マルク、里帰りする

第80話 里帰り

 両親から手紙が届いた。他家の下で修行していた兄が帰還するので、ブラスキャスターに戻り、兄の無事を共に祝って欲しいという内容だった。祭司様に相談してみると、ありがたいことに快く許可を下さった。その代わり、祓魔師の二人も連れて行ってくれないかと頼まれた。


 祭司様がおっしゃるには、たまには彼らに外の世界を見せてあげたいのだそう。だから一緒の馬車に乗ってブラスキャスターまで行き、僕が実家にいる間は別行動で街を見て回ってもらおうかと考えていらっしゃるらしかった。


「彼らも大人だからね。短期間なら問題は起こりにくいだろうし、何より同じ街に君がいてくれるなら心強い」


 と僕の肩に手を乗せる。なんだか誇らしくて、大きな声ではい、と返事をした。だが、三人が暫く留守にするとなると、礼拝所はどうなるのだろう。かといって、どっちか一人連れていくとなると、絶対喧嘩しそうだ。


「あの、祭司様とビルに任せちゃって大丈夫でしょうか?二人では流石に……」


「今はさほど忙しくないし、アリシア君に応援を頼もうと思っている。安心したまえ」


 アリシア・エヴァンス氏。ライリー、アシュリーの師匠で、かつてここの礼拝所に務めていた人だ。僕が心配するには及ばなかった。


 その話を二人に振ってみると、どちらもすぐに行くと答えた。おそらくブラッドリーと周辺部にしか行ったことのない彼らにとって、僕の故郷は遙か遠くにある未知の場所。興味の対象なのだろう。


 私服をタンスの奥から引っ張り出し、数日分のパンを荷物と一緒に詰め込んで、祭司様が呼んで下さった馬車に乗り、僕達はブラッドリーを旅立った。


 河を渡り、大きな街道に入る。街はどんどん遠ざかり、小さくなっていく。その光景は、来た時と同じ。青々とした河の背後に広がる、立派な城壁に囲まれ、大礼拝所や役所の塔の先が僅かに上へ伸びている、美しい街だった。僕の向かいに座っていたライリーが


「俺も見たい」


 と言って窓枠に身を乗り出す。窓は彼に譲ることにして、僕は袋を開き、銀貨を数え、ため息をつく。


 親は確かに旅費を用意してくれた。一人分だけ。親は二人が来ることを知らない。祭司様も多少彼らに持たせて下さったし、念のため食べるのに困らないようパンももらってきたが、休んでいるときに御者の方と相談をしなくては。


 僕達は一部屋で寝るとしても、御者の部屋と馬小屋は用意しなきゃいけないし、食費だって一人の時より倍以上かかる。とても来た時と同じ宿では泊まれない。万が一山賊に会ってしまったら一大事だ。


 護衛は雇ってないし、馬や御者を雇い直すお金もない。歩いて行くには時間がかかりすぎる。巡礼の旅ならともかく、今回は兄の帰還に間に合わせなければならないのだ。



 多少お金に困って民家に泊めてもらったり、雨がふり、道がぬかるんで通れなくなったので、街の礼拝所で暫くお世話になったりしながら、さほど酷い目に遭うことなく旅は続いた。比較的治安の良い大きな街道しか通らなかったのが良かったのだろう。予定より少し遅れたが、家族としては寧ろ好都合だろう。一週間足らずでブラスキャスターの城壁が見えてきた。


 ブラスキャスターもブラッドリーも古い街だが、信仰の街から一転商人の街となり拡大していったブラッドリーとは異なり、ここは長いこと王都だった場所。ややこぢんまりとしているが、全体的に荘厳な雰囲気をたたえている。


 ファルベル家に描かれているのと同じ模様が彫られた懐かしい門の前で馬車が止まる。門は閉まっていたが、顔見知りの門兵がいてくれたおかげですぐに中へ通してくれた。彼が話しかけてくる。


「残念ながらお兄様の帰還式典は既に終わってしまいましたぞ」


「雨で河が増水して、橋を渡れなかったのです」


「それは大変でしたな」


 実は、雨が降らなくとも帰還式典には間に合わなかったし、合わせる気も無かった。


 手紙には、俗世から離れ、聖職者となっているため、僕が帰ってくることは公にしないと書かれていた。兄が帰る日には式典が行われる。門番が話題に出したのと同じように、何故家族なのに参列しなかったのか、と責める人がいるかもしれない。面倒なので遅れてしまったという体をとることにした。


 馬車は街に繰り出していく。門番が見送ってくれた。あの人、結構な年なのにまだ働いているんだ。息子さん元気かな。


 宿屋の予約が間に合わなかったので、折角だから僕の家で泊まってもらうことにした。街に入る時間も理由があってのこと。父は当然この辺りの領主であり、実家では当然のように公務も行われている。早い時間に行くと役人に見つかってしまう。帰る時間を見計らっていたら日が落ちてしまったというわけだ。


 もう家族は夕飯を済ましている頃だろう。一人で済ませるのも寂しいものがある。


 朝、親が起きる前に三人で出かければ、彼らに嫌な顔をされることもない。そこで宿を探し、僕だけ家に戻れば良いのだ。


「マルクの家、行ってみたい。豪邸なんだろ?」


「そこまでではありませんよ」


 目を輝かせているライリーに対し、


「入れてくれそうな宿を探すから無理しなくて良いよ」


 とアシュリーは言った。僕のこと、そして家族のことを気にしているのだ。両親、厳密には育ての親は、貴族であることを誇りに思っているし、ファルベル家の威光が衰えないよう常に気を配っている。いずれ爵位を受け継ぐであろう兄はその態度が顕著に現れている。


 二人を両親に、そして兄に合わせたらどんな反応をされるかは心配だった。


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だいぶ更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。今回から三人がマルクの故郷、ブラスキャスターに行くお話になります。

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