第28話 大祭司様とマルク・ファルベル その7
僕は、部屋に戻るなり出かける準備をした。2人は僕が急に出て行ったかと思うといきなり広げた荷物を纏めるので、驚いている。
「おい、兄弟。どこ行くつもりなんだ?」
「ちょっとお墓参りに。明けたら出かけます」
「こんな時に何でだよ」
「大祭司様に取り憑いた霊を祓うには、これが必要なんです。2人は先に戻っていて下さい」
「何だそりゃ。1人でどうするんだよ。こうなったらついて行ってやる。後は頼んだアシュリー」
「嫌だ。私も行く」
「皆で行ったら明日のグリフどうするんですか。まさか祭司様とビルの2人で執り行って貰うつもりですか」
「そこまで言うなら兄弟が戻ればいいだろ」
「僕が行かなきゃ意味ないんですよ!」
結局3人で出かける事になってしまった。案内人には食事が不要になった事を伝えたが、既に用意してあったパンは有り難く頂くことにした。
一時課(午前6時頃)の鐘が鳴るとすぐ、馬車に乗ってブラッドリーを出る。目指したのは、近くの村にある霊園。日が暮れる迄にたどり着ければ良いのだが。難しいだろうか。向こうの宿屋か民家に泊まらせて貰い、明日朝一で戻りたい。
「でさ、さっきから兄弟変じゃねえ? 風邪でも引いたのか?」
「大丈夫ですよ。幽霊になった人に思い当たる人がいただけです」
「誰?」
外を見ていたアシュリーが聞く。2人とも興味津々だ。
「僕の母親です。正確には産んだ人」
「マジで? 息子ってお前のこと? でも、何で爺さんと会ったとき何事もなかったんだ?」
「幽霊になったせいであまり覚えてないとか、亡くなってから結構経っている感じだったから、成長していて息子だと気がつかなかったんじゃない?」
「恐らく、兄さんの言うとおりだと思います」
彼女が今向かっている霊園で眠っている事を打ち明けた。2人は納得してくれたみたいだ。
「それにしても、何で大祭司様に取り憑いたんだろうな」
「さあ? それは分かりません」
大祭司様の名誉の為、父親については伏せる事にした。ライリーが首を傾げているのを、アシュリーはにやついた顔で見ている。彼は勘づいている。寧ろエヴァンス氏との会話と照らし合わせても気づかないライリーの方が鈍感すぎると言うべきか。
天気が良かったせいか、冬なのに馬車は順調に進み、暗くなる前に着くことができた。
立ち並ぶ墓石には、白い雪が積もっている。霊園全体が仄かに明るい。脛まで埋まりながら、リリアンヌと書かれた墓石を探す。雪を払いながら2、3周してやっと見つけることができた。靴に雪が入り込んでいて、足ごと凍ってしまいそうだ。
鷹の羽根飾りを墓前に供え、手を組む。赤くなった手は、小刻みに震えていた。
「私は、貴方の息子、マルク・ネイサン・ファルベルです。このような形になってしまいましたが、会うことができて、嬉しく思っています。貴方が天国に昇ることを、神が見守って下さることを願います」
2人も、僕の隣に立って手を合わせる。恥ずかしいような有り難いような複雑な気持ち。
「お母さん、喜んでいるみたいだぜ。本当はお前を連れて、静かに暮らしたかった。って言ってる」
ライリーが白い息を吐きながら言う。母さんも僕達と一緒にここへ来ていたのか。父さんに居場所を聞き出したとき、母さんもあの場に居たんだ。
見える人が辛い思いをしてきたのは知っているつもりだ。でも、今この瞬間だけは、僕も見える人になりたかった。母さんに会いたかった。声を聞いてみたかった。
父は、母を愛していたという。愛故に、過ちを犯したと。そしてその過ちは、ファルベル家にとって悪い事ばかりでは無かった。地位を失いかけている家にとって、聖職者の世界で重役を務めることは権威を保つ手段であった。
そして、当時息子が1人しかいなかった伯父夫婦にとって、聖職者としての地位を継いでくれる子どもができることは、悲願であった。ただ、当時副祭司であった父が、犯したことは秘匿せねばならなかった。結果、僕と母は引き離された。
先程のライリーの話を信じるなら、母さんは除籍され、失望と悲しみの中ここで暮らし、息を引き取ったのだろう。
僕の見ている景色は、涙で歪んでいた。墓石に書かれた母の名前も、読めない程に。
「神様、貴方は僕を愛してくれますか?」
少し前、神様は絶対に愛して下さると誰かに話した。生まれて来たことが罪であり、その後も数々の罪を犯した僕に愛される資格があるのだろうか。
ライリーが僕の肩に手を回した。
「そんな事、聞いたって分かんねーよ。神様は答えてくれない。良いだろ、お前は。思ってくれる親がいて、育ててくれた人がいて、俺達がいる。俺なんて、産んだ親の顔も見たこと無けりゃ名前も知らねえんだぜ。父さんとビルがずっとここにいて良いよって言ってくれた。アシュリーも来てくれて、色んな話ができるようになった。今はお前もいてくれる。俺はそれで十分だ。だから、贅沢言うなよな」
ライリーの手に力が籠もる。
「そうだねえ、贅沢だよね」
と、アシュリーがぶつかってくる。雪で濡れて足が悴んでいるのに、温かい。
自分が生まれて来ることを望んでくれたこと、それを望んでくれた実の両親を、生きる意味を与えてくれた養父、養母を、僕に沢山のことを教えてくれた礼拝所の皆に、感謝することは、有り難いと思うことは、神への冒涜にあたるだろうか。
天におわす神よ我らが罪を許し給え
英雄よ降り立ちし地に祝福を与え給え
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