命の緒
Side・プリム
9月も10日目となり、だんだんと涼しくなってきた。
とはいえ、あたしはアルカから出ることもなくなってるから、季節の移り変わりは分からないんだけど。
今日も大和達はお仕事なんだけど、あたしもフラムも臨月だから、ここ数日の大和は出る時にすごく心配そうな顔をしてくれる。
マナやリカさんの時もそうだったけど、愛されてるって感じるわね。
あたしは今日もすることがないから、日中はマナの研究を手伝ったりアルカを散策したりして、今はフラムや母様と一緒に、リビングでお茶をしながらまったりしてるわ。
夕食まであとちょっとだから、本当にお茶だけだけどね。
「ルディア、そっちはどう?」
「異常は無いよ。真子の方は?」
「こっちも大丈夫。念のためいくつか予備も用意してあるから、万が一握り潰されてもすぐに交換するわ」
「マナ様は大丈夫だったけど、プリムならやりそうだよね」
ものすごく失礼なことを言われてる気もするけど、真子とルディアはすごく真剣な表情で、分娩台のチェックをしている。
あたしとフラムの出産予定日は、数日の差でフラムの方が先になっているんだけど、あくまでも予定だし前後することもよくある話だから、同時に出産っていう可能性も否定できない。
それにあたしもフラムもエンシェントクラスだから、出産時には
というか、チェックは毎日しなくてもいいと思うんだけど?
「あの子達も、いつか自分もっていう想いがあるから、どうしても力が入っちゃうのよ」
「そんなもんなの?」
「そんなものよ」
母様も経験があるのか。
あたしのもう1人の母様は残念ながら子供はできなかったけど、その分あたしを可愛がってくれたことは覚えてる。
元々病弱だったし、それが原因で何年も前に亡くなってるけど、今ならネルケ母様も子供を産みたかったんだって思うわ。
マナが妊娠した時、あたしは大和との子を産みたいって思ったもの。
真子もルディアもそう思っていて、だからこそ分娩台のチェックに余念がなく、それどころか過剰とも思える程の手間をかけてるのね。
「そんなものなんですね」
「ええ。だからプリムもフラムさんも、愛しい人の子を産めるのだから、動けない今も含めて受け入れて、そして元気な赤ちゃんを産みなさい」
「はい」
含蓄があるわね。
この数ヶ月、あたしもフラムも狩りを禁止されてたし、それどころかアルカから動くこともほとんどなかった。
狩りの禁止は妊婦なんだから当然なんだけど、実際に自分がって事になると、ここまでストレスが溜まるものだとは思わなかったわ。
だけどお腹の子は、待望の大和との子なんだから、絶対に産むつもりでいる。
だからなんとか頑張ってこれたんだけど、母様の話を聞くと、これってあたしの身勝手な想いでしかないってことなのね。
「ただいま戻りました、って真子さんもルディアさんも、またチェックしてるんですか?」
「あ、ミーナ、お帰り~。まただよ」
「何かあってからじゃ遅いからね。まあ、やり過ぎっていう自覚もあるけどさ」
帰ってきたミーナにツッコまれてるルディアと真子だけど、自覚はあったのね。
というかミーナって、昼過ぎまではアルカにいたはずなのに、いつの間に出かけてたのかしら?
「ミーナさん、今日はどこに行かれていたんですか?」
「フロートです。マリー義姉さんとサヤ義姉さんが妊娠したそうなので、そのお祝いに」
「え?そうなの?」
「はい。ライラが教えてくれたんです」
へえ、ローズマリーさんとサヤさんも妊娠したのか。
2人ともグランド・オーダーズマスター レックスさんの奥さんになる。
どうやらローズマリーさんが妊娠4ヶ月、サヤさんが妊娠3ヶ月になるらしく、今日からオーダーズギルドのお仕事は休職ってことになるんですって。
サヤさんはハンターだけど、こちらも出産までは活動を自粛して、フロートにあるフォールハイト子爵邸でのんびりするんだとか。
唯一妊娠していないミューズさんは、今まで通りレックスさんの補佐を続けるそうだけど、グランド・オーダーズマスターの仕事量は多いから、出産までは大変でしょうね。
「ですがフォールハイト子爵家の跡取りができたワケですから、ディアノス様もお喜びなんじゃありませんか?」
「はい、父さんも母さん達も、大喜びでしたよ。まあ子爵に任じられてるとはいえ、領地もありませんし、跡取りの兄さんはオーダーズギルドから離れられませんから、今後どうなるかはわからないんですけど」
ああ、そういえばフォールハイト子爵家って、フレイドランシア天爵家やラピスラズライト天爵家と同じで、領地を持っていない貴族だったっけ。
フレイドランシア天爵家とラピスラズライト天爵家、つまり大和とマナはいずれ拝領することが決まってるけど、フォールハイト子爵家がどうなるかは決まっていない。
理由はミーナが言った通り、跡取りでもあるレックスさんがグランド・オーダーズマスターという大役を担っていて、退いた後もオーダーズギルドで重職を与えられることがほとんど確定しているから。
あたし達ウイング・クレストを含めても、レックスさんはヘリオスオーブで5指に入るレベルを有しているし、終焉種討伐の実績も持っている。
役職は最長30年までっていう条件があるから、時期が来たらグランド・オーダーズマスターという立場からは退かないといけないけど、そのまま素直に引退なんでできるはずがない。
レックスさんとミーナのお父様でフィールのサブ・オーダーズマスターを務めているディアノスさんも今までオーダーとして活動されていたし、前アソシエイト・オーダーズマスターでもあるから、領地経営をするのは厳しいでしょう。
だからフォールハイト子爵家が拝領するとしたら、ローズマリーさんかサヤさんの産む子が成人して家督を継いでからって事になると思う。
最低でも20年近く先の話になるけど、その頃にはレティセンシア地方の調査は終わってるだろうし、放棄されているリベルター地方の橋上都市も再建できるだろうから、新しい領主は必要になってくる。
そのいずれかをフォールハイト子爵家にっていうのは、十分にあり得る話だわ。
いえ、レックスさんの功績を考えたら、伯爵家か侯爵家になる可能性もあるわね。
まあ、それもこれも、まだまだ先の話なんだけどさ。
「失礼致します。皆様、夕食の支度が整いました」
ここでアリスが、あたし達を呼びに来た。
大和はヒルデ姉様やリディアと一緒にベスティアとデセオに行ってるから、今日は遅くなるって言ってたし、ヒルデ姉様の譲位の準備でもあるから、夕食は白妖城でって聞いている。
ラウス達も帰ってきたってことだろうから、それも含めて整ったってことになるわ。
「分かったわ。じゃあフラム、母様。行きましょ……フラム?」
ところが席を立とうと思ったら、フラムが少し苦しそうにお腹を押さえていた。
ちょっと、大丈夫?
「フラムさん?お腹が痛いの?」
「少し……。ですけど大丈夫で……痛っ!」
「『エグザミニング』!やっぱりだわ!真子さん!」
「分かってます!フラム、部屋まで運ぶから、もうしばらく我慢して!」
「す、すいませ……いたた……」
慌てて
もしかして、生まれるってこと?
「ルディアさん、急いで産婆さんを連れてきて!」
「は、はいぃっ!」
母様がルディアに産婆さんを連れてこいって言ってる以上、間違いないじゃない。
これは大変だわ。
「アリスさん、あなたは皆さんに報せた後、ここでプリムを見張っておいて。絶対にフラムさんの部屋には入れさせないようにね」
「か、かしこまりました!」
さらにアリスにも、みんなにフラムが産気付いたことを報せるように指示を出し、その後であたしの見張りまで命じてるじゃない。
あたしだって臨月なんだから、いくらなんでも出産の手伝いをしようなんて思わな……痛っ!
「え?プリム?」
「ちょ、ちょっと待って!まさかプリムもなの!?」
いや、どうなのかしらね……。
だけど何か、今まで感じたことのない痛みに襲われてるのは間違いないわよ……あいたたた……。
「アリスさん、待って!食事は後にして、みんなを連れてきて!急いで!」
「は、はい!」
「真子さん!大変だと思うけど、プリムも一緒に運んで!場所は万が一のために用意しておいた、あの部屋で!」
「わかりました!」
母様はアリスと真子に追加で指示を出してるけど、真子は言うが早いか、あたしにも念動魔法を使って持ち上げて、慌てずに、それでいて急いで事前に用意されていた部屋に運んでくれた。
出産は、本来は本殿3階にある自室で行う予定だったんだけど、あたしとフラムは同時期に妊娠して、出産予定日も近かった。
だから同じ日、あるいは1日違いで出産する可能性も考慮して、3階にある空部屋の1つを改装して、多人数が同時に出産しても大丈夫な部屋を用意してある。
本当に使うことになるとは思わなかったけど、この分だとあたしとフラムの子は、母親違いの双子ってことになるのかしら?
そんな益体も無いことを考えながらあたしとフラムは痛みに耐え、真子によってその大部屋に運び込まれ、すぐさまベッドに寝かされた。
更に真子は、さっきまでチェックをしていた分娩台も備え付けてくれている。
「2人とも、どう?」
「ベッドに寝かせてもらったからか、少し落ち着いてきました」
「あたしもよ。あ、ごめん、そうでもないかも……」
フラムは落ち着いたようだし、あたしもそうだと思ったんだけど、次の瞬間にはまたお腹に激しい痛みが生じた。
あ、これ、ホントに生まれそう……。
「ちょっ!」
さすがの真子も、かなり焦ってる感じがする。
マナやリカさんの出産以外にも何度かヒーラーズギルドで立ち会ったそうだけど、さすがに2人同時にっていうのは真子も経験してないと言っていた。
それも当然で、出産の際は1人の妊婦に2人から3人の産婆や助産師が付いて出産のサポートを行う。
なのにこの大部屋にいるのは、妊婦2人にヒーラー1人と、いくら真子でも手に余る状況なのよ。
いくら真子がAランクヒーラーでも、妊婦2人の面倒を見ながら出産のサポートなんて、物理的に不可能だわ。
ルディアが産婆を呼びに行ってくれてるけど、多分1時間ぐらいはかかるだろうから、それまでは真子と母様の2人で頑張ってもらわないといけない。
「あうっ……!」
「大丈夫!?」
「え、ええ……。だけどこれ……あ、ごめん真子。ちょっと見てもらってもいい?」
「破水してる!?わかった、脱がすわよ!」
あたしもフラムも臨月ということで、出産しやすい服を着るようにしている。
真子はマタニティ・ドレスって言ってたけど、そのドレスのスカートを捲り、濡れた下着を脱がした真子は、その顔に驚きの色を浮かべた。
「嘘でしょ……。これって足?」
その言葉の意味が理解できた時、あたしの頭の中は真っ白になった。
え?
足って……なんで?
「逆子よ!大丈夫だから、落ち着いて!」
「え、ええ……。だけど……」
「大丈夫だから!!」
あたしでも、逆子がどういうものなのかは知っている。
原因は不明だけど、通常は頭から生まれてくるはずの子が足から生まれてくることで、臍の緒が首とかに絡まって、死産になるリスクも高かったはずだわ。
お腹の中にいる間はともかく、生まれてくる間に首が締まって……。
え……?
嘘……でしょ……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます