竜王の婚礼前夜

「そんなところに迷宮ダンジョンがあったんですね」

「ああ。とりあえず第3階層まで入ってみたけど、階層構成が2階層続けてっぽいから、深いかもしれないって話をしてたんだ」


 夕方にオルデン島や双子島の調査を打ち切った俺達は、そのままアルカに転移し、晩飯時にみんなに状況を伝えている。

 双子島の迷宮ダンジョンは、さっき言ったように第3階層を少し確認してからエスケーピングを使って外に出たんだが、プリム、リディア、ルディア、アテナが、時間がある時に調査をしてくれることになった。

 もちろん時間が取れれば俺やマナ、フラムや真子さんも調査に赴く予定だが、こればっかりはどうなるか分からない。

 オルデン島開発のためには双子島の迷宮ダンジョン攻略も重要だが、何より重要なのはインフラ整備だ。

 特に港や橋の建設は、最重要だと言ってもいい。

 俺にはそんな知識はないから、指揮や監督とかは派遣されてくるであろう文官に任せることも可能だが、俺が視察をしないでいい理由にはならない。

 それに開発には利権なんかも発生するから、領主となる俺への面会なんかも増えることになるし、文官が買収される可能性もゼロじゃないから、視察は数日おき、開発関係の書類チェックも最低週1、多ければ毎日しなきゃいけないって言われている。

 俺は元々、というか今でもハンターのつもりだから、文官とかとはほとんど面識がないし、だからこそ頭が痛い問題だ。


「そっちも大事だけど、明日も大事よ」

「ええ。大和、準備はできてるのよね?」

「できてるよ」


 だがその前に、明日という大切な日が控えているから、優先度はこちらの方が上だ。

 なにせ明日は、フォリアス竜王陛下とアテナの妹イーリスの結婚披露宴の日なんだからな。

 フォリアス陛下とイーリスの結婚は、バレンティア国内が落ち着いてからの予定だったんだが、実はイーリスが妊娠してしまったため、予定を繰り上げて結婚することになり、明日の披露宴も半ば無理やり捻じ込んだ形になっている。

 それでも招待客はバレンティアの有力貴族だけじゃなく各国の王もいるから、スケジュール調整には何ヶ月もかかり、それもあってイーリスは今妊娠7ヶ月になってるそうだ。


 イーリスはアテナの双子の妹で、バレンティア第二王妃ということになるんだが、第一王妃で正妃となるヘルディナ様はまだ懐妊されていないため、イーリスの産む子がドラゴニュートだった場合、王位継承権が与えられる。

 まあ、ドラゴニアンが産む子は相手側の種族かドラゴニアンかドラゴニュートのいずれかではあるが、7割ぐらいはドラゴニアンらしいし、その場合は王位継承権は与えられず、ウィルネス山にあるクリスタル・パレスで育てられることになるんだが。


 そのイーリスと結婚されることで、フォリアス陛下は俺にとって義弟ということになってしまった。

 さらにややこしいことに、俺はマナやヒルデとも結婚してるから、フォリアス陛下はラインハルト陛下やトラレンシアのブリュンヒルド陛下とも義兄弟という関係になる。

 血縁関係がややこしいことになってるが、王族の結婚だとこういうこともあるだろう。

 そこに俺が混ざるのが、正直何とも言えないってところだ。


「祝儀って何を用意したんだっけ?」

「王絹布とドラグーンの災害種素材だ。他にもリヴァイアサンの素材をと思ったんだが、それは良くないんだろ?」

「ええ。それにリヴァイアサンの素材はトラレンシアには献上してるけど、これはクラテル迷宮の守護者ガーディアンだったっていう理由が大きい。だから祝儀とはいえ、バレンティアにも献上してしまうと、アレグリアをどうするのかっていう問題がでてくるわ」


 祝儀として用意したのは、王絹布10反、それとクラテル迷宮で狩ったO-Cランクモンスター ファフニールとクエレブレ、ヴリトラの素材だ。

 結婚祝いだからリヴァイアサンの素材をと思ってたんだが、マナが口にした理由があるから、今回は見送ることにした。

 グリシナ獣王陛下はそこまで問題にしてこないと思うが、アレグリア貴族がどう思うかは別だし、逆にバレンティア貴族が調子に乗る可能性も否定できない。

 特に後者は今もフォリアス陛下を悩ませているし、明日の披露宴で何かやらかそうとしてる輩もいるって噂まであるぐらいだからな。


「そういえば、明日の披露宴が狙われてるって噂が無かったっけ?」

「噂じゃなくて確定情報よ。バレンティア東部の貴族の一部がドラグナー登録できなかった竜騎士やハンターを抱き込んで、明日の披露宴でイーリス様の命を狙ってるってね」

「そうなの!?」


 アテナは知らなかったか。

 何故イーリスが命を狙われているのかだが、竜王妃として娘や妹を送り込み、次代の竜王を取り込みたいバレンティア東部貴族達にとって、妊娠しているイーリスの存在は邪魔でしかない。

 ヘルディナ妃殿下もいるが、実はヘルディナ妃殿下は結婚直後に毒を盛られ、妊娠できない体になってしまっているそうだから、その貴族達にとっては邪魔ではあるんだが、優先順位は低いようだ。

 ヘルディナ妃殿下に毒を盛った実行犯は捕まってるし、命じた貴族家も取り潰されたとは聞いているが、どうもその貴族もスケープゴートっぽいんだよなぁ。

 その毒はイーリスにも盛られたんだが、実はイーリスはハンター登録をし、アテナやウィルネス山のハイドラゴニアン達と一緒に狩りに行っており、ハイドラゴニアンに進化している。

 だから毒は効かず、お腹の子にも影響は出ていないと、真子さんやサユリ様、そしてグランド・ヒーラーズマスターが直接確認してあるぞ。


「あれ?みんな、なんで落ち着いてるの?」

「既に連中の同行は把握済みだし、関与してる貴族家も判明済みだ。多分今頃は、ドラグナーが拠点に襲撃を掛けて全員捕らえてるんじゃないかな?」


 ここまで詳細が判明してる時点で、襲撃計画は失敗も同然だ。

 諜報を担ってるスカウト・ドラグナーは優秀だし、スカウト・オーダーも手を貸したって聞いてるからな。

 そもそも元竜騎士や傲慢なハンター達が隠密行動なんてできるはずもないから、そいつらが纏まって動けば補足することは容易い話だ。

 さらにそいつらを雇った貴族達もイーリスに毒が効かなかったことで焦ったのか、計画に綻びが出てききたようだし、疑惑のあった貴族家の関与も認められたから、フォリアス陛下はこの披露宴を利用して、バレンティア国内の膿を一掃するつもりでいる。


「そ、そうなんだ」

「ああ。アテナも知ってると思ってたから伝えなかったんだが、ちゃんと確認しとけばよかったな。悪い」

「ううん、イーリスも何も言ってなかったから、大丈夫なんだって勝手に思ってただけだよ」


 イーリスからも聞いてなかったのか。

 双子の姉を不安にさせまいと気遣ってくれたんだろうが、アテナと結婚した俺にとってもイーリスは義妹なんだから、遠慮なく頼ってくれてよかったんだけどな。


「あ、そういえば明日ってさ、確かイーリス以外にも結婚する人がいるんだよね?」

「ええ、いるわ。イーリス妃殿下がご懐妊されてるとはいえ、生まれてくる子はドラゴニアンの可能性が高い。ドラゴニアンが竜王位を継ぐのは難しいし、何よりドラゴニアンは生涯で一度しか妊娠できないから、後継問題がどうしても残ってしまうわ」

「ですからバレンティア国内の貴族家から、イーリス妃殿下の他に2名が嫁がれます」


 おお、そうだったのか。

 いや、イーリス以外にも結婚する人がいるって話は聞いてたんだが、さすがに2人とは思わなかった。

 だがマナが口にした理由があるから、フォリアス陛下はイーリス以外にも王妃を娶らなければならない。

 だが下手な人物を王妃にしてしまうと竜王家内で後継者争いが発生してしまう可能性が低くないから、イーリス以外の2名はヘルディナ妃殿下が選んだ候補からフォリアス陛下が決められたんだそうだ。

 ユーリによれば、1人はバレンティア西部の貴族で氷竜のドラゴニュート ラヴィーネ・メリュジーヌ伯爵令嬢、もう1人は驚いたことにリディアとルディアの友人でハンターズギルド・バレンティア本部の受付嬢をしている地竜のドラゴニュート レミーだったりする。


「イーリスも含めて、一気に3人も王妃様が増えるのかぁ。あれ?でも竜王家って、ドラゴニュートじゃないと王様にはなれないんだよね?」

「竜王だし、建国時からずっとドラゴニュートが即位してるからね。トラレンシアがヴァンパイア、アレグリアや獣公国が獣族以外は王位に就けないのと同じよ」


 バレンティア竜王国は、その名の通り竜王が治めている国だから、竜族以外が王位に就くことは出来ない。

 竜族はドラゴニュートとドラゴニアンからなる種族だが、ドラゴニアンは女性しか生まれない種族で、何より成長速度や寿命が他の種族とは異なるから、実際に王位に就くことはないため、竜王位は代々ドラゴニュートが即位している。

 これは他国でもあることだから、今まで問題になったことはないと聞く。


「なんていうか、王族って面倒臭いよね」

「今更の話ね」

「マナが言うと、重みが違うわね。気持ちはわかるけど」


 天帝継承権第1位のマナにヴァルト獣公位継承権第1位のプリムが言うと、本当に言葉の重みが違うわな。

 俺も無関係じゃないから、気持ちは本当にわかる。


「ところでミーナ、体調はどう?」

「大丈夫ですけど、あまり動けないのが辛いですね」

「妊婦だし、さすがにね」

「気持ちはよくわかるけどさ」


 ミーナは妊娠8ヶ月を過ぎてるから、明日の披露宴は欠席だ。

 お腹もかなり大きくなってきてるから当然なんだが、幸いというかライラも妊娠8ヶ月だし、同期のオーダー同士ってことで仲も良い。

 最近は従魔契約を結んでるウォー・ホース達と一緒に、アルカでのんびり過ごしてることが多いな。


「予定日って10月だっけ?」

「10月の末頃だから、場合によっては11月になることもあり得るわね。こればっかりは、その時になってみないとわからないから」

「確かにね。あ、真子。ネージュ姉様はどうなの?」

「ネージュ様も順調よ。ただネージュ様は11月の頭が予定日だから、ミーナやライラより先に産まれることもあり得るわね」


 ヴァルト獣公のネージュさんは妊娠7ヶ月だが、ヴァルト待望の跡取りってこともあって、今は執務すら最低限になっている。

 それもあって明日のフォリアス陛下の披露宴は欠席で、プリムが公女として出席することになった。

 獣公配の俺という話もあったんだが、マナとユーリも三天家として出席するから、俺が獣公配として出席するのもどうかっていうことになり、公女という立場にあるプリムに白羽の矢が立った形だ。

 プリムは俺の初妻だが、明日は竜王陛下と聖母竜マザー・ドラゴンのご息女の披露宴だから、同じ聖母竜マザー・ドラゴンの娘で双子の姉でもあるアテナに代妻を務めてもらう方がいいだろうっていう理由もある。


「ネージュ姉様には、できれば元気な男の子を産んでもらいたいわね」

「切実ね。気持ちはわかるけど」


 立太子こそしていないが、現時点でのプリムは次期ヴァルト獣公という立場でもあり、娘のツバキも総合学園を卒業したら、獣公位継承権を与えられる予定となっている。

 だがネージュさんが男の子を産み、その子が無事に総合学園を卒業できれば立太子できるし、奥さんも複数娶ることになるから、跡取り問題も解決するはずだ。

 今のヴァルト獣公家はプリム以外の跡取りがいない状況だから、ツバキはもちろんネージュさんのお腹の子にも期待されていて、だからこそ今のネージュさんも過保護なくらいに扱われてるんだよ。

 まあ、後継問題はヴァルト獣公家に限らず、他の獣公家や橋公家でも問題になってるんだが。


 実は竜王家も同じで、現時点ではブリッツ・ウロボロス王兄公爵が王位継承権第1位で、2位以下も公爵家の面々が名を連ねている。

 ブリッツ公爵には男女1人ずつ子供がいるが、その子達も総合学園を卒業したら王位継承権が公爵より上の順位で与えられる予定だ。

 イーリスの産む子がドラゴニュートだった場合、その子が継承権1位にはなるんだが、ドラゴニアンだった場合は順位は変動しない。

 しかもドラゴニアンは生涯で一度しか妊娠することができないから、ラヴィーネ嬢とレミーは必ず子供を産まなければならず、特にレミーはかなりのプレッシャーを感じていると聞く。

 よその家、それも竜王家の事情に首を突っ込みたくはないが、事が事だからレミーには頑張れとしか言えないな。

 しかも竜王家は末子相続だから、レミーの方が後から子供を産んで、その後で子供ができなかったりしたら、その子が竜王位を継ぐことになるし。

 こればっかりはなるようにしかならない気がする。

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