第50話 ドッペルゲンガー疑惑?
礼拝所の畑に植えられた野菜が大きく育っていた。いつもは真っ先にアシュリーの元へ向かうベラだが、今日は違う人々と一緒にいる。
「どうしよう、この前、学校で会っちゃったのよ、ドッペルゲンガーじゃないかしら」
黒っぽいカソックに身を包んだ青年達が、ベンチに座っている。一番上のボタンまできちんと留め、時折胸元に挿してある羽根飾りを気にしているのがマルク、三番目のボタンをかけ忘れていて、襟にしわが寄っており、少し赤みがかった髪をしているのがライリーだ。
ベラは、学校で出会った商人が、アシュリーと似ていたことについて話していた。
「なんだそれ、その、どっとるなんとかってやつ」
ライリーが首を傾げた。ドッペルゲンガーが何のことか、分からなかったようである。
「ドッペルゲンガー。世界には、何人か自分にそっくりな人がいるって言われているの。その人に会うと、すぐに死んでしまうらしいのよ!」
「えー、怖っ」
ライリーが腕をさすりながら、マルクの方へにじり寄る。
「どうしたんですか。近いですよ」
「寒くなってきた」
「そうそう会わないから安心して下さい。世界は広いですから。アシュリー兄さんのだって、流石にその、ドッペルゲンガーではないと思いますよ。単に顔が似ていただ
けでしょう」
「でも、本当にそっくりだったのよ。髪型も、服も雰囲気も全然違ったのに、一瞬、アシュリー? て思ったんだから。それにね、話し方も似ていたの。あのキザったらしい感じ。まさにあの人だったわ」
マルクは、襟元を気にしながら、考え込んでいる。話し方まで似ているとすれば、何かしらの関係性があると思った方が良い。
「もう少し詳しく聞かせて下さい。商店の名前とか、様子とか」
「そうね、普段はお爺さんなのよ、だけどあの日はたまたま若い子がお店を出していたの。品物の雰囲気とかは変わってなかったから、多分代わりに来たんだわ。きっと小間物商の人だと思うんだけど。あと、今から思えば、アシュリーにしてはおぼこい感じがしたわね。ちょっとだけ」
その時、マルクの目が見開かれた。ある考えが閃いたのである。
「彼は確か、商人の出身だったはず。もしかすると、ご親族の方なんじゃ」
ベラ、ライリーも感嘆の声を上げる。
「じゃあ嬢ちゃんは、兄弟の家族と会ったってこと?」
「かもしれません」
ベラは、まだアシュリーの家族について聞いたことがないということに気がついた。出会った頃には、この礼拝所にいたみたいなのである。
好奇心がむくむくと沸き上がり、仮説を検証したくなってきた。彼のことを知れば、彼に近づく大きなチャンスになるかもしれない。
「こうしちゃいられないわ。早速聞きに行ってこようっと」
ベラは、勢いよく相談室に向かって駆けだした。
「ちょ、待てよ」
ライリーがベラを止めようとする。彼が家族の話をしたがらないと知っていたからである。しかし、彼女はあっという間に遠ざかっていった。
明るいアシュリーの声が聞こえる。ノックをして中に入ると、彼はカップを片手に座って聖水入れをいじっていた。
「ベラちゃん久しぶり。今日も可愛いね」
カップを机に置くと、彼女に視線を向け、息をするように褒め言葉を口にする。しばらく他愛ない話や、相談事をした後、ベラは話を切り出した。
「あのね、アシュリー。この前、アシュリーととても似た顔の人に会ったのよ。もしかしてドッペルゲンガーじゃないか、って思ったんだけど」
彼は、肩をふるわせながら、クスクス笑った。
「何それ、逆に会ってみたいかも」
「それがね、学校の近くで小物を売っている商人なの。アシュリーって商人のご子息だったのでしょう。もしかしたら、家族の人かもしれないね、って話になって、ねえ、アシュリーには兄弟っていたの?」
ベラが商人のご子息、という言葉を発した瞬間、彼の瞳が揺れた。口角を上げてはいるが、目は笑っていない。動揺しているのは明らかだった。
「うん、ま、まあ。そうだね。いたのかと聞かれたら、いた、と言えば良いのかな」
ベラは、これ以上アシュリーから聞き出せないことを察した。
「まあ、本当に兄弟かどうか分からないから。見間違いだったのかもしれないし、それにね、もしかしたら、もしかしたらね、本当にドッペルゲンガーだったのかも」
必死で取り繕う彼女の乾いた笑い声が、二人きりの部屋に空しく響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます