

 安西あんざい れん


 同じ高校の同じクラスで学ぶ、五人のクラスメートたち。

 あの日の昼休み、教室で思い思いの友人たちと昼食や歓談をしていたところ、突然の閃光と共にこの “アカシニア” と呼ばれる世界に飛ばされてきた、同い年の少年少女。


 “これはあれだろ、ラノベでよくある『クラス転移』だろ?”

 “それならお城に行って、王様に会えばいいんじゃね?”

 “そうすれば、いろいろと助けてくれるはずだよね!”

 “そこで『クエスト』を受けて、それをクリアすれば元の世界に帰れるの?”

 “それだ、それ! ぜってー、それに決まってる!”


 そんな手前勝手な思い――そう思い込むことで、どうにか自分たちが陥った異常な事態への不安を呑み込んできた――は、女王マグダラの言葉で呆気なく否定されたのだった。


(……つまり、どういうことだ?)

(……この人たちには、わたしたちを助ける理由はないってことよ)

(……そ、そんな)

(……“異世界召喚されました” “お城に行きました” “あなたたちのことなんて知りません” 斬新なテンプレだな)

(……“斬新なテンプレ” って、“稀によくある話” みたいだな)


 忍、佐那子、恋、月照、そして隼人が、回りの人間には聞こえない声量で呟き合う。

 謁見の間には、自分たちとマグダラの他にも、宰相や大臣と思われる文官たちや、豪奢な鎧に身を包んだ将軍たち武官。そして女王の身辺を警護する近衛騎士クィーンズ・ガーズなどがいる。

 当然そういった者たちには、“我が女王マイ・クィーン”の御前でのなぞ無礼千万な振る舞いなのだが、事前にマグダラ自身から釘を刺されているため、露骨に眉を顰めるだけでなにも言わない。


「それでは、その……陛下にはおかれましては、わたしたちを元の世界に戻すことはできないと……」


 使い慣れない言葉遣いで必死に言詞を紡ぐ佐那子に、マグダラは、


「残念ながら……」


 と悲しげな表情で答えた。


(……こいつは、困ったな)


 隼人は内心で独り言ちた。


(……この人たちにとって、俺たちは文字どおり突然現れた “異邦人” というわけだ。俺たちを助ける義理もわれもない)


 でも……と隼人は思う。


(……俺たち自身に価値はないのか? “転移者” というのは、この世界ではありふれた存在で、この人たちに助ける価値、利用する価値はないのか?)


(俺たちの世界の知識――政治経済・自然科学・歴史・哲学なんかは、この世界ではどの程度の価値があるんだろうか。例えば俺の持っているスマホとかは、この人たちの目にはどう映るんだろう? なんとか取引材料にはできないか?)


(マグダラ女王とのこの出会いは、俺たちにとってだ。絶対に手放しちゃいけない)


 この国の統治者にして最高権力者。

 人柄も悪くはなさそうに見える。

 この人の後ろ盾を得ることが出来れば――得なければならない。

 隼人は強く思った。

 そのためには自分たちに、自分に何ができる? 何がある?

 隼人は自分自身を見つめた。

 魂を分離するように俯瞰して、今の自分を客観的に冷徹に分析した。

 そして結論にいたる。

 隼人は一歩前に踏み出し、膝を折った。


「初めて御意を得ます、マグダラ陛下。わたしの名は志摩隼人。日本という名の異世界より来ました。失礼を承知でお願いいたします。どうか我々をお助けください。我々には何もありません。今の我々には陛下の御慈悲にすがるしか生きる術がないのです」


 隼人は判断した。

 駆け引きは通じない。

 マグダラ女王は若く見えるが、それでも自分より一〇以上年上だろう。

 これまでにも一国の統治者として、海千山千の政敵を相手に政治的な闘争を演じてきたはずだ。

 この人を前にどんなに知恵を回したところで、それは子供の浅知恵にすぎない。

 ましてここは彼女のホームグラウンドである。

 高校生になってまだ二ヶ月の自分に何が出来るというのか。

 それなら、残る手段は裸になって彼女の懐に飛び込むしかない。

 よりも、よほどマシなはずだ。

 隼人が膝を折ったのを見て、他の四人も慌てて同じようにぎこちなく頭を垂れた。


「頭を上げてください、志摩隼人。そして異世界からの客人たちよ。リーンガミルもわたくしも、困っている人々を見捨てることはいたしません」


 マグダラから穏やかで慈愛に満ちた言葉が発せられた。


「それでは……」


「あなた方がこの国にいる限り、我が国の、そしてわたくし個人の賓客として迎えましょう。あなた方がこの “アカシニア” で生きていく術を得られるように、どうかわたしたちにお手伝いさせてください」


 微笑を含んだ、マグダラの柔らかで温かな声。


「「「「「……ありがとうございます」」」」」


 隼人たち五人は、異口同音に礼を述べた。

 述べるしかなかった。

 顔は上げられなかった。

 日本という人権平等が建前の社会に生まれた彼らが、初めて人の “威光” に打たれた瞬間だった。


「“エルミナーゼ”」


「はい、陛下」


「この方たちのお世話をしてあげなさい。不便や、不自由や、不安を感じないように」


「かしこまりました」


 近衛騎士の列からひとりの騎士が前に出ると、女王の命に丁重に拝礼した。


「あなた方もお疲れでしょう。今日はゆっくり休んでください」


 そうして、女王マグダラとの初めての謁見は終わった。

 女王が謁見の間より退場すると、


「それでは、こちらに。わたしに付いてきてください」


 “エルミナーゼ” と呼ばれた騎士が、隼人たちに向き直った。

 それは美麗な鎧に身を包んだ、マグダラに瓜ふたつの、そしてもっと年若な女騎士だった。

 エルミナーゼにうながされて、佐那子たちが立ち上がる。

 隼人だけが膝を折り右手を左腕に当てた、見よう見まねの跪礼きれいを崩さない。


「さあ、あなたも」


 エルミナーゼが再度うながすと、隼人は “……はい” と立ち上がった。

 エルミナーゼはその眼差しを見て、


(……この少年は陛下の御慈悲を得たというのに、なぜこんなにも思い詰めた目をしているのだ?)


 と訝しんだ。

 そして隼人は、胸の内に密かな決意を固めながら友人たちに続く。


(……俺はあいつの無事を確認するまで、絶対に生き延びる。生き延びなければならないんだ)



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