さよなら友だち★

 レット――レトグリアス・サンフォードは、迷宮探索者たちが “トモダチの部屋” と呼ぶ地下一階の玄室で、自分の人生を振り返っていた。

 視線の先には “フードを被った人間型” の大きな彫像と、それを祀る祭壇がある。

 彫像には大小様々な宝石が散りばめられていて、金色の光を放っていた。

 ひとつでも持ち帰ることができれば、その価値は莫大なものになるだろう。

 もっともこの宝石を奪おうとすると、 “トモダチ” が現れて逃亡不可能な強制戦闘に陥ってしまうのだが。


 それでもレットは、その宝石が欲しいと思った。


 準男爵という貴族とは名ばかりの貧しい地方領主の九男として生まれ、物心ついたときから “生きる術” を身に付けることを求められた。

 彼にとって、それは “剣” 意外に考えられなかった。

 学問も、芸術も、農耕も、商いも、レットには縁のないものだった。

 剣の腕を磨き一角の戦士になれば、ひとりでも生きていける。

 この忌まわしい貧しさから逃げ出せ、糞煩わしい兄弟という名のくびきから抜け出せる。

 この “紫衣の魔女アンドリーナの迷宮” に来たのも、修行のため。

 ここで腕を磨き名を上げて、信頼できる仲間を集めてパーティを組む。


 そして――。


 そして、いつかは聖王都 “リーンガミル” にある大迷宮 “呪いの大穴” に挑む。

 女神 “ニルダニス”が与える試練を乗り越え、迷宮に眠る “K.O.D.s” ―― “ナイト・オブ・ディスティニー・シリーズ” ――の武具を手に入れて、伝説の “運命の騎士” になる。


 ……そんなことを、さも当然のように考えていた。


 それが迷宮を踏破するどころか、その最上層で果てようとしている。

 “ダンジョンマスターアンドリーナ” を討ち取るどころか、汚らしい “犬面の獣人コボルド” や “オークゴブリン” と刺し違えようしている。


 だが、もう考えまい――。


 レットは思った。

 事ここに至った以上、自分の役目を果たすだけだ。

 パーティのリーダーとしての自分の役目を。

 それはメンバーの命を守ることに他なるまい。

 自分はそのために剣の腕を磨いてきたのだ。

 仲間たちを無事に地上に戻すことができれば、後悔はない。

 自分が剣に注いだ情熱と時間は無駄ではなかった。

 そう思えるはずだ。


 彫像は黙して語らず、ただレットを見下ろしていた。


◆◇◆


 扉の向こう側の気配が、これ以上ないほどに大きくなっていました。

 耳のよい盗賊シーフのジグさんでなくても、もう聞き取ることができます。

 何十という “犬面の獣人コボルド” や “小鬼オーク” の騒めき。

 “獣人たち” が発散する欲望と暴力の気配――圧力。

 頑丈な玄室の扉を通して、それらが手で触れられるほどに伝わってきます。


 そろそろ彼らも気づいたのでしょう。

 玄室の中に、すでに “トモダチ” はいないことに。

 まもなく扉を破って乱入してくるはずです。

 そうなれば、わたしたちは数の暴力に為す術もなく蹂躙されてしまうでしょう。


 わたしたちは玄室の南の壁際に身を潜めています。

 全員が息を殺し、手にそれぞれの得物を持って。

 ある者は仲間の遺体を背負って。

 わたしたちがこの玄室を生きて出られるかは、“レットさん” が西の壁際に設置された祭壇の前で、どれだけ “獣人たち” を引きつけられるかに掛かっています。

 “獣人たち” が “レットさん” に襲い掛かっている間に、わたしたちは玄室から逃げ出す。

 “レットさん” を囮にして、わたしたちは生き残るのです。

 そろそろのはずです。


「――どうしたどうした、“コボルド” に “オーク” ! 俺ならここにいるぞ!」


 祭壇の方から、“獣人たち” を挑発するレットさんの大音声が響きました。


「俺の名は、レトグリアス・サンフォード! “大アカシニア神聖統一帝国” 準男爵マクシミリアン・サンフォードの九男にして、“犬豚屠殺人” ――すなわち、おまえらを殺す者だ!」


 扉の外の騒めきが、一瞬だけピタッと止まります。


「この際だから言っておく! 俺はおまら “犬豚” が大嫌いだ! そしておまえら “犬豚” を殺すのが大好きだ! 首を刎ね、剣を突き刺し、内臓をえぐり、糞を踏んだブーツで踏みつける! これぞ娯楽だ! 俺は女を抱くよりこいつが好きだ! さあ、早くその扉を開けて入ってこい! 俺はおまえらを殺したくてウズウズしてるんだ!」


 次の瞬間、玄室の扉が壊れるほどの勢いで開き、何十匹という“犬面の獣人コボルド” と “小鬼オーク” が西の祭壇に向かって突進していきました。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669294025439

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669333591366


 しかし、そこに “レットさん” の姿はありません。

“フードを被った人間型” の大きな彫像の後ろから、自分たちを挑発する声が聞こえるだけです。

 獣人たちが彫像の後ろに隠れている “レットさん” を引きずり出そうと剣を突き入れたその時――。


「今だ!」


 の合図で、が南の壁際から入り口の扉に向かって走りました。

 ギョッ! と背後を振り返った獣人たちに、彫像の後ろに隠されたから “レットさん” の大音声がリピートされます。


「――どうしたどうした、“コボルド” に “オーク” ! 俺ならここにいるぞ!」


 使

 それがわたしが生き残るために考えついた結論、答えでした。

 玄室に乱入した “獣人たち” は、一瞬なにが起こったのか理解できなかったのでしょう。

 どうしてよいのか分からず、全員の動きが止まりました。

 その刹那の隙を突いて、わたしたちは玄室から逃げ出しました。


 扉の外には六匹ほどの “小鬼” が、躊躇して玄室に入らずにいました。

 どこにでも臆病者は存在するのでしょう。

 特に “小鬼” はそれ自体が臆病な種族です。


「「うおおおおおおっっっ!!!!」」


 それぞれ仲間の遺体を背負ったレットさんとジグさんが、雄叫びを上げて威嚇します。

 それだけで二匹の “小鬼” が算を乱して逃げ出しました。

 わたしとパーシャはそんな “小鬼” には目もくれず、玄室の扉を閉ざします。


「いいよ、エバ! やって!」


「慈母なる “ニルダニス” よ。身を守る術なき か弱き子に、救いの御壁みへきをお与えください―― “光壁ホーリー・ウォール” !」


 わたしは閉ざされた扉に手を触れると、残された最後の加護を嘆願しました。

 装甲値アーマークラスを強化する加護を扉に施して、“施錠ロック” の呪文の代わりにするのです。

 玄室に閉じ込めた獣人の数の多さと、そもそもの使い方がナンセンスなことを考えれば極短時間しか持たないでしょうが――やるしかありません。


「扉、閉ざしました!」


 扉が聖光を放ち始めるのを確認すると、わたしは戦棍メイスラージシールドを構えて、レットさんたちに加勢しました。

 逃げ出さなかった四匹の “小鬼” と、レットさん、ジグさん、パーシャ、そしてわたしが激しく打ち合います。

 レットさんとジグさんの足元には、ふたりの仲間の遺体が倒れていました。

 惨いことですが、この状況では是非もありません。


「このっ! このっ! このっ!」


 パーシャがホビットの敏捷性の高さを最大限に発揮して、“小鬼” に次々に手傷を負わせていきます。軽量の短刀ダガーが彼女には合っているのでしょう。

 レットさんとジグさんは傷が完全に癒えておらず生命力ヒットポイント がギリギリの状態ですが、それでもレベル3の戦士と盗賊だけあって迷宮最弱の魔物を追い詰めています。


 わたしも目の前の一匹を戦棍でこれでもかと殴り付けます。

 もう怖れも疲労も感じません。

 今わたしの中にあるのは、一秒でも早く “トモダチの部屋” から離れたいという思いだけです。

 “光壁” の加護が切れる前に、できるだけこの玄室から離れないと、離れなくちゃいけない――離れたい!


 やがて、レットさんと斬り結んでいた “小鬼” が、剣を胸に受けて倒れました。

 ジグさんが相手取っていた一匹も、喉を貫かれて絶命。

 パーシャに浅手を受け続けていた一匹は、耐えきれなくなったのか武器を捨てて逃げ出しました。

 そしてわたしが相手していた “小鬼” は、背後から手の空いたレットさんに突き刺されて呆気なく事切れました。


「――はぁ、はぁ、ありがとうございます」


「逃げるぞ!」


 レットさんはわたしのお礼にうなずく暇も惜しいのか、足元のドワーフの戦士を担ぎ上げました。

 ジグさんもエルフの僧侶を肩にします。


「パーシャ、案内たのむ!」


「こっち!」


 一度地上までたどり着いているパーシャが、すぐに先導者パスファインダー として走り出しました。

 すぐにその後に続きます。

 背後では、閉じ込められた “犬面の獣人コボルド” や “小鬼” が玄室の扉を乱打する音が、これでもかと響いています。


(……ありがとう、隼人くん)


 わたしは胸の奥で、囮になってくれたスマホにお礼を言いました。

 ここまでは、ここまでは上手く行きました。

 でもみんなの体力は限界で、呪文も加護も残っていません。

 次に有力な魔物と遭遇したら、その時は――。


 パーシャは狭い歩幅ながら、人間族に負けない速さで駈けていきます。

 ホビットというのは小柄ながら本当にすごい種族です。

 まずは南に二区画ブロック、そして東に一区画。

 南側に現れた扉を、慎重かつ手早く潜り抜けます。

 扉の奥は一区画四方の玄室で、今度は東と西に扉がありました。


「こっちだよ!」


 迷うことなく、東の扉を指差すパーシャ。

 この子、本当にすごい!

 盗賊の身のこなしと魔術師の記憶力を合わせ持った、最高の地図係マッパーです!

 わたしたちは東の扉を潜ると、その先に延びていた一区画幅の回廊をひた走りました。

 回廊は長く、うねうねとどこまでも続いています。

 息が苦しい。息が苦しい。

 倒れ込んで、座り込んで休みたい。

 でも、背後からあの “獣人たち” が追ってくるのでは――という恐怖がわたしたちを突き動かしていました。

 少しでも立ち止まれば、追いつかれて皆殺しにされる。

 圧倒的な数に物を言わされて、ぼろ切れのように引き裂かれる。

 その恐怖が、疲れ切ったわたしたちを追い立てていたのです。


「この先に――この先に暗黒回廊ダークゾーンがあるの!」


 先頭を走るパーシャが叫びました。


「暗黒回廊?」


「一切の光が打ち消される、迷宮の真の闇だ! そこでは角灯ランタンの光どころか、“短明ライト” の加護も打ち消される! ヒカリゴケの発光すら見えない!」


 レットさんの言葉に、前回迷宮に潜ったときのアッシュロードさんの話が思い出されました。


『迷宮の “真の闇” はこんなもんじゃない』


 それが、おそらく暗黒回廊 ――。


「パーシャ、あなたそんな場所を一人で抜けてきたの!?」


 この子ってば、まったくどういう神経をしているのでしょうか!


「二度目だったからね! 地上までの道順を覚えていたし、それに――」


「それに?」


「ホビットは悪運が強いんだ!」


 パーシャが笑いを含んだ声で振り返ったとき、それまで黙っていたジグさんが、


「……いや、その悪運も尽きたみたいだぜ」


 前を見据えたまま言いました。


「え?」


 パーシャが視線を前方に戻して、立ち止まります。

 わたしたち全員がです。


「そ、そんな……」


 わたしの口から零れる、絶望の呟き。

 一区画先。

 真っ暗な暗黒回廊の入り口を背に、両手の指では数え切れないほどの “みすぼらしい男” たちが、わたしたちを待ち構えていたのです。



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連載開始

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本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

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