第83話 元先輩との再開
一通り儀式が終わり、礼拝堂を出る。
「次はどこに行きたいですか? 古いお城でも良いですし、闘技場に行けば何かしら試合があると思いますし、店の集まる街道に行っても良いですね。広場まで出れば踊りとかが見られるかもしれません」
「うーん。俺は腹減った。なんか食べたい」
「もうですか?」
「なんか怖くて全然食えなかったもん」
朝食の風景を思い出す。確かに空気がピリついていた。
「それはすみません」
「どうせならここでしか食べられないものが良いよね」
「チーズ焼きなんかどうですか? 小麦粉とチーズをたっぷり混ぜて焼いたお菓子があるんです。巡礼でここに来た方が買って行くんですよ」
「じゃ、とりあえずそれ食いに行くか。終わったら闘技場行こーぜ。面白そうだ」
「別に良いんだけど、血なまぐさいのはちょっとなあ」
「うーん、どうしましょう」
その時、何か重たいものが頭に当たった。鈍い痛みが走り頭を押さえる。振り返ると、さっきまで祭壇の所にいた先輩が立っていた。この人が本で叩いたのだ。
「おっ。本物だ。人違いだったらどうしようかと思った」
「だったらいきなり叩かないで下さいよ」
「そこにいらっしゃるのはご友人で?」
「本で指さないで下さい。今いる礼拝所でお世話になっている方達ですよ」
「俺ライリー」
「アシュリーです。貴方のことは兄弟から伺っていました。お会いできて光栄です」
先輩は二人に対して恭しく頭を下げる。ついでに僕の頭を押さえ、無理矢理お辞儀させてくる。
「いえいえ、こちらこそ嬉しい限り。僕はロナルド・オースティン。いつも弟がお世話になっております」
「何で僕まで……。それに侍祭になったんですからね」
「決まっている。君が世話になっているからさ。階級は関係ないよ」
「お酒入ってません?」
「かもしれんね」
「かもって……」
いつの間にか祓魔師の二人が遠くにいる。
「私達先に行くから。積もる話もあるだろう? ゆっくりしてきなよ」
と叫びながら手を振るアシュリー。追いかけようとしたら、先輩に腕をつかまれ、二人は走り出してしまった。
「折角気を遣って下さったんだから、積もる話とやらをしようじゃないか。あるならね」
アシュリーは絶対面白がっていると思う。彼はこういう空気には人一倍敏感だということはこれまでの付き合いで分かっていた。
「でも、久しぶりに会えて嬉しかったです」
「そうだろう、そうだろう。驚いたよ。後ろの方に君みたいな人が座っているのだから。そうしたら君だった」
先輩に促され、僕達は礼拝所を出て適当に歩く。どこに向かっているのかは分かっていない。
「相変わらず読師なんですか?」
「勿論」
「またお酒で怒られたんですか?」
彼は何も答えない。きっとあったのだろう。何回も。
「そんなことより、お友達といる君を見て安心したよ。向こうには気の合う人がいたみたいで。どうだ、経典を破かれたりしてないかね」
話を思いっきり逸らしたが、彼なりに気遣ってくれていたのかと思うと心が温かくなる。確かに、ここでは持ち回りで経典を読む日があって、ふつうそれまでに本が回ってくるのだけれど、僕の時だけ回って来ないことがあった。そんな僕に本を貸してくれたのが先輩だったのだ。
「大丈夫ですよ。……優しい方達ですから」
それに、あの二人が経典を読んでいる所を余り見たことがない。祭司様を除けば僕くらいしか読まないのでは? 礼拝所がそれで良いのだろうか?
「そうか、良かったな。そうだ実は僕も転任が決まったんだよ」
「え? 一体どちらへ?」
「片田舎さ。親戚がいるものだからね。だが、王都に近い」
「王都に? 凄いですね」
「だろう、ところで君はまだ大祭司になる気はあるのかい?」
少し言葉に詰まる。あの方も幽霊に苦しむのだと知ってしまったからだろうか。だが、あの人の背中を追うと決めたのだ。はい、と返事をする。
「じゃあ、大祭司になるために一番必要なものは何だと思う?」
先輩が好きな議論に発展しそうな予感がする。
「一番必要なもの……。説法の腕とか、信頼される人柄とかですかね。でもやはり、神を信じる心でしょうか」
「甘い。蜜より甘いね弟よ。最も大事なのは、そうコネさ。大祭司になるには偉い人達に可愛がってもらわないとなれないよ。君は何人の大祭司に会ったことがあるかい? 総主様は? そもそも何人の祭司を知っている?」
大祭司は父親しか知らないし、異国の地におわす総主様に会うなんてとんでもない。知っているのは、ブラスキャスターとブラッドリー東礼拝所の祭司様、あとはエヴァンス氏がいるところと、産みの母親が眠る村の礼拝所にいる方、そして、この町に来る途中泊まった村の祭司様だ。
「ざっと四・五人ですかね」
「少ないな、いやあ少ない。その中に大都市の祭司は何人いる? 村の祭司なんて殆
どあてにならないよ」
この街はともかく、僕の務める礼拝所はブラッドリー大礼拝所の方では無いから先輩の言う「大都市の祭司」には当てはまらないだろう。そう考えるとほとんどいない様な気がして、僕は首を振った。
「君は大都市ブラッドリーで何をしてきたんだい?」
大げさに肩をすくめて、ため息をつく先輩。
「僕の転任先は、元々近隣村落の礼拝所だった所です。都市の周りに人が溢れて、結果的にブラッドリーの一部になっただけで。聖職者も五人しかいないんです」
「そりゃいけないね。僕が今度行くところもそんな感じだろうけどね。うん。君は王都に行くべきだ」
先輩、いきなりどうしたのだろう。僕の頭には疑問符が沢山浮かんでいる。確かに国の中では一番の大都市になるのだろうが。
「あそこなら大祭司が会議で集まるし、総主様もいらっしゃる。パーティーに足繁く通ってお酒を飲んでいれば貴族にも可愛がってもらえるだろう。君の家柄なら邪険にされることもない。君に恩を売っておきたい人達すらいるはずさ」
「つまり王都で多くの人との縁を作りなさいと。言いたいことは分かりましたが、急にそんな話、どうしたんですか」
彼は、端正に並べられた石畳の目地を追うように目を伏せる。そして、酔った時みたいに顔を赤くして呟く。
「うん? いやあ特に理由なんて無いけどね。そもそも、君との話に理由なんていらないだろうに。まあ、君も一緒に王都へ行ってくれれば退屈しのぎになりそうだってね……」
その顔が寂しそうなものだから、思わず吹き出してしまった。
「先輩でも故郷を離れるのは辛いのですね。大丈夫です。なんとかなりますよ。僕はあと数年は向こうにいるでしょうけど、もし王都に行く時があれば、たまには遊びに
行ってあげますよ」
「どうも。ただ君、コネは本当に作っておいた方がいい。私が田舎に飛ばされたのは、何も酒癖の悪さだけが理由では無いからね。世の中は君が思っている以上に残酷なのだよ」
「忠告ありがとうございます、先輩。僕頑張ってみます」
「先輩そろそろ写典の時間じゃないですか?」
ここの礼拝所では、週に一回経典や古典文学を書き写しながら古い文法を覚える時間があったのだ。今日はその日だったような気がする。
「ああ、そうだった。もう写典のプロと言っても過言じゃないのに、時間に遅れると怒られるんだ。見本なしでも書けそうだよ」
「それじゃ写典になりませんね」
「全くだ」
そうして先輩と別れた僕は、一旦実家へ戻ることにした。
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