グラーディア大陸への道

 フォリアス陛下の結婚披露宴から1ヶ月後、グラーディア大陸に派遣されていたオーダーが帰還したとの報告を受けた俺は、プリムや真子さんと共に天樹城へ向かった。

 既にラインハルト陛下やグランド・リッターズマスター達は集まっており、更に俺達が到着してからもユニオンリーダーを務めているエンシェントハンター数名が呼ばれていたようで姿を見せている。


「揃ったようですので、臨時の騎士会議リッター・デア・ラウンドを始めさせて頂きます」


 今回は軍議になるということで騎士会議リッター・デア・ラウンドとなり、円卓会議室で行われている。

 そのため議長はグランド・オーダーズマスター レックスさんが務め、妻のミューズさんが補佐だ。

 ローズマリーさんとサヤさんは半年前に子供を産んだばかりだから、しばらくは家庭を優先することになっていて、アバリシアへの進軍にも同行しないことが決まっている。


「先日、グラーディア大陸へ派遣していた調査隊が帰還し、報告を受けました。ソレムネから押収した海図は、概ね正しいことが確認され、トラベリングの起点となる小島も新たに確認したそうです」


 トラベリングに使える小島が確認できたっていうのは朗報だ。

 グラーディア大陸までは先日完成した、オーダーズギルド所有の大型飛空艇ウイング・オブ・オーダー号を使う予定だが、先行偵察は必要だし、安全な拠点があるに越したことはない。


「ですが問題もあります。そちらに関しては、ファースト・オーダーを務めているネイル卿より直接報告をしていただきます。ネイル卿、お願いします」

「はっ。ただいま紹介に預かりました、グラーディア大陸航路調査隊ファースト・オーダー ネイル・トライナードと申します。僭越ではありますが、此度の航行につきまして、詳細を報告させて頂きます」


 レックスさんからバトンを渡されたネイルさんが立ち上がり、報告を開始する。


「グラーディア大陸までの航路ですが、神帝がグラーディア大陸の外へ出たことによる影響のため、航行中にPランクやMランクモンスターと幾度か遭遇し、これらを撃破しております。ですがそれ以外は、ソレムネが使用していた航路をそのまま使用しても問題無いと判明致しました」


 この報告は既に受けていたけど、あれからも何度かM-Cランクまでの魔物が出てきてたようで、海上では気の休まる暇は無かったらしい。

 そりゃM-CランクどころかGランク、下手すりゃSランクモンスターでも、船を沈めるのは難しくないし、夜でも活動する魔物は海にもいるから四六時中警戒しとかなきゃいけない上に、海の中の警戒は簡単じゃないから、神経も磨り減るに決まってる。

 だから島に上陸できた日はトラベリングを使ってフロートに戻り、1日英気を養ってから進むということを繰り返していたそうだ。


 だが問題となるのは、グラーディア大陸が見えてからになる。

 何故ならグラーディア大陸では、長距離転移魔法トラベリングが使えなくなってしまったからだ。


「トラベリングが使えない?」

「はい、理由は不明です。他の魔法は問題なく使えるのですが」

「ということは、強化魔法やストレージングは使えたのね?」

「使用できました。ですが、普段より魔力の消費が多かったことをご報告致します」


 普段より魔力消費が多くなったとはいえ、強化魔法のフィジカリングやマナリング、収納魔法のストレージングやインベントリングが使えて、転移魔法のトラベリングだけが使えないって、なんでそんなことになってんだ?


「トラベリングが使えないのは気になるし問題になるが、ウイング・オブ・オーダー号があるのだからそこまで大きな問題とはなるまい。その問題については、神帝討伐後に、改めて調査を行う事としよう」


 確かにラインハルト陛下の言う通り、調査はグラーディア大陸に行かないとできないし、そのグラーディア大陸には神帝どころか魔族までいるんだから、調査を始めたとしても邪魔をされるに決まってる。

 だから改めて、ネイルさんからグラーディア大陸の調査結果を聞くことになった。

 街に入るのは危険だと判断されていたから、旅人を装っていくつかの村に立ち寄っただけだそうだが、全ての村でよそ者扱いされ、命を狙ってきた村まであったそうだ。

 そこで判明した事実が以下の通りだ。


・グラーディア大陸にギルドは無く、傭兵がハンターと同じような扱いを受けていること。

 傭兵の地位は低く、貴族や兵士達からは捨て駒扱いされており、そのためか無法者も多い。

 ただしハイクラスが率いる傭兵団もいくつかあり、その傭兵団はそれなりの扱いがされているようだ。

・貴族制度があり、国政は神帝が任命した大臣らが担当している。

 爵位は世襲制の公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、当代限りの準男爵と騎士爵となっているが、騎士爵は一定以上の実力があれば叙爵されると噂されているんだとか。

・神帝は基本的に政治には干渉しないが、最終決定権は有しているため、時折悪法が施行される。

 最近では去年、増税に加えて徴兵も行われ、とある鉱山に送られる奴隷が増えているという。

・奴隷は犯罪奴隷と身請け奴隷があるが、身請け奴隷には厳密な区分はない。

 ただ奴隷を扱う奴隷商は、神帝に賄賂を贈って特権を授けられ、村全体を奴隷に落とすような真似をすることこそないが、盗賊と手を組み、旅人とかを襲っているという噂があるらしい。

・魔法を使うには適性が必要であり、生まれ持った適性以外の魔法は使えない。

 ただし魔法は体系化されており、固有魔法スキルマジックのように自ら開発する必要は無い。

・回復魔法の類も存在するが、普通の魔法より適正者は少ない。

 そのため適正者は強制的に神都まで連れて行かれることになるが、神帝直属の神官という扱いになり、かなりの特権を与えられることになるそうだ。

 秘匿は重罪であり、発覚した場合は身分問わず死罪となる。

・辺境の村は魔物の被害が少なくなく、税も高額なため、常に困窮している。

 調査隊を襲った村も、口減らしのために毎年子供達を身売りしていた。

・男女比は1:1に近く、民間では一夫一妻が常識となっている。

 そのため兵役などは男の仕事となっている。

 ただし魔物が生息しているため男の死亡率が高く、貴族や裕福な者は重婚が認められており、妾を持つ者も多い。

・魔物はフィリアス大陸と似た種も生息しているが、異なる種も多い。

 使役される種や方法も多く、特に隷属の首輪や隷属の腕輪、隷属の針、隷属の餌といった隷属系魔導具を使う方法が一般的となっている。

 フィリアス大陸に攻めてきた際に使役していたドラゴン達は、隷属の角輪と餌の併用ではないかとネイルさん達は推測していた。


 さらに未確認情報だが、神都には巨大な神殿があり、邪神アバリシアと神帝を並んで祀っているんだとか。

 回復魔法の適性者は、その神殿で神官として過ごすそうだが、神殿は王城に並ぶ程の巨大な建造物でもあるらしい。

 国民は20歳までに参拝する義務が課せられており、もし参拝しなければ、特例が認められない限りは国民ではないとして死罪となる。

 その特例とは、ケガや病気で動くことが出来ない、参拝に向かう途中での不慮の事故などだそうだ。

 ただ邪神アバリシアは、その名の通り邪な神だから、それを祀ってる神官も腐ってる輩が多い。

 事実回復魔法の適性者は聖神官と呼ばれており、そいつらは本当に好き放題しているようだ。

 衣食は最高峰のものを与えられているし、部屋も神殿内に用意されており、侍従も数人ついているのはもちろん、気に入った異性がいれば強引に手に入れ、飽きたら奴隷商に売り飛ばしたりなんて真似までしてると噂されているから、本気でクズだと断言できる。

 神帝も、黙認どころか積極的に利用してるっていう噂もあるようだが、もし神帝や近衛となる神魔騎士団の耳にでも入ろうものなら、自ら死を望む程の拷問が待っているとされているとか。


「上陸から1ヶ月で、よくここまで調べ上げることができたな」

「グラーディア大陸にとっての常識だったようで、怪しまれることも多かったですが。また町には入れなかったので、いささか確度も不足しております」

「それは仕方ないだろう」


 俺もラインハルト陛下と同じく、よく1ヶ月で調べたと思う。

 町には入らなかったんじゃなくて入れなかったんだが、グラーディア大陸の常識なんてフィリアス大陸じゃ知られていないんだからな。

 唯一ソレムネのスパイ達は知ってたはずだが、ソレムネ戦役で戦死してたり、その後に処罰されたりで1人も残っていない。

 だからネイルさん達調査隊は、本当に手探りでやってたんだよ。


「ネイル卿、町には入れなかったとのことだが、それはフィリアス大陸と同じく、ライセンスやそれに類する物が必要だからなのか?」

「はっ、グランド・ドラグナーズマスターの仰る通りです。いくつか種類があり、貴族当主の場合は代々継承される家紋入りの短剣、夫人や令息令嬢の場合ですと当主が発行した家紋入りの証書や装飾品となります。ですが平民は、左腕に刺青を彫り込まれることになっており、それが身分証となっているそうなのです」


 刺青が身分証?

 ある意味じゃ左腕を見せればいいだけなんだろうが、刺青は皮膚を傷つける行為でもあるから、入れる際はかなり痛いって聞いたことがある。

 しかも万が一左腕切断とかの憂き目にあったりしたら、身分証消失ってことになるんじゃないのか?


「刺青に関しましては、生後半年で彫るのが慣習となっており、痛みもなくすぐに終わるよう魔導具で済ませるそうです。また大和天爵のご懸念ですが、その場合は臨時で仮身分証が発行され、期日以内に右腕に彫ることになっているようです。期日を過ぎてしまった場合は、どうなるかわかりませんが」


 魔道具で済ますのか。

 ということは、多分ハンコみたいに押し当てることになるんだろうな。

 痛みもないってことだし、それが身分証になるんなら、特に疑問は感じてないだろう。

 だけど左腕を失ってしまい、仮身分証の期限が過ぎてしまった場合どうなるかわからないって、どう考えてもロクな未来が見えんぞ。


「ライブラリングが使えない、というより天与魔法オラクルマジックの存在を認識できていないが故の政策だな」

「ですな。最も邪神を信仰している以上、天与魔法オラクルマジックの存在を知っていたとしても使えないでしょうが」

「ですな。ネイル卿、その魔法についてですが、貴殿が調べた限りでは、グラーディア大陸の魔法はどうなっているのですか?」


 あ、それは俺も気になる。

 ネイルさんが調べた限りじゃ、グラーディア大陸の魔法は属性魔法グループマジックと回復魔法、それから名称や効果は少し違うが一部の奏上魔法デヴォートマジックがあるそうだ。

 フィリアス大陸では奏上魔法デヴォートマジックに分類されている魔法は、無属性魔法として認識されているんだったかな。

 と言っても、確かフィジカリング、マナリング、ストレージング、ウォッシング、クリーニングしかなく、特にストレージングを使える者は少なく、容量も個人差があり、最大でも10メートル四方あるかないからしいが。

 まあ容量は少なくても、使えるっていうだけで十分有用だから、使い手はかなり厚遇されているみたいだ。

 魔法名はまんまアイテムボックスらしい。

 ちなみにフィジカリングとマナリング、ウォッシングとクリーニングはそれぞれ統合されたような効果になっているらしく、それぞれライズアップとクリーンという魔法名なんだとか。


「魔法属性も、フィリアス大陸とは微妙に異なるな」

「はい。火、土、風、水、光、闇の6属性で、ここに無属性魔法が加わることで7属性となっています」

「氷は水属性に、雷は風属性に統合されているのね」

「回復魔法も光属性に分類されているのか。分かりやすい気もするが、やはり異質だと言わざるを得んな」


 魔法体系も異なっている以上、グラーディア大陸は完全に邪神アバリシアの支配下になってると考えるしかない。

 グラーディア大陸ではトラベリングが使えないのも、それが理由なんだろうと思う。

 すげえ頭痛いが、こればっかりはどうしようもないんじゃないだろうか?

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